表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/38

第十二話

 関係者全員の弔問が終わった頃、部屋に現れたのは双子の【655】と【915】だった。


 普段は自分の職業に合った服を着る彼らだが、今日は二人とも黒の礼服を着ている。


『すまない。本当は昨日のうちに来たかったんだけど…………おれら関係ないプログラムは通してもらえない決まりに()()()()()て……』

「私の名を出せば良かったのに」

『そんなことしたら、おれたちは政府に目ぇ付けられるだろ? だから、大人しく規律に従うしかなかった』


 基本的に冠婚葬祭に、手伝い以外の『プログラム』は参加できない。いや、無視されると言った方がいい。【655】は他の施設で『飼育員』をしており、【915】は()()()『家政婦』であったため通らなかったという。



【655】の後ろから【915】が進み出て、彼の前にモニターを出してその中の電子書類を差し出す。


「これは?」

『彼の自宅の荷物や財産の管理の書類です。渡すのが遅れ、申し訳ありません。死亡後の手続きで時間を取られました。彼の後見人は所長でしたので、後のことはお願いすることになります』

「わかった。預かろう……」


 彼が画面に手を触れると、書類は手続きの完了を表示して消えた。


 この時、【915】のいつも以上に淡々とした話し方に、彼は思わず顔を顰めてしまう。


「【915】、大変だったんじゃないか?」

『いえ。私はまだ“家族”ではありませんでしたので、できることはほとんどありませんでした』

『『……………………』』


『リリ』と【655】は並んで黙っていた。二人とも【915】を複雑な面持ちで彼女を見詰めている。


「【915】も花を入れてあげて。彼も君が来たなら喜ぶと思う」

『……………………』


【915】は彼から白百合を一本受け取ると、棺の横にしゃがんで中にそっと供えた。花を手放した指先が、顔に触れる直前でピタッと止まった。


『………………なぜでしょう』

「え……?」

『なぜ、この方はわたしなどを伴侶にしようと思ったのでしょうか?』


 棺の中を見詰めながら、振り向きもせずに【915】は話し始める。


『最初に家事を手伝いに行った時、この方の部屋はとてもキレイで何もすることがなかったのです。飲めないお茶を出されて、食事の準備をする時間まで話を聞くだけでした』

「緊張してたのだろう。あまり『プログラム』を使ったことがなかったらしいし……」

『わたしが尋ねる前に、彼の方から自分の趣味や好みなどを色々とお話くださったので、次のお手伝いの時に参考にしました』



 手伝いといえば食事の用意だけだった。

 ある日は留守番だけ。

 尋ねられた事に答えるだけ。

 休みに買い物に付き合っただけ…………


 彼女が青年の下を訪れてから今までのことが、箇条書きを読むようにぽつりぽつりと語られていく。


『何でもできる方でした。だから、別に家政婦など、ましてや伴侶など不要だったのでは…………』

「楽しかったからだよ」

『え……』

「彼は君と一緒にいると楽しいって。帰ってきた時に君がいると、心が休まると言っていた」


 大きく見開かれた目は、棺の中へその視線を集中させた。


『心……』


 そう呟いた声が微かに震える。


『わたしは、自分でも“心が無い”と自覚していました。面白いことや、楽しいことを言ったこともない。この方に愛想良くしたこともありません。何で………………』

『【915】……?』

『……………………』


 そこで言葉が止まり、『リリ』が心配そうに近付こうとすると【915】は棺の前の床に顔を伏せた。


 棺の縁で握りしめられた拳が、ドンッと一度だけ強く打ち付ける。


『わたし……わたしはっ……貴方に何も、できませんでした……!! なんで……なんで、貴方はわたしに“好き”だなんて言ってきたんですか!? わたしはプログラムです!! 人間じゃないんですっ!! うっ……うぁ……あああああっ……!!』


 声を荒げたことのない【915】が、床に顔を伏せて激しく泣き叫んだ。


『うぅっ……あああああっ……!!』


 しばらくの間、部屋には【915】の嗚咽だけが響く。


『『…………』』

「……………………」


 その光景に『リリ』も兄の【655】も身動きできずに立ち尽くし、彼もただ黙って見詰めるだけだった。




『ふ……うぅ……ぐすっ……』


 少しだけ泣き声が落ち着いた時、彼は【915】の横へそっと座った。


「【915】、少しだけいいかな?」

『う、うっ…………は、い…………』


 泣いていても、彼女は律儀に小さな返事をする。

 彼は床に這いつくばっていた【915】の肩を支えて起き上がらせた。


「彼が今際に呼んだ名があったらしい。もしかしたら……『ーーーー』って……」

『………………それ……』


 彼が“それ”を伝えると、【915】は涙で濡れた顔を上げて驚く。声を絞り出して答えた。


『それは…………彼が付けた、()()()()()()です……』


 青年が少し前に【915】に付けた名前。

 家族だと証明するのに必要だったものだが、当人たちにとってはそれ以上の価値があるものである。


「やっぱりそうか。いい名前だね、これからはそっちで呼んだ方が良いかい?」

『…………………………』


 彼の提案にちょっと考え込んだ【915】だが、首を左右に振って彼を見据えた。


『いいえ。本来、その名前は……あの方に呼ばれなければいけないものです。あの方以外に呼ばれるのは…………正直、嫌です……』

「そう。じゃあ【915】…………君に預けたいものがあるんだ」

『え…………?』

「『リリ』、ちょっと()()を出してくれるか?」

『へ? あ、はい!』


 呆然としていた『リリ』は慌てて、ワンピースのポケットから何かを取り出す。そっと手のひらに乗せて【915】へと差し出した。


 そこにあったのは、ゴルフボールくらいの水晶玉に似たもの。水晶の中ではキラキラ光るリボンのようなものが蠢いている。


『これ…………』

『私が器を作ったの。彼の“データ”は所長が集めてくれたわ』

『…………ですが……これをわたしが持っていっても……』

『【915】の手から渡して。“聖女の補佐”だって【143】に言えば保管しててくれるはずよ。私に近しい人として“巡って”くるから……その時、あなたが私を見つければいい。そうしたら、彼も一緒に見付かるはずよ』

『彼を……リリの補佐に?』

『ええ。助手さん、とても優秀だったから。もともと、そうするつもりだったの』


【915】は一瞬だけ躊躇うような表情を見せたが、まっすぐに『リリ』を見詰めると、その水晶玉を両手でそっと受け取った。


『ありがとうございます…………必ず【143】に届けておきます……』

『うん。お願いね』


 ピピピピ、ピピピピ、ピピ…………


 急に何かのアラーム音が聴こえてくる。


『…………【915】、そろそろ帰らないと。政府のシステムが異常を見つけようと動いてる』

『はい、兄さん。では、失礼します……』


【655】は【915】の手を取って立たせると、棺に向かって一礼をした。


『“新しい世界”で巡ってきたら、その時は妹のことを頼むぞ…………じゃ、またな!』


 言い終わると双子の姿は一瞬で消える。


 それと同時に、


『そろそろお時間ですので、お帰りの準備をお願いできますでしょうか?』

「はい。わかりました」


 急に部屋に入ってきた『葬儀場職員』のプログラムが、彼と『リリ』に向かって何の表情も無く退室を告げた。



 …………………………

 ………………




 自宅に戻ったのは日付けが変わる少し前だった。葬儀の直後、彼は『リリ』と一緒に青年が住んでいた部屋を訪れ、死後に行う全ての手続きをその日中に終えてきたのだ。



 夜が明ければ、彼にはいつも通りの仕事が待っているが、今は少しも眠ろうという気になれない。


『はい、お茶。少し飲んだら、もう休んだ方がいいよ』

「うん……」


 ふわっと花の香りのするミルクティーが置かれる。彼はそれを見詰めるだけで手に取ろうとしなかった。


「…………遠い未来で『リリ』は『聖女』って呼ばれるようになるんだよね」


 そのセリフが彼の口から出たのは、昼間に“聖女の補佐”という言葉を聞いたせいだろう。


『必要があれば。必要なければ呼ばれないよ』


 なぜ、そんなことを聞いてきたのかと問わずに『リリ』は彼に答えた。しかし、顔は明後日の方向を向いて表情を見せない。


「必要な事態って?」

『………………』

「私たち現代の人類が滅びること?」

『………………』

「それを食い止める手立ては?」

『………………』


 彼が質問をする度、『リリ』の肩は微かに揺れる。おそらく、元々は『館長』の『プログラム』であるが故に、反政府になり得る“真実”の質問には存在保護のために答えることができないのだろう。


「…………『リリ』、答えてくれ」

『………………』

「君が『聖女』になる()()は?」

『…………っ……』


 ビクンッ。一番大きく体が揺れた。

 振り向かないまま呟く。


『…………に……パ……セント』

「聴こえない。もう一度」

『………………92%…………』

「…………そう……」


 “人類の8%が生き残り、92%が滅ぶ”のではない。


「このままいけば、92パーセントの確率で『全人類』が滅ぶんだね。完全にリセットされた世界に、惑星のシステムが新たに人類を増やす。その時に必要なのが『聖女』たちってことだ」

『……………………』


 俯いた後ろ姿は肯定である。


 彼女が『聖女』と呼ばれるのは、人類が滅んで再生された後の世界。


永久図書館(ライブラリィ)】側の見解では、人類の滅亡はほぼ決まっているのだ。


『それは…………』

「いいよ、何となく分かってた。【143】や【472】も、同じようなことは言ってたんだし。でも…………」


 彼は深く息をついた。


「思ってたより()()()()()()()な……」

『へ?』


 弾かれたように振り向く『リリ』に、彼はにっこりと笑いかける。


「8%では、『聖女』たちは不要になる。一部人類、または全人類が生き残るってことだから」

『そ、そういうことだけど……』

「『聖女』に『賢者』『王』…………まるでファンタジーの世界だ。あの『館長』の趣味が出てるな……」


 時々、彼や『館長』が息抜きにやっている『政府公認』のゲームの世界観そのもの。


「可能性8%で世界を救えたら、その人間はまさに『勇者』って呼ばれるだろうな」

『……勇者……?』

「うん、『勇者』だよ。『魔王』を倒すのだから」


 ――――例え命懸けだろうと、相打ちだろうと…………“いい歳だから”と逃げれば、下の世代へと()()が回っていく。


「私は、若い子にこんな世界を譲る気にはなれない……」


 果たして、平均寿命間近の『勇者』は92%の『魔王』を倒せるのだろうか?





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ