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第九話

 時は少しずつ過ぎていく。


 次期所長と期待されている青年はこの日のために、ここ二ヶ月の間、必死に準備を進めてきたのを彼は充分理解している。




 この日、『総合研究所』内に造られたある建物には、百を超える人間とそれよりも多くの世話用の『プログラム』が並んでいた。


 言ってしまえば、ここにいる人間は“選ばれた者”である。


中央都市(セントラルコア)】の中心にある『総合研究所』には、世界中から優秀だと判断された10才から15才までの若者が集められていた。


 これから一ヶ月ほど、研究の部門ごと数日に分けて行う研究行事がある。


 集められた者たちは『惑星の未来を担う人材になること』という目的で様々な講義を受け、試験や実験を繰り返し、最終的には個人の能力によって世界中の研究施設へと割り振られていく。


 全員が未来ある優秀な子供たちであるから、各施設の代表者もその様子を見ていて、後に人材の取り合いになるのが毎回の定番であった。





 所長室でも、彼がソファーに腰掛けて講義の会場を映すモニターを眺めていた。


「いつも思うが、引き取られた先でどんな成長をするのか、それをこちらが見極めるのが大事なんだと思うけど…………ここで彼らの人生の配属が決まってしまうのだよなぁ」


『ちょっと尚早だよな。あいつらガキなんだから、最初は平凡でも後から伸びる奴、逆に最初は優秀でもそこで頭打ちの奴も結構いる。普通は“未知数”だって思うもんだよな』


「普通……ね」


 所長である彼の隣り、白っぽい髪の毛の美少年が皮肉たっぷりの微笑みを浮かべて座っている。『リリ』の仲間である【143】だ。

 今日はこの講義の見学も兼ねて、彼のところへ日頃の息抜きに来たという。【143】も仲間内では上に立つ立場であるため、それなりに気苦労をしている。


 ちなみに、彼の『子守り』のプログラムである『リリ』は、こっそり講義の会場で他のプログラムに混じって手伝いをしている。将来、彼に関わるかもしれない人材を直接見ておきたいという。




 画面の中で必死に講義を受けている子供たちと、目の前にいる所長の彼を交互に眺め、【143】は小さくため息をついた。


『お前が“アレ”じゃなかったら、今頃は中級者として“生活空間”に入れられてただろうな』


 呟きに近い小さな声。

 周りに誰もいなくても、賢い【143】は言動に注意している。自分のためでもあるのだろうが、皮肉屋に見える彼が人一倍気遣いしいなのは『リリ』たちの間では有名だった。


「“アレ”だから私はここにいる。中級になれば良い方だ。子供の頃の私は、ちょっとボーッとした子供だったから……」


 ――――地位を確立した今でも……『アレ』っていうのは大声で言えないのが現実か。



『アレ』とは、生物として自然に生まれた人間『原始人種(プライマリー)』というものを指す。それとは対に『人工配合人種(アーティファクト)』という呼び名があったが、これは現代では当たり前の人間として認知されており、この呼び名は廃れてしまっていた。



原始人種(プライマリー)』は『人工配合人種(アーティファクト)』よりも、配合される遺伝子の組み合わせが安定せず、身体能力や頭脳指数が低い人間が生まれる確率が高いとされていた。


 そのせいなのか、通常は10才になると能力の判定次第で居住区域を分けられるはずだが、『原始人種(プライマリー)』として生まれた子供は15才まで様子を見られることがある。


 その事は一部の者から、“『原始人種(プライマリー)』は劣っている旧人類”という間違った解釈をされる場合もあり、差別問題の引き金にもなりかねなかった。



「幼いうちから優秀だというのが望ましい世界だからな……」


『スロースターターの奴が圧倒的に不利な世の中だ。そういや、所長だって成人前も優秀だったけど、これといってパッとしなかったしな。研究所所長の候補に挙がったのだって、二十代になってからだったよな。両親の実績が無けりゃ、その前に中央からいなくなっててもおかしくなかった』


「まぁ、そうだね……」



 この世界で望まれるのは、幼いうちから頭一つ秀でた人間である。

 10才までに頭脳明晰だと判断されれば、“上級”の人間として研究施設へ送られる場合が多い。


 これといって特徴がないが、健康な人間なら“中級”として『生活空間』という場所へ送られ、人類存亡のために細胞の提供者として暮らす。


 そして、さらに特徴が無く一度でも他よりも劣っている判断されれば“下級”または“低級”とされ、子孫を遺すことも許されず、人間としての扱いは最低限の場所へ送られてしまう。


 だが、彼の両親は優秀な研究者だった。その二人の血を引いた『原始人種(プライマリー)』だったからこそ、彼は将来を期待されて才能が開花するのを待たれていた節もある。



「たかだか十年で人生がほぼ決まってしまうのも、なんだかやるせない気になるねぇ……」

『見方によっては楽だが、まるで“レッテル”を貼られるみたいで気分は悪い』


 淡々と語る【143】の視線はモニターから外れない。


「『育児機関』卒業時に過小評価された子供はたまったもんじゃないだろう。一応、救済措置はあるのだけど前例はあまり多くないというな」

『…………………………』


 彼がそう言うと【143】は俯いて少し考え込み、次に顔を上げた時に目の前に何かのファイルを出現させる。


『あまり多くなくても、“中級”から“上級”になるパターンもあるんだよな? どんな人間でも……』


「あるよ。本当に少数だけどね。本人のやる気とその環境での生活の様子、政府が“臨機応変に耐えうる判断を育てるため”に用意したヴァーチャルシュミレーターゲームの得点、そして任意で受ける試験の結果次第では、中級の『生活空間』から【中央都市(セントラルコア)】への転住の可能性は充分ある……はずだよ」


『そっか……』

「希望は捨てなくていいんじゃないかな」


 彼はわざわざ中級の『生活空間』を例にあげる。それは【143】が聞きたいことの意味が分かっていたからだ。


「【844】はまだ塞ぎ込んでいるの?」

『いや、さすがに通常の行動には戻っているけど、まだ()()()のことは諦めていない。どうにかできないかと、俺も考えていたんだけど…………』


 それは【143】の妹である【844】が五年間『子守り』として世話をしていた人間の話だった。


 当時【844】はその人間を好きになったが、感情を持つ『プログラム』を排除しようとしている政府の監視に引っ掛かりそうになり離れ離れになってしまった。


 相手は中級の人間で『生活空間』と呼ばれる場所に隔離されている。人類を増やすために政府の監視下に置かれている“細胞の提供者”だ。



「お? それは兄として妹を応援するってこと?」

『まぁ……認めてやってもいい。ついでに、こんなのも見付けてしまったし…………』


【143】は自分の目の前にあったファイルの画面を指で指で弾いた。すると、同じものが彼の目の前にも出現する。


「これは……その、例の彼の個人情報か?」

『そう。気になって調べてみたら、そいつは“レベル3”まで情報が載ってた』

「レベル3? 『生活空間』の人間で何を秘匿する事が……?」


 通常、何も無い“中級”の一般人の個人情報は二段階しかない。

 一段階目は『名前、性別、年齢』などの基本情報であり、本人の許可がなくても上級の人間が閲覧できるもの。

 二段階目は『国籍、出身地、居住区、頭脳値、身体能力値』などの個別の情報であり、これは国が把握している情報であった。


 そして、三段階目は上級の人間でも一部しか閲覧できない『極秘情報』とされる。


 よほどの事がない限り、作成されることはないのだが…………


『こいつ、所長と同じ“原始人種(プライマリー)”だったんだ。完全に偶然だったけど』

「えっ?」


 彼はすぐに画面を覗き込み詳細を確認する。


 そこには確かに


『特記事項:出生時、母体による出産』


 と書かれており、これは『原始人種(プライマリー)』を意味する言葉だった。


「そんな……『原始人種(プライマリー)』なら必ず【中央都市(セントラルコア)】での暮らしになるはずだ。例え能力が低くても、研究の対象として保護されるから……」


 少なくても、彼が生まれた時はそのような決まりがあった。出生率が落ち込んだ現人類にとって、自然に生まれる『原始人種(プライマリー)』は希望だと言われたからだ。


『さらに能力値を見てみろ。レベル2に書かれている情報と違う』

「…………本来の身体能力がかなり高い子だな。これが本当なら、人体専門の研究機関から“アスリート”としてお呼びが掛かってもおかしくなかっただろうに」

『なのに…………こいつは中級にされた。仕事も与えられず、がっちり生活を政府に監視される所にな』

「少なくとも『細胞の提供者』にはなっているから、生活の保障は完璧なのが救いか……」

『外界へ行く自由も与えられないのに、どこにも救いがないだろーが』

「…………………………」


 彼は書かれている内容を指でなぞって、この人間がなぜここいるのか理由を探した。しかし、彼の知識の中ではその理由を打ち消す答えしか出てこない。


 ――――この子の年齢は……今年で18か……。


「ここ二十年ほど、私が調べても『原始人種(プライマリー)』を確認できなかった。こんなに厳重に隠されるなんて…………」


『総合研究所』の所長にもなると、レベル2くらいの情報は簡単に手に入る。本気で調べればレベル3でも辿り着くことは可能だった。


 しかし、本来なら出生が『原始人種(プライマリー)』である情報はレベル2。特に隠す必要はなかったはずである。


 ――――特に人権や出生に関しての法律は変わったりした訳じゃなし…………。


 少数であることの不安が少なからずある。全ての原因が『原始人種(プライマリー)』であるから…………と、言われているようで良い気分はしなかった。



『俺も妹が関わってなかったら、ここまで調べられなかった。貴重な自然人類を隠すなんて、世界政府はどうなってんだろうな』

「そんな訳はないと思うが…………大統領(うえ)……の考えを完璧に理解は難しいかもね」


 内心、彼も【143】の言うことが本当ではないかと疑ってしまっていた。


 ここ数年、人口の落ち込みも平均寿命の低年齢化も著しい。それに対して政府は『国民を混乱させないように』と事実を隠しているのだ。


 以前はもっと、積極的に研究機関が関わって対策を練っていたように思える。



『そっちの大統領さんは、人類を増やす気がないのかと思っちまうよ』

「そっちの『館長』は何て言ってるの?」

『“とにかく備えろ”と。最悪なことは考えたくないけど、俺たちも今から“人選”をしていくことになる』

「…………人選……」


 “最悪”から導き出される未来。

 それは醜悪な『取捨選択』になる。


「選ばれなかった人間は、どうなると思う?」

『そんな人間が出ないように、所長たちが踏ん張ってたんじゃないのか?』

「もちろん……そのつもり……」


 ――――そのつもり、だけど…………


 モニターの向こう、講義を受ける“選ばれた若者”たちは安泰で、その他の人間はどうなっていくのか?


 何故、『原始人種(プライマリー)』が隠匿されたのだろうか?



「……何かが知らない間に動いてる」


 小さな歪みに足を取られそうな気分だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 彼はプライマリーだったのですね!
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