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第零話

「ごはんにするから、お皿並べてちょうだい」

「はい」


 台所から若い女性の声と、それに応える声が聞こえる。


 キッチンのカウンターに並んだ皿を、少し離れたテーブルへ運んでいるのは12、3才くらいの金髪の少年だ。


「ねぇ、お母さん?」

「なに?」

「お母さんは、なんで“家事”をしてるのですか? アカデミーのみんなの家では、家事は毎日『家政婦』がしているって言ってました」


 料理を運ぶ母親に向かって、少年は首を傾げている。


「あら、うちだって『家政婦』には手伝ってもらっているわ。週に三回くらいだけど」

「でも……僕がいる時、家で『家政婦』を見たことがありませんけど……?」

「それは……私が直々に、あなたのために家事をしたいからよ。あなたは私の“特別”なのだから……」


「…………“特別”……? それを言ったら、お母さんの方が特別だと思います。一般では、()()()()()()()()()()()()ですよ?」


 ますます不思議そうな表情をする息子に、母親はくすくすと笑い始めた。


「普通なんて、時代と共に変わっていくの。うちは母親(わたし)がいるのが普通。それで良いでしょう? ダメ?」

「ダメじゃないです。僕にはお母さんがいるのが“普通”で良いです!」


 にっこりと笑う母親に、少年もつられて笑顔になる。


「でも、そうね……今度、あなたがいる時に『家政婦のプログラム』に来てもらわないとね。あなたも将来、『プログラム』を使うようになるのだから。いえ、()()()()()なると思うわ」

「…………つくる?」


 母親はテーブルから離れて窓際へと移動した。窓には美しい山脈の景色が広がっている。


 母親はそっと窓ガラスに手をつく。


「“ホログラム”解除……」


 フォンッ。窓が一瞬光って再び外を映した時、その景色は一変していた。


 先ほどの緑色の木々は一本もなく、変わりにびっしりと生えたビル群。

 ビルの下は無機質なタイルが敷き詰められ、そこを歩く人々はまばらである。


 そして、そのビルの町全体を覆うように、薄い透明な()がドーム状に張られているのがわかった。その向こうの空は、恐ろしいほど晴れているがどこか霞んだ青。



「………………」


 母親は黙って外を見詰めた。

 少年が隣りに立って母親の視線を追うと、それはビル群の向こうに建っている一際高い建物だった。


「あれ、『総合研究所』ですね」

「ええ……私があなたを産む前に働いていた場所よ」

「すごいところだって、みんな言ってました」

「そう……とても尊敬できる人がいたの。今でもその人は研究を続けていると聞いた……」


 うっとりと語る母親は、いつもと違った雰囲気をまとっている。


「お母さん、またあの場所に行きたいのですか? また、研究者に戻りたいとか……?」


 母がそれを望んでいる……少年にはそう思えてならない。しかし母親は首を横に振った。


「いいえ。私は行かない……でも、いつかあなたは行くことになるはずよ」

「僕が?」

「数年後には『会長』があなたを『所長』に会わせるって言ってたの。きっと()()ができるだろうからって」

「所長…………あの研究所の……」


 あの研究所は世界の中心に立っている。


「あそこは『上級の人間』の最高峰です。僕に行ける場所でしょうか?」


 建物を見上げながら、思わず少年は呟いた。その言葉に母親は少年の前に跪き、彼の両肩をしっかりと掴む。


「大丈夫、絶対に行ける…………『クリス』、あなたは特別な“プライマリー”なんだから……」

「お母さん……?」


 静かな口調だが、母親の瞳には強い意志が宿っているように見えた。





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