第8話 イベント開始
□2024年3月4日 冒険者ギルド クロウ・ホーク
土曜日の今日、この世界で初のイベント初日を迎える。
冒険者ギルドの酒場の隅、俺が好んで居座っているところから見る景色は何といえばいいのだろうか。
そわそわしている旅人が多いという印象だ。
「最初は荒れるだろうな」
「そうなの?」
「ある程度ポイントの稼ぎ方が定まった頃ならともかく序盤は無茶をやりだす連中も出てくると思う」
クエストを達成して、モンスターを倒して、ポイントを稼ぐのが目的のプレイヤーたちは問題ない。
効率重視のプレイヤーはすでにネビュラやほかの街に移動済みだ。
問題は商売でポイントを稼ごうとするプレイヤーである。
「初心者支援、という名の大安売りによる市場破壊。もしくは詐欺紛いの値段の吹っ掛け。ほかにもいろいろ思いつくな」
ある程度レベルが上がると、《鑑定眼》や《審美眼》、《嘘感知》というようなスキル群に加えてある程度の金銭感覚が身につく。
ようは不当な取引をしづらくなる。
ここら辺が難しいのは、トレードはあくまで個々人の裁量に依存するからだ。
正直この世界は迷惑行為程度ならなんの問題もないのが実情だ。
プレイヤー間同士の殺し合いすら許容されているのだから当然だろう。
それすらも【賞金首】や【指名手配】というシステムに組み込まれコンテンツの一つになっている。
アカウントの作り直しが効かないおかげでPKシステムがありながら自浄作用が働くだけ温情な部類だな。
高い自由度というのもあるが、管理AIが動く案件は基本ハラスメント判定ぐらいというのが現実だ。
街の外だと「罵詈雑言? 知るか、ならお前が死ね!」がある程度まかり通るゲーム性なうえPKされた側が先に煽っていた場合通報権は与えられない。
先に煽ったんだから殺されても文句は言うなという管理AIによる判定が行われる。
そういうのに興味ないプレイヤーはダンジョンに一人潜り続けていたし、良くも悪くもPK騒動の影響は大きかったように思う。
「まぁなんにせよ」
メニューに映し出される現実時刻が……12:00を指す。
「なるようになるだろ」
─システムメッセージ─
イベント【Impact The World】開始しました。
☆
「始まったのよね?」
ユティナは周囲を見渡す。
何か変化がおきたわけではない。
周囲も騒がしいが次第に落ち着きを取り戻すはずだ。
「お、おー。見事に0ポイントだ」
メニューに映し出されるは0ポイントの文字。
とりあえず。
「すみませーん! 兎肉のシチュー2つお願いします」
「はーい!」
注文をしつつ、ポイントを見ても変化はなし。
この感じだと支払いが完了したタイミングかな。
「クロウ、なにしてるの?」
「んー、腹ごしらえ兼様子見かなぁ。ユティナも見るだろ」
個人ランキングは15分ごとに更新されるらしい。
最初の動きだしの流れは見ておいた方が戦略を立てやすいはずだ。
1週間以上のイベント期間がある都合、フルタイムで稼働し続けられるのは一部の廃人ぐらいだろう。
だったら様子見というのも選択肢としては悪くない。
「お、きた」
注文したご飯に舌鼓を打ちつつ、更新されたランキングを見る。
そこには全体の個人ランキング、国別の個人と種別ランキングが掲載されていた。
「上位はすでに100ポイント以上か……って」
ルクレシア王国の国別ランキング上位にすごい見覚えのある名前達が並んでいた。
「8位、トゥンクトゥンクトントンタトンチタンT&T、91ポイント。5位、ちょこちょこドドリアン、103ポイント」
そして。
「1位、アブソリュートエターナルカタストロフィ・彗星、207ポイント」
「……クロウさん」
「……なんでしょうかユティナさん」
「責任は?」
「取りません」
明らかに一人少しだけ抜けていた。
おそらくMPをすべて消費して強めのモンスターを倒したのだろう。
いや、理解はできる。
彗星は最大火力と経戦能力に優れたプレイヤーだ。
全プレイヤーの中でもそれに関しては上位クラスのはずで、前衛職の経戦能力と後衛職の砲台としての火力を高サイクルで回せるのが彼女の強みである。
ありていに言えばこのイベントと相性がいい。
集中力の持つ限りひたすら戦い続けることすらも可能だろう。
「遠い地の彼方で活躍を見ておいてくれって言われただけだから……俺はちゃんと見てるぞ」
そのままポイントを見ていく。
全体的にモンスター討伐組がポイント的に優位に立っているようだ。
ただ。
「メリナが……67ポイントで上の方にいるな」
モンスターだけを倒していれば上位に入れるわけではなさそうだ。
あくまで最初はモンスターの討伐が有利というだけだな。
このままいくといずれモンスター討伐のマイナス補正が入りポイントの伸びが悪くなるのだろう。
狩場を変えるか、さらに難易度の高いエリアの深部に向かうか工夫が求められてくる上、デスペナルティになるリスクも高い。
集めた素材を加工して売りに出すにしても、戦闘職と生産職のレベル上げは全く別のベクトルだ。
本気でイベントに取り組んでいる生産職に太刀打ちするのが難しい以上、素材は雑に売り払い別のクエストや狩場に移動するような立ち回りが求められるだろう。
コンスタントに多様なクエストをこなす方が長期的に見ればプラスになるかもしれないな。
ここまでが大体国別の上位100人だ。
それ以下はずらーっと並び……0ポイントの俺の順位はルクレシア王国全体で6925位だった。
いったんここが下限だろう。
俺はそのまま会計を済ませ。
「お」
2ポイント加算された。
しょっぱいとは言うまい。
「さて、そろそろか」
メリナが稼いでいた67ポイントはこの仕込みによるものだろう。
イベントが開始して15分ほど経過した現在……カランコロンとギルドに大きな音が響き渡った。
周囲はざわめきだす。
きっとここだけでなく、他の商業ギルドや木工ギルド、いや、王都ルセス全体で似たような光景が見れることだろう。
「冒険者の皆様! ルクレシア王国よりグランドクエストが発行されました! どうぞ奮ってご参加ください! 詳細を確認されたい方は認識票を手元に取り出し《コール》と唱えてください! ルクレシア王国よりグランドクエストが発行されました!」
そのあと、何度も繰り返されるグランドクエストの8文字。
「《コール》」
職員に言われた通り唱える。
すると、ギルドの奥から本が宙を舞い俺の手元に飛んできた。
魔道具の一種か。
俺以外にも多くの冒険者がその3つの文字を唱え思い思いにそれを受け取っていく。
どれだけ用意したのかと思うが、スキルがあれば可能だろう。
「中身は聞いていた通りだな」
メニューを開けばグランドクエストの表示とともに、これでもかとクエストが書かれていた。
また、ものによっては現在の受注人数も書いてある親切設計だ。
その中身は、この手元にある本と同じであり……そして大半は一定地域に存在するモンスターの討伐依頼だ。
「ユティナ、街に繰り出すぞ。まずは前提条件の確認からだ」
「ええ、行きましょう」
イベント開始とともに、狙ったかのようなタイミングで街づくりクエストというべきそれは始まった。
【Impact The World】
あなたの行動すべてが評価対象です。
世界に影響を与えましょう!




