第7話 可能性の提示
□王都ルセス 魔導図書館 個室 クロウ・ホーク
「私が成長できるようになった?」
「ああ、俺のレベル上げと同じような感じだな」
情報を整理するために、俺たちは魔道図書館の個室に来ていた。
こういう時は本当に便利である。
「いいことよね。それで、どうしてそんな顔をしているのかしら?」
「……ユティナ、人生には取り返しのつかない選択というものがある」
俺があの日路地裏に向かわなければ《花の祝福》を見てゲームの目的が定まらなかったように、ネビュラでラリーと出会わなかったらレイラーから依頼を受けなかったように。
「つまり、俺たちは今選択を迫られている」
「選択?」
「そうだ。例えば、進化すると同時にユティナから漆黒の翼が生え角は伸び体躯は5メートルを超え、口から炎のブレスを吐き出す悪魔となったとする」
「さすがにその想定はやめてもらいたいわね」
イメージ的には悪の大魔王だ。
「すごくワクワクしないか?」
「あ、そうなるのは嫌だって流れではないのね。まさかそっちだとは思わなかったわ」
冗談はさておき、<アルカナ>は最初に生まれた段階で旅人で言うところのレベル50相当の戦力を有している、と言われている。
ガーディアンであれば、レベル50相当のステータスとアクティブスキルを。
サポーターであれば、ステータスは低い代わりにレベル50相当のスキル群を。
特にサポーターが所有するスキルについてだが、既存のジョブスキルの上位互換に近いスキルを覚えているという説が濃厚だ。
例えばハニーミルクのミツバチの<アルカナ>は、武器や防具に寄生することによって低コストで長時間の空中浮遊能力を獲得することができる。
【賢者】という上級職は浮遊魔法を使えるようなのだが、ほぼ上位互換と見ていいだろう。
同様にレレイリッヒの<アルカナ>であるオプトーは《観察せし眼》というスキルを覚えているが、あれは《鑑定眼》や《審美眼》の複合スキルに近いというのはレレイリッヒの言だ。
オプトーとの《視界拡張》があるレレイリッヒはわざわざ《鑑定眼》や《審美眼》を覚える必要がないということである。
ユティナの《反転する天秤》もおそらく、何らかのジョブスキルの上位互換に近い形で発現しているのだろう。
この<Eternal Chain>という世界のコンセプトだが、ここまで来たプレイヤーの大半は一つの答えに至るだろうな。
ずばり、「君だけの理想のモンスターを育てよう」。
昔どこかでみたことあるようなキャッチフレーズだ。
「さて、と」
視界に広がるは3つの選択肢。
メニューが拡張されそれぞれの情報が宙に表示される。
進化候補
【天秤の悪魔】ユティナ:純正進化
【天秤の悪魔】ユティナ:特殊進化
【天秤の悪魔】ユティナ:守護進化
どうやらどれか一つを選んで進化できるということらしい。
種族名:【天秤の悪魔】ユティナ 階位:Ⅱ
マスター:クロウ・ホーク
TYPE:サポーター
レベル:1/50
能力:
HP:666
MP:2000
SP:1200
STR:110
END:100
AGI:110
INT:1500
DEX:100
CRT:100
所持スキル:《スキル拡張》、《念話》、《反転する天秤》Lv2、《限定憑依》Lv2
《限定憑依》Lv2:アクティブスキル
マスター、もしくはマスターが所有権を有する任意の武具・防具に憑依する。
マスターに憑依時HPを除く全てのステータスを加算し、闇・呪い耐性微上昇。
武具・防具に憑依時すべての装備補正を1.1倍。
※任意のタイミングで《限定憑依》は解除することができる。
※マスターに《限定憑依》時、マスターが聖属性攻撃・光属性攻撃を受けると強制解除される。強制解除された場合一定期間の間、《限定憑依》を発動することができない。
クールタイム:0秒
《反転する天秤》Lv2:アクティブスキル 使用SP 1
マスターが装備している任意の武具・防具のマイナス補正をプラス補正に変換。
マスターが装備している任意の武具・防具のプラス補正をマイナス補正に変換。
耐久値が基礎耐久値より低いほど武具攻撃力・武具防御力が上昇。
※二度使用すると元に戻る
※同時に二つの装備に効果指定可能
クールタイム:0秒
まずは純正進化、つまり今までの方向性で純粋に強くなる。
MP、SP、INTが高くなっているので《限定憑依》時における支援能力が上がるようだ。
所持しているスキルの性能も進化に合わせて上がるらしい。
種族名:【天秤の悪魔】ユティナ 階位:Ⅱ
マスター:クロウ・ホーク
TYPE:サポーター
レベル:1/50
能力:
HP:666
MP:800
SP:300
STR:110
END:100
AGI:110
INT:800
DEX:100
CRT:100
所持スキル:《スキル拡張》、《念話》、《反転する天秤》Lv2、《限定憑依》Lv2、《闇魔法》
「闇魔法の習得か」
特殊進化は新しいスキルを覚えることができる代わりにステータスは純正進化より低い。
戦術の幅が広り、ユティナが自衛手段を獲得できる点が優れているところか。
《限定憑依》の強制解除のデメリット時にも最低限戦うことができるようになる、がMPとINTは下級職レベル40ほどのステータスに加えて耐久はほとんど変化がないのであくまで最低限だ。
問題は最後の守護進化だ。
種族名:【天秤の悪魔】ユティナ 階位:Ⅱ
マスター:クロウ・ホーク
TYPE:ガーディアン
レベル:1/50
能力:
HP:666
MP:2000
SP:1000
STR:200
END:400
AGI:500
INT:2000
DEX:500
CRT:150
所持スキル:《闇魔法》、《天秤の猛威》Lv2、《浮遊》
《天秤の猛威》Lv2:アクティブスキル
自身の状態異常の効果を反転させる。
自身のバフとデバフの効果を反転させる。
発動中はSPを秒間1ずつ消費
反転させた状態異常の数だけINT・AGIにプラス補正
※最大2つまで
クールタイム:5分
《浮遊》:パッシブスキル
宙に浮き移動することができるようになる。
一定以上の高さに浮くとSPが消費される。
※移動速度はAGI依存
「つよー……」
ユティナが<ガーディアン>だった場合の世界線。
その答えが今、目の前にあった。
レベル100弱相当のステータスから繰り出される闇魔法攻撃。
空を飛び移動できる機動力。
状態異常を反転させるアクティブスキルによって不意のバッドステータスも対策可能。
後衛としてこれ以上ないほどに理想系だ。
サポーターとガーディアン。
どっちが強いのかという議論は各所で度々起こっている。
ただ、今まで俺が戦ってきたガーディアンの<アルカナ>は文字通り生まれたばかりの強さだった、ということだ。
【魔王】という存在に至った時の<ガーディアン>は一体どれだけの強さになるのか。
「……」
おそらくここが分水嶺だ。
これ以降、進化が可能になってもサポーターとガーディアンを任意で決めれる機会は無いと見ていいだろう。
レベル100まであげればプレイスタイルのある程度の方向性は決まっている。
だからこそ、このタイミングなのだ。
「救済措置と見るか……」
ある意味究極の選択だな。
今までの戦闘スタイルを全て捨てることになるが、まだ間に合う。
というかこの《天秤の猛威》ってスキル俺が欲しいんだけど。
「これからの成長先が目に見えるのってとても新鮮ね。クロウがジョブを選んでる時の気持ちが少しわかった気がするわ」
彼女は楽しそうにそれを見ていた。
不安や葛藤というものがないようで、それこそ初めて見るおもちゃにワクワクしている子供のように……
……そうだな。
未来の完成系を思い描いて育てる。
それがRPGの醍醐味だ。
「ユティナはどれになりたいとかあるか?」
「ふふ、クロウ。何を言っているのかしら?」
聞けば、ユティナはくすくす笑った。
何かおかしなことを言っただろうか?
すると彼女は佇まいを直し俺のことをまっすぐ見る。
目と目が合った。
「私は【天秤の悪魔】ユティナ。あなたと共にあり、あなたと共に歩む者。クロウが選んだ道こそ、私が進む正道よ」
……ずるいな、それは。
かっこよすぎる。
「しいていうのであれば、特殊進化? がいいと思ってるわ」
少し衝撃に固まっていると、彼女は特殊進化が良いのではないかと言った。
「理由は?」
「勘ね」
なるほど、勘か。
「あとは保留するというのも一つの手としてありよね。今すぐ決めなければならない理由がないのであれば、本当に必要な時に選ぶということもできるはずよ」
そう言って、ユティナはさあどうすると言わんばかりに俺のことを見つめてきた。
そう、だな
「……ユティナ、悪いがもう少し待ってくれないか?」
であれば、もう少し悩んでみるとしよう。
「ええ、それがクロウの選択なら」
ああ、そうだ。
この究極の選択を最大限に悩み楽しむことにしよう。
それこそが、このゲームの醍醐味なのだから……
☆
「ちなみに次のジョブはもう決めたの?」
少しの小休憩のあと、ユティナは次のジョブについてどうするかについて聞いてきた。
「そうだなぁ。【高位呪術師】になれればよかったんだが、条件が達成できてなくてな」
【高位呪術師】になる条件は……
1つ目に【呪術師】のレベルが最大であること。
2つ目に、ランダム生成で一定以上の性能の呪物を2000点作ること
3つ目に、一定以上の強さのモンスターのHPを60%以上削って倒すこと。
「3つ目は気づいたら終わってたから、おそらく【マグガルム】の討伐が実績に反映されたんだろうな」
2つ目が問題だ。
石を呪った数なら問題なく達成してるのだが、ある程度の性能を確保して作るとなると全然足りない。
だから、これは後回しにするしかない。
「そこでだ」
俺はメニューを操作し、3つのジョブを選んだ。
「大体戦闘スタイルの方向性は定まってきたように思う。その上で俺達に必要なのはMPとINTとみた……だがそれ以上に、まずは地力を上げることに注力しよう」
【冒険者】と【盗賊】の2つをサブジョブにセット。
これで、《宝感知》と《毒感知》分の感覚器官が拡張されたはずだ。
というより、他のスキルは大体覚えている。
《スラッシュ》などの基本スキルは大体のジョブで据え置きだ。
しばらくは準汎用スキルの強化に注力するぐらいだな。
そして、これだ。
「【魔術師】?」
「そう、【魔術師】だ」
魔法の術を習得するジョブ。
目指すはレベル50で覚える《詠唱置換》。
ちょうどいいことに《呪光》という呪いにして魔法を覚えたのだ。
「そりゃ目指すだろ、魔法使い」
これで一通り決めなければいけないことは終わった。
「あとは今動くか、イベントが開始してから動くかだが……、うん、開始してからだな」
おそらく、イベントの性質上その方が稼げるはずだ。
俺はそのままメニューを操作しメリナにメッセージを入れ……
「……はっ、考えることは同じか」
メリナからちょうど来たメッセージを見てつい笑ってしまった。
さあ、イベントに備えるぞ。
 




