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第5話 狂気との顔合わせ

□商業ギルド クロウ・ホーク


 メリナに連絡を入れた翌日、俺は早速依頼を受けるべく集合場所に向かっていた。

 イベント開始までまだ数日あるためポイントには加算されないが特に問題はないらしい。

 とにかく先に進めたいということなのだろう。


「護衛兼相談役としてメリナに紹介されました。クロウです、本日はよろしくお願いします」


「クロウの<アルカナ>のユティナです」


 集合場所には2つの人影があった。

 聞いていた通りの特徴なので、彼らだろう。


「<アルカナ>?」


「ルーグ。そう不躾な目で見るものではないですよ。失礼いたしました。クロウさん、ユティナさん、本日はよろしくお願いします。私は商業ギルドから派遣されましたラットと申します!」


「ラットさんですね。よろしくお願いします」


 年齢は20代後半ぐらいだろうか。

 仕事ができそうな雰囲気を醸し出している。


「ん、クロウ? そうか、なるほど……」


 もう一人は赤黒い髪をした凛々しい青年だ。

 俺と同い年か少し上といったところか。


「ルーグ、自己紹介を忘れていますよ」


「おっと、そうだった。商業ギルドから派遣されてきた。私のことはルーグとでも呼んでくれ。これから共に調査に赴くのだ、もっと力を抜き話そうではないか」


「よろしくお願いします」


「……なんかかたくないか? 昨日はもっとこう」


「ええ、人によりけりです」


 さて。


「クロウさん。我々はこれから調査に赴き意見を言い合うのです。力を抜いていただいて構いませんよ。私はこの話し方が定着してしまっているので……年齢も近そうですしルーグとはぜひ自然体でお願いします」


「はは、お言葉に甘えまして。ルーグ、今日はよろしく。護衛として最善は尽くさせてもらうさ」


「クロウよ、任せたぞ」


 メリナの野郎……


(なーにが調査に赴くだけ、だ)


 厄ネタの匂いがプンプンしやがる。


 まず、商業ギルドから派遣されたという一人目の男だが……レイラーと似た雰囲気を感じる。

 強者寄りの人間だな。

 そして問題はこのルーグと名乗った男だ。


(最低でも貴族階級は確定だな、隠す気があるならちゃんと隠してくれ)


 立ち振る舞い、オーラとでもいうべきか。

 やらかしたら間違いなく首が飛ぶ案件である。

 飛んだところでデスペナルティになるだけだが。


 装飾品などを作り気に入られた結果貴族街に兵士同伴で入る旅人は一部いるが、貴族の方から外に飛び出してくるとはな。


(のこのこ外に出てくるとか、かなりチャレンジャーだな)


 少なくとも、貴族の子息が護衛一人に任せて外に出てくるとは考えづらい。

 姿形は何らかの方法で偽装してると見ていいな。

 他にも護衛がいると考えていいだろう、が周囲は見ない。

 ここで周囲を見たら俺が感づいたことが感づかれる。


(クロウ、方針は?)


(当然なにも知らないふりだ。俺はメリナに推薦された通り護衛の仕事と旅人としての意見だしに徹すればいい)


 あくまで俺がこれから接するのは商業ギルド所属の仕事相手だということだ。

 俺もそれに合った対応をする必要がある。

 ルーグが貴人なのは、注意力があるプレイヤーならだれでも気づく。

 おそらく気づかせるのも向こうの狙いだろう。

 最低限の度胸と無礼にならない程度の良識は必要。


 国に近すぎず遠すぎない。

 つまり旅人を友好的だとも敵対的だとも思われたくないという要望があった。


 旅人は味方にも敵にもなりうる存在であることを意識させたい。

 だから中立的な視点や感覚を持っている方が望ましい。

 俺に求められているのは一般的な旅人像。




 ……というところまで察することができることが前提の人選だ。




 メリナが人を選ぶわけだ。

 そして、良くも悪くも俺はメリナの求めている水準をクリアしていたのだろう。


(他の狙いは今の情報だけじゃわからないな)


 もしかしたら見逃している何かがあるかもしれないが、今回俺にこの話が来た理由は大体あっているはずだ。

 ただ、メリナは自然体でいいとも言っていた。


(ま、いつも通りでいいんだろ)


「それでは早速まいりましょうか。一応すでにある程度の選定は済んでいます。本日は魔車を手配していますのでそのうちの一ヶ所を見に行く形です。机上で考えたものが実地で使えるかはまた別の話ですからね。クロウさんも旅人としての意見があれば遠慮せずにおっしゃてください」


「わかりました、調査員はこのメンバーだけですか?」


「いえいえ、できるだけ多くの意見をもらうために、時間やメンバーを変えて依頼をしていますよ。昨日も私とルーグは別の旅人の方と視察に向かっていますし、我々のほかにも何組も現地に行っています」


 隠れ蓑は用意済み、と。


「それでは魔車の中で簡単に情報をお伝えしますが……まずはお互いに遠慮なく意見を言えるよう交流と行きましょうか」


 俺たちは魔車に乗り込み、クエストが開始した。



 はじめて会ったもの同士の会話において重要なのは相手の好きを話させること、というのはどこかで聞いたことがあると思う。

 かという俺も、少し理由は違うが基本的にそれを重視していた。


 それは貴重な情報源であり、相手の行動予測や心理状態の把握に一役買うのもまた事実だからだ。

 一目見れば相手の考えていることがわかるなどという超能力はあいにく持ちあわせていない。

 だからこそ、相手の表情、会話の速さ、テンポの変化から感情を読み取り内面の変化を予測する。

 会話や行動と予測した内容との整合性を確かめ調整を行うことで、優位に立てるというのが俺のゲーム観である。

 得意がわかれば、相手の嫌なこともある程度わかるようになる。

 相手の得意な行動をさせないというのは対人戦における第一原則だ。


 そのうえで言おう。


「それでだなあ!」


 俺は選択肢を間違えた。


「本当にかわいくてな!」


 ここまでとは思わなかった。


「そう、あれは1675日12時間32分前のことだった。おままごとが終わり、片づけをして解散する時になぁ。『私、大きくなったらお兄様と結婚する!』 だなんて言ってくれてなぁ……でも、いつかお嫁に行っちゃうんだよなぁ……だめだダメだ駄目だ! そんなの認められるか! 妹たちが欲しくば私を決闘で倒してからにしてもらおうぞ!」


 雑談の中、軽い気持ちで、本当に軽い気持ちで聞いたのが間違いだった。


(なんだっ!? この妹狂いは!)


 旅人は変人が多い、しかしそれはゲームだからタガを外した結果そうなっているときも多々ある。

 ゲーム用にある程度キャラを作っているプレイヤーはたくさんいるということだ。


 しかし、目の前の男は違う。

 この世界で生きていた彼はおそらく素でこれだ。

 妹が大事だという気持ちは理解できる。

 しかし、この男はそれだけではない。


(妹との会話を一言一句間違えることなく、時刻情報も記憶しているだと!?)


 本物だ。

 ここまでくるとすがすがしさすら覚える。

 俺はラットをちらりと見て……その顔が解放されたかのような晴れやかな顔をしていたことですべてを悟った。


(こいつ、この妹狂いを俺に押し付けやがった!?)


 なにが年齢が近いのだから自然体で話したらいいだ。

 ルーグと名乗った男、これが標準装備だ。

 おそらく、俺と合流するその時までもひたすら妹談義をラットに対して繰り広げていたのだろう。


「おお、忘れていた! 妹の写真があるのだ! 見てみないか? いや、見るべきであろう!?」


「ま、まぁ気になるといえば気になるな」


 ここまで猫可愛がりするのだ。

 写真ぐらい持っているのも当然か。

 ルーグはアイテムボックスから写真を取り出し……そこには、金髪碧眼の、まるでお姫様のような衣服を身に纏いまるで城のような背景と共に庭にたたずむ2人の少女が……


「…………」


 俺はなんとか、なんとか表情を崩さずに済んだ、と思う。


「……確かにかわいい妹さんだな。なぁユティナ?」


「ええ、すごく利発的な顔をしているわ。将来は美人になるでしょうね。あ、もうなっているのかしら?」


「ユティナよ! わかっているではないか! クロウよ! ならん! ならんぞ! 妹が欲しくば私を倒してからにしろ!」


 ルクレシア王国の王族の家族構成は国王と王妃、そして長男が1人に娘が2人の5人構成だ。

 王妃は十数年も前に流行り病に倒れ、すでに亡くなってしまっているらしいが。

 俺も特に写真や姿見を見たことがあるわけではないが、ここまで来れば流石にわかる。


(なんで王族がこんなところにくりだしているんですかああああ!?)


 少しは隠す素振りを見せろよ!?

 え、こんなのが昨日も外出してたってマジ、不用心すぎません?


(というか……)


 この妹狂いが次期国王候補筆頭ということらしい。


「おっと、すまんな。私ばかりが話しをしてしまっていた。同志がいたから、つい舞い上がってしまったのだ」


「ど、同志?」


「そうだ、クロウよ。そなたならわかるはずだぞ」


 なにもわからないのですが。


「そなた、妹がいるであろう?」


「あ、うん」


(やべ、つい答えちゃった……ってなんでわかった!?)


 怖いんだが。

 なんかそういうセンサーでもあるのかよ。


(え、妹いたの!?)


 するとユティナから驚愕の声が聞こえてくる。


(あれ、前言わなかったっけ)


 何回か話した記憶はあるのだが。


(故郷に残してきた妹のために冒険者になるやら、妹のために土産話を用意してやらないとって言ってたあれのこと……?)


(そうそれ)


(勢いで言ってるだけかと思ってたわ……)


 ただ、これはまずい。


「さぁ! そなたの! 熱を! 妹への熱意を! 私に見せてくれ!」


 ルーグはそう言って逃がさないと言わんばかりに……実際に逃げ場もない中でそう口に出した。

 妹について語り合おう、と。

 妹への愛を見せてみろ、と。

 そうすれば私たちは分かり合えるはずだ、と。


(メリナ、俺はお前のことを許さない……!)


 逆恨みだということは理解しながらも絶対何らかの形でやり返すと固く決意し、この場を切り抜けるために俺は全力で頭を回転させた。

5/30も17:00頃更新します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この妹狂い、いったい何者なのだろうか。いったいなにものなんだろうか……。 演技であってくれれば対処のしようもありそうですが、素の可能性が高いとなると状況は絶望的ですね。
[良い点] 更新ありがとうございます。 次も楽しみにしています。 [一言] この王子、以前のお話で出てきた人か 探してた超越種の討伐者が眼の前におるぞ
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