第4話 飴と猫
□王都ルセス クロウ・ホーク
「おお」
「前来た時よりもしっかりしてるわね」
前見た時は内装はもちろんのこと外装も何もなかったが今は多くの花に彩られた建物がそこにあった。
ただ、店というよりはクランホームに寄っているように見える。
看板もないので、何か方針の転換があったのかもしれない。
「クロウ、ユティナ。久しぶりだね!」
懐かしいとでもいえばいいのだろうか。
建物の前にはりんご飴が待っていた。
「りんご飴、久しぶりね」
「おう。それにしても……まだオープンはしてないみたいだけど」
「ちょっと色々あってね。近日中にギルドの人とか、お世話になった人たちを招いて簡単なクラン結成のパーティを開く予定だったんだけど、少しメンバーの毛色が異なるからクロウとユティナを呼ぶのは憚られてね。だから、まずは先にひとつお礼をしたかったんだ」
「お礼?」
「その通りさ! ユティナ、行くよ!」
りんご飴が店の扉を開き……そこには猫がいた。
1匹、ではなく、2匹、3匹、いや、それ以上だ。
「ふ……ふああああああ!?」
「これは?」
「私のフレンドで今日ログイン状態にある6人の<アルカナ>の子だね。特別に今日はここにいてもらってるんだ」
ユティナからこれまで聞いたこともない声が漏れていた。
どうやら、貸し切りでユティナのために猫カフェ体験を計らってくれたらしい。
「せんぱい。これでよかったですか?」
「ありがとう、べっこう飴!」
「いえ! せんぱいのためですから……って、だ、だん、せい? え、でもユティナさんは女性だって……え、え?」
店の中には一人の女性がいた。
りんご飴のことを先輩と呼ぶのはりんご飴と同じ髪色をしたショートツインテールのプレイヤーだ。
「りんご飴! いいのよね? もう手加減はできないわよ!」
「今日はユティナのために用意したんだ。思いっきり楽しんでいってよ!」
☆
「ほお、基本会員制の定期開催になると」
「うん、メリナの提案でね。もともと私が猫カフェに通いたかったってところが始まりだから、経営そのものに注力するのはログイン時間の制約とか考えたら本末転倒じゃないかって。あの後、本格的にメリナが協力してくれるようになったんだけど私の考えの甘さをこれでもかと指摘されたよ。あはは……」
ユティナを横目に見つつお互いの近況報告をしていたのだが、どうやら色々変わったようだ。
というより、メリナが動いたらしい。
「ここはそのままクランホームとして利用して、トレードアイテムボックスのアイテム販売を活動の中心にする予定なんだ。定期的にお茶会を開くような生産クランにシフトしていこうってみんなで話あったんだよね」
「いいところにまとまったんじゃないか?」
「だよね! クラン名は【猫の休息所】だよ。わかりやすい方がいいと思ってね!」
仲のいいメンバーで雑談しながら、お菓子や飲み物を片手に交流するのなら確かにその方がいいだろう。
生産職が10人以上いる生産専門のクランならそうそう金策に困ることもなさそうだ。
「ちなみに今の売れ筋商品は?」
「蜂蜜クッキーだね。回復効果のあるものと効果のない食事用、半々で売れてる感じかな?」
しばらく会話していると、べっこう飴と呼ばれていたプレイヤーがこちらに来る。
りんご飴が俺と会話する傍ら、彼女はユティナに猫達の名前や遊び道具の使い方について教えてくれていたのだ。
「せんぱい、名前含めてレクチャー終わりました」
「ありがとう、助かったよ! クロウ、改めて紹介するね。彼女は私のフレンドのべっこう飴だよ」
「……どうも。ご紹介にあずかりました、べっこう飴です」
その少女はぺこりと挨拶をしてくる。
この感情は……警戒か?
「俺はクロウだ。で、向こうで猫に囲まれているのが<アルカナ>のユティナだ。よろしく」
飴がシリーズ化しているんだな。
水飴やあんず飴などもいるのだろうか?
「ふふふ、何を隠そう、クロウのそのスレイヤー装備を作ってくれたのはべっこう飴なんだよね!」
「せ、せんぱい!」
「おお。クラン戦の時も色々支援してくれて助かった。ありがとう」
ということはやはり、りんご飴が言っていたリアルの知り合いの一人でいいらしい。
猫の休息所のクランメンバーの一人ということか。
存在は知っていたが、初めて顔を合わせたな。
「ほ、ほんとうに慣れてないときだったので……性能も今思えば微妙だと思いますし……」
「いやいや、愛着が沸くぐらいには使わせてもらってるんだ。お礼ぐらいは言わせてくれ」
「受け取りました! 受け取りましたから!」
距離を取られる。
ただ、少し警戒は解けたらしい。
そうだ。
「りんご飴。メッセージで送った件についてなんだが」
「装備の更新についてだよね」
「ああ、もしよければまた作ってもらえないかと思ってな」
そして、俺は素材を一つオブジェクト化して取り出した。
それを見たべっこう飴の目が変わる。
「それは……<ナイトウルフ>の素材ですか?」
「正確には【マグガルム】っていう<ナイトウルフ>の特異種の素材だな。これで防具の新調をしようと思ってたんだが、今の防具を作ってもらった相手に話を通すのが筋だろ?」
一時的な関係ならともかく、この装備はりんご飴経由で作って貰ったものだ。
であれば最低限話を通しておいた方が俺としても気兼ねなく進められる。
ちょうどいいので、早速防具の新調についての依頼について聞いてみることにする。
「は、はぁ……」
あ、これ割と気にしないタイプだな。
買い替えたいなら買い替えたらどうですかという顔をしている。
「もしよければこの素材で防具を作ってもらえたらと思ってな……スレイヤーシリーズって派生進化できるのか?」
「強化しかできないですね、あくまで鉄鉱石や獣の毛皮がベースの一番オーソドックスな装備なので、一から作り直すことになると思います」
「作り直しね。それなら、この剣士服は普段使い用に回すかな……」
戦闘用と街の散策用の装備を使い分けるのは、割と普通のことだ。
というのも、冒険者ギルドや武器屋などが多くある場所を除いて物々しい装いをしていると兵士にマークされる。
何か声を掛けられたり制圧されるということはないのだが、ちらちら視線を貰うことがままあるのだ。
「……そういえばせんぱいとクロウさんはどのような関係なんですか? いえ、前から名前は伺ってたのですが少し気になりまして」
俺とりんご飴の関係?
まぁ、フレンドだろうな。
「クロウは私の初めての相手かな?」
「うえ?! は、はじめて!?」
確かに。
俺もりんご飴がこの世界で初めてのフレンドだ。
「あー、俺もりんご飴が初めての相手だったな」
「ええ!?」
「へぇ、そうだったんだ。結構手馴れてたからもう終わらせてたのかと思ったよ」
「他のゲームでも似たようなことは何度もやってるからな」
「て、手馴れてる!? 何度も!?」
あれ、いつの間にか最初以上に警戒されている。
「あ、あわわわわ……せ、せんぱいが……私のせんぱいが……」
「べっこう飴、どうしたんだい?」
彼女はそのまま……
「せ、せんぱいのことは渡しませんからあああああ!」
「ちょ、べっこう飴ーーー!」
叫びながら外に走って行ってしまった。
なんか変な勘違いしてそうだったな。
「えーと、どうしよっか」
「一応俺の要望は伝えたから、とりあえず受けてくれるかだけは知りたいかな。断ってもらっても構わないけど」
「うん、わかったよ。あの様子だとべっこう飴もあまり気にしてないみたいだったから、普通にお店に依頼してもいいと思うけどね」
りんご飴はあっけからんと笑った、
⭐︎
「そういえば、りんご飴はイベントの報酬は見たか?」
仕切り直そうと思い、俺は会話のネタとして当たり前のように、軽い気持ちでそれを口にした。
口に、してしまった。
「うん。見たよ」
瞬間、特大の地雷を踏んだことを直感で理解した。
(っ! メリナが言葉を濁したのはこれか!?)
メリナが手伝って欲しいと言っていたうちの一つはおそらくこれだ。
冷や汗が零れ落ちる。
恐ろしいほどのプレッシャーが襲い掛かってくる。
俺はまだ理解していなかったのだ。
レイナ信者という存在の深淵を……
「指定した管理AIと会話可能な権利、だよね」
「あ、ああ。りんご飴からすると眉唾物なんじゃないかと思ってな……」
「私も驚いちゃった。そうだ、クロウは知ってる? デスペナルティになったときに訪れられるあの場所……レイナ様と私だけの空間なんだけどね。スクリーンショット機能が使えないんだってさ」
「へ、へぇ~。知らなかったなぁ。試したことなかった……」
「だからね、レイナ様の美しさはデスペナルティになったときにしか見れなかったんだよね。だからこそ、あの時間は至福だったって思うんだ」
「なるほどなぁ」
「だけど、会うためにわざわざデスペナルティになるのは違うと思うんだ。あくまでサポートのためにレイナ様は私たちのために動いてくださってるわけですもの」
「そ、そうでございますわね」
「だから、この機会を利用すれば堂々と正面から会いに行けるんだ!」
「おっしゃる通りで」
「私もいくつか運営に質問をしてみたんだ。ほら、ああいうの苦手だったけどそうはいってられなかったからさ」
なにこれ怖い。
ハイライトの消えた目でひたすら話しかけてくるのは下手なホラーよりもよっぽど恐怖映像だ。
(ユティナ! どうにか……!)
この威圧感に対抗すべく、俺は相棒に……!?
「ふ、ふぁあああああああああ!」
そこには膝の上に、頭の上に、肩の上に猫を乗せ周囲も固められ身動きが取れない状態で悶えている……猫という名の拘束具に囚われた悪魔の姿があった。
(くっ)
ダメだ、すでに敵の魔の手に落ちてしまっている。
生殺与奪の権利を握られている状態だ。
「そ、それで、どういう質問をしたんだ?」
俺は時間を稼ぐために会話を試みる。
「まず、権利の売買はできるのか。答えは基本できない。使用権利は固定されるからアイテムのように売買はできないんだって。ただ、特定条件を達成しているフレンド同士なら権利の譲渡をすることはできるんだってさ」
暗く。
「スクリーンショット機能の使用はできるのか。答えはできる。なんならツーショットとかも撮れるらしいけど、それに関しては管理AIと要相談らしいね」
深く。
「レイナ様とツーショットなんて恐れ多い、だけど……だから、だからね……」
しかし、それだけではない。
「私は、本気で上位を目指すよ」
そこには光があった。
「……っ!」
彼女は戦士の目をしていた。
それは戦いを恐れていたプレイヤーの目ではなかった。
他者を上回り勝利するのは自分だという決意に満ちていたのだ。
「クロウ、メリナの話は聞いたよね?」
「ああ」
「ふふ……」
笑みはあり。
言葉はない。
無言、ゆえに。
「……ま、まあ俺もしばらくルセスにいる予定だから、できうる範囲であれば協力するよ」
俺は、そう答えるしか道は残されていなかった。
「ほんと!? ありがとうクロウ! 本当に助かるよ! そうだ、欲しいものがあったらバンバン言っていってね! 私もクロウのために頑張るからさ!」
彼女の目に生気が戻る。
否、先ほどまでの雰囲気は俺が勝手に感じ取っていたものだ。
プレッシャーなどもなく、恐怖を感じていたわけでもない。
「はは……」
彼女はどこまでも純粋に真剣にこの世界に向き合ってるだけなのだろう。
あの人でなし共が集まった作戦会議の時もそうだった。
自らの意思をもってしてやりたいを貫くその姿勢は、すべてのプレイヤーが共通して抱えうるものなのだから。
ユティナとの約束を果たした以上、次の目的地が決まるまでしばらく彼女達に協力するぐらい別にいいだろう。
装備更新する合間の時間だ、大した手間ではない。
なら、やるか。
意識を切り替える。
それなら俺もできる限り真剣に向き合おう。
普通に消化する予定だったイベントの目的を再設定する。
推定合計ログインユーザー数20万人を突破。
今回のイベントでさらに加速するであろうこの世界で、戦いに不慣れな、MMOも初めての目の前のプレイヤーを上位500位以内にぶち込むというミッションだ。
(メリナが俺に求めているのは……あれだな?)
早速メリナに連絡を入れ、先ほどの話を受けることを伝える。
そして、イベント期間中のりんご飴の育成方針も、だ。
自分で言うのもなんだが……こういう何でもありのゲームは得意なんだ。
さあ、【Impact The World】の攻略を開始しよう。
5/29は17:00頃更新します。
 




