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第3話 悪女からの指名

□王都ルセス クロウ・ホーク


「ありがとうございました」


「いえいえ、またご縁がありましたら」


 御者にお礼をいい、彼はそのまま魔車を走らせ王都の列に並びに行った。


「おー、変わらないなぁ」


 魔車の業者にスピルを支払い、商業ギルド経由で王都ルセスまで送ってもらうこと片道2時間強。道中モンスターに襲われるようなこともなく無事王都へ戻ってきた。

 いざという時の護衛料分を割り引いてくれたので少し節約できたといったところ。


「ユティナ、出てきていいぞ」


「う……ん、着いたのね」


 黒い光が手の甲から溢れ、横にはユティナが佇んでいた。

 少し眠そうなのは移動中寝ていたからだろう。


「ちょうど2週間ぐらいか」


 現実だと1週間である。

 目の前にそびえたつ大きな門を見ながらしばし物思いにふける。

 とりあえず、ギルドで移動手続きだけしておくか。

 それにしても。


「メリナも話があるらしいから先に向かって欲しい、か」


 商業ギルドで魔車の手配をした後、とりあえずルセスに戻る旨の返信を入れたところ、りんご飴から返ってきたのはメリナが俺に用事があるので向かって欲しいというものだった。

 準備に時間が少しかかるらしく、りんご飴の予定時刻は今から1時間ほど先で、先にメリナの用事なるものにいくのだが。


「さてと……」


 気合を入れていきますか。



□王都ルセス 魔導図書館 クロウ・ホーク


「ここ、か」


 俺がメリナから呼び出されたのは魔導図書館の個室だ。

 狙ったかのように、あのPK撲滅作戦の作戦会議を開いた個室だった。


「入らないの?」


「いや、嫌な予感がしてな」


 メリナという女性プレイヤーの情報を整理しよう。


 彼女は元PKにしてPK掃討作戦の主要メンバーの1人だ。

 この世界の裏で進んでいたNPCの策謀を誰よりも先に見抜いたうえで、自らPKのコミュニティに馴染んでいった。


 それにより内部から外部に流せる情報網を構築し、その情報を売り渡すことによってその存在を示した狡猾かつ繊細なバランス感覚を有したプレイヤーだ。


 ルクレシア王国のPK騒動に関わった人間で彼女の悪名を知らない者はいないだろう。


 戦闘で飛びぬけた強さを持っているということはないが、こと情報戦や暗躍という舞台にたてば間違いなく1、2を争うぐらいには計算高い女である。


 さて、そんな悪女からの直々の指名だ。





 まともな話のわけがない。





「はっ」


 鼻を鳴らし、ノックと同時に部屋に入る。

 そこに……その女はいた。


「あら、クロウ。久しぶりね。それにしても……随分と遅かったのね。待ちくたびれちゃったわ」


 空気がひりつく。

 到着時刻の連絡は入れておいたし、《気配感知》で俺が扉の前にいたのは理解しているはずだ。


 そのうえで待たされたと言っている。

 非はあなたにあるのだと、この後の話を有利に進めるためのジャブを放ってくる。

 1週間、されど1週間である。

 懐かしいと思うと同時に舐められるわけにはいかないと、自然に笑みがこぼれた。


「悪いな。なにせ唐突な呼び出しだったもんで。これでも急いだんだぞ? りんご飴からメリナからも話があるって聞いたんで向こうの用事を全部断ってきたんだ。感謝してほしいぐらいだぜ」


 ほとんど用事などないようなものだった。

 そのうえで押しつけがましく、恩を押し付ける。


「それは悪いことをしてしまったわね。ユティナちゃんも久しぶりね、元気にしてたかしら?」


「え、ええ。メリナも元気そうね……」


「ふふ」


 メリナの笑顔は崩れない。

 この程度の圧で彼女の牙城を崩せるわけがない。

 故に、本題に入る。


「それで、なにか話があるんだって?」


「ええ、クロウにとびっきりの話題があるの。とっても、そう。とっても素晴らしいお話よ」


 悪女は笑った。

 俺も応えるように笑った。

 前は俺から提案した。

 そして今回は彼女からということだ。


「……面白い話が進んでるって前言ってたな。あの続きか?」


「そうと言えばそうだし、そうではないと言えばそうではないわね。そういえばクロウはイベント告知の内容は見た?」


「ああ。個人で競い合うタイプのイベントにしてはだいぶエンジョイ寄りのイベントだよな。俺もとりあえず交換用のポイントだけ稼ぐ予定だし」


「本当にそう思ったのかしら?」


 メリナの笑みは少し深くなる。

 これは……


(前見たことあるな、見定めようとしている時の顏だ)


 少し離れている間にクロウ・ホークというプレイヤーが鈍ってしまったのかの確認、ということなのだろう。


「そうだな……ちなみに、すっとぼけたら?」


「駄目なやつよ」


 そっかぁ。


「まぁ、運営のいくつかの狙いは思いつく。具体的に4つほど」


「続けて?」


 俺も情報の整理ができる機会だし、乗せられてもいいか。


「まずは、単純に競争意識の定着だろうな。今までこのゲームは究極的に言えば目標が存在しなかった。そこでランキング形式っていう競い合いの要素を盛り込むことでモチベーションの上昇を促そうとしてるんだろう」


 MMORPG、に限らずゲームの引退理由でメジャーなのはやることがなくなったというものだ。

 ユーザ間による競い合いの要素を折り込むことで、一定数のやる気を引き出す効果があるのは歴代の全てのゲームで確認されている。


「この感じだと、どっかのタイミングでランキングシステムが実装されるんじゃねえか? 毎月更新か、四半期ごとか。国ごとか全体かは知らんが。それで上位に入ると称号が貰えるようになる、とか」


 定期的に決闘システムがアップデートされてるのを見るにランクマッチとかもやりだしそうだ。

 クランが増えればクランランキングとかもできそうだな。


「私とおおよそ同じ見解ね。他には?」


 メリナの笑みは深くなった。


「2つ目は、さりげなく組み込まれてる国別の競い合いの要素。1つ目と似ているが明確に違う点がある」


「それは?」


「対外的な記録として使えるところだな。個人ではなく集団ってところがミソだ。人間とりあえず有利っぽそうなところから始めたがるもんだろ?」


 1つ目が個人だとするならば、次は集団での競い合いといったところか。


 これからゲームを始めるプレイヤーがいるとする。

 そして、直近のイベントを見ればなんと国別のランキングをやっているではないか。きっと、上位の国はやる気のあるプレイヤーが多いのだろう。もしかしたら、イベントで有利になるかもしれない。


「3つ目は、プレイヤーの行動全てが評価査定の対象であるところ」


「……ふふ」


「モンスターを倒す。商品を売る。クエストを達成する。なら、それ以外は?」


 Impact The World。

 世界に影響を与えよ。

 わざわざ国を順位付けした。

 討伐部門、商売部門、クエスト部門の3つだけでなくImpact The World部門なる特殊な枠を設けた。

 ここまで来れば自ずと答えは見えてくる。

 では、世界とはどこを指すのか。





 当然、()()()()()()も含まれるよな?





「個人のランキングはプレイヤー個人個人のやる気を。国別ランキングはそれだけ恵まれている国であることを、やる気のあるプレイヤーが多いことを示す指標になる。ゲームの中でやることなすことすべてが加点対象。当然、もう一つの世界へのアピールや、そのための準備もだ」


 故に。


「2つの世界に影響を与えて自国の優位勢を示せ。新規ユーザの獲得合戦をプレイヤー間で促すのが狙いだろうよ」


 あくまで裏の裏までを考えたらそういう意図も含まれてるであろうというだけだ。

 基本的には身近なプレイヤーとの個人個人の競い合いになることには変わりはない。


 強いていうのであれば勝利の定義が、視点が違うのだろう。


「あら、4つ目がないわよ?」


「ああ、それは簡単だよ。というかもうわかりきってるだろ?」


 そうだ、そんなの決まっている。

 個人ではなく、集団での勝利を目指すもの。

 個人という駒も集団という駒も全て使用して勝利を目指すプレイヤー。

 それは当然。


「どっかの負けず嫌い達を煽るためさ」


 ちょうどこういうゲームが好きそうなプレイヤーが目の前にいるではないか。

 陰謀を巡らし、勝ち馬に乗る……否、勝ち馬を作ることに快感を覚える大バカが。


「……ふふ。クロウには言ってなかったと思うのだけれど、私、これでも負けず嫌いなの」


 知っている。


「私個人が負けるのは許容できるのよ? 対人戦含めて戦いはあくまでスパイスのようなものだもの。ただ、私が手を貸している集団が負けるっていうのが許せないのよねぇ。それだとほら、私という存在が負けを認めたみたいじゃない?」


 彼女は常にそうだった。

 自分の足を運び調査し、将来を見据えて動き出す。

 それこそが、彼女のプレイスタイルなのだ。


「まどろっこしいのは無しにしようぜ。それで、俺に何を望むんだ?」


 わざわざ俺に声をかけてきたということは、そういうことだろう。


「それなら遠慮なく。クラン対抗戦の立役者の一人にして、自由を望む旅人であるあなたに一つ提案があるわ」


 悪女は、これから楽しいことを始めるのだと……


「また、私と面白いことをしましょ? クロウには少し手伝って欲しいのよね。ちゃんと、報酬は用意しているわ」


 メリナは蠱惑的な笑みを浮かべ、俺のことを悪巧みに誘った。



「既に他の国は動き出してるわ」


 メリナは語る。

 このイベントはもう始まっているのだと。


「例えば、天空国家プレメア。あの国は間違いなく上位に入ってくるでしょうね」


 天空国家プレメア。

 宙に浮かぶ島に首都を構え、独自の発展した技術によって浮島を移動するその国は、この世界のファンタジーの最たる国だろう。

 いつか行ってみたいものである。


「ついさっき、あの国に所属しているプレイヤーがとある動画を投稿したわ。それも、登録者数78万人の動画実況者からね」


「……名前は?」


「エアー。知ってるかしら?」


 ……誰だ。


「その様子だと知らないのね、かといって私も知らなかったのだけれど。ただ、それぐらいの影響力のあるプレイヤーが動画を上げたということを理解してくれていればいいわ」


「まぁ、わかった。それで、動画の内容は?」


「紐無しバンジージャンプよ」


「……なんて?」


「紐なしバンジージャンプ。地上2500メートルの高さから総勢400名を超えるプレイヤーが一斉に飛び降りてデスペナルティになるまでの過程やバカ騒ぎをいろんな視点で編集してまとめたコメディ寄りの動画よ」


 どうしてそうなった。


「少し前までPK騒動があったでしょ? その時プレメアも例のごとく少し荒れていたようなのだけれど、何度かの衝突の後、自警団のリーダー、旗印だったそのエアーってプレイヤーがPK組織に禊としてみんなでバンジージャンプをしようと提案したのが始まりみたいね」


 その一大イベントに参加するプレイヤーに動画の出演許可の項目を組み込んだのか。

 俺たちが契約書に仕込んだようなネタと同じようなものだろう。

 お祭りに仕立て上げることで、現実への出力のハードルを下げたのだ。

 ただ、こちらは契約書の破棄を宣言したため使用できず、向こうは使用でき……


「……いや、【指名手配】したプレイヤーの一網打尽も兼ねてるのか」


 みんなで死ねば怖くない。

 みんなで死んだのだから俺たちは仲間だ。

 そう働きかけることで、ひそかに【指名手配】したプレイヤーを全員同時にデスペナルティに追い込んだのだ。


「誰かがやった【国家最高戦力】との一騎打ち並に効率的だな。そのプレイヤーもなかなかいい性格をしてそうだ」


「すぐに気づくなんてさすがね。悪知恵や嫌がらせのために働かせた時の頭の回転の速さは他の追随を許さない男と言われるだけあるわ。説得力が違うわね」


「はははははははははは!」


「うふふふふふふふふふ!」


 話を戻そう。


「それは確かに効果的だろうな」


 そもそもプレメアは最初に始める国として見た時優良物件である。


 ファンタジーな景色が楽しめる。

 現実ではできない体験もできる。

 俺もルクレシア王国がなければ最初に選んでいたのはプレメアだったかもしれない。


「他国は大なり小なりすでに動き出しているのはわかった。それで俺に頼みたいことってなんだ? 今の話からするにルクレシア王国もそろそろ動きだすってことか」


「そうね。まず、近日中に国から大きなクエストが発注されるわ。その名も街づくりクエストよ」


 ……新規ユーザーの受け皿か。


「キャパオーバーを恐れてるんだな」


「ええ。りんごちゃんは運がよかったわ。あれはある種の先行特権のようなものでしょうね」


 空き家があって、店を開く実績が欲しいNPCと、メリナという作戦立案の後ろ盾がいた。


「それに結構あれも無理したのよ? りんごちゃんが将来クランを結成して、あのお店をクランホームとして登録することを条件にしたって感じね。クランホームであれば、拠点さえ用意してしまえばあとは冒険者ギルドへ定期的な更新費用を払えばいいだけだもの。払わなければ何度かの警告の後に没収。つまり現行制度でも簡単に店を開けるわ」


 クランホームで商売をしているだけという流れにしたのだろう。

 確かに個人が店を開くというよりはそちらの方が自由度が高いのか。

 実際にNPCのクランも同じようにしているところはあるらしいしな。


「ただ、今後も見据えて一度現行制度の見直しと、今後増えるかもしれない旅人の受け皿をルセスの近くに一つ用意する必要があると考えたのでしょうね」


「時間が経過して国中に散らばってくれるにしても、初期ログイン地点はあくまでルセスだからなぁ」


 正直露店商で十分なプレイヤーが大半だろう。

 トレードアイテムボックスもあるしな。

 りんご飴はゲームでなければならない理由があって、仲間の存在という動機があって熱意があった。


「クエストの中身は討伐クエスト、納品クエスト、採取クエストを各ギルドに大規模に展開。レシピの納品や作成依頼も始まるわ……ちょうどいいと思わない? ポイントを稼ぎたい私たち。受け皿を用意したいNPC」


 これ以上ないほどにぴったしだな。

 いや、旅人とイデアの間接的な協力を促すのもこのイベントの目的だ。

 国を選んだ時点で、有利不利が決まるという一例だ。


「クロウに最初に頼みたいのは、その街を作る場所を決める土地の選定隊の護衛ね」


 最初ということはいくつかあるらしい。


「俺である理由は? 話の内容からするにイデア主導だし、他の旅人だっているだろ」


「ふふ、当然信頼できるからよ」


「……」


(……クロウ、あなたすごい顔よ)


 うさんくさいと思った俺は悪くないだろう。


「さすがにその顔は堪えるわ」


「自覚はあるだろ」


「なんのことかしら? ……正直に言うと、旅人を一人紹介してほしいって言われたのよね。私が紹介した人を通して見極めたいのでしょうね」


 メリナの人柄を、か。


「警戒されてやんの。笑ってやろうか? ……というか、それで俺なのか」


「ええ、私がすぐに紹介できる知り合いの中でクロウは現状誰よりも適しているの。ちょうど戻ってきてくれてよかったわ」


「……そういえば、りんご飴のプランを組み立てたのは誰だ?」


「私よ。あら、不思議ね」


 こ、こいつ……俺が戻ってくることを見越して計画を立ててやがる。


「はぁ、俺としても断る理由は特にないから受ける方針でいいけど、一応理由だけでも聞いておいていいか?」


「良くも悪くもフラットだから」


「……それが理由か?」


「そうよ。向こうが求めているのは旅人とはどういった存在か知るためと私は考えたわ。その点、クロウはこれ以上ないほど適しているの」


 メリナはそう言いながら、ちらりとユティナのことを見た。


「りんごちゃんは近すぎるしそもそも戦えない。ゴーダルだと逆に遠いうえ、そもそも音信不通なのよね。元PKクラン所属のメンバーを紹介するのも気が引けるし、ガーシスやトマスは私が紹介するまでもないわ。そして私はあなたのことは相応に評価しているつもりよ。あとはそうね……」


 メリナは少しの間を置き……


「信用してるからよ」


 信頼ではなく信用と言った。

 言葉遊びのようで明確に意味が違う。


「よければゲーム内で今日か明日までに回答を頂戴。イベント開始と合わせるように調整したいの。クロウが駄目なら、他の人に頼まないといけないのよね……そろそろ時間ね。ユティナちゃん」


「え、ええ、なにかしら?」


「楽しんできてね。あとクロウもりんごちゃんには……いえ、なんでもないわ」


「……? わかったわ」


 なんか意味深だな


「ああ、考えておくよ」


 りんご飴との約束の時間のため、一旦この場は解散となった。

 受けるつもりとは言ったもののしっかりと考えたうえで結論を出そう。

 良くも悪くも、メリナの狙いを理解しなければ始まらないのだから……

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何か事が起こったとして、状況判断から臨機応変に動けるという意味では適切な人選なのだろうけど、恐らくはレイラー経由で連絡が討伐報告が上がっているだろうことを考えると、王国側としては深読みが発…
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