第2話 ネビュラ、発つ
□冒険者ギルドネビュラ支部 酒場 クロウ・ホーク
「まぁ、頑張らなくてもいいイベントだろうな」
開口一番ブルーはそう結論をだした。
「イベント交換アイテム分だけポイントを稼げば良くて、それも特定の何かというわけでもなく、モンスターを狩る。商売をする。クエストを達成する。ようは自分の得意分野で稼げばいいだけだ。慣れないことをわざわざやる必要はない」
Impact The World。
世界に影響を与えろ、是非は問わない。
「かろうじて国ごとのランキング要素はあるが、称号などの報酬はあくまで個人の取得ポイントで決まる。つまりライバルはリソースを奪い合うことになるであろう、同じ国、同じ街で活動している身近なプレイヤー達だ」
国が違えばポイントの稼ぎ方も変わる。
同じ街で活動しているプレイヤーこそ敵であり、しかし仲間でもある。
商売は相手がいなければ成り立たないからだ。
「そうなるとだ。このイベントを本気で取り組むのは……」
「ああ、自己顕示欲の強い奴か……管理AI、この場合レイナ信者と呼ばれる一部の層が中心になるだろうな」
俺とブルーはちらりと周囲を見渡した。
「ふははははははははは! ついに来たな我の時代が! そう、我が真名をこの世界に轟かせる時が来たのだ! 我が名はアブソリュートエターナルカタストロフィ・彗星。世界の破滅を防ぎ、新たな神話を紡ぐ旅人なり!」
「レイナさまああああああ! 待っていてください! 今あなただけの騎士が会いに行きますからねええええ! ジークハイル!」
「おまえら、武器は持ったな! 今からダンジョンに潜る! 目指すは共通エリアの11階、イベント開始までにできるだけ深い階層に潜るぞ! イベント開始と共に狩りを開始、15階への階層更新を目標にしながら魔石をできるだけ回収し帰還、金策を行う。遠征の準備をしろ!」
「サー! イエッサー!」
「サー! イエッサー!」
「サー! イエッサー!」
「Burn up my soul! Fuuuuuuu!」
(すごい盛り上がってるわね)
「……」
「……」
何人か顔見知りがいたような気がしないでもないが、勤めて無関係を貫いた。
「うまく考えたもんだとは思う。管理AIはゲームのバランスに関係ない独立した存在だ」
ブルーは呆れたような顔をしながらも、どこか感心した様子でそう評価した。
彼が評価したのは、ゲームの装備や環境に影響を与えるものでなく称号や特権で差をつけているというところだろう。
管理AI、それは様々な場面で俺達プレイヤーを支援してくれる存在だ。
判断は常に公平かつ公正。
今回初めてその存在が確認された管理AI達も多くいるので、イベントの趣旨としては簡単なキャラクター紹介のようなものなのだろう。
チュートリアルのラビ、デスペナルティサポートのレイナ。
「管理AIコールで呼び出せるのは狐族の男性だっけか」
「ああ、和装に身を包んだ武人らしいぞ。名前は晴嵐。正確には白狐族って獣人らしいけどな。プレイヤーと関わってるのは主にラビ、レイナ、晴嵐の3人だけだ」
ブルーの質問に答えておく。
他にもシステムメッセージの管理をしている機械のメイドとか、時間の管理をしている羊がいたりするらしい。
「それで、ブルーはどうするんだ?」
「無理がない程度に頑張るとする。せっかくのイベントだしランキング入りを目指してみてもいいが……シルバーは?」
「俺もとりあえず交換アイテム分だけ稼いでやりたいこと優先だな。ランキング上位を目指すには少し期間が長いから後半息切れしそうだし」
最初のイベントなので試験的な意味合いが強いのだろう。
確かに、まずはこれぐらいラフなぐらいがちょうどいいのかもしれない。
ただ、どんなプレイスタイルをしていようとある意味で自国や他国のトップ層がどういった名前なのかを確認できるのは大きいはずだ。
このランキングで上位に入ること。それすなわち、それだけの影響力を有していることの証左でもある。ポイントを稼ぐために必要なのはやはり。
「長時間ログイン、NPCとのツテ、情報収集能力のうちのどれかは必須だろうな」
ブルーも同じ結論に至っているようだ。
説明を見る限り影響力の高いNPCと連携できればそれだけで有利だろう。
「よし、俺はそろそろダンジョンに潜る。2日間ぐらいは消える予定だ……シルバーは?」
「そうだな……ん?」
メッセージが来た。
送信元は。
「りんご飴か……」
ということはだ。
(ユティナ、りんご飴から連絡が来たぞ)
(ほんと!?)
ユティナの視線がこちらに向く。
「ちょうど、今決まったところだ。ルセスに戻る、そこからどこに行くのかは未定だな」
この街も十分に楽しませてもらった。
特に金策の部分で助けられたな。
今、手持ちには15万スピルある。
【マグガルム】の素材での装備更新用の資金は別に分けているし、しばらくはお金に困ることはないだろう。
目の前の青髪の男とか20万スピルあるとか言ってたからな。
……お互いに大概廃人だな。
「下手したらもう会えないわけか。そうだな、シルバーとの雑談は楽しかったぞ。なかなか参考になる視点が多かった」
「こちらこそ、色々情報を持ってきてくれて助かったよ」
そして、ブルーは立ち上がった。
「俺達はもう行く。何か用事があったらメッセージをくれ。もし、届くようであれば返信ぐらいはするさ」
「ん、メッセージって無制限に届くもんじゃねえの?」
「……システム上の所属国家が違う時は届かないんだとよ。先日、所属国家の変更をしたプレイヤーからの報告で明らかになった仕様だ。ヘルプに書いてないのは意図的だろうな」
「……ああ、スパイの防止か」
当然と言えば当然だな。
抜け道がないわけでもないが、リアルタイムで情報を渡せる利点をなくせるかは重要だろう。
「まだ確認されていないが距離制限もあるかもしれないし、《嘘感知》スキルも働かない。メッセージの信用のしすぎはいつか足元を掬われるぞ。俺よりもシルバーの方が今後気を付ける必要はあるはずだ」
「肝に銘じておくよ……じゃあな」
「ああ、お疲れ様。行くぞサフィ」
「きゅい!」
そして、彼らは冒険者ギルドを去っていった。
さてと。
「おーい、ブラック!」
「どうしたシルバーよ! 銀の姫の主よ! 最も新しき我が盟友よ!」
ギルドの喧騒にかき消されないように大きな声で声を掛ければすぐに反応が返ってきた。
「俺達ルセスに戻るわ」
「……ふ、ふはははは! いつ頃ネビュラには戻ってくるのだ?」
「いや、わからん。もしかしたら他の街にいくかもしれないから最後にお別れだけ言っておこうかと。レッドもまたな」
「……うぇ?」
「We are best friend! Fuuuuuuu!」
T&Tもそのままギルドの外へ走っていった。イベント参加のための準備をしてくるそうだ。
ブルーもT&Tもダンジョン専門のプレイスタイルを崩す気はしばらくないのだろう。
「さて、あとはレイラーとラリーか。レレイリッヒとゴン太郎はログアウト中らしいし、メッセージで連絡を入れておけばいいな」
今の時間ならシャテンにいるはずだ
早速彼らにもネビュラを離れる連絡をいれ……
「……えーと、彗星さん」
「…………」
そこにはちょこんと俺の服の裾を掴んでいる中二病の姿があった。
(随分と懐かれたわね)
(いや、懐かれたとかじゃないぞ。これは……)
嫌な予感がする。
「我らは……永劫の時を経て運命に導かれ共に歩むことになった同志なり。交わぬ道はあれど、再び相まみえる事もあるだろう」
ふむ。私たちはお互いソロ専ではありますがフレンドです。目的は違いますが、またどこかで会えるときもあるでしょう。
「しかして、天に孤独の星あらば、災厄を迎える時それを防ぐこと儘ならん」
しかし、私にはフレンドが現状一人しかいません。
あなたがどこかへ行ってしまうと、他のプレイヤーがパーティやフレンド同士で遊んでいるのを見た時に私の心が深く傷ついてしまうでしょう。
とても、とても傷つきます。防ぐ術はありません。
(えーと……クロウ?)
「ならばこそ、しばし、我が戯れに同伴することを願う」
だから、私が次のフレンドを作るまでもう少し残っていて欲しいです。
なるほどな。
「ちなみにどれぐらいの期間を想定してるんだ? いつもみたいになんか言い残して逃げたりせずにちゃんと誘えそうか? レレイリッヒとも商業ギルドでちょくちょく話してるらしいが、向こうから誘ってくるにしてもその話題になる前に逃げ出してたら難しいぞ」
「……ふっ。我を誰と心得ておる、シルバーよ。七曜の刻、いや! 弥生の月末なればこそ我が真なる力を解放しようではないか!」
勇気が出れば余裕です。
ただ、ちょっと時間がかかるかもしれません……1週間、いや3月末?
ま、まぁ私が本気をだせばちょちょいのちょいです!
うん。
「がんばれ! ブラックならできるはずだ! それじゃまたどこかで会おうな!」
俺は彼女の手を素早く外し急いで距離を取り笑顔で別れを告げた。
「そ、そんな殺生な!」
「メッセージ機能はあるから! ほら、世界にその名前を轟かせるんだろ!? いやー、堂々とランキング一位に輝くアブソリュートエターナルカタストロフィ・彗星! 『い、一体あいつは何者なんだ!?』 『きゃーかっこいい! 彗星様! ぜひ私とフレンドになって~』と騒めきだす民衆! そこにランキング一位の称号と共に降り立つは黒の彗星! 痺れるだ……」
「はっ!? その手があったか!」
……え?
「ふはははははは! 世界よ! 震えて眠るがいい! こうしてはおれぬ! さらばだ銀の姫よ! シルバーよ! 我が活躍を遠い地の彼方にてとくと見ておくがいい!」
「お、おう。頑張れよ」
そうして、彗星はマントを翻して走り出して行った。
「ふはははははははは!」
……やっべ、やらかしたかもしれん。
「……どう責任を取るのかしら?」
「い、いや。どこかのタイミングでレレイリッヒとフレンド登録するだろ。商業ギルド経由とはいえ積極的に交流自体はしてるらしいし……」
俺が間を取り持つのは、おそらく駄目だ。
あくまで自力で、もしくは相手の意思によってフレンド登録することに意味があると彼女は考えているはずだ。
今まで一度もフレンドを紹介して欲しいと言ってこなかったのがその証拠だ。
「ま、大丈夫だろ……うん」
基本的に彼女は気のいいプレイヤーなのだから、フレンドぐらいすぐにできるさ……。
☆
「あん、ルセスに戻ると……前言ってた予定ってやつか」
「そうだ。それが終わったらネビュラに戻るかもしれないし、他の街にいくかもしれないから一応な」
「まぁ旅人なんだ。わざわざ別れの挨拶なんて律儀なことしないでもいいんだぜ?」
レイラーはそんなことを言いながらも、ほっとした様子だ。
その理由は彼の視線の先にある。
「ええっ!? ユティナどこかに行っちゃうの!?」
「ええ。ラリーから貰った髪飾り、大切にするわね」
「…………うん」
「ほら、笑顔でお別れしましょ?」
目はいつもどおり死んでいるが、なんていえばいいのだろうか。
ユティナとラリーの別れを優しそうな目で見ていた。
「……ラリーと別れを言いに来てくれたのは礼を言おう」
「いいって、何も言わないで別れるのが気持ち悪いだけだから挨拶に来ただけだしな」
「……そうか。魔車を使うなら商業ギルド経由で依頼するといい。冒険者ギルドのお前さんの認識票を提示すれば護衛料分割り引いて貰える」
優しいのか捻くれているのか相も変わらずかわりづらい男だが、このぐらいの距離感がちょうどいいのだろう。
「達者でな」
「ああ、レイラーもな」
これぐらいが、ちょうどいいのだ。
 




