動き出すは"魔"
□魔導王国エルダン イデアル・マジック クランホーム
「なんでみんないないのおおおおおおお! 見つからないよおおおお! ひっぐ、ぐすん……」
少女の泣き声が彼女の所属するクランホームに響き渡る。
そこにはその少女を思い思いに見つめる集団が……おらず、たった一人の女性がはらはらした表情で少女を見ていた。
「え、えーとですね」
「マリア! なんで!? なんでマリアしかいないの!? ログイン状態になってるのに! せっかくクランホーム用意したのに! みんないないんだけど!?」
少女は毎日ログインをしているものの、ここ数日はまとまった時間を確保できていなかった。
この時期特有のリアルの面倒な用事がようやく一区切りついたため、久しぶりに長時間プレイをしようとログインし……そこにはフレンドが、クランメンバーがどこにもいなかったのだ。
「ゲーム内で昨日、リアルの深夜ですね。ちょうどアルカがいない時に魔法師のプリナさんがクランホームに訪れまして」
マリアと呼ばれたプレイヤーは冷や汗を零しながら話を続ける。
「【可変詠唱】の発見を筆頭に、魔力操作普及のための支援や発展の功を称えて、一つ報酬をと……前話していた特殊下級職【花魔法師】の条件達成のための支援を申し出てくれました」
【花魔法師】。
それは条件が判明している特殊職の一つで、【MP2000以上】の状態で250種類以上の【花】を採取する、という条件を達成することで就くことができるようになる特殊下級職だ。
彼らにとって馴染み深い魔法は俗に言う属性魔法と呼ばれるものだ。
グランドマジックオンラインというゲームでは火や水、風、変わり種でも光のような属性を操るような魔法が主流だった。
元素魔法ともいわれるそれらと異なり【花魔法】は全く別の原理で使用できるのではないかと、注目度が高いジョブだったのだ。
「30種類しか周辺で採取できなかったため、いつか遠征しようと話をしてましたが……」
しかし、アイテム指定【花】という条件がなかなか曲者で一度その計画は延期となった。
周辺にそれほどまでの種類もなく、採取するのに特殊な手順が必要なものも多くあったからだ。
そして、それを短縮する方法があるのだという。
花の国に行けば少し時間はかかるものの250種類は季節に関係なく採取できる。
現地の住人であれば採取に特定の手順が必要な【花】についての知識も有している。
少し特殊な事情があるので本来であれば無許可での入国は推奨されないのだが、これまでのお礼として旅人の入国の手続きはこちらで行う。
ぜひとも【花魔法師】習得に役立ててほしい。
「と、言われまして……アルカのことを置いて、比較的ログインの時間が同じメンバー同士でパーティを組み、そのまま花の国に意気揚々と旅立ちましたね」
「……全員?」
「全員です」
プルプルと少女は震えだした。
「みんなのバカあああああああ! うわああああああああん!」
「ああっ!? 泣かないで下さい!?」
☆
「ぐすん……うん、マリア、ありがとね」
「いえいえ」
しばらくして落ち着いたのだろう。
少女は女性にお礼を言い。
「それで、みんなその甘い話に乗せられてほいほいと向かっちゃったわけ?」
瞬間、少女の雰囲気が変わった。
空気そのものが引き締まる。
しかし、その変わりようにマリアは一切動じない。
「ええ、まぁ何人かは気づいてましたけど実利の面を優先した形かと。事実、花魔法なるものの習得はこれが最短ですので」
「ふーん、まぁいっか。インスピレーションは大事だもんね」
少女はこの話には何か裏があると気づいていた。
そのうえで、それを許容した。
思考のリソースを割く意味がないからだ。
そのなんらかの経験で仲間たちの魔法の新たな刺激になればいいとまで思っていた。
「はい。気づいてないメンバーが大半でしたが問題ないでしょう。現地のイデアの民では対処できないモンスターの討伐あたりですかね。他国が直々に支援に向かうのには少々面倒そうな国らしいので」
マリアも同じく興味はなかった。
魔法を揮えればそれでいいからだ。
この世のすべてには機能美というものがある。
それはきっと魔法も同じだというのが彼女の持論だ。
見るものを楽しませるのに特化した魔法。
芸術的な造形に特化した魔法。
殺しに特化した魔法。
その用途が娯楽であろうと、破壊であろうと、何かをなすために極まったそれは異なる美しさがあるのだとマリアは信じてやまない。
「私はどうしよっかなー」
少女が床をつま先でコツンと小突く。
すると少女の周りに炎の花が咲き乱れた。
精密な、そして美しい細工のようなそれは、《ファイアボール》と呼ばれる魔法だった。
しかし、すでに原型はないと言えるだろう。
きらきらと炎が星のようにきらめき……
「花魔法ー! なんちゃって……ほら、マリアも!」
「……はい、《水の生物庭園》
少女はマリアに笑いかけ、マリアもそれに応えた。
透き通った水で象られた、炎の光を吸い込み反射する美しい蜜蜂や蝶が部屋の中を飛び回り始める。
細やかな動きまで再現された魔法。
炎の花と水の生き物たち。
それはまさに魔法の花園だ。
接触し消滅しあうことのないように、周囲に影響を与えないように、繊細なコントロールによってその美しい光景は保たれていた。
しばし彼女らは趣味に興じ。
「それで、他にも何か隠し事してるよね?」
「え゛?」
それがばれて、マリアは固まった。
動揺しても魔法の制御は乱れない。
しかし、心は乱れた。
「あるんだ、ふーん」
「あっ!」
少女は何か確信があったわけではない。
ただ、鎌をかけただけだ。
「安堵。安心、いや、思案かな? 私に伝えるか伝えないか迷ってることがまだあるように感じたんだよね」
「……え、えーと」
マリアは自分がやらかしたことに気づく。
目の前の少女が相手の思考や感情を魔法の操作から読み取る精度が自分たちの中でもずば抜けて高いことを思い出したのだ。
さきほどまでの痴態、ならぬ涙ですっかり忘れてしまっていた。
この少女こそが、"魔"の頂点に位置する存在であることを。
「じとー」
少女はじとっとした目でマリアを見据える。
なんなら口に出していた。
「…………っ、ふぅ」
それに観念したのだろう。
あざといなぁと思いつつ、マリアは一つ大きく息を吐き。
「クロウが久しぶりにラグマジにログインしたそうです」
「……え?」
その情報を告げた。
「司会とレトゥスとヘリオーがその場にいたようで、来月の、第29回の大会の予定を聞いた後、魔法戦を何度かしてログアウトしていったそうです」
「……」
少女は固まったまま動かない。
「所属国家はアルカの考えた通りルクレシア王国。魔力を操作、制御できることに気づいたのはレトゥスの予想通りつい先日のようでした」
「……」
かの男がそれに気づいたとき、ラグマジにログインするだろうなと気づいていたメンバーは定期的にラグマジにログインしていた。
いや、そんな理由などなくても彼らは<Eternal Chain>でMPが枯渇したら、ラグマジにログインしなおして魔法で遊びだすのでいつも通り行動していただけとも言える。
そして、ちょうどログインが重なったメンバーと簡単に近況を報告しあったとのことだ。
「ちなみに魔法戦の戦績はレトゥスとは引き分け、ヘリオーと司会は負けたとのことです。最近見てなかったので心配していましたが、腕は鈍ってないようでしたよ」
そして少女は……
「な、なんでよおおおおおおおおお!? クロウと魔法で遊ぶのは私の! 私があああああ! ああああああああ!!」
「ああっ!? 泣かないでください! こうなるから! こうなるから私は!?」
魔法の語り合いを、高めあいを、それを教えてくれた相手との遊びを何よりも楽しみにしている少女は……また泣き出した。
☆
しばらくマリアに慰められ、少女は再度落ち着く。
「……それで、私の分は?」
拗ねながらも、私も早く行くとでもいいたげな言葉に思わずマリアは笑った。
「くすっ。こちらにありますよ、私がご一緒しましょう。不満ですか?」
マリアは一枚の書類を手元に取り出し少女に笑いかけた。
「ううん、マリアがいい……それ以外の薄情者たちのことなんてもう知らない!」
「あはは、みんな嫌われちゃいましたか。後が怖いですね。どうするおつもりで?」
「全員泣くまでボコボコにする」
「……暴力系は今時流行りませんって」
マリアは思わず引いた。
少女が他のメンバーを蹴散らした後、足蹴にする光景が目に浮かんだからだ。
「ノア、行くよ」
天井にいたのだろう。
少女の呼びかけに答えるように空から白い何かが落ち、少女の肩に止まった。
それは雪のような白の栗鼠だった。
小さく欠伸をした後、くるんと丸まり少女が腰につけていたポーチの中に潜り込みすやすやと眠りだす。
そして少女と女性は。
「マリア! 花魔法楽しみだね!」
「はい」
先に向かった仲間たちの後を追うようにクランホームから旅立った。
………………
…………
……
花の国、アウローラ。
花の祝福を授かった乙女を起源とする国。
世界で2カ国しか実例のない万能薬エリクシルの製法を見つけ出し独占している、その片翼。
そして……
騎士の国、ルクレシア王国。
魔法の国、魔導王国エルダン。
機械の国、機械帝国レギスタ。
雪氷の国、ノースタリア。
4つの大国と国境を接する……吹けば飛ぶような、そんな小さな国である。
To be continuited……
近日中に3章更新開始します。
 




