第8話 銀の悪魔
□2035年 2月16日 烏鷹千里
昨日は結局、夜遅くまでログインしてレベル上げに励んでしまった。
狩場のかなり奥の方へ進んでいたからか、ラビの話していた通りあっという間に育ち、【戦士】も48まで上がった。
<Eternal Chain>の夜は月明かりとでもいうべきか、平野であれば夜でもかなり明るく視界が暗闇に包まれずに狩りを行うことができた。
しかし、深い森の中や洞窟などで狩りをする場合は光源が必要になってくることだろう。
<ナイトウルフ>や<モコバット>という夜に出現して群れで襲ってくるモンスターもいたが、やはり初心者向けの狩場だった。
集団戦に苦戦した程度でダメージ自体はかなり控えめだったように思う。
夜という環境の中、群れで襲ってくる恐怖と戦うことになるが、おそらく合計レベル30ぐらいを想定した強さだった。
慣れてからは5体ぐらいまでなら被ダメ管理を意識しておけば戦えるようになったし、なんなら群れで襲われた方が遥かにおいしい。
5体倒せば実質50体倒した分の経験値が手に入るからな。
この調子ならすぐにでもカンストできそうだ。
装備を揃えるのはそのあとでいいだろう。
現在はレベルの暴力によりステータスでゴリ押せているが、ボーナスももう終わるし、今後のことを考えると装備も初心者セットから変えたいところだ。
「お、登録者数4000人になってる」
時刻は昼前。
<Eternal Chain>についてSNSで情報収集をしていると、公式チャンネルの登録者が4000人になっているのを見つけた。
完全没入型VRゲームが一部を除いてほぼ死にコンテンツになっていた中、1日で3000人増やしたのはすごいと言えるのではないだろうか?
しかし、VRゲーム界隈のSNS各所は相応に盛り上がっているが、いかんせん5年近く低迷を続けただけあって爆発力が足りない印象だ。
最強職業ランキングとか一体何を根拠に言っているのだろうか。
数字に貪欲というもので、攻略サイトやSNS各所ではすでに<アルカナ>で何を選んだかアンケートをしている。
俺も少し気になるので、適当に回答して内訳を確認してみた。
大体8割近くは確定ガチャを引いたらしい、というか定着したのかこの言葉。
よく考えると、後発のユーザの方が色々情報を集めたうえで選べるから先行有利というわけでもないのか?
プレイスタイルをどこに置くのかにもよるが、今後環境が進めば強い構成など色々でてくるだろうし、それを見てからどういったジョブ構成にするのか、<アルカナ>は何を選ぶのか情報が出そろってから始めるプレイヤーもいそうだ。
どれどれ……
「えーと、犬、鳥、ドラゴン、猫、天使、猫、犬、獅子、鰐、犬、悪魔、猿、ユニコーン、ドラゴン、ゾンビ、ゴースト、猫、食虫植物、ゴーレム、というか猫派と犬派がコメント欄で喧嘩してる……」
ここでも争うのかお前たちは。
犬か猫か、タケノコかキノコか、山か海か。
人類は永遠に争うことを宿命づけられているのだろう。
それはさておき、人によってはスクリーンショット機能を活用して自分の<アルカナ>の画像を現実に出力しSNSに上げており、私の子が1番可愛いやらかっこいいやらヒートアップしていた。
逆にリセマラさせろという意見もちらほら見えるが、<アルカナ>に愛はないのかという風に議論の焦点がずれたりしている。
どうやら早い人はプレイ1日目でもう生まれているらしい。
ゲーム内では2日経過しているのでそうおかしなことでもないのだろう。
俺の<アルカナ>はいつ生まれてくるのだろうか。
「……そ、そろそろログインしようかな!」
うん、そうしよう。
もしかしたら、今日にでも生まれてくるかもしれない。
いや、そんな遠足が楽しみで眠れない小学生じゃあるまいし、全然楽しみとかじゃないですよ。
昨日は自らの心を落ち着かせるために無心でレベル上げしたから忘れてて、今更興奮してきたとかまさかね。
俺は誰にしてるかもわからない言い訳を頭の中でしながらログインの準備を進める。
えー、どうしよう。
かっこいいドラゴンとか?
たくましいフェニックスかもしれない。
個人的にはスズメバチの造形美が好きなので蜂でもいい。
ワクワクが止まらないなおい!!
☆
□王都ルセス南門 クロウ・ホーク
ログインすると、王都ルセスの南門の前にいた。
昨日レベル上げから戻ってきて、ログアウトした場所だ。
普通にログインする場合、前回ログアウトした地点から再開できるようである。
それにしても、この世界に来るたびに思うがリアリティがすごい。
初日は散策やらPKやら落ち着いて遊べなかったから、今日はゆったりこの世界を楽しみたいところだ。
「んーーーーーー、ふぅ」
俺は大きく息を吸い、吐き出した。
吹き抜ける風を全身に浴びると、心身ともに洗われるようだ。
リフレッシュした後、俺は門から遠ざかりレベル上げをするため<モコ平野>の奥の方へ歩き出した。
「それで、今日は何をするのかしら?」
「今日はとりあえずレベル上げして、そのあと装備更新の予定だな。新しいジョブも考えないとだからやること自体は多いんだ」
「わかったわ。それで、昨日に比べてかなりそわそわしているけれど、なにか大事な用事でもあるの?」
「そろそろ俺もアルカナが生まれるんじゃないかって、年甲斐もなくワクワクしちまってな」
「いいと思うわよ、そんなに楽しみにしてくれてたのね。私も嬉しいわ」
「それはよか…………ん?」
あれ?
「どうしたの? 急に立ち止まって」
俺は誰と会話しているんだ。
また、背後を取られている。さすがに取られすぎではないだろうか。
次からは「俺の後ろに立つな、死にたくなかったらな」とか言った方がいいのか?
現実逃避している場合ではない。
俺はゆっくりと後ろへ振り返る。
そこには……
「……俺はクロウというんだが、もしよければ名前を教えてくれないか?」
「あら、そういえば自己紹介をしていなかったわね」
可憐な少女だった。身長は160センチほど、白銀の髪を風になびかせ、それを手で抑えるようにしている。
ロリータメイドというのだろうか?
黒い布地に白いフリルをあしらったゴスロリ風の服を着ており、肌はきめ細かく、雪のように白い。
そして頭の側面からちょこんと飛び出ている小さな角。
彼女は優雅に、ゆったりとした動作で、こちらに向き直った。
「私は<アルカナ>、【天秤の悪魔】ユティナよ。気軽にユティナと呼んでくれると嬉しいわ。よろしくね、私のマスター」
そして、私はあなたの<アルカナ>だと、そう言った。
☆
□王都ルセス 大衆食堂 アルヴァ
俺は今日の予定を急遽変更し、南門近辺にある大衆食堂へユティナを伴い入店した。
店員に案内されたのは、屋外に設置されたテラス席だ。
「綺麗な内装のお店ね」
「ああ、昨日街を散策しているときから目をつけててな。機会があれば入ってみたかったんだ」
しかし、無駄遣いはできないため、今日はコーヒーだけを頼む。ユティナも同じものでいいというので2つ頼んだ。
昨日狩ったモンスターのドロップアイテムはまだ換金していないので、所持金は3000スピルのままなのだ。
「えーと、それで君が俺の<アルカナ>でいいんだよな」
「ええ、あなたのメニューから確認できると思うわよ」
メニューを開くと、確かに<アルカナ>の項目が増えている。<???>の状態だったが、なるほど<アルカナ>が生まれると解放されるのか。
「……見ていいのか?」
「見ない選択肢はあるの?」
確かにそうだ。
少しの期待と、戸惑いとともに項目をタップして開く。
そうすると、ユティナの正面の姿とパラメーターが並んだウィンドウが表示された。
種族名:【天秤の悪魔】ユティナ
マスター:クロウ・ホーク
TYPE:サポーター
レベル:1
能力:
HP:666
MP:300
SP:300
STR:100
INT:300
AGI:100
END:50
DEX:50
CRT:50
パラメーターは、言い方は悪いが高くはない。
それは彼女のタイプがサポーターだからだろう。
俺とその身一つで共に戦うのではなく、戦いや行動を何らかの形で支援するのがユティナの<アルカナ>としての特性ということだ。
つまり、その強みはスキルにある。
<所持スキル>の項目をタップして、その詳細を確認する。
所持スキル:
《スキル拡張》:パッシブスキル
所持スキルとスキルの発動権をマスターに共有する。
《念話》:パッシブスキル
マスターと念話による会話が可能になる。
《限定憑依》Lv1:アクティブスキル 使用SP 1
マスター、もしくはマスターが所有権を有する任意の武具・防具に憑依する。
マスターに憑依時、HPを除く全てのステータスを加算。
武具・防具に憑依時すべての装備補正を1.1倍。
※任意のタイミングで《限定憑依》は解除することができる。
※マスターに《限定憑依》時、マスターが聖属性攻撃・光属性攻撃を受けると強制解除される。強制解除された場合一定期間の間、《限定憑依》を発動することができない。
クールタイム:0秒
《反転する天秤》Lv1:アクティブスキル 使用SP 1
マスターが装備している任意の武具・防具のマイナス補正をプラス補正に変換。
マスターが装備している任意の武具・防具のプラス補正をマイナス補正に変換。
※二度使用すると元に戻る
※同時に一つの装備にのみ効果指定可能
クールタイム:0秒
他の<アルカナ>がどういうスキルを覚えるかは知らないが、おそらくその中でも相当特異なスキルを持っているのではないだろうか。
《スキル拡張》はサポーター特有のスキルと見るべきだ。プレイヤーの戦術の幅を広げられるということだろう。他の<アルカナ>が持っていてもおかしくない。
《限定憑依》も降霊術や悪魔憑きといったような霊体系や悪魔系のスキルなのだろう。強制解除のデメリット効果もイメージ通りだ。
《念話》も、要は憑依時に会話する手段を解決するためのスキルというわけだ。
問題は《反転する天秤》だ。
「これはまた随分とピーキーな」
装備補正のプラスをマイナスに、マイナスをプラスに。どちらかに傾けばもう片方はその影響を受けひっくり返る。反転と天秤の性質を一つにまとめたスキルということだろう。
違和感もあるが、そういうものだと理解した方が良さそうだ。
「なんでこうなったか知りたい?」
ユティナは愉快そうな顔をしながらそんなことを聞いてきた。
気になるかと言われれば、そりゃ気になる。
「頼む、教えてくれ」
「ふふ、まず天秤というけれど、私の本質は“反転”にあるわ。例えば生と死を、善と悪を、光と影を、物事と物事を天秤に乗せて傾いた方へ根本からひっくり返すの」
ユティナはそういうと、俺の目を射貫くような視線で見つめてきた。
「クロウは、この世界で常に何かを失いながらも、新しい価値を見出していたわ」
彼女は話しだす。
お金を失ったが、食という幸福を見出した。
道に迷い無駄に時間を失ったが、美しさを知るきっかけを得た。
命は失ったが、知識と勝利を得た。
ひとつひとつは些細なことだ。
自分の意思で好き勝手に失ったものもあれば、外的要因により失ったものもある。
お笑いにもならない、そんなつまらない話ばかりだが、繰り返し起こるのであればそれは本質の一つである。
「良く言えばプラス思考、悪く言えば行き当たりばったりでうまくいっただけ。その本来であれば不確定な何かを、意思をもってして引き起こす。マイナスを以てしてプラスを得る。そうして生まれたのが《反転する天秤》で、この私【天秤の悪魔】よ」
なるほど。つまり俺という人間を見定めて、名は体を表すような形になったと言っているわけだ
そう言われると確かにと思うもので、外れてはいないのだろう。
「そうそう。サポーターになったのも、あなたが本質的に一人遊びを得意としているからでしょうね」
「うん?」
なにか含みのある言い方だが、気のせいか。
「私が悪魔になったのも、あなたの元来の性格の悪さによるものだと思うの。悪魔ってほら、ずる賢いとかそういうイメージあるじゃない?」
「いや、待ってくれ」
気のせいではない。
明らかに馬鹿にしている、ニヤニヤしてるのは見間違いじゃない!
「独り言も多かったわよね。検証とか整理って言い訳してたけど、言葉に出すことで寂しさを紛らわせたかったの?」
「ちょっ、ブレーキ! ブレーキ踏んで!!」
「そもそも女の子が生まれてくるのってどんな気持ち? 飢えているのかしら? 悪魔っ娘がそんなに好きなの? 別に否定したいわけではないのよ。ただあなたがどう思っているのか、それが知りたいの」
「いや、それはなにかの間違いに違いない! 俺は決して邪な……」
──ただ、容姿や外見に関してはある程度みんなの想像を反映してくれると思うけど、基本ランダムなんだ。ごめんね。
──好きになっちゃうだろバカやろぉおおおお!!
──ワクワクが止まらないなおい!!
ふと、そんな過去の記憶が蘇った。
昨日の今日だ、忘れるわけがない。
……俺は冷や汗が流れるのを抑えることができなかった。
おかしいな、ゲームの中なのにドキドキが止まらない。
これが、恋?
「ちっ、違う、違うんだ!」
「何が違うのかしら。無知で愚かな私に、懇切丁寧に余すことなく最初から最後まで説明してくださらない?」
目の前の悪魔の追及を逃れるために、俺は必死に頭を回転させた。
☆
「あー、楽しかったわ。ごめんね、面白そうだと思って少しからかいたくなったの」
なんとひねくれた思考をしているのだろうかこの娘は。
「……悪魔かよ」
「だから悪魔よ。それでなんて呼んでほしい。マスター? ご主人様?」
「普通にクロウでいいよ、俺もユティナって呼ぶから」
「ええ、わかったわ」
恥ずかしい、死にたい。
つまり目の前にいるユティナは俺が潜在的に、表面的に抱えていた願望を読み取ったということだろう。
俺はそう思っていなかったとしても、少なくとも<アルカナ>としての彼女はそう解釈したのだ。
そう考えると、少し悪いことをしてしまったのかもしれない。
……いや、これは無粋か。
「ん、どうしたの?」
「せっかく話せるならいくつか確認できればと思ってな。ユティナはどこまで知ってるんだ」
「どこまでって……ああ、そういうこと」
そう切り出すと、ユティナは少し考えるそぶりをした後話し出した。
「そうね、まずこの世界と“向こうの世界”があることは知ってるわ。この世界が向こうの世界のげえむ? と呼ばれるものでクロウは本来向こうの世界の住人ということもね」
「ほかには?」
「クロウがこの世界に来てから見たこと聞いたこと、考えたこと、そのすべてよ。それ以外については、“そういうものだった”と理解している感じね。不思議だけれど、そうとしか言語化できないわ」
「お、おお」
なんていうか、会話がスムーズだ。
意図をしっかり汲み取って、欲しい情報を的確に返してくれる。
(それと、目覚めた今は昔のように考えていることはわからないから、なにか考え事があれば教えてくれると嬉しいわ)
うぉ、頭の中に直接!?
「今のが、念話か」
「そうらしいわね、内緒話や作戦会議にはもってこいね」
発想も似ているらしい。
まぁ、仲良くは出来そうで安心だ。
「それじゃ改めて自己紹介するけど、クロウだ。よろしくな」
「ええ、私はユティナよ。よろしくね」
そういって、俺とユティナは握手を交わした。
これから苦楽をともに旅をする仲間だということを確認するように。
「そうだ、他にもいくつか気になるんだけど質問していいか?」
聞きたいことは早めに聞いてしまおう。
お互いのために今のうちに確認してしまいたい。
「いいわよ、スキルについてよね」
「ああ、例えば《限定憑依》の最中に再度《限定憑依》を発動して他の対象に憑依することはできるのか」
「感覚になってしまうけれど、おそらく可能ね」
なるほど、そうなるとかなり自由度は高いな。
「もう一つ、憑依している最中の武器が壊れてロストしたら、ユティナは一体どうなるんだ」
スキルの性質上マイナス補正をプラスにするのであれば、呪いシリーズを使用するのが効率的と見ている。
というより俺が好んで呪いの武器を買っていたからこのスキルになったのだろう。
耐久値が0になったら基本ロストするという性質なので確認した方がいいはずだ。
「それは、わからないわね……」
「ありがとう、じゃあ確かめに行くか」
俺はコーヒーを飲みほし、席から立ちあがろうとする。
その時、視界の端でぴしり、とユティナの動きが急に固まったのが見えた。
どうしたのだろうか。
「……今、なんていったのかしら、もう一度言ってもらえる?」
「確かめに行こうって言ったな」
「私が憑依した武器を壊してみて」
「ああ」
「一体私がどうなるかを?」
「うん」
「…………え?」
「え?」
俺は何かおかしなことを言っただろうか。
不安に思いユティナを見ると、こちらを見ながらプルプルと震えていた。
顔は青ざめており、先ほどまでの余裕のある態度とは一転、涙目になってきてるようにも見える。
「……考えなおしましょう? 私たち、出会ったばかりだしもっと色々これからのこととか……そう! お互いのことについて話し合うべきだと思うの?」
「でも、俺のことよく理解してくれてたじゃないか。あそこまで分析されてるとは思わなかった。びっくりしたぞ。それじゃあ、お互いに友好を確かめ合ったことだし、これからユティナのスキルの性能の確認をしに行こうか!」
「え、え? 私がおかしいの。あ、あの。だから、私のことをもっと知ってからでも遅くないんじゃないかなぁって……」
「ん、何も間違ってないぞ?」
だってそうだろ。
「だから確かめに行くんじゃないか。ユティナが憑依した武器が壊れたらいったいどうなってしまうのか。死んでしまうのか。ただ憑依が解除されるだけなのか、解除されるのであればどこにリスポーンするのか。俺は、お前のことがもっと知りたいんだ」
………………
…………
……
「い、やあああ! こ、殺されるぅ! やめてえええ、なんで、なんで!? なんでそんな怖い発想が出てくるの! ごめんなさい、わ、私が悪かったから。ほんのちょっとからかっただけなの。許してぇ……」
「ひ、人聞きの悪いこと言うな! 誤解されたらどうするんだ!!」
「誤解も何もないでしょ、私が死んじゃったらどうするつもりよ! 鬼! 悪魔! ポンコツマスター!」
「悪魔はそっちだろ!? ちょっと死ぬぐらい気にしないでいいじゃん。<アルカナ>は死んでも時間経過で復活するってヘルプに書いてたし!」
検証し放題だ。
素晴らしいな。
「復活するだけであって意図的にHPを0にしてねってわけではないでしょう!? そんな最低な口説き文句言われたの生まれて初めてよ! だから年齢=彼女いない歴を絶賛更新中なのよばーかばーか!」
「このっ……今の言葉を取り消せぇ!」
「取り消しません、いーーーーっだ!!」
さすが俺から生まれただけあって煽りのセンスがピカイチだ。
これでもかと的確に俺の弱点を狙ってくる。
「おお!? いいのか、それなら俺にも考えがあるぞ!」
目の前の悪魔娘を、これからどうしてくれようかと考えを巡らせる。
彼女に対する負い目ももう消えた。
この悪魔は生まれるべくして生まれてきたに違いない。
親の顔が見てみたいぜ。
そんなことを考えていると、ぽんっ、と俺の肩に手が置かれた。
──だから
「俺の後ろに立つな! 死にたくなかったらなああああ!」
俺は怒りを込めた叫びをあげ思いっきり振り向いた。
そこには、兵士の方々が笑顔で立っていた。
……あっ、スゥー。お勤めご苦労様です。
「痴情のもつれかもしれないという通報を受けてきたのだが、どうやら婦女暴行の現場の間違いだったようだね。君、お店や周囲の迷惑を考えずこんな往来の場所で騒ぐだけに飽き足らず、実にいい度胸をしている」
「え、いや。あの、違うんです! 聞いて……」
「うええええ怖かったあああ! ありがとうございます、兵士さん!」
「ええっ!? ユティナさん!?」
キャラ崩壊してるぞ。
最初のミステリアスな雰囲気はいったいどこにいってしまわれたので!?
あっ、今兵士に見えない角度でニヤリと笑いやがった、確信犯かこいつ!
「……どうやら、何か事情はあるようだけれど、騒ぐにしてももう少し周りの迷惑を考えられるようにならないとね。そこのお嬢さんも噓はいけないよ」
ユティナは噓を指摘されてビクッと震えた。
おそらく、嘘を感知できるようなスキルか道具があるのだろう。
ざまぁ。
「さぁ二人とも、おじさんと少しお話をしようか。詰所にご同行願えるかな」
「ええ……」
「わかりました……」
この後、めちゃくちゃ正論で注意された。
人目をもう少し気にして、冒険者ギルドや酒場など、盛り上がる場所は選ぶように。また、誤解を招くような会話もしないようにしてねと優しく諭された。
旅人は変な人が多いから、あんま気にしていないけどねとフォローになってないフォローをされたのが、一番心に効いた。
今後は気を付けよう。
☆
「はぁ、酷い目にあった……」
「全くね、もう台無しよ」
まだ1時間しかたってないのに異様に疲れた。
今日はゆったりこの世界を楽しみたいと思っていた矢先にこれである。
そんなことを考えているとユティナは、少し先に歩いた後振り返り、正面からこちらを見つめてきた。
「ま、なにはともあれよろしくね。面白おかしく、楽しくやっていきましょう」
それは、気を落としていた俺に対する彼女からの激励だったのだろう。
「……はは。ああ、そうだな。バカみたいに楽しくやっていこう」
俺は苦笑しながら、そう答えた。