エピローグ① 進みゆく世界
□ルクレシア王国 王都ルセス王城
「ぐああああああ! どうして私がこんな密室で一人寂しく机に向かわなければならないのだ! この国の王子だぞ! なぜだなぜだなぜだああああああ!?」
「王子だからです」
金髪碧眼の青年が叫び声をあげ、【鋼騎士】と呼ばれる壮年の男が諭すように続けた。
青年の年齢は20に届かないといったところか。
「わかっている、わかっているともアレクセイよ! だがしかし、見よこの書類の山を、陳情の嵐を! 父上め、ちょうどいいといわんばかりに旅人関連の問題を全てこの俺に丸投げしやがったあああ、あの糞おやじめええええ!」
「口調が崩れております」
「おっと、すまない。私としたことが冷静に欠いていた。ダメだな、貴人たるもの常に紳士でなければならない……ええい、離せアレクセイ・バートンよ! 王族の命であるぞ!」
「まだ終わっておりませぬ故」
「妹たちに会いに行くだけだ! ああ、我が愛しのアイヤとエリゼよ。お兄ちゃんと一緒に昔みたいにおままごとをしよう! おお、名案だ! そうしよう! ゲイナ! 茶菓子をもってこい!」
「茶菓子はこちらに」
「なぜある!?」
「ゲイナ殿から渡されておりました。しばらくしたら必ず、妹に会いたいと癇癪を起こし茶菓子を持って来いと言い出すのでその際に、と……」
「ぐぬぬ……。仕方あるまい、カイゼル! カイゼルはいるか!」
青年は大きく声をあげる。
するとカイゼル髭を生やした男が室内に入ってくる。
まるで呼び出されるのがわかっていたかのように。
「どうされました、王子。姫様らは現在入浴のお時間です。お会いになられることはできませんぞ」
「わかっている! 妹たちの予定は今日も明日も来週までも全て把握済みだ! それはそうとなぜどいつもこいつも私が呼び出したときにアイヤとエリゼの話題だと思い込んでいるのだ」
「そういうところです」
「自明の理かと」
「とにかくだ、まず今回の旅人は過去の記録がほとんど役に立たん。カイゼル、そこはお前も理解しているはずだ。というか気づかせるためにわざとあの書類の山束を持ってきたな」
青年が指さしたのは資料の山だ。
それこそ、机から溢れんばかりの量である。
「よくお気づきになられましたな王子よ。ご成長なさいました。このカイゼル、感無量でございます……!」
カイゼル髭の男は感動しましたという感情を表現するためかハンカチを取り出し目じりにあてた。
「黙れ狸おやじめ! それよりもだ」
青年が紙の束から紙を何枚か引き抜いた。
「これは商業ギルドから来ている旅人が店を開きたいといういくつかの要望書の記録だ、まだいい。まだ足りる。過去の記録でも旅人が国に一時的に定住して店を開いたという記録はある。そのためのノウハウも、な? だがそれでは駄目だ」
「ほう、何が駄目であるのかこのカイゼルにお教えください」
「今回の旅人の大量流入について契約の神から神託はくだっていないことはすでにわかっている。つまり、これからはこれが常になるということだ。一刻も早く、環境を整えねばならん」
「おお! なんということでしょう!? ……それで、なにが問題なのですかな?」
金髪の青年の顔が歪んだ。
「何が問題なのかだと!? アレクセイ・バートンよ! 今王都周辺に旅人は何人いる! そして一番多い時は!」
「2092人です。本日一番多い時ですと5635人でしたな。小計では13273人の旅人が訪れております」
「まさに異常事態だ! いや、この程度なら問題ない。この程度なら余裕をもって対応可能だ、過去の旅人訪問時の方がよっぽど問題であった。しかし、今回は今までと明らかに違うことがある」
「それは?」
青年は窓の外……城下町を見下ろした。
「人数だ。このまま要望全てに対応しようとしたら土地が足りなくなる。正確には空き家だが。旅人は土地に縛ることもできぬ。彼らがこの世界を訪れなくなった際に、その店はどうすればよい? 今は信頼できる旅人のみに対応するようにしているが、このままでは立ち行かなくなるのは明白だ。旅人のためにも、我らのためにも、そのための制度が、土地が必要だ」
「では、どうするおつもりで?」
青年は暗い笑みを浮かべ……笑みを通り越してその顔を引きつらせた。
「ふ、ふはははははは。決まっているだろう! 無いなら1から作ってしまえばいい! 旅人に関係するすべての債権はこの私に一任されているのだ! 愚かな国王め、今に物を見せてくれよう!」
「その愚かな国王が御父上でしょうに」
「王子はな、疲れているのだ」
「アレクセイよ! カイゼルよ! 街づくりの時間だ、冒険者ギルドと商業ギルドのギルド長に連絡を入れよ、近日中に一度詳細を詰める! 時期を見計らい、土地を選定し、街を! 街を作るのだ!」
「資金、資材、人材はどうするおつもりで?」
「決まっているだろう。ないなら用意させればいい、作らせればいい」
「それは……つまり」
「ああ、そうさ。旅人に、な」
「クエストの発注だ! 大規模なものになるぞ! なにより彼らは気まぐれだ。方針はこちらで固めねばならん! 土地の選定、場合によっては魔域の浄化作業も必要になる。討伐クエストを! 納品クエストを! 冒険者ギルド、商業ギルド、魔術師ギルド、木工ギルド、ありとあらゆるギルドと連携せよ! あの糞おやじめ! この実績をもってして正式に俺を後継者として貴族どもに紹介するつもりだなくそったれめ!」
「おお! 王子が王の狙いを看破しましたぞ! これで我が国も安泰ですな」
「なんということだ。明日は槍が降るのではないか……?」
「不敬罪だぞ貴様ら! ……以上、解散だ! ふはははは! 妹よ、愛しの兄が今行くぞ! ぐぇっ……なにをするアレクセイ・バートンよ」
「まだ、仕事が残っております故。カイゼル殿、あとは手筈通りに」
「ええ、ええ。アレクセイ殿もお守りのほど頼みますぞ、すぐに逃げだしますので」
そして、カイゼルと呼ばれた男はその部屋から去っていった。
聞きたいことは聞けたといわんばかりに……
「やはり貴様ら水面下で準備を進めておったな! 私が気づいたと同時にすぐに始められるように! くそおおおおおおおおおお!」
「では、王子よ。このまま……っ!?」
【鋼騎士】は振り返り、遠くを見た。
「……どうした。【鋼騎士】よ」
金髪の青年も先ほどとは雰囲気が変わり己の騎士に……国の最高戦力に何があったのかを確認する。
「【超越種】らしき気配を感知しました」
「場所は」
「ネビュラの方面です。本日は星天の日。異常事態も発生しやすい環境となっております」
「ならば行け。この時勢であれば帝国の糞共もすぐには動き出せんはずだ」
「いえ、気配は感知したのですが、すぐに消えました」
「……どこかに逃げ出したのではなく?」
「はい、確実に討伐されております」
「つまり、なんらかの【超越種】が発生と同時に何者かに討伐された、と?」
「おそらく」
「……このことに気づいているのは」
「帝国は遠く、【魔導師】殿も気づいておりますまい。ただ……」
「【荒らし屋】、か。確かにその可能性はあるな。であればだ。これはやはり、正式に発表はできん。ただでさえ先の旅人の騒動で荒れているのだ。ここで超越種の出現という情報など広げて見ろ。隙と見られかねん。暗躍好きの帝国が動き出すぞ」
青年は机を開け、そこから一枚の手紙を取り出した。
「……第三騎士団をネビュラに派遣、名目は星天の日の事後の調査及び兵力の支援でよかろう。というより、もとより送る予定だった。見よ、このおぞましい手紙を」
「それは……レイラー殿からですか」
「ああ、恐ろしいほどの罵詈雑言だ。『なにやってるんだ糞ボケ王子、さっさと騒動を鎮圧化してこっちに戦力をよこせ』という内容がこれでもかと丁寧に書かれている。私でなければショックで寝込んでいたところだ」
青年は騎士に今後の方針を告げる。
「超越種出現についてだが……ネビュラではレイラーとレリーブのみに伝える。聞き取り調査などはしないでよい。可能であれば倒した者を把握したかったのだが……下手に他国に感づかれる方が問題だ。超越種の素材であれば並大抵の者では扱えん、必ずどこかで足が出る。その時に把握できればよい」
「回収は?」
「せんでよかろう、もし旅人だったらどうする。『あの国は超越種討伐の功績を仇で返す国』などと言われかねんぞ。今回の旅人はみな今のところレベルは低いらしいので可能性としては低いがな。……昔の旅人の記録を見て思ったがなんというか、お前みたいなやつしかおらんな」
「恐縮です」
「もし他国の者であった場合は……外交の時間か。それこそ大臣や父上に任せればよいだろう。名乗り出てくれれば早いのだが……」
青年は思い浮かべた。
国際指名手配犯、国際犯罪組織、そう呼ばれる……国家の敵というべき者たちのことを。
「【荒らし屋】から拡散された場合に公表する準備だけ進める。まぁ、向こうから広めることはないだろう。この10年、奴の干渉によってどれだけの被害がでたことか……しっぽが掴めるならその程度の悪評は受け入れよう。父上には私の方から伝えておくが、同じように判断するはずだ」
時勢は未だに不安定。
故に。
「好きにはさせんぞ。帝国にも、奴らにも」
「はっ! 我が剣はルクレシア王国のために……」
ルクレシア王国 国家最高戦力
【鋼騎士】アレクセイ・バートン
☆
□魔導王国エルダン
「汎用的なオリジナルの魔法の開発、必要なのは【魔術師】が所有するいくつかのスキルと魔力操作……か」
鋭く尖った耳。
金髪の少女は……エルフと呼ばれる種族の女性は、紙束を傍に置いた。
「はい、この情報を旅人の間に広めていいのかの要望書もいただいております」
「毎度律儀なことだな。かの者らにはこちらの事情など関係ないだろうに」
「我らが【魔導師】に尊敬の念を抱くのは当然のことかと」
「世事はよせ。私はただ長く生きているだけさ……」
その場にはエルフと人類種の男、そして狐の耳を生やした獣人と呼ばれる種族の女性がいた。
「何か言いたそうだなプリナ」
「……なんなのでしょうか、あの者たちは」
「そうだな。プリナ、お前は旅人のことをどう思っている?」
エルフが聞き、プリナと呼ばれた獣人の女性が答える。
「モンスターを率先的に駆除し、市場は活性化し、ダンジョンにて魔石を集めてくれる良き者たち……。しかし、あのクラン……<イデアル・マジック>に在籍している者たちは恐怖を覚えます」
「レイガス、お前は?」
「頼もしいですね。いえ、言い換えましょう。<イデアル・マジック>に所属しているものたちが他国の元に渡らなくてよかったと思っています」
<イデアル・マジック>
「理想の魔法」の名を冠したそのクランは、ここ数日急にその名前を広く広め頭角を現したクランだ。
構成人数現在24名……今後さらに増える見通しもあるとのことだ。
平均レベル100にも満たない旅人で構成されているそのクランがなぜこの場に話題に上がったのか。
それは実に単純な理由によるものだった。
彼らは【可変詠唱】を見つけ出した。
彼らはオリジナルの魔法の開発を体系化せしめんとした。
そして……
「歓喜、恐怖、畏怖どれも正しい」
構成メンバー全員が既に【魔力操作】と呼ばれる技術を身に着けていた……異常の集団である。
「【魔力操作】、才ある者は長い歳月鍛え上げることにより、魔力を認識し操作し自由に操ることができるようになる」
少女が手を振ると周囲に何十匹もの炎の蝶が舞い始めた。
それは《ファイアボール》と呼ばれる魔法だ。
しかし、すでに原型はないといえるだろう。
「なぜ、そうする必要があるのか。理由は単純だ。ただスキルを唱えることで発動する魔法はあまりにも発展性に乏しいからだ」
狙った場所に放つだけの魔法と、回避に合わせて誘導しながら放つ魔法。
どちらの方が命中性に優れているかと言われたら当然後者になる。
「ただ唱え発動するだけではレギスタが開発した魔導銃……あのおもちゃとやっていることはなにも変わらない」
炎の蝶の動きは激しさを増していく。
否、そのすべてを彼女が制御しているのだ
「否定をしたいわけではない。ただ、戦闘への拡張性が乏しいのは純然たる事実なのだ。ステータスが上がれば威力も速度も上がると言う阿呆もたまにいるが……それは自らよりも高いステータスを持つものに勝てないと宣言しているのと同義だ。そして同じようなステータスであれば当然、力量が優れる方が勝つ」
【魔力操作】ができるかできないか。
その差は戦闘において圧倒的なまでに勝敗に影響を与えると少女は言う。
「ゆえに我々は集団で同時に魔法を行使する<魔法兵>と個人での制圧能力を鍛え上げた<魔法師>と明確に区分し運用している。魔法師団とはそれほどまでに才能の世界でありそれほどまでに個人の武に差がつくのだ。であろう? 魔法師プリナ、魔法師レイガスよ」
「……」
「……」
「【可変詠唱】、あまりにも革新的な技術だ。ただの<魔法兵>が<魔法師>を疑似的に追いつき、場合によっては追い越す力」
本来であれば鍛え上げなければできないはずの【魔力操作】を疑似的に再現する力だ。
まさに革新的であるといえよう。
炎の槍は射程を伸ばし、風の刃は細かく散らばり面での制圧が可能となる。
四方に放たれるはずの闇の衝撃波は収束し、指向性をもって放たれることで威力を底上げする。
「しかし、【魔術師】の天職を授からなければ使用すらままならないのはいただけない。旅人専用の技能であることが本当に惜しい」
【可変詠唱】という技術は《詠唱》というスキルが大前提である。
だからこそ、これまで発見することができず……そしてこれからも天職で【魔術師】を授かった一部の者でしか有効に扱うことができない。
旅人と呼ばれる存在だけが、魔力操作の再現という恩恵を十全に受けることができる。
「ただ、私が調べたところ【可変詠唱】で付与できるのはあくまで出力の変化のみだ。それもかなり大雑把な区分だな」
少女が手を振ると、炎の蝶は集いはじめ……炎の人型となった。
「魔力操作の、我らの優位点は揺らぎようがなかった。揺らぐ時が来るとしても、それはしばらく先のことだと思っていた」
人型は2人に増え女性と男性のような形をとり、ダンスを踊り出す。
これほどまでの精密な操作をだれができようか。
「ふふふふ、驚いたよ。【可変詠唱】の名づけの場にてかの者たちに初めて会った時、全員魔力の乱れがなかったのだ。それこそ歴戦の魔法師のようにな」
いたのだ。
それができる者たちが。
「そして突如かの者らが祀り上げるように紹介されたあの”少女”」
いたのだ。
その者たちをさらに超える怪物が。
「おい、今お前も見た目は少女だろと思ったな?」
「……」
「……」
「ふ、冗談だ」
(その冗談、わかりづらいです。笑えません)
男は冷や汗を垂らした。
(魔導師様のニヒルな笑み、かわいいなぁ……)
女は心の中で興奮した。
「あの少女は異常だ。お前たちも気づいているだろうが、【魔力操作】という技術においてはすでにお前たちの遥か上の次元にいる。他の者たちも既にお前たちよりも上の力量であろうよ。どうやってかは知らぬが……かの者らは魔力というものに対する見方が我らと少し違うようだ。もしかしたらそこに差があるやもしれぬ」
<イデアル・マジック>の構成員全員がすでに並みの魔法師を超える技量を有しているのだと。
「お前たちには言っていなかったな。あの少女はすでに私と同じ領域にいる。なんなら一部上回られている」
「なっ!?」
「ありえません!?」
男と女は思わず叫んだ。
それはありえないからだ。否あってはならないからだ。
「ありえるのだよ、私は凡才だからな。お前たちもそうだ、私がその年齢の時などまだ兎の狩り方も知らない小娘であったぞ? 誇れ。ただそうだな。かの少女がひとえに力を発揮できないのはこの世界のルールによるものだ。制限といってもいい。契約の神がこの世界の人類に課した、な」
「……」
「我々は実に幸運だ。<魔法師>級23名、<魔導師>級1名。すでにほかの国とは比べ物にならないほど優位に立つことができている、と見ていいだろう」
すでに世界の戦争の形は変わった。
どれだけ多くの旅人と友好を深められるか。
「旅人を縛り付けることは難しいが、だからこそ良き隣人となりお互いに利用し利用され生きていくほかあるまい。それは市井の者たちの方が良く理解しているのだろうな。我々はどうしても、その裏を考えなければならない……嫌な生き方だ」
「……これは私の私見ではありますが」
「言ってみろ」
男は少し言いよどみながらも、少女に促されるがままに話し始めた。
「かの者らが我らが【魔導師】の魔法行使の技術に一定の敬意を払っているのは確かかと。そこさえ違わなければ、彼らは我らのよき隣人であり続けるのではないかと愚考します」
「ふ。弟子の提言、素直に受け取るとしよう。そうだな、これはきっと幸運だった。かの者らの力を借りられればきっと私の悲願も……っ!?」
少女は振り返る。
その視線の先には……
「ちっ、老いぼれめ。動き出したな。このまま何もせず隠居していればよいものを」
「もしや……レギスタですか!?」
「ああ、狙いは……花の国、エリクシルだな」
「馬鹿な! 戦争がはじまりますよ!? 花の国へ干渉をするなど!」
「プリナ、魔導師様が先程おっしゃられただろう」
「え?」
「旅人は縛ることができないと、入国制限さえ突破すれば旅人が花の国に行くのは何の問題もない。レギスタが所有する旅人の入国書の手続きの権利は残っているはずだ」
エルフの少女は……国家最高戦力と呼ばれる存在は顔を歪めた。
「ルクレシア王国とノースタリアは動けんな……かの国らは我らやあの老いぼれの国と異なり直接旅人に干渉している。否、干渉しすぎている。今の状態で国内を蔑ろにするのはできないはずだ」
「つまり……」
「ああ、さっそく頼るときが来たぞ。プリナ、レイガス、クエストの発注だ。旅人を支援し、花の国に潜入。レギスタの狙いを防いで来い。時期は……2週間後といったところか」
既に、世界のルールは変わった。
「花の国は【契約書】の締結により、我らイデアは滞在できる日数が決まっておる。早すぎても遅すぎてもいかん」
既に、安寧の時代は終わりを告げた。
「狙いはおそらくエリクシルの製法。もしくはその交渉材料になりうる存在、つまり第一王女との婚約の締結、ないし秘密裏な確保であろうな。私はあの老いぼれを抑える。最悪亡命の支援も視野に入れよ、レギスタには絶対に渡すな」
既に……戦争の準備は始まっている。
「今回どんな結末になろうとも戦争は起こらん。否、起こすことはできない。それをわかったうえで仕掛けてきている。少なくとも半年は必要だ。ノースタリアの先代【霜将軍】暗殺の件といい、よっぽど戦争がしたいらしいなあのクソ爺は」
「始まるぞ、前哨戦が」
魔導王国エルダン 国家最高戦力
【魔導師】???
☆
□機械帝国レギスタ
「戦争、したいのう……」
大柄な男がため息をついた。
壮年の……しかし、肉体は若々しく40代ほどに見える偉丈夫だ。
「今回の旅人はどうであろうなぁ……昔はよかった。血気盛んな旅人がいた。一人遊びに付き合わされるのはつまらんかったが、戦争。戦争が多かったのだ……」
「親父殿、また昔はよかったってやつか?」
青年は呆れた顔で、父親と呼べる存在に話しかけた。
「20年、よく耐えたと思うのだ」
「付き合わされるこっちの身にもなってくれ。モンスターとの生存争い。犯罪組織の対策、【荒らし屋】の【超越種】への過干渉。戦争なんてしてないのに毎年いくらでも死んでるんだぜ?」
「だからこそ、強い国にする必要がある。事実、国内に奴らの根城は一つとして存在しておらん。それも全て儂のことを恐れているが故。儂に支配されることこそが世界の安寧に繋がるのだ」
「さいですか。……言われたことは一応調べといたぜ。旅人が初めて観測された時から一ヶ月弱。帝都に突如出現した登録にない魔力反応の数は24561件だ」
「やはり数は多いな。して、どれだけ使えそうだ?」
「3割は戦えればなんでもいい親父殿みたいな戦闘好き、5割は報酬次第だろうな。金か、アイテムか……残りの1割9分は……なんて言えばいいんだ? 人はもちろんモンスターすら殺すことに躊躇いを覚えてる珍しい連中だ。店を開きたいだとか、生産しながらレッツスローライフやら街中で叫んでるのは確認してる」
「残りは?」
「指名手配で追放せざるを得なかったただの馬鹿だ。一応何人か泳がせてるが気にしないでいい」
「ふむ、どれぐらい必要だ?」
「最低でも半年……だろうな。早いぐらいだぜ。やっぱ死なないってのがでかいんだろうな。正気を疑うようなレベル上げをしてる連中もたくさんいる」
「よかろう……ようは戦いをしたくない者も一定数いると。困ったのう」
偉丈夫の男は少し思案する。
「であれば切り分けるか」
「切り分け?」
「うむ。まずは8割を抑えにいくとしようか。どうせ全面戦争にはなりはせん。代理戦争か……もしくは精選戦争あたりが妥当だろう。残りはそうだな。旗印、理由付けがあればよいだろう。ネイとメルがおったな」
「あー、つまり?」
「旅人と交流させよ。お前もだぞライナスよ」
「うへー。やめてくれよ、ただでさえ親父殿に振り回されてるのにストレスで死んじまうぜ」
青年は心底嫌そうな顔で答えた。
「あとは報酬か……そうだな。そろそろ抑えに行くとしようか」
「……なにをだ?」
「【エリクシル】」
青年の動きが固まった。
「死者をも生き返らせると呼ばれる万能薬。数百倍に希釈したものでさえ、HPとMPが1の状態から最大まで回復し、どんな病魔も治療できるほどの特級のアイテムだ」
エリクシル。
それは万能薬の一つと呼ばれこの世界では2つの国でしか生産が確認されていない。
「聖国は遠い。そして今代の【聖女】は厄介が過ぎる。あれを破るのは容易ではないぞ。であれば……【エリクシル】を作れるもう一つの国を狙うのは必然であろう?」
「……正気か? 戦争が始まるぞ」
「何を言っているライナスよ」
「戦争のための準備をしに行くのだ」
それを聞いた青年は諦めたように……笑みを浮かべた。
「……あーあ、どうなっても知らねえぞ」
「笑みが隠せておらんぞ?」
「そりゃあ、親父殿の息子だからな。それにしても、旅人ってのはそんなに役に立つもんかね」
「わからん」
「……親父殿にしては珍しいな」
「わからないのだ。そもそも<アルカナ>であったか? あれは平穏の39人が、申し訳程度に広めたにすぎん」
偉丈夫は本当に不思議そうに話を続けた。
「始まりの15人、戦乱の107人はあんなものを持っておらなんだ。この百年、平穏の時代に訪れた旅人のみが<アルカナ>を所有しておった……数百年前は<アルカナ>などなくとも化け物ばかりであったからのぉ」
「親父殿が化け物と評すとはね。にわかには信じられないんだが。歴史書にはそんな……」
「ライナスよ。どこぞの誰やも知らぬものが書いた書物と、戦の時代を生きこの眼で見てきた儂。どちらの言を信じるのだ?」
「へいへい、それじゃ、俺も準備を進めますよっと。旅人は……まぁ適当に選べばいいか。報酬さえ弾んでおけば問題ないだろ。今回動くのは俺達だしな、同伴させてもらう権利が使えればそれでいい」
「うむ、花の国の現国王は食わせ者だぞ、十分に準備せよ。さて、儂は久しぶりにあの婆と遊ぶとするか。どうやら……向こうもその気らしいからのぉ」
男は……国家最高戦力と呼ばれる存在は、これからが楽しみだと笑みを浮かべる。
「さぁ、加速させるぞ。賽を振るのは当然この儂だ」
機械帝国レギスタ 国家最高戦力
【???】
☆
□???
「お前ら、計画は中止だ」
とある山の洞窟の中、住居用に整備された……盗賊の根城とでも言うような場所で一人の男は仲間たちに宣言した。
「お頭! 本当に襲撃にはいかないんですかい?」
「別に行ってもいいんだがよ。今行ったらお前ら全員死ぬぜ?」
その場に集まっていた男たちはその言葉が嘘ではないことを理解した。
「わかったらささっさと解散しろ。地道にモンスターを狩って食物を集めてこい。商人含めて人は襲うなよ、今ここにいるのはバレたくねえ。この指示に逆らった奴はもれなく死刑だ」
「は、はいいいいい!」
そして、その広い空間に男が3人だけ取り残された。
「あーあ、暇になっちゃったぁ……」
「そう言うなダケッド、風精霊の恩寵は欲しかったが別に今じゃなくてもいい。さすがに【死神】の狩場に何の準備も対策もなく入るのは自殺が過ぎる。罠が仕掛けられているであろうところにのこのこ誘われて行くのは馬鹿のやることだぜ」
男達が会話をしていると、申し訳程度に備え付けられた木のドアがこんこんと鳴らされた。
「もうはいっていいかぁ?」
「おう、すまん。待たせたな。【荒らし屋】」
そして、その場に一人の男が入ってきた。
だらっとした茶色のローブを着流した黒髪の男だ。
「それにしても俺のせいで作戦を実行できなかったようで申し訳ないねぇ。もう少しサービスした方が良かったか? 上級モンスターを10体ほど投下してもよかったんだが……」
「今回は不確定要素も多かったからな。あえてあの程度に抑えてもらったんだ。よしんば【死神】の陣は壊せても国家最高戦力が飛んでくるんじゃ結果は変わんねえよ。特異種複数体の出現は珍しいが過去にそのケースが存在していたのも事実だ。あれなら紐づけられやしねえ……あんたの趣味の邪魔をしたくなかったのもある」
「……いいねぇ、やっぱお前は人間の癖に話ができる」
黒髪の男は頭と呼ばれていた人物に対し、そう笑いかけた。
見下しているわけではない。
それは男にとっては最大限の賛辞であった。
「それで、趣味の方はどうだ?」
「素晴らしかったぜぇ! やっぱモンスターはいいねぇ。純粋な闘争心! 生への渇望! 未だ誰も辿りついたことのない領域へ、たった一夜にして到達したんだ!」
先ほどまでと一変、男は興奮しだした。
「俺がやったことはただの手助けに過ぎねぇ! その機会をものにし、超越の領域にたどり着いたあの戦士はまさに尊敬に値する! 噓じゃねぇ。俺は今、感動しているんだ!」
興奮とは裏腹に男は視線を下に落とした。
それは、心底残念と言った様子だ。
「ただ、惜しかったなぁ。期待に応えてくれたはいいんだが……まさか、進化に力を使い果たして死んじまうなんて。あの戦士にはぜひとも超越種とは何たるかをこの世界に示して欲しかったんだがなぁ。いや、既に瀕死の状態でありながらも最後の一滴まで振り絞り超越を成し遂げたあの戦士にはこの思いそのものが侮辱か」
「……そうか」
頭と呼ばれた男は、目を細め──
「おっと、やめておいた方がいいぜぇ。お前にはこの力は合わねえよ」
「……ばれたか。悪いな、欲しくなっちまうんだ。欲張りなもんで」
頭は目の前の男を襲おうとし、それを男が制した。
そんなやり取りだ。
「……お頭、冗談でもやめろ」
ダケッドと呼ばれた少年は、冷や汗を垂らしながらお頭に文句を言う。
「悪い悪い、でも気にしねえだろ?」
「ああ。なんならお前の評価を上げたぐらいだ。いいねぇ、欲望には正直に生きるべきだ。その方がうだうだ考えてるやつよりも好感が持てる。旅人もいいねぇ……連中は、行楽気分とでもいえばいいのかな? 遊び気分? いいじゃないか。必要なのは欲に忠実に生きているかだ」
男は一変つまらなそうな顔になった。
「国はつまんねえなぁ、あーだこーだ難しいこと考えてる真っ最中だぁ。少し世界を回ってみたが、市民の方がよっぽど本質を理解してる。いいんだよ、適当に交流しとけば。連中は遊び気分でこの世界に来てるんだからよ、普通に楽しませればいいんだよ。これだから人間は駄目なんだ」
そして、黒髪の男は踵を返した。
「もう行くのか?」
「ああ、商売相手はあんたらだけじゃねえんでな。人気者は辛いねぇ……。あ、そうだ。さっきの連中の中にいたやつで……赤い髪の人間と坊主の人間がいただろ、あいつら貰っていっていいか?」
「理由は?」
「お前に反旗を翻そうとしてたぜ、別に問題ないだろうが、普通に殺すんじゃもったいねえだろ? リュオンの今日のおやつにしたいんだ」
「報酬は……」
「いらねえよ、サービスだ。……そんじゃ今後ともうちをご贔屓に」
そして男は去っていき、そこには一枚の紙が残されていた。
頭はそれを拾い……笑った。
「ダケッド、ガラム。次の獲物を探しにいくぞ……ちょうどカラブ帝国が帝位継承権争いで荒れ始めてるらしい。そこに旅人が大量に参加して大盛り上がり中だってよ。遅ればせながら俺達もパーティ会場に混ぜてもらおうぜ? 奪いがいのある異能か加護か、恩寵持ちがいればいいんだが……楽しみだな」
ひ、ひぃ! やめてくれ!? いぎ、ぎゃあああああああ!?
お、お頭あああああ! た、たすけ!? あっ……
「お、死んだ。やっぱ【遠耳の加護】は使いやすいなぁ。ぜひとも持ち主には長生きしてもらいたいね」
──悪意は胎動する。




