第33話 月夜烏は星を仰ぐ
□ココナ村北部 クロウ・ホーク
「おー、いいんじゃないか?」
ザウグ山脈、その中に含まれる山の一つに見張りに使える広場のようなスペースが簡単に整備されているらしく、俺たちはそこに訪れていた。
といっても簡単な柵で囲ってある程度のものだが。
まぁ、木がないだけ十分か。
「ほ、ほんとによかったんですかねぇ?」
ゴン太郎は青ざめた顔をしていた。
他の連中を見てみろ、傲岸不遜なやつばっかだぞ。
……俺含めてな。
「いいのいいの、実際調査に来ているのは確かなんだし。なぁレレイリッヒ?」
「そうだねぇ、ほら適当に報告書はでっち上げておくから。せっかくの景色を楽しもうじゃないか! それにしても光源なんていらないぐらい明るいとは驚いた! いやー、なにもかもファンタジーだねぇ」
「そうそう。まじめすぎるのも損だぞー。兵士やギルドは情報が手に入ってうれしい。俺たちは綺麗な星空が見れてうれしい。誰も損しない素晴らしい話じゃないか」
「……クロウさん、さっそく撮影の準備はじめてますね」
呆れたような顔で見るな。
俺だけじゃないだろ。
ほら向こうのレレイリッヒの仲間達なんて地べたに布のシートを引いて寝そべる気満々だぞ。
「レレイリッヒも悪いな、組み立て式魔車を貸し出してもらって」
「いやいや、私たちとしても打ち上げをするかどうか悩ましいところだったから渡りに船だったよ。調査員を現場に送ることもできたしさ。道化騎士や柚子故障達には悪いけど、まぁ彼らも今頃レイナに慰めてもらっていることだろう」
柚子故障や道化騎士はゴン太郎とパーティを組んでいたメンバーらしいが、例にもれずレイナ信者らしい。
どこにでもいるな……
「ココナ村ではイデアの被害は出なかったしね……」
レレイリッヒはそう言って、少し遠くを見た。
「銀の姫よ! 見よ、この星空を! 我が勝利を祝福しておるわ! ふはーはっはっは!」
「彗星も星なのよね?」
「そうさ! 我が名には多くの意味が込められていてだな……」
釣られてみれば彗星が杖を振り回しながら叫んでおり、その傍にはユティナがいた。
行きの魔車である程度話すようになっていた……というより、元から彼女はユティナに好意的だったしな。
星の魔法使いと名乗っているのは噓ではないらしく、元から星が好きだったようで色々この世界の知識を話しユティナがそれに興味を示したのだ。
「それにしても、彼女も参加していたんだね。気づかなかったよ」
「彼女?」
「うん、気づいてたんじゃなかったのかい? アブソリュートエターナルカタストロフィ・彗星。武闘派のプレイヤーの一人だね。ネビュラの商業ギルド周りだと割と有名だよ、なんでも商業ギルドの副ギルド長マカレニア師から指名依頼をいくつも受けているんだってさ」
商業ギルドではある程度有名だったのか。
たしかにいい意味でも悪い意味でも目立ちそうだもんな。
結果パーティには誘ってもらえず、と……
「それで彗星がどうしたって?」
「ほら、話せる<アルカナ>についてだよ。私はクロウと合わせて3人と会ったことがあるって言っただろう?」
言っていた。
獅子、悪魔、そして……。
「会話ができる竜の<アルカナ>って……」
「彼女の右眼の中にいる邪竜のことだね。私たちとは話せないけど、主である彼女とは念話で話せるんだってさ」
そういえば路地裏で初めて会った時も右眼に話しかけてたな。
「……自分の内側に封印されている存在が話しかけてくれて、MPを供給もしてくれるって」
趣味全開だな、中二病恐るべし。
「聞いていた通りモンスターもほとんどいないことだし、私も自由に過ごそうかな。異常なしでいいだろう。それじゃ、クロウも撮影頑張ってねぇ」
そうしてレレイリッヒは他のメンバーがいる方に歩いていった。
その手には消音の魔道具を手に持っている。
せっかくの夜景、騒がしくならないように配慮しあおうという話になったのだ。
範囲が広いもので、NPCと交渉して言葉巧みに調査という名目でいくつか借り受けることができた。
これに関しては彼女の交渉能力に感謝である。
レレイリッヒ側と俺たち側の2グループがいるわけだしな。
彼女たちの話し声はこちらに一切聞こえず、光源は空の星々が照らしてくれているわけだ。
「……それでブルーは何をしてるんだ」
「サフィのご飯タイムだ。気にしないでくれていいぞ」
「もっきゅもっきゅ」
「……」
そこには高級そうな器にペットフードらしきものを注ぐちょこちょこドドリアンと。
「レッドは?」
「Good night……」
「そうか、お、お休み」
こちらも地面に布のシートを引き孔雀の<アルカナ>と一緒に眠りにつくT&Tの姿があった。
羽毛布団ということらしい。
誰が上手いことを言えと。
「じゃ、俺は適当に撮影に行ってくるわ」
「おうー……サフィ、うまいか?」
「きゅ!」
「OK!」
彼らから距離を取り、そして……
空を見あげた。
「うん、悪くないな」
聞いていた通り。
「悪くない」
確かにこの景色は、悪くなかった。
「よし、少し高い魔導カメラのお手並み拝見と行きますか!」
俺は相棒の性能を確かめるべく、さっそく撮影を開始した。
☆
「おー、なるほど。遮光機能も撮影環境に応じてデフォルト標準と、魚眼機能もあるのか、どうなってるんだ……ん?」
しばらく撮影を続けていると、こちらに近づいてくる気配を捉えた。
「クロウさん、今お時間ありますか?」
「ゴン太郎か、どした?」
「いえ、【マグガルム】から離れた時に聞きたいことがあるって言ったじゃないですか。そのことについてです」
あの死亡フラグのやつか。
「おう、なんでもいいぞ。まぁ、答えられるかはわからないけどな」
振り返れば、そこにはゴン太郎がいて……彼の顏はこれ以上ないほどに真剣だった。
「では……クロウさんは、イデアの人たちのことをただのデータと思ってますか?」
俺が最初に思ったのはやはりそうだったか、という納得だった。
道化騎士たちが死んだときのゴン太郎の反応は真に迫るものがあった。
それこそ本当に死んでしまったと思っているかのように。
「オレはパウルのことを相棒と思ってますし、イデアの人たちもこの世界で生きているんじゃなかって、そう思ってるんです。変ですかね?」
俺が生まれるよりもさらに昔に、どこかの誰かがこう言ったらしい。
現実とゲームの区別ぐらいつけろ、と。
所詮ゲームに何を本気になっているんだ、とも。
少し本質とはずれているが……この場合も似たようなことが言えるだろう。
ゲームの世界のキャラクターへの感情移入。
人によってはそこまで本気にすることか? という感想がでてもおかしくはないかもしれない。
「イデアの人がモンスターに殺されるところを見たことがあります。本当にたまたま、探索中にその場面に遭遇して、だけどそのときにはもう手遅れで……その人は目の前でポリゴンとなって砕け散っていきました」
それが、彼の一つの分岐点になったのだろう。
「ああ、この世界はゲームなんだなと思う気持ちと、この世界で関わってきた人達がただのデータって言われてもオレには信じられなくて……」
ゴン太郎やレレイリッヒが一度たりともNPCと口に出していないことには気づいていた。
それは彼らなりの線引きであり、一つのラインだったのだろう。
「クロウさんなら、なにか答えを持っているんじゃないかって……だから、聞きたかったんです」
その言葉には、人の言葉を話す<アルカナ>の主人である俺であれば、何か答えを持っているのではないかという期待と恐怖の感情が伺えた。
……そうだな。
「ゴン太郎は他のVRゲームってやったことあるか?」
「え? えーと、ないですね……嘘です、ラブ恋はやったことがあります……」
ゴン太郎は恥ずかしそうにそう答えた。
恋愛シミュレーションゲームは経験ありと。
まぁ、何でもよかったんだが。
「別に言わなくていいけど、好きなキャラクターはいるか?」
「え、ええ。はい、推しはいます……」
「じゃあ、答えはでてるだろ」
「え?」
そうだ、答えはでている。
「俺はどっちでもない、というか気にしてないな」
「き、気にしてない、ですか?」
「ああ」
だってそうだろ。
「面白いマンガを読んで、映画を見て、演劇を楽しんで、ゲームのシナリオに泣いて笑って、思い出に昇華する。創作の世界の登場人物に感情移入するなんて何百年も昔から人類がやってきたことだ」
あの映画を見て感動して泣いた。
あのマンガを読んでどこどこがおもしろかった。
そんな感想、少し探せばどの媒体でもすぐに見つかる。
当然ゲームだけが違うなんて言えるものではない。
「いずれ、どうしても考えなければならないその時が来たときに、自分が感じたことが全てだと思うぞ。敢えてその質問に答えるなら、結論を出していないが答えになるだろうな」
だから、答えは決まっている。
「答えはいずれ見つけるさ。まずは、この世界を頭空っぽにして楽しんでからな。ゴン太郎もこれから自分なりの答えを見つければいい」
ゴン太郎の答えは俺には決められない。
「それが答えになるだろうな。ま、未来の自分への丸投げとも言う」
自分で言っておいてなんだが、答えになってないかもなこれ。
「クロウ、すごいわ! 満点の星空ってこういうことを言うのね!」
「ん?」
声のした方を見るとユティナはこちらを見ずに思わずと言った様子でそう声をかけてきた。
「……そうだな! ここまでのは星天の日限定らしいからしっかり見とかないとだぞ!」
「あははは! 綺麗ね! すごいわ!」
「ふはははは! 銀の姫よ、あそこに光り輝くはレレロの天星と呼ばれる吉兆を知らせる星さ。覇道を歩み始めた我に相応しい星だ!」
「彗星は物知りね!」
再度、彗星の星講座が始まりユティナはそれを聞きはじめた。
「っと悪いな。質問の答えになってたか?」
ゴン太郎との会話の途中だった。
「……はい、十分です」
見れば、どこかほっとしたような顔をしている。
どうやら、あんな答えでも十分であったらしい。
「そりゃよかった。それなら、ゴン太郎もスクショとかちゃんとしとけよ。こんなきれいな星空なんてそうそうお目にかかれないからな。空気が澄んでるんだろうなぁ。色や大きさもリアルと違って豊富だ」
「クロウさんずっとカメラ回してますもんね」
「この魔導カメラいろいろ機能があるんだ。高かったんだぞ? ただ、ダンジョンは下手なクエストよりも稼げるなぁ……しばらくは金策に困らないで済みそうだ」
「ダンジョンですか。月光の樹海はオレは慣れませんね。ずっと夜なので時間間隔が狂います」
俺は逆にテンションが上がるタイプだ。
「……オレは向こうに戻ります。クロウさん、ありがとうございました」
「ああ、お疲れ様。また今度時間があれば一緒に狩りにでも行こう」
「はい、そのときはぜひ」
そしてゴン太郎はレレイリッヒ達の方へ戻っていった。
「さて、俺も撮影を……」
「クロウ。なにやってるの! ほら向こうで見ましょ!」
撮影を続けようとしたところユティナが……ってちょ!?
「まだ機材が!?」
「カメラもいいけど実際に目で見るのもいいものよ! ほら、彗星が敷物を用意してくれてるわ!」
「ずっと思ってたけど、おまえらどんだけ布のシート持ってるんだ!?」
「ふはははは! 備えあれば患いなし! 準備が足りないのではないかシルバーよ! 晩餐会の必需品の一つであるぞ!」
要は旅する途中、何もない場所で食事を取る時に必要だと言いたいわけだ。
「それは確かに必要だな。俺も買っておくとするわ!」
盲点だった。
「ふはははは! 我が星の名のもとに集え! く、くく……感じる、感じるぞ! 絶大な魔力の奔流が! 我が真の力が解放される日も近い!」
「サフィ、そろそろいいんじゃないか? 食べすぎだぞ?」
「きゅ! きゅきゅい!」
「あー、はい。今日は頑張ったもんな……仕方ない、特別にあれも出すか……」
「Zzz……Zzz……」
騒がしいことこの上ない、が。
イベントでゲリラ的に組んだパーティメンバー達と、打ち上げのように過ごすこんな時間も醍醐味の一つかと。
騒がしいぐらいがちょうどいいと……そう思った。
「ほら、クロウ! あの星はレレロの天星と言うらしいわ。綺麗よね」
「ああ、そうだな。確かに綺麗だ」
空を仰ぎ、星を見る。
「本当に……」
今はただ、この景色を──




