第30話 死線を踊る者たち
普通の【マグガルム】というモンスターはきっと倒すこと自体はそう難しくはないはずだ。
例えば、耐性装備で固めた前衛職が複数人かつ被弾覚悟で突っ込めば、平均レベル50のパーティでも迎撃の魔法の数が足りなくなり、ゴリ押しで倒せるだろう。
例えば、【マグガルム】の操作数を上回る魔法の数を発動し制御できる魔法使いがいれば純粋な実力で上回り倒せるだろう。
例えば、【マグガルム】が反応しても間に合わない範囲や速度かつ迎撃できないほどの威力の攻撃を放てるステータスとスキルがあれば楽に倒せるだろう。
例えば、天候が悪い時や朝や昼のような月明かりがない環境であれば魔力切れを狙い楽に倒せるだろう。
他にも倒し方はいくつも思いつく。
<プレデター・ホーネット>のように本体の硬さと機動力でゴリ押すのではなく、あくまで特定の環境で魔力切れをしなくなり手数でゴリ押してくるタイプのモンスターだ。
故に特異種。
条件特化型。
高火力紙装甲。
事前準備、弱点を突けば楽に倒せる。
そういう風にデザインされたモンスターなんだろうなと、あのゲーム好きの悪魔の顔を思い出した。
いかにも、彼女が好きそうなモンスターだ。
しかし、この【マグガルム】は違う。
数的不利を悟れば逃げ出すだろう。
自らの魔法が通じないと悟れば逃げ出すだろう。
強者相手には接敵すらせず逃げ出すだろう。
朝や昼、悪天候時はそもそも外敵と会いもしないだろう。
勝てる相手に勝てるときに勝つ。
臆病で、頭がよく、なおかつ狡猾だ。
少なくとも他のモンスターとは全く異なる行動原理を有しているのは間違いない。
つまり、この怪物を倒すにはこちらが不利な状況を維持しながら、仕留める時は一撃かつ必殺でなければならない……はずだった。
□ココナ村北部 クロウ・ホーク
「はははは! やっぱモンスターハントはこうじゃねえとなあああああああ!」
見よ、目の前の怪物を。
「GUGAAAAAAAAAAA!」
黒より黒くなった肉体は戦意に満ちている。
雷が薄く周囲に拡散していく。
先ほどまでとは圧倒的なまでに存在感が違っていた。
こちらを見据える殺意のなんと心地よいことか。
「ははははっ! やっべぇ、煽りすぎた! でもこれでいい! これがいい!」
こうでなければならない!
「……それでどうするつもりなのかしら?」
「そんなの決まってるだろ」
ここまできたらできることは一つだ。
「真正面からねじ伏せる」
否、それ以外の方法は存在しない。
「ほら、始まったぞ」
「……2つ?」
「ああ、あいつは気づいてるんだろうな。今の戦闘スタイルじゃ勝てないことに」
勝てると踏んだから俺は仕掛けた。
このままでは負けると、それを感じ取ったのだろう。
【マグガルム】は周囲に2つのみ雷球を浮かべている。
それを制御しようとしているのだろう。
くるくると自分の周囲を飛び回らせていた。
スキルによる補正ではなく、自らの意思によって制御しようとしているのだ。
「俺が手を出せない状態は飽和攻撃の成立だ。近寄れず、隙も無い。それまでに決着をつける予定だったが、あーあ。気づかれちゃったなぁ」
「気づかせたの間違いじゃないかしら?」
ユティナは笑いかけてきた。
いやいや。
「下手したらあのタイミングで逃げられてたんだ。俺の素晴らしい判断だったと思うわけですよ」
ただ。
「少し、煽りすぎた気がしないでもない」
雷球に変化が加わる。
それは少しずつ形を変え……剣のような形になった。
あくまで、剣なのだろうなとわかる程度の十字架のような、なにかだ。
「雷球をベースにした形状変化か。俺の戦い方の真似をしていると?」
それだけではない。
「自分の中の魔力を認識するのはラグマジじゃ必須技能だったわけだが……俺より才能あるなあいつ」
少なくとも、ラグマジサービス開始初日は俺は瞑想だけやって終わった。
形状変化をユーザーが見つけ出したのは、サービス開始1か月目の時でしかもアルカぐらいしか最初はできなかったんだよなぁ。
あいつらも俺も手探り状態で検証に検証を重ねた結果だった。
「負けてられないな」
俺は呪物を一つ取り出す。
「《呪物操作》」
そして……宙に浮かべた。
「操作対象を増やす条件は少なくとも、【呪術師】がそれまでに覚えているスキルのスキルレベルを全て最大にする必要があると。いやぁ、増えてくれてよかった。1個だけだったらマジでやばかったかもしれん」
俺の周囲に2つの剣が浮かぶ。
《呪物操作》による複数制御。
本来であればポルターガイストのように物を浮かべ動かすスキルに、変化を加えていく。
感覚器官の拡張。
魔力とでも言うべき力に適応する。
レイラーが呪いの藁人形を人のように精密操作していたのも、一種の魔力操作なのだろう。
ラグマジと似ているのはシステム上の基幹部分が似通っているのか、はたまた別の理由によるものか。
まぁ、動かせるのであればそれでいい。
認識できるのであればそれでいい。
細かいことは気にしない。
それ以上は雑念だ。
「これで、条件は同じだな」
「GURURU……」
わかっていることは一つ。
長期戦にはならない。
(どちらに《反転する天秤》をすればいいのかしら?)
(いや、今のままで問題ない)
(そう?)
(ああ)
俺は左の手元に剣を寄せ、握り。
「《スラッシュ》」
軽く横に振り、スキルを発動させた。
そのまま手を離し、宙に浮かべる。
装備判定の切り替えによるスキルの発動。
必要なのは柄を握っているという装備条件の達成。
二刀流の判定自体は、基本的にはどのジョブでも問題なく起こる。
(調整するから、スキル掛けは頼む)
(そういうことね、わかったわ)
【マグガルム】の周囲に浮かぶ雷の動きが加速していく。
自由に、大胆に、動きが鋭くなっていく。
それは、地面に斬り跡をいれた。
しかし無駄な破壊をすることなく、そのまま形状を維持していた。
それは確かに剣だった。
「これは……」
雷剣を動かしながら、追加で雷が収束し……放たれる。
見当違いの方に飛んで行ったそれは、しかし、わざと外したものだと理解する。
「GURUUU……」
今のは見せられた。
自由に動き回る剣の他に、雷線による一点特化の攻撃は放てるのだと。
もしかしたら、制御できていないのかもしれない。
魔力操作を2つ成立させた現在、今まで通り複数個の同時発動はできないかもしれない。
不意打ちに使用しなかったのは、おそらくまだものにできていないからで……しかし、俺はその可能性を常に警戒しなければならなくなった。
警戒させるための一撃。
俺の動きを鈍らせるための一幕。
《呪爆》による牽制の真似事。
選択肢の強要。
「……」
レイラーに作ってもらった呪いの武器の耐久値であれば、しばらく撃ちあうことはできるだろう。
懸念点としては、踏んばりがきかないというものか。
《呪物操作》によって動かす場合、持ち手がいないため当然鍔迫り合いのようなことはできない。
弾き、弾かれることになるはずだ。
(処理がどうなるかは、実際に試してみないとわからないな。本当に撃ちあえるのかどうかの確認含めて臨機応変に行こう)
おそらく、あの剣も任意のタイミングで今まで通り雷撃として破裂させることができる。
予想出来うるスキル倍率と周囲の破壊の規模的に、即死するほどの威力はない。
ないのだが……
(直撃したら斬撃ダメージの後に麻痺判定。刺さっても麻痺判定、しかもそのまま破裂させられ内部攻撃にENDが耐えられなければ部位欠損。剣先が伸びる可能性も視野に入れないとだな)
雷球よりも殺意が増しているな。
一度食らえば態勢を立て直す暇もなく、減衰効果を獲得する暇もなく、連続コンボで死ぬと考えろ。
雷線は貯め時間の都合おそらく通常の雷球よりも消費MPが多いが威力も高い。
つまり、全ての攻撃で直撃は許すな。
「ははっ、結局そうなるよな」
【マグガルム】は準備は出来たと言いたいのだろう。
「Guoo……」
俺のことを見た後……雷剣を傍に寄せゆっくり歩きだした。
「……」
俺も呪剣を控えさせ、応えるように歩き出す。
40メートルが30メートルに。
30メートルが25メートルに。
そして……
「やるか」
「GUOO……」
20メートルに、入った。
呪剣を走らせ【マグガルム】の雷剣を迎え撃つ。
迎撃は可能。
剣戟の音が鳴り響き……それが始まりの合図となった。
「《戦士の極意》」
「GUGAAAAAAAAAAAAAA!」
闘争の時間だ。
「はああああああああッ!」
「GUGAAAAAAAA!」
雷剣と呪剣は周囲を飛びぶつかり合い、音楽を奏でる。
彼我の距離はすぐに0になる。
咬みつきの一撃に対し、剣を滑り込ませるように横に振る。
マグガルムはそのまま強引に咬みつき、剣と牙がぶつかり合った。
「まずは力比べの時間ってかあッ!?」
「GUUUU……」
すぐ目の前には魔狼犬。
<月鳴りの剣>を噛み締め、その体躯で踏ん張っている。
目の前では鼻息が、牙から雷が漏れ……
「ッ!」
俺は力任せに振り切り、そのままマグガルムを弾き飛ばす。
魔狼犬は弾き飛ばされた勢いのまま着地、と同時に距離を取りながら態勢を立て直すのが見える。
「はっはぁ! 体格はともかく、STRはまだ俺の方が上みたいだなぁ!」
手がしびれる。
否、しびれかけた。
(牙による攻撃……おそらく爪も。肉体殺傷時に雷属性の麻痺効果の付与があるな。身体強化スキルの付随効果か)
直撃を食らってはいけない理由がまた増えた。
「GUOOOOOOOON!」
2つの雷剣が迫ってくる。
それを呪剣で迎え撃ち……閃光が走る。
爆発させたか。
呪剣は弾き飛ばされはしたが破壊はされていない。
そのまま俺は再度マグガルムに向かわせる。
マグガルムの周りには雷球が浮かび上がり始め……
あー、そういうことね。
「《呪爆》」
「GUGYAAAAAOOON!?」
行動される前に俺は剣を二つとも爆発させた後、少し下がり距離を取る。
今のタイミングであればダメージは発生しただろう。
欲張らずに少しの削りを入れておく。
発動しかけの雷球は誘爆し、それによる粉塵によるものか【マグガルム】の姿が一瞬覆い隠された。
そのまま、左手で腰のホルダーから素早く呪いの投げナイフを一つ抜き宙に放る。
そして、左に巻き込むように右腕を引き、握りしめている<月鳴りの剣>を一瞬手放し……《武具切替》を発動と同時に掴み直す。
左手元には取り出した呪いの剣があり……こちらは掴まない。
剣は薄く黒く光った。
「《呪物操作》」
接続。
投げナイフは空中に固定し長剣は宙に浮かべ。
「《インパクト》」
左に引いた右腕に腰の回転を加え、ナイフの底を剣の柄で殴りつけ射出した。
ほーら、気合い入れろ。
来るぞ。
粉塵の中から雷球を5つ纏った光り輝く【マグガルム】が飛び出してきた。
「GUGAAAAAAA!」
第1ラウンドは、俺が一歩ダメージレースでリード。
しかし、お互いまだまだ元気いっぱいの状態だ。
「第2ラウンド開始だなああああ!」
ナイフは操作された一つの雷球に迎撃された。
残り4つ。
それらは俺に向けて放たれるが、恐れることなく俺は前に行く。
「弾幕ゲームはさっき嫌というほど見たぜ!」
低く姿勢を維持し、背後の爆発を受けさらに前へ!
そして最後の一つが背後に抜けていき……
「読めてんだよ!」
俺は傍にいた呪いの剣を滑り込ませる。
雷球は爆発し、その衝撃で長剣はあらぬ方向へ飛んで行った。
すぐに呪剣をこちらに引き寄せ……間に合わないな。
雷球の操作。
魔力切れ、再度肉弾戦。
3つの雷球によるフェイントから、1つ操作し背後からの奇襲。
正面からは魔狼犬。
前、後ろ、前の3段階攻撃。
「やってくれんじゃねえかああッ! 《スラッシュ」》
「GUGYAAAAAAA!」
加速、加速、加速!
両の手で握りしめ、斬り上げる。
爪による振り下ろしとぶつかり合い、衝撃によりポリゴンが飛び散った。
「ちぃッ!」
衝撃を逃がし距離が開く。
マグガルムは2つの雷剣を発動し放ってきた。
一つは呪剣で迎え撃ち、もう一つは剣でそのまま弾き飛ばす。
爆発はせずそのまま………ってこれはっ!
「かああらああだあああっ!」
とっさにその場で思いっきり体を捻り、倒れ込む。
──光が走った。
雷線による一点攻撃を躱し。
「ま、に、あえええええ!」
呪いの剣の腹をフルスイングよろしく思いっきり俺の肉体にぶつける。
俺は逆らうことなく、どうにか加わった流れに身を任せ……雷剣が2つ俺のすぐ傍の地面に突き刺さった。
「おう、やばすぎだろぉ……」
視界を光が埋め尽くし、爆発。
「だぁあああああらっ!」
直撃こそ免れたが衝撃で弾き飛ばされる。
明確にダメージを受けた感覚を受け……馬鹿かお前はそんなの誤差だ気にすんな。
それよりも一連の動作で時間を取られすぎた。
また、魔力回復されて雷球を装填されるぞ、急いで態勢を!
「……は?」
気配が、消え……
(後ろ!)
(後ろオオオオオッ!)
声のままに、直感のままに、《気配感知》の反応のままに、勢いのままに。
ユティナによる肉体操作はあくまで起点の一瞬だけだ。
しかしその一瞬が、行動の起こりが、俺の動きをコンマ秒早めてくれる。
振り返り、俺はとっさに急所を守るように剣を盾のように構え……雷線が走った。
──まっずい!?
「ぐううううううううう! うおおおおッ!」
<月鳴りの剣>は悲鳴を上げる、がなんとか持ちこたえてくれた。
その衝撃によって弾きとばされるが、反動で距離を稼ぐことに全ての神経を注ぐ。
(正面にいるわ!)
「ああ!」
耐久値は……はは、やっべえ……。
今の一撃で100近く削れてるじゃねえか。
逆にこれで済んでよかったというべきか。
予想よりも耐久値というのは頑丈な作りになっているらしい。
嬉しい発見だ。
ただ、後2、3発同じように食らったら最悪ぶっ壊れると。
あんま嬉しくなかったわ。
「あー、そういやお前。そんなこともできたなぁ」
「GAOOOOUN!」
一瞬だ。
俺の意識がほんの一瞬全て回避に注がれたことを理解した瞬間に気配を消したのだろう。
相手の意識の隙間から抜け、視界から抜けたタイミングによる《気配遮断》を利用した一時的なステルス効果。
やられる側の気持ちになってはじめてわかるが、これは心臓に悪いな。
追撃されたら危なかったが……魔力回復中に魔法を小出しにし続けたから放てなかった、と。
今ので分かったことがある。
MP消費の燃費が悪いのは身体強化スキルだな。
発動中常に魔力を消費し続けるタイプなのだろう。
雷魔法は見た目よりもコストパフォーマンスがいいようだ。
だが、小出しにした時は魔力回復のラグと発動時間の都合弾幕が明確に途切れる。
雷線はやはり、そこまで都合よく使える攻撃ではないのだろう。
大きく動きながらになると1発が限界だな。
単発ならそこまで恐れる攻撃ではない。
今のは気配を消した半奇襲攻撃だった故に、対応が遅れただけだ。
《呪物操作》で詰めるならそこか。
ああ、これはもう……駄目だ。
「ははっ……」
「GUGAA……」
笑うしかない。
「ハハハハハッ!」
「GUOOOOOO!」
笑わずにはいられない。
「ハハハハハハハハハハッ! お前最高だなマグガルムぅううううッ!」
「GUGYAAAAAAAOOOOON!」
第2ラウンドのダメージレースは【マグガルム】優勢。
しかし、スキルのタネが割れた分状況はほぼ五分だろう。
次の接敵でおそらく決まる。
少なくとも、俺は決めに行く。
《武具切替》で剣を2つ取り出した。
「……《呪物操作》」
さぁ、死の第3ラウンドと行こうか。




