第29話 対峙
□ココナ村北部 クロウ・ホーク
森を抜けた。
平野、いや。
周囲には木々がまばらに生え大小問わず岩陰もある。
見通しは悪くないが、障害物もちらほらあるといったところか。
少し西の方に移動していたため、ちょうど森、山、平野の要素があるエリアに出てきたと。
記憶にあるマップと合わせても明確な名前がついていなかった。
俗にいうエリアとエリアの境目。
空白地帯だ。
地面から浮かび上がる光もかなり少なくなってきているため、星天の日も終わりが近いことが伺える。
「仕掛けるぞ!」
だからこそ俺は動く。
平野に飛び出し、俺は体を【マグガルム】の方に向ける。
森の中でずっと使っていた<呪われた長剣>をまっすぐ向かわせる。
飛び出してきたのは漆黒の獣だ。
当然警戒していたのだろう。
剣を壊すように雷球を……
ずっと思っていたことがある。
お前のそれさ、迎撃に本当に適してるか?
「《呪爆》」
迎撃のために操作しにきた雷球を巻き込むようにわざと爆発させ……雷球が一つその場で弾け飛んだ。
「GUAAAA!?」
「爆発するのは知らなかっただろ」
もう少し離しておくべきだったな。
ただ破壊するのであればそれでよかっただろうが、こちらが爆発させればその限りではない。
爆風によるダメージ判定。
防御力は予想通り弱い。
そして、自らの近くで爆発したら当然動きは鈍るよな?
「GYUOOOON!」
残りの3つを放つと同時に魔力回復を開始。
「でも、突如放ったそれを精密に操作する技量をお前は持ち合わせていない。《武具切替》《呪物操作》」
俺はその場を移動し、駆け、雷球を躱していく。
そして宙に呪われた長剣を再度浮かべた。
マグガルムの周囲には新たに4つの雷球が浮いているが……
「ほらな? もう不用意に動けなくなった」
俺を追いかけては来ない。
それは警戒という感情だ。
ただ、逃げられては困る。
俺は地面の石を3個ほど適当に拾いメニューを開く。
「《呪物生成》」
ランダム生成。
「《呪物生成》」
ランダム生成。
今回の素材は新天地で得たアイテムたちだ。
きっと新しいスキルが生えてるのだろうが、その確認はいらない。
「GUAAAAAAA!」
マグガルムは吠え雷球を放ってきた。
「《呪爆》」
手元に作った石を適当に放り投げ、タイミングを合わせ爆破。
「今のじゃ落とせない、と」
マグガルムを見れば、笑っている。
無駄な抵抗をしているさまを見て楽しんでいる。
雷球はそのまま俺の元へ向かってくるので再度ステップを踏み躱していく。
その過程で石を拾っていき。
「《呪物生成》、《呪物生成》、《呪物生成》、《早食い》」
ランダム作成を繰り返す。
魔力回復も忘れない。
マグガルムは光り輝き魔力を回復。
雷球を再度装填し……
「それで、どうするんだ?」
煽る。
「また、同じことを繰り返すと?」
煽る。
「お前のタネはもう読めてんだよ。魔力回復と雷球のチャージ時間の関係上生まれる空白の時間。時間が経過するほど短くなるが現状はまだ対応可能な範囲内だ。制御もされてなく近距離でもないこの距離じゃ当たりようがねえな」
煽る。
「GUOOOOOOO!」
(攻撃パターンが変わるな)
それでいい。
あの雷球は文字通り追跡用の攻撃だ。
足を止めての打ち合いになった時、その効力を失う。
否。
これでもし、すべての雷球の精密な操作が可能であればこうはならなかった。
可変的な変化を加えられるのならこうはならなかった。
しかし、あの変異したばかりの【マグガルム】が正確に操れるのはあくまで1つのみ。
俺の《呪物操作》を警戒しすぎた結果、それを防御札に使っている時点でこの流れに持ち込むのは容易だった。
そして、雷球による攻撃がだめなら次は……
「GUOOOOO!」
「そう来るよな」
狼の横に雷がいくつも生まれ……収束し、それは音もなく走った。
「首ぃ!」
来る。
「腕ぇ!」
来る!
「足ぃ!」
ほら、行って来い。
俺は呪いの剣を再度射出。
「GUGAAAAAA!」
マグガルムはその攻撃を恐れたのだろう。
自分の知らない何かを恐れたのだろう。
距離をとった。
それは20メートル飛んで30メートル以上。
射程圏外。
届かない。
「GURURUR……」
【マグガルム】は笑みを浮かべた。
魔力を回復し、雷球を宙に浮かべる。
一方的に攻撃できる歓喜に沸いていた。
それを見て、俺もまた笑った。
隙が無いなら作ってしまえばいい。
「よし、準備は整った。ユティナやるぞ」
「……何を始めるつもり?」
そんなの決まっている。
それは当然。
「スキルレベル上げの時間だ!」
(え?)
「《呪物生成》!」
俺はマグガルムを見ながら、地面から石を拾い集めスキルレベル上げを開始した。
☆
「《呪物生成》! 《呪物生成》!」
昔、ゴーダルはこういっていた。
同格、もしくは格上の、それも命のやり取りを行う戦闘においてスキルレベルは上がりやすくなると。
「《呪物生成》! 《呪物生成》!」
目の前のマグガルムはステータスや各種スキルを含めると明確な格上であり、つまりこの戦闘中においては俺のスキルレベルは上がりやすくなっていると。
「《呪物生成》! 《呪物生成》!」
俺の手元には、今日新たに入手した多くのモンスターの素材がある。
それは爪であったり、甲殻であったり、牙であったり、木片であったり。
そして俺の周囲には都合のいいことに石が転がっている。
誰のものでもない石が。
つまり。
「《呪物生成》! 《呪物生成》!」
今日は絶好のスキルレベル上げ日和だ!
魔力回復薬も十分にあるためいくらでも使用できる!
これは悪用ではありません、必要経費です!
いやぁ、魔力回復薬を配ってくれるなんて太っ腹ぁ。
俺は配給アイテムは全部回収して余りそうになったらとりあえず全部消化するタイプのゲーマーなんだ、悪いね。
(さっきから何をしてるの!?)
(さっきも言っただろ? スキルレベル上げさ!)
俺は作った呪いの石を適当に周囲に放り投げていく。
雷球や雷線が飛んでくるがお構いなしに俺は走りながらスキルレベル上げを行う。
岩を盾に、木を壁に。
(時間をかけたら危ないって言ってなかったかしら!?)
(ああ、ほら見てみろ)
マグガルムの周囲に浮かぶ雷球は5個を突破した。
俺が逃げ惑うさまを見て楽しそうにしている。
(10分もすれば7から8個になり、15分後には2桁に到達するだろうな)
(何を冷静にいってるの!?)
「ん、あれは!」
月光石を拾った。
「レアアイテムううううう、ゲット!」
月光石とは、ダンジョンの環境によって変質したアイテムだ。
もとはただの石でありながら、特殊な魔力や生命力を取り組むことで特殊なアイテムになる。
その用途は多岐にわたり、武器の素材から魔道具まで使える人気のアイテムだ。
狙うとなかなか手に入らないため金策をするほどではないが、まぁ探索をしていれば勝手に集まって武器の製作依頼やクエストの納品ができる程度には自然に集まるぐらいの採取アイテムではあるらしい。
そして当然投擲アイテムとしての性能も有していた。
中級モンスターの素材<パラガイザーの木片>を使い。
「《呪物生成》!」
これはさすがに見ておこう。
***
呪光石
装備可能条件:合計Lv25以上
耐久値:90/90
装備補正:STR-30、END-30、AGI-30、命中補正-30
装備スキル:《月傷の呪い》
【夜】・【月】の環境において投擲殺傷時、耐久値を全て使用し対象に現在HPの1%のダメージを付与。
***
「はいレアスキルいただきましたー!」
そして、システムメッセージに嬉しい言葉が……
「よし! よしよし! 《呪物生成》のスキルレベルがついに5になったぞ!」
地道なレベル上げが功を奏してよかった!
「苦節およそ2週間、長かった……」
クラン戦の準備中時間を見つけては《呪物生成》《呪物生成》。
多くの素材やアイテムを呪い呪い呪ってきたのだ。
「《呪爆》の方が先にスキルレベル5を達成しちゃったからな。いつ最大になるもんかとひやひやしてたが」
《呪爆》は《呪物生成》よりトータルの使用量は少ないが、PK騒動でひたすら使い続けていたスキルの一つだ。
当然《呪物生成》よりも先にスキルレベルが最大になっていた。
同様に《呪言》や《呪縛》のスキルレベルも5になっている。
《呪物生成》だけがスキルレベルが最大になっていなかったのだ。
格上や同格との戦闘がどれだけ重要か身をもって立証したわけである。
「ああ、そうだ……そろそろか。ユティナよく見とくんだ」
「え?」
「3……2……1……」
「まさか、すでに何か手をうって!?」
「0だ」
マグガルムの周囲に浮かび上がる雷球が6個に増えた。
「はいドンピシャああああ!」
おもしろ。
「雷球が増えただけじゃない!」
「時間ぴったりだったろ? そろそろだと思ってたんだよなぁ。あと増えただけじゃないぞ、俺の計算が正しければ最初に比べて威力が1.2倍ほどになったはずだ」
「なにも嬉しくないわよその追加情報!」
増えた雷球が飛んでくる飛んでくる。
「っと首」
放たれた雷の光線を躱す。
マグガルムは先ほどから雷球と雷線を混ぜ合わせて攻撃をしてきている。
しかし、一度たりとも20メートル圏内には入ってこない。
移動こそしているが、そこがデッドラインだとでもいうように近づいてはこないのだ。
「時間が味方なのを理解しているんだろうな、確かに弾幕は激しいし、魔力回復のクールタイムもすこしずつ短くなって次弾装填の間隔は縮まってる」
だが、それだけだ。
「あいつはな、臆病なんだよ」
「……臆病?」
「そうだ。仲間思いで有名な<ナイトウルフ>というモンスター。それなのにあいつは一人で生き延びた。なんでだろうなぁ、仲間が守ってくれた? 運がよかった? 可能性としてはなくはないが、あいつの場合は違う」
<ナイトウルフ>が、モンスターが仲間思いとゴン太郎が言っていた時は驚いたが、まぁそういうこともあるのかと思ったものだ。
であれば、なんとなく見えてくるものもある。
「誰よりも先に逃げ出したんだろうよ。自分が生き残るために。臆病なんだよ。別に責めてるわけじゃない、生き残るためには何よりも重要な要素だ」
事実あの固体は生き延びたことにより新たな力を手に入れた。
そして、自らの力を確かめるために狩りを始めた。
しかし、本質は変わららない。
あの個体は臆病なのだ。
「新しい力を身に着けて有頂天。獲物が逃げ回るのを追いかけて自己欲求を満たしている」
だから怪物は動かない。
時間がたつほど有利になるのだと理解してしまっているがゆえに、このままぬるま湯に浸るのをよしとする。
「もし、あいつが恐れずに近距離戦を仕掛ける個体だったなら、俺もさすがに困った」
しかし。
「用意された逃げ道に逃げるのであれば、まだやりようはある」
モンスターにあるまじき臆病さ。
それがあのマグガルムの強さであり……弱点だ。
確かに強い。
あと25分もすれば雷球の破壊範囲も威力さらに上がる。
そして、魔力回復のクールタイムが5.0000秒になり……無限に回復し攻撃し続ける怪物が生まれるはずだった。
飽和攻撃が成立した時点で俺が打てる手はなくなる。
それは認めよう。
だからこそ、臆病なこの怪物は。
「今、ここで倒す」
目の前の怪物の情報を整理しよう。
精密な操作が可能なのは1つ。
それは今もなお怪物の傍に控えている1つに使われている。
攻撃が届かないと理解してなお、俺の《呪物操作》を警戒している。
放つ雷球及び雷線は現在5つ。
そして同時に射出することはできない。あくまで1つずつだ。
ほんのわずかながらにラグが生まれている。
スキルレベル上げの最中に攻撃の癖は掴んだ。
今なら1回に限ればおそらくほぼすべて躱し詰めることができる。
そして何よりも重要な情報。
雷球が3つの時が一番丁寧に魔法を放ってきていた。
最初の一撃は何よりも殺意に満ちていた。
この怪物が一番弱いときが、一番手ごわかった。
無鉄砲さと、油断をしない狩人のバランスが一番とれていたのが最初だった
物量で押し切れるという油断が、少しずつあの怪物を蝕んでいる。
「ユティナ、そろそろ決めるぞ」
(ようやくね……)
だから逃げるべきだったんだ。
お前は逃げるべきだったんだよ【マグガルム】。
今日を、明日を潜伏し、自らの力を鍛え上げるべきだった。
レイラーの武器を持っている俺に勝って、敗北の上塗りなんてしようとせずに。
いや、これは彼のプライドの問題か。
俺が口を出すことじゃない。
「……さぁ、ここからが勝負だ」
この目の前の個体はレイラーの武器を持っている俺に勝つことで証明がしたいはずだ。
自分は強いのだと。
仲間を見捨てて正解だったのだと。
俺から逃げずに戦い続ける動機はそこにあると見た。
つまり、あれが効く。
一瞬だけでも判断が鈍ればそれでいい。
俺に意識が向いて逃走の判断が一瞬遅れればそれでいい。
俺はとあるアイテムを取り出した。
「お前が恐れた奴が手ずから作ったとびっきりのアイテムだぜ?」
<狼恨の邪香>。
この道具は、誰が、いつ、どうやって、素材を集めて、作ったんだろうな?
「GUA……」
俺はその蓋を外し……全身にぶちまけた。
それは効力を発揮し、俺の身体は一瞬光輝く。
「GURURU……」
「どうした?」
「GURURURU……」
「おいどうしたよ? 懐かしい匂いでもあったのか!」
「GURURUAAAAAAAA!」
「なんだ、怒ってんのかぁあああああ!?」
悪いな。
お前はここで絶対に倒さないといけない個体だ。
圧倒的な潜在能力、その上昇志向、そして、狩人としての残忍さも併せ持っている。
しかし、それらに反比例するような臆病な性格。
普通のモンスターとはあまりにもかけ離れている。
俺がこの世界であってきたどのモンスターとも違う。
この個体が特別だ。
ゆえに少々、本気を出させてもらった。
「お前の素材で! 俺の防具を新調してやるよ!」
「GUGYAAAAAOOOOOOO!」
油断はしないと、そう決めた。
何を本気にしているんだと言われるかもしれない。
だが俺は、約束を嘘にはしない。
最善を尽くすと決めている。
しいていうのであれば……
お前には俺のことを見て欲しかったよ。
まぁいい。
これは俺のつまらないプライドの問題だ。
だから、お前はここで狩る。
油断している隙を突き、弱点を突き、判断を鈍らせ、ありとあらゆる方法を使い尽くしここで狩る。
「行くぞ【マグガルム】」
これが最後、だ……?
「なんだ……?」
「GURURU……」
引いている。
逃げる一歩手前だ。
(読み間違えた!? ……仲間思いってのが違ったんだな!)
あくまで、生存戦略の一種か。
仲間を傷つけられたら地の果てまで追いかけるという情報をばら撒くことで、他の敵対生物に殺されづらくなるようにしている。
本能で理解していて、実践しているだけということか!
……いや、だとしたら。
逃げる態勢に入っているのに、なぜ、すぐに逃げ出さないんだ?
臆病な怪物がなぜ、逃げ出そうとしない?
それは……。
「……ふぅ」
(クロウ……?)
俺は戦意を沈めていく。
構えを解き、ただ目の前の臆病な怪物を見据える。
(ユティナ、すまん。やっぱなしだ)
(え?)
俺は今までの作戦を全て綺麗さっぱり忘れた。
そして……
「また、逃げるのか」
目の前の臆病者に語りかけた。
なんの意味もないだろう。
そもそも、言葉が違う。種族が違う。
敵同士だ。
「なぁ、【マグガルム】」
だからこそ、俺は待つ。
目の前の怪物は俺のことを見ていない。
ずっと、俺の先にいる誰かのことを見ていた。
それでもよかった。
倒せるのであれば、それも利用するつもりだった。
「戦おうぜ?」
ただ、それではやはり駄目だったようだ。
俺にとっても、あいつにとっても、この結末では駄目だったらしい。
この感情は何というのだろうか。
まぁ、なんでもいいか。
「GUOO……」
「……」
見る。
見つめる。
見つめ続ける。
そして、【マグガルム】は……。
「……やっと見たな」
俺のことを、見た
その目は、俺のことを見ていた。
ああ、その目を待っていた。
弱者をいたぶる目ではなく。
遠くの誰かを見据えた目でもなく。
俺を明確な敵としてみるその目を。
自分は強者なのだと、圧倒的な強者だという自身に満ちたその目を。
「やっと! 見たなあああああああ!」
──強者たらんとする戦意に満ちたその目を。
「GUOOOOOOOOOOON!」
待っていた!
「待ちわびたぞ」
俺はようやく【マグガルム】と戦いを始めることができる。




