第28話 運不運
□ココナ村北東部森林地帯 クロウ・ホーク
(どういうこと?)
(あの<ナイトウルフ>は二重の意味で全力を出していないんだ)
出せていないと言った方が正しいか。
そもそも<ナイトウルフ>自体はそこまで強いモンスターではない。
群れ前提の強さであり、個体としての脅威度はとてつもなく低い。
魔法を使う個体もおらず、<プレデター・ホーネット>と<ホーネット>のような上位個体の関係のような存在がいるわけでもない。
その中で変質し魔法を使う能力を獲得したとして、ベースはやはり<ナイトウルフ>なのだ。
(魔力回復の回数が多いのはそれだけ魔法によるMPの消費が激しいからだ。いや、激しい使い方をしているんだろうな)
あの火力を常に維持し続けるのは相応に消費をするはずだ。
基本は<ナイトウルフ>なのでMPの最大値が低いと見て良い。
魔法の威力が高いのはスキル倍率が優秀なのだと考えたほうが納得いく。
そう、スキルだ。
(あのナイトウルフが使用しているスキルは主に3つ。雷魔法、身体強化、そして月光によるMP回復だ)
そして今までの共通項。
(条件は時間だろうな)
(時間?)
あの【マグガルム】は特定条件下で【所持しているスキルの性能を上げる】スキル、を所有しているのだろう。
この世界は天動説か地動説か。
そんな議論が一部で起きたことがある。
21世紀の今頃やることかと思うだろうが、なぜか月があり太陽が再現されているのだからそこにロマンを見出した輩もいるのだろう。
結論としては地動説になった。
どうやったか月や太陽のような疑似的な天体を作り出し、1日が24時間になるように時間調整されているからだ、と。
地球とほぼ同じと考えたほうが納得しやすいということだ。
まぁ、それに関しては今はどうでもいい。
もう一つの仮想世界を作ってしまうぐらいなのだからいくらでもやりようはあるのだろう。
必要なのは夜の深さ、もしくは月の位置がスキルの倍率に影響を与えている可能性が高いというものだ。
まだ、夜は始まったばかり。
星天の日としてはあと1時間もせずに終わるのだろうが、目の前の個体は終わってからがピークだ。
レイラーに渡された資料にはそれらしきことは一つも書いてなかった。
夜に遭遇した時は強いから気をつけろというような注意書きのようなものだった。
おそらくこの個体特有のスキルだ。
個体差……で片付けるのもあれだが、こんな致命的な情報が知られていないはずがない。
NPCに合計レベル800超えの【国家最高戦力】がいるように、モンスターにもいるのだろう。
生物として特異種に至る存在が。
そして少数ながらにいるのだろう。
さらにその中でも特別なスキルを持った個体が。
もしかしたら、その上も……。
(このまま時間の経過を許すとすべてのスキル倍率が上がり続けることになる)
もし、夜の帳が完全に降りた深夜と呼べる時間帯を迎えるまで放置してみろ。
(常に消費と同時に魔力を回復し続け、雷球は大砲となる。数十個もの大砲を常に纏い続けるため近づくことすらままならず、並のステータスでは追いつくことすらできない速度で走り回りながら雷の大砲を放ってくる化け物の誕生だ)
発動数や威力がスキル補正に依存するのがミソだ。
消費MPが増えているわけではないため、過剰消費の魔力切れを期待するのもできない。
今夜だけで村の一つや二つは簡単に滅ぶのではないだろうか。
外壁の防御力でどれだけ耐えられるのかは知らないが、事実上の無限の魔力による飽和攻撃を耐えられるほど優秀ではないと見ている。
防御が完全無欠であれば、そもそも討伐隊なんて編成せずに立てこもっていればいいだけだ。
この化け物の活動範囲からすべての住人を避難させるなんて数時間では不可能だろう。
否、1時間放置するだけでもまずいと見ている。
3時間から4時間後とか想像したくもない
今更レイラー達を呼びに行けないというか、接敵した段階で間に合わないと判断した理由はこれだ。
星天の日はまだ終わっていない。
そして、レルー湿地帯とここは正反対に位置している。
通信網はあるのか?
モンスターの妨害は?
そもそも倒せるのか?
俺が現在持っている情報だと不確定要素が多すぎる。
デスワープも考えたが、2時間後にログインしてももう遅い。
そして1番最悪なのはこの怪物を見失うか、逃げに徹して隠れ潜まれる、ということだ。
今、俺という獲物を追いかけてくれてるという現状自体がかなり都合がいいと思うぐらいには致命的な能力だろう。
(ただ、これは最悪の想定だ。杞憂ともいう)
(話を聞く限りその可能性は高い気がするわね)
(だろ? そうであれば良かったんだけどなぁ)
上限がなければそうなるというだけで、どこかで成長が止まる可能性は非常に高い。
いや、スキル倍率なんて露骨なものな以上、上限値はあると考えた方が妥当だろう。
今夜は放置して明日の朝や昼にでも再度討伐隊を編成し倒してしまえばいい。
……とできれば話は早かったのだが。
放置できない、したくない理由は明確に存在している。
(そしてもう一つ)
(あるのね、その理由が……)
(ああ、あいつはおそらくあの力に目覚めたばかりで、単純に使いこなせていないんだろうよ)
あの【マグガルム】が恐れたのはレイラーが作った呪物だ。
抱いていた感情は恐怖、怯え、そして……歓喜。
これは俺の勝手な推論、否、確信と言ってもいい。
強者のにおいをかぎ分けたという話ではない。
レイラーを恐れていたのだ。
一週間前、間引きを行ったのはレイラーを中心としたベテランの冒険者たちだ。
それを逃げ延びた個体なのだろう。
呪物に過剰に反応したのはそれが理由で、過剰にレイラー達を恐れ、そして……進化した。
命の危機を乗り越えたことによる生への渇望。
月光の樹海、星天の日という特殊な環境。
そして、本来備わっていた捕食者としての才能。
それで生まれたのがあの【マグガルム】だ。
おそらく変質から一日も経っていないと見ていい。
なんなら今日が初めての夜かもしれない。
そして新たに手に入れた力を試し、磨き、自らの実力を高めている。
異常な成長速度だ。
レイラー達が悪いとも言えないな。
各地で間引きをしなければそもそも兵力が足りなかったのだから。
ココナ村も、あくまで数ある村の一つでしかないのだ。
あえて言うのであれば、運が悪かったのだろう。
旅人が急激に増え、PK騒動で治安が悪化し、国も対応を求められ、結果的に治安維持の都合兵力が減り、臨機応変な対応が求められた。
星天の日が近かったため時間もなく、ギルドとしては間引きという事前準備をすることで調整しようとし……そして、間引きを逃れた個体がたまたま特異な才能を有していた個体で、【ダンジョン】という環境によってたまたま悪い方向に適合進化してしまった。
運が悪かったのだ。
上限があるかもしれないというだけで放置することはできない。
あいつはすでに生物として一つの壁を突破し、なお成長をし続けている。
次も壁を超えないなんて誰が言える。
──故にここで倒さなければならない。
壁を超えずに限界を迎え、誰かが倒して笑い話になるならそれでいい。
それなら俺の杞憂で済んで良かったと一緒に笑ってやろう。
──故に俺は最悪を想定して動く。
明確な不利を悟るや否やこの怪物は絶対に逃げ出す。
そうやって生き延びてきたからだ。
──故に俺は有利に戦いを運んではいけない。
時間だけ稼ぎ救援を待つという選択肢は消えた。
否、最初からなかった。
悠長に準備するなんていう選択肢は存在しなかった。
この怪物が自らの力を完全に掌握する前に、幸運にも出会えた俺が、倒すしかなかったのだ。
タイムリミットは最大でも30分。
(クロウ! 正面、森を抜けるわ!)
(逃走劇はもう終わりだな)
それを超えると現在の上昇倍率から俺が対応できる可能性がゼロになる可能性が高い。
「それまでに、お前を! 倒す!」
お前を倒すのは、俺達だと吠えた。
「GYUOOOOOOOO!」
狩るのは俺の方だと、獣が吠えた。
上等!
──検証項目を選別、逃走ラインを見極めよ。
──対象との戦闘シミュレーションを開始。
──対象の思考をトレース。
勝利に必要な要素は……攻略できる可能性は十分にある。
「使えるもんは全部使ってやるよ。相手の嫌がることをさせたら俺の右にでるやつはそういねえぞ」
「自信満々に言うことかしら?」
「ユティナが認めてくれた俺の数少ない長所の一つさ……」
「え、えーと。……約束に誠実であろうとするところは長所だと思うわよ!」
「ありがとう!」
あまりクロウ・ホークというプレイヤーの性格の悪さを舐めない方がいいぞ【マグガルム】。
お前の目の前にいる男はやると言ったら大体どんなことでも宣言通りやるやつだからな。
 




