第27話 無茶振りと異常
□ココナ村 北東部 森林地帯 クロウ・ホーク
「おいおいおい、どうしたよ。全然当たんねえぞ!」
「GUGYAAAAAA!」
漆黒の体躯を揺らしながら、獣は駆ける。
単純な速度では負けるため、木々を使い、曲がりながら駆けていく。
直線ではなく、角度をつけできる限り狼を視界に入れ続ける。
獣の周りに光が浮かびあがった。
(──来る)
俺はその場を駆け抜け……先ほどまでいた場所へ雷光が、走った。
マグガルムが放つ雷属性の魔法。
乱雑で、しかし破壊力に優れた一撃だ。
雷球というべきそれを自らの周囲に纏わせ、放ってくるのだ。
「ははッ! やっべえええ!」
俺達を襲った初撃は、あの雷光を細く鋭く尖らせ貫通性を持たせ放ったものだろう。
暗殺に特化していたようで静音。
直進性は優れるが、そう融通が利くものではないらしく最初の一撃しか使ってきていない。
ゴン太郎のパーティメンバーを音もなく殺したのはおそらくあれだ。
隠密状態から放たれる貫通力に特化した雷撃は、気づいた時には首に穴が空き死んでいるというわけだ。
「かっこいいなあああ!」
(それで、どうするの?)
(うん、どうしようか……)
「GUOOOON!」
走りながらマグガルムの肉体が光る。
月の光を受けて、魔力を回復しているのだ。
「魔力切れを狙うのも無理ってわけだなぁッ!」
所有する能力の特異性。
こいつは間違いなく<プレデター・ホーネット>級のモンスターである。
方向性は違えど、一つの生物としてある種の到達点にいるだろう。
魔域の主、特異種、そう呼ばれるモンスター達が存在する。
彼らよりも強いモンスターはいくらでも存在するらしいが、その上で彼らが恐れられているのは所有する能力の特異性だ。
例えば<プレデター・ホーネット>。
周囲を破壊しつくす衝撃派を放ち、毒回復薬では回復できない致死性の毒を所有し、体長3メートルの巨体で空中を高速で飛び回る殺人戦闘機だ。
目の前のマグガルムもそうだ。
状況によって魔法を使い分け、【月】があるという環境においては魔力切れという弱点すらも克服した月夜の狩人。
「さーて、どう攻略したもんか……」
俺は獣の死角から剣を走らせる。
「GUAAAAAA!」
そして、マグガルムが周囲に浮かべていた雷球が移動。
そのまま弾かれそうになり……壊される前に雷球を躱し離脱させた。
「ちぃっ」
これだ。
マグガルムは常に周囲に雷球を浮かべている。
それは次の攻撃への準備であり、自らに近づく敵対者への牽制であり。
「迎撃機能つきってかぁ!?」
近づく存在を迎撃する地雷のような役割を有していた。
「どうしようかねええ!」
かっこいいけどさぁ! かっこいいけどさぁ!
魔力回復のクールタイムと合わせたらほとんど隙がないんですけどぉ!
常に雷球を周囲に纏えるとかその隙もあってないようなもんなんですけど!?
(レベル86で戦う相手じゃないってええええ!)
さっきレベル上がってて87だったああああああああ!
そういうのを焼け石に水って言うんですぅ!
(たしか、前もそんなこと言ってたわね)
(プレデター・ホーネットの時だな。……というか、マジでえぐいぞ)
あの雷球は、小回りが利くということで使っているだけだ。
現在周囲に浮かんでいるのは3つ。
しかし、制御できる最大個数があれだけとも限らないし、最大出力がもっと上の可能性もある。
「とにかく見極める必要がある」
奴の上限を。
聞いてた話と違いHP回復はなさそうなのが救いか。
その代わり攻撃性能に特化した個体ということなのだろう。
「まずは当初の予定通り時間を稼ぐ、ココナ村とは反対の方に引きつける。その上であいつの予備動作と魔法攻撃を関連付けたうえで隙を見つけ出す感じで……って」
おいおいおい……!
「4つ!」
雷球の数が増えやがった。
やっぱまだ上があるよな。
ギアを上げろ、分析しろ!
「ハハハハハッ! 捕まえれるもんなら捕まえてみやがれえええッ!」
「GUGYAAAAAA!」
雷属性の攻撃は直撃すると短期間の麻痺効果が発生する。
状態異常の麻痺と違いあくまで一時的な被弾効果のようなものだが、動きは確実に鈍ってしまうわけだ。
というよりも、直撃してはいけない理由の9割はこれが理由である。
麻痺耐性、もしくは雷耐性の防具がない現状、一度食らえば身動きが鈍くなり、その間に追撃を食らって死亡してしまうだろう。
(サービス開始11日目で耐性装備が揃うわけねえよな!)
しかし、状態異常は短期間に何度もかかると一時的な減衰効果を獲得できる。
これはモンスターも人も変わらない。
これは一つの手札だ。
まぁ、とにもかくにも情報収集が先だな。
……正直やりようはいくらでもある、が確実性が欲しい。
「すぅー……」
俺は、思考を分割する。
──ありとあらゆる情報を収集し、勝利条件を見極めよ。
「やるか」
攻略を開始するとしよう。
(ユティナ! 今から無茶振りを頼むけどいいか!)
(なにかしら!)
雷を避け、距離は近寄らせない。
情報がほとんどない状態で近距離戦闘をするのは自殺しに行くようなものだ。
(対応は最小限! 次に繋げられる体勢を維持して……マグガルムとの距離は10メートル以上を維持。俺が呪物を操作してサポートする。だから!)
そう、これは間違いなく無茶振りだ。
(後ろを振り向いたままの態勢で全力で走り続けてくれ!)
森の中の全力疾走、そして肉体の操作権の完全放棄。
(観察したいってことね!)
俺がマグガルムを観察するために後ろを振り向きながら、全力疾走をする。
そのためには進行方向の情報と肉体の操作をユティナに任せ、俺の視界は常にマグガルムを収めるようにしたい。
滑稽な見た目になるだろうが贅沢を言ってられない。
(ああ、最低でも1分! 首を痛める覚悟はできてる!)
どうせ痛みはないけどな。
動かしづらくなるかもしれん!
(……10秒練習させて頂戴)
(そんなんでよければいくらでも!)
(いつでも来なさい!)
気前がいいな。
ただ、今は次の雷球が来ている。
それを避け、木を盾に防ぎ、前に進む。
空白の時間が生まれた。
(よし、3秒で渡すぞ! 3……2……1……0!)
俺は肉体の操作権を放棄した。
は、はははっ!
森の中の全力疾走! <カイゼン樹林>で似たようなことはやってはいたが、ただ全力で走るだけなのは初めてだ。
ユティナには常日頃から操作権を渡す練習をしてきたが、これは……。
(……俺の動きのコピーか)
木々を駆け抜け、足を切り返し、移動の負荷は最小限。
先ほどまでの身体の動きを、俺の状況判断をできる限り真似し模倣しているらしい。
操作権を渡す時最後に見たユティナの表情は真剣そのもので、俺の身体を人形のように動かすのに全神経を注いでいるのだろう。
悪魔に憑かれて体を動かされるって今更だけどなんかアレだな。
エクソシストがいたら祓われるんだろうなこれ。
まぁ、光属性が弱点だからな今の俺たち。
ただ、雷球を避けるのは無理そうである。
少しずつ首は後ろに向き、そしてマグガルムを捉え……正面に向き直る。
(……っ! 戻すわよ!)
(OK! おおっとと)
少しもつれかけたが……これなら!
(行けるか?)
(行けるわ。ただ雷球を躱すのは無理ね)
上出来すぎる!
(雷球が飛んで来たら合図を出す。首を正面に戻して操作権を俺に戻す。そして攻撃を避けて再度渡す。この繰り返しで頼む!)
(それなら任せなさい!)
よし。
(行くぞ! 3……2……1……0!)
そして俺は体の操作権を放棄し、観察を開始した。
──雷球操作数3つ時、魔力回復時間5.000秒。
情報をアップデート。
──雷球操作数4つ、魔力回復時間7.584秒。
──雲が一瞬かかることにより月光が遮られた時間2.584秒。
──減算5.000秒。整合性確認完了。魔力回復は月光照射環境に依存。
──天気、良好。天候悪化による減算は不可能。期待値0。
(魔力回復時間の変化は無し。あと、さっきからの情報と合わせるとスキル依存で同時発動数が決まってるな。MPの消費量自体は変わってなさそうだ。元々のMP最大値自体かなり低い可能性はある)
マグガルムが勢いづくタイミングに合わせ呪物を視界の端にちらつかせる。
操作範囲内から逃すことなく、森の木々の隙間を通しながら俺の、マグガルムの近くに待機させ続ける。
《呪物操作》は既に掌握済みだ。とにかく思考にリソースを回せ、直観的に操作しろ。
俺は、観察を続ける。
──雷球次弾装填確認、射出数3。
(ユティナ!)
(ええ! 渡すわよ!)
俺は思考と肉体を……同期させる!
「ははははは慣れてきたああああ!」
雷球を躱しながら、マグガルムのクールタイムを並行して処理。
ついでに煙玉を取り出し、マグガルムの進行方向に投げつけた。
一瞬その姿を覆い隠し……マグガルムは関係ないと煙の中から飛び出してくる。
(ユティナ! 3……2……1……0)
操作権を放棄。
──クールタイム10.000秒。魔力回復開始。
──魔力回復時間5.000秒。
──煙玉による影響皆無。
──実照射に依存していない模様。
──洞窟などに誘い込んでも阻害できない可能性大。
(月光が差しているという環境概念による魔力回復か。屋内だろうと範囲内にいれば月明かりが地上を照らす限り魔力回復は可能な可能性が高い。雲に遮られるってのがポイントなんだな)
クールタイムはなんと驚きの10.000秒。回復時間の5.000秒を考えると実質5.000秒か。
放たれ続ける雷球は3つ。1つは防御札として常にマグガルムの傍に控えていた。
その他の雷球は俺たちに向けて放たれているが狙いは雑だ。
精密な操作はできないのだろうか?
(マニュアルで精密な操作が可能な個数は1つまで。あくまでスキル補正によるオート操作。で、俺が常に呪物でちょっかいを出し続けているから防御札にせざるを得なくなっていると。【魔力操作】に慣れていないのか?)
──雷球次弾装填確認、射出。
(ユティナ!)
(ええ!)
切り返す。
元に戻る。
観察を続ける。
──クールタイム9.992秒
──魔力回復時間5.000秒
──破壊跡より平均威力の微上昇を確認。
──異常検知。
(……待て、どうなってる。なんでクールタイムが減ったんだ。魔法の威力の上昇もしてるぞ)
1000分の1秒単位の計測を今更ミスるのか?
あいつらに笑われるぞしっかりしろ。
いや、最悪を想定するんだ。
そこが変わるとなると、雷球の推定消費MP量から逆算した魔力回復で生まれるはずの隙の計算が狂う。
それどころか……
──マグガルムの移動速度微上昇。身体能力の活性化を確認
(身体強化……スキル。時間経過……)
この追いかけっこが開始してすでに3分以上経過した。
追いつかれていないとのはひとえに《呪物操作》による牽制によるものだ。
《呪物操作》の射程圏内に入るや否やマグガルムの嫌がるように並走させながら、攻撃し続けることによりこの距離感をなんとか維持している状態だ。
俺に向けて放たれる雷球を。
(来た)
躱し、避け、走り続ける。
(貰うわ)
会話もカウントもいらない。
お互いに合図一つで切り替わるタイミングを理解した。
もう、この逃走劇で失敗することはない。
(月……夜……位置……)
マグガルムは現状維持をしているだけで何も変化を加えてこない。
何かを待っている?
──雷球の操作精度微上昇を確認。
(俺の攻撃に対応してきた。反応もよくなっている。これは……)
試している。
自らの力を扱う練習をしているのか。
いや、それだけではない。
俺は、観察を……
──クールタイム9.987秒。
──魔力回復時間5.000秒
──次回予測値9.982秒。
──クールタイム9.983秒。
──照合完了。誤差0.001秒。クールタイムの減少を確認。確定。
(……おい、ふざけんな!)
これは!
(ユティナ! 観察終了!)
(ええ!)
俺は肉体の操作権と思考を同期させ……正面を向き走る。
現在時刻は18時31分。
星天の日は19時から20時ごろには落ち着くと予定されていた。
しかし、こいつは違う。
「……どうすっかなぁ」
──時間経過により操作可能な雷球数増加の可能性大
──時間経過により魔力回復スキルのクールタイム減少の可能性大。
──時間経過により雷魔法の出力上昇の可能性大。
──時間経過により身体能力強化倍率上昇の可能性大。
「早急に手を打たないと詰むぞ」
レレイリッヒとフレンド登録しておくべきだったか?
いや、接敵した時点で間に合わなかったな、どちらにせよか。
ココナ村の戦力じゃ足りなかった。
それこそ、南のレルー湿地帯にいる主戦力が必要になってくるはずだ。
ネビュラまで行って戦力を集めてここに連れてくるまでに何時間かけるつもりだ?
そこまでこいつがここから移動しないという保証を誰ができる。
「腹を括るしかないか」
俺が出した結論はこの怪物はまだ全力を出していない、というものだった。
……え、マジで?
 




