第23話 ココナ村防衛戦
□ココナ村北東部 クロウ・ホーク
「ブロロオッ!」
襲いかかるは猪型のモンスター。
<ワイルドボア>と表示されたそれは、薄緑の肉体と牙を構え勢いのままこちらに突進してくる。
人によっては恐怖を覚える光景だろう。
しかし、逆にいえばそれだけだ。
「しぃっ!」
躱す、すれ違い、体をひねり、力を伝え側面を斬り上げる。
「グギィィ!?」
猪の首から赤いポリゴンがこぼれた。
このままとどめを刺したいのだが、残念ながらそうはいかない。
次が来ている。
俺はその場から離れ……先ほどまでいた場所に3つの穴が開いた。
「グギャギャ!」
木の上からこちらを見据えてくる影がいる。
数は3体。
<スクリューエイプ>と表示がされたそいつらは、石を手に持ち木の上から俺に向けて投擲してくる。
それはきれいなジャイロ回転を描いており、躱すたびに木や地面に突き刺さっていく。
投擲スキルによって貫通能力を持った天然の武器だ。
「ギヒッ」
一匹の動きが変わった。
「グギャアア!!」
やみくもに投げてくる2匹の攻撃。
足を止めず、顔に、腕に、胴体に当たる軌道を躱していく。
「キキャアアアッ!」
(クロウ、来たわ!)
そして、進行方向に向けて放たれた一投。
俺の側面から的確に放たれたそれを、猿の動きと、今まで観察した投擲の速度からおおよその軌道を予測。
「ふっ!」
俺は足元の石を拾い、角度に狙いをつけ、投げる。
撃ち落とすほどの威力はない。しかし、弾く。軌道をずらす。威力を弱める。
あの貫通性はあくまで回転によって生み出されてているため、それを阻害する。
同じ石であるのなら、それだけで十分だった。
──空白の時間が生まれた。
俺はそのまま猿がいる木の下へ進む。
「キヒャッヒャ!」
おいおい。なに高みの見物をしているんだ?
「そこはもう、射程圏内だぞ」
「ギャ!?」
「グギ!?」
「グゲ!?」
あえて隙を見せ、ギリギリを攻めさせ注意を引き付ける。
そして、《呪物操作》によって呪いの武器を高速で旋回させながら猿の死角から斬りつけていった。
俺を中心に3体の位置が20メートル以内に収まる、この位置関係の調整に手間取っていただけだ。
飛び道具持ちは厄介なため。
「《呪縛》」
先に、まとめて潰す。
すべての猿の動きが止まる。
手前にいる個体の首に、その勢いののまま剣を操作し突き刺した。
「一匹」
《呪物操作》の接続を外す。
次に腰のホルダーに装填した投げナイフを取り出し。
「《呪物操作》」
宙に放り、固定。
ユティナが《反転する天秤》をしてくれたのだろう。
ナイフが薄く暗い光を放つ。
狙いをつけ、角度を整形し柄の部分を<月鳴りの剣>の柄で殴りつけ──
「《インパクト》」
──射出。
「ギッ!?」
「二匹目」
それは一匹の猿の首に突き刺さり。
「《呪爆》」
2つの呪物を爆発させる。
首に突き刺さった呪いの武器を爆発させれば、それだけで致命傷だ。
よしんば生きていようと虫の息だろう。
そして。
「ギギ!?」
《呪縛》でバランスを取れずに木の上から落ちてきた猿をすれ違いざまに。
「《スラッシュ》」
斬り捨てた。
「三匹目」
すべての<スクリューエイプ>がポリゴンとなって砕け散った。
「はっはあああ! 次ぃ!」
ついでに瀕死の<ワイルドボア>にとどめを刺す。
《気配感知》で捉えるはクワガタのようなモンスター。しかしそれはすぐに範囲外に離脱していった。
興奮状態に陥っているそれは冷静な判断能力を有しておらず、ただただ暴れまわるだけの存在に成り下がっている。
周囲は戦闘の音が鳴り響き、獣が、人が吠えている。
15.000秒経過。
「《呪物操作》」
星天の刻より30分経過。
俺はひたすら襲いかかってくるモンスターを倒し続けていた。
☆
剣を振り、呪物を操り、理論値を叩き出すべく行動の最適化を行う。
俺が楽した分だけ他のプレイヤーやNPCが苦労するのだと己を叱責する。
つまり何を言いたいのかというと、だ。
(楽しいいいいいい!)
俺のテンションは最高潮に達していた。
(クロウ、そろそろ時間よ)
(おっと)
ユティナに諭され少し冷静さを取り戻す。
10分ごとの定期連絡の時間だ。
ホストとしての仕事はこなさなければならない。
「えー、こちらシルバー。各自状況を共有してくれ。俺は問題ない。以上」
空を飛んでいる蜂を叩き落しながら俺はパーティに連絡を入れる。
パーティリストで見えるメンバーのHP情報は誰も減っていない。
否、一度も減っていない。
全員30分もの間、ソロで被弾ゼロを成し遂げているということだ。
すでにチキンレースの様相を呈しており、誰が最初にダメージを負うか勝負している段階だ。
誰も口に出していないが、そういう無言でのやり取りがあったりする。
『こちらブルー。問題ない。以上だ』
『我に異常がないか、だと? ふ、愚問だなシルバーよ!』
『Enjoy!』
「順調なようで何より、何かあれば連絡を入れてくれ。オーバー」
俺は共鳴石を切り。
「ははははは! どんどんこいやあああああ!」
(落差が激しいわね)
戦いに、興じる。
この星天の日は拠点防衛系のコンテンツに近いだろう。
タワーディフェンスと呼べばいいか。
拠点の周囲に兵士や冒険者というようなユニットを配置。
指定時間の間、ひたすら襲いかかってくるモンスターから拠点を防衛する。
拠点に一定以上の体力ゲージが残っていればクリア。
実にわかりやすい。
(順調ね、このまま何も起こらなければいいのだけれど……)
(ユティナさん、何丁寧にフラグを建築してるんですかぁ!?)
《呪物操作》で呪われた長剣を操作し背後から襲ってきた蜂を斬り落とす。
(フラグ? なんのこと?)
おっと、これについても知らないと?
「前振りみたいなもんさ! 《呪縛》」
動きの止まったモンスターを斬る。
(また一つ賢くなったわ!)
「教えておいてなんだけど、あんま学ばなくていいことかもしれんな! 《早食い》」
クールタイムが明けるタイミングで魔力回復薬を補給し、呪物を操作し蝙蝠を叩く。
「ん?」
急に気配が背後に現れた、これは!
「トレントかあああ!」
「SHUAAAAA!」
ココナ村周辺で注意すべきモンスターは主に3体。
その中の一つがトレントだ。
今目の前にいるのは<パラガイザー>という名前のモンスターだが、分類としてはトレント種に該当する。
目はなく、捕食用の口が高い位置にあるだけだ。
別名、【歩く木】。
どっかで聞いたことある呼び名だな。
ここら辺の中級モンスターに分類されるこいつは、接敵した際に逃げ切るのは難しくはないらしい。
その場から移動がほぼできないらしく、長い長い時間をかけて少しづつ移動するようだ。
それでも危険度が高いらしい。
理由は単純明快。
「でかい! 硬い! つよおおおい!」
周辺の木に擬態するこのモンスター、なんと大きい個体だと15メートルほどにもなるそうだ。
いま目の間にいるのは概算7メートルほどなので小柄な部類であろう。
《気配遮断》によって自らの存在感を消し獲物を背後から不意を突き仕留める狡猾さから、生態系の上位に位置するモンスターだ。
ただ、弱点もはっきりしているようで火属性の攻撃にはめっぽう弱いらしい。
そして、横合いの衝撃にも弱い!
だからこそまずは最大火力を押し付ける!
俺は月鳴りの剣を鞘に納め。
「《武具切替》、《カースインパクト》!」
不意打ち気味に呪いの鉄棒を横からぶちかました。
「SHAAAAA!?」
「ちっ、足りないか」
背後の地面から生え突き刺そうとした木の根による攻撃を躱す。
それは、役割を果たすと同時に消えていった。
植物系のスキルや魔法を操るらしい。
「なら、じっくり狩るか」
俺は<月鳴りの剣>を再度抜いた。
先ほどの一撃は無駄ではなかったようで、このでくの坊に傷が入っている。
<スピアビートル>、<ムーンバット>、<パラガイザー>。
小型のモンスターの妨害を躱しながら、でくの坊の体力を削り取るだけの簡単なお仕事だ。
《呪物操作》で小型のモンスターを弾き、俺は目の前の異形を狩るべく前に踏み込んだ。
☆
『こちらブルー、緊急連絡。近場のパーティから救援依頼が来たため一時的に離脱する。共鳴石の範囲内に戻るまで……レッドは少し遠いか。シルバーかブラックはカバーを頼む』
<パラガイザー>に対しスラッシュを10発ほど叩き込んだタイミングで連絡が来た。
そろそろ伐採できそうなのだが、やはり硬い。
まずレベルが足りないようで火力が不足している。
《呪縛》が通らない植物系のモンスターだけに時間がかかってしまっているし、そもそも明確な弱点がないため純粋な削り合いになっているのだ。
口の中に呪物を放り込んで爆発させてもいいのだが、倒しきれるかわからないしできるだけ武器は温存しておきたい。
他のモンスターを《呪物操作》で削った後トドメを指すためにこの怪樹を時折放置しているのも原因か。
<パラガイザー>単体を倒すのは時間があれば余裕だろう。
攻撃パターンも全て見切った。
最初の奇襲性能の高さが問題なのだ。
(救援依頼か)
(嬉しい情報ではないわね)
近場のパーティが危機的状態ということだ。
俺の方には連絡が来ていないので、ブルーの近くのパーティなのだろう。
共鳴石は個別に連絡を入れる方法と、範囲内一斉に無差別に連絡する2つの方法がある。
俺が定期連絡に使用しているのが前者、緊急連絡に使用されるのが後者だな。
救援ということで範囲内に一斉に飛ばしたようだ。
『我が力を欲するというのか? 本来であれば血の対価を求めるところだが……よかろう、任されようではないか!』
「一応救援の理由がわかるなら情報共有を頼む」
『<パラガイザー>に奇襲されて陣形が崩れたタイミングに<ムーンベアー>が介入してきたらしい』
<ムーンベアー>は<パラガイザー>と同じく危険指定されているモンスターだっけか。
体長2メートルから3メートルほどの大きさらしい。
「GUGAAAAAA!」
そうそう、ちょうどこんな見た目をして……
「……こちらシルバー、<パラガイザー>と接敵中に<ムーンベアー>と遭遇。2体を狩ってからになるため少し時間がかかりそうだ。ブラック頼めるか?」
『ふはははははー! 我が絶望の腕に抱かれよ! 《暗黒衝波》!』
『任せたぞ』
そのまま、通信が切れた。
ブルーが救援に向かったのだろう。
彗星に任せきりもどうかと思うので、俺も様子を見に行かなければならない。
「威嚇のつもりかてめええ!? ただの熊風情が! お前よりおっかないクマを俺は知ってるんだぞゴラァァアア!」
「SHAAAAAA!」
「GUGA!?」
俺は逆切れし、怪樹は木の枝を伸ばしてきた。
俺は今まで通り、枝の攻撃を斬り払う。
「……っ!」
嫌な予感がし、ちらりとみれば<ムーンベアー>はその場で腕を振りかぶっており。
そして、斬撃が飛んできた。
「うおっ!?」
スキルによる遠距離攻撃!?
その一撃を俺は飛びのき躱し。
「SHAAAA!?」
<パラガイザー>を斬り裂いていった。
そこに刻まれるは3つの大きな傷跡。
それが決め手になったのだろう。
そのまま、怪樹はポリゴンとなって砕け散った。
「い、いいとこどりされた!? おい熊! 獲物の横取りはバッドマナーだぞ!」
「言ってる場合ではないでしょう!? あの攻撃は危険よ!」
わかっているとも。
おそらく、直撃すれば真っ二つだな。
少なくとも、ひき肉になるのは免れないだろう。
盾職ならいざ知らず、今の俺は確実にENDが足りない。
あのスキルは3本の斬撃が同時に襲い掛かってくる。
そして、そのすべてが<パラガイザー>を破壊する能力を有していた。
生態系という意味だと、<ムーンベアー>が<パラガイザー>に優位に立っているだろう。
そもそもこの2体のモンスターは本来であればもっと奥地に生息しているらしい。
星天の日に限ればココナ村周辺で特別に見ることができるということだ。
なにその嬉しくないサプライズ。
「だけどよぉ、悪いな」
<ムーンベアー>が<パラガイザー>に有利を取っていたように、俺からすれば<パラガイザー>よりもよっぽどこの熊の方が戦いやすいのだ。
俺は現状火力不足、どうしても相手の弱点を的確に破壊する必要がある。
そして、<パラガイザー>は俺との相性は最悪に近いモンスターであった。
「行くぞ」
恐れることなく前に出る。
「GUGAAAA!」
<ムーンベアー>は何かに気づいたようで、振り向きざまに腕を振るった。
そこには、俺が《呪物操作》で操る呪いの片手剣があった。
それは警戒という感情なのだろう。
故に剣をはたきおとすつもりだったのだろう。
できるわけがないだろ?
「ひひっ」
俺は片手剣を操作する。
腕を躱す。
熊は再度振り回すが、当たらない、弾かせない、壊させない。
常に熊に対し薄氷をなぞるように体を添わせる。
腕はダメだ。おそらく攻撃が通らない。
体もダメだ。頑強な肉体のため刃が通らない。
ならば、目を狙おう。
「GUGA……!」
俺のことも当然警戒しなければならない。
挟み撃ちにいら立ったのか<ムーンベアー>はその場で体をひねり……
「GUGAAAAAA!」
捻った体を解放し、回す。
ほぼ半円状に放たれた三日月のような飛ぶ斬撃。
それは<呪いの剣>を……叩きおとすことはなく。
超低姿勢になった俺を斬り裂くことなく。
通り過ぎて行った。
「冷静さを失ったらダメだろ」
「GYUA!?」
隙だらけである。
《呪物操作》で剣を鋭く動かす。
ただ振るのではなく、起点を決め、遠心力を加え鋭く横に。
そして、熊の片目をするりと優しく抜けていった。
「GUGUAAAA!?」
「《呪縛》」
動きを封じる。
<ムーンベアー>は一瞬動きを止めたが耐性があるのかすぐに動き……
「《呪爆》」
「GU……GOO!?」
お前のターンは与えない。
顔の傍、それも先ほど破壊した目の死角で爆発させる。
「《スラッシュ》」
月鳴りの剣で熊の胴体を斬り上げ……上空に放る。
態勢が崩れた。
「《武具切替》」
上に振り上げた手には新たな武器、呪われた斧を取り出し。
「《カースインパクト》!」
頭頂部に振り下ろす。
「GUGYAAAAA!?」
そして、倒れ始めた<ムーンベアー>を足場に跳躍する際頭を踏みつけ、
「《インパクト》」
熊の頭を揺らすように足蹴にするタイミングで衝撃を与え脳を揺らした。
上に放った<月鳴りの剣>を掴み。
「弱点がわかりやすいな。お前は」
そのまま落下の勢いのまま隙だらけの首を斬り裂き……獣はポリゴンとなって砕け散った。
着地っと。
「次」




