第16話 捉われた心
□月光の樹海 共通エリア 3F クロウ・ホーク
結局<スターラビット>を仕留めることはできなかった。
星が零れ落ちると同時に兎が7匹に分身したあのスキルはあの男もどうやら初見のスキルだったようでいいように逃げられてしまったわけだ。
そして、お互い最後まで名乗ることなく別れを告げ俺はそのまま3階層へ移動をした。
きっとあのプレイヤーは2階層をさまよい続けるのだろう。
何度か遭遇してそうな口ぶりだったしな……
「あと手が一つあればなぁ」
「サフィちゃんモフりたかったわ」
俺とユティナは気を落としながら歩みを進める。
いや、ユティナはまた別の理由ではあるが。
<スターラビット>は明らかにレアモンスター枠だった。
倒したらきっとレアなアイテムが確定で手に入ったのだろう。
(あのプレイヤーのレベル、高かったな)
《風纏強化》は【風魔法師】がレベル40で習得するスキルである。
つまり、あの青髪の男は合計レベル90以上ということだ。
クラン戦に参加していたPKやPKKと比べても、レベルだけで言えば頭一つ抜けている。
ただ<スターラビット>はレベル74の俺とそのレベル90相当のプレイヤー2名がかりでも仕留め切れなかった。
競い合ってはいたものの、お互い相手を利用して隙を突こうとある意味連携して攻撃をしていたにも関わらず、だ。
持ち前の速さと、そして逃走に特化したスキル構成。
最後の分身による初見殺しのスキル。
そして、何も得ることなく呪われた投げ石25個を失った。
ついでに巾着袋が一個お亡くなりになった。
普通に痛い。
「欲をかきすぎたんだろうな、慎ましく生きよう……」
「いつになく弱気ね」
反省点、というよりも単純に選択肢が少なかったのが敗因であろうか。
手数が必要だ。
もう一本腕があれば確実に仕留めきれたという確信があるだけに非常に惜しい。
「まだまだ改善の余地はある……な!」
「キィー!」
もう何度も繰り返したように、襲いかかってきたムーンバットを一振りの元に切り捨て。
「え?」
「あら」
最初よりも豪華な箱が、その場にドロップした。
一目見てわかった。
これはレアドロップだ、と。
「……」
俺は震える手で箱を開く。
そこには、
***
星の指輪
Lv:1/40
装備可能条件:ダンジョン環境下
耐久値:50/50
装備補正:INT+50
装備スキル:《月魔鏡》
【夜】・【月】時INT+2%。MP回復量微増加。
***
それにはトパーズのような黄色の宝石がついており細かい細工がしてあった。
ムーンバットからドロップしたからか、その宝石は蝙蝠をデフォルメしたような形をしている。
どのように加工すればこうなるのだろうか?
ダンジョン内の効果もさることながら、明らかに装飾品としての完成度が違った。
「レアドロップじゃないかしら? やったわね!」
「ああ、そうだな……」
【迷宮装備】は外の世界では使用することができない。
ただ、いわゆる装飾品としての価値は十分にあるだろう。
「はは……」
「クロウ?」
これは運が良かっただけだ。
おそらくラッキーパンチみたいなものなのだろう。
普通に考えて、こんな都合よくレアドロップが手に入るわけがない。
「はははは……」
きっと物欲センサーが働いただけだ。
わかっている。
ああ、わかっているとも。
俺はその指輪を壊れ物を扱うように丁寧にアイテムボックスにしまう。
「は、ははは、ハハハハハッ!」
「クロウ!?」
冷静になれ。烏鷹千里。
お前はクールな男だ。
冷静に、冷静に。
──冷静に《気配感知》を全力で行使する。
周辺には5体、か。
「全部狩るか」
「え?」
そのまま俺は周辺にいるモンスター全てを殲滅すべく走りだした。
☆
「ひゃっはあああああ! 獲物はいねえかあああああ!」
「クロウ、どうしたの!? さっきからあなたおかしいわよ!?」
ユティナは一体何を言っているのだろうか?
「俺はいたって冷静さああああああ!!」
「そんなわけないでしょう!?」
俺は今、間違いなく<スターラビット>を追いかけていた時よりも冷静である。
集中している。
今ならあの兎も仕留められるのではなかろうか?
そのまま周囲を走り回り《気配感知》でターゲットを捉え、即座に襲いかかる。
「見いいいつけたあああ! この名刀、新月のサビにしてやるぜ!」
「刀じゃないわよね!? あと勝手に名前つけてるけどそれはムーンダガーよ!」
下から掬い上げるように。
無駄を省き、最短の軌道で弧を描く。
1体、2体、3体。
「ぴぎぃ!?」
そこに集まっていたムーンバットを全て斬り捨て、それらはポリゴンとなって砕け散った。
そして、その場に落ちそうになる3つの魔石に対しムーンダガーを振るう。
魔石は全て割れ、そのまますぅっとムーンダガーに吸い込まれていった。
「ち、はずれか。次だな」
「ダメね、声が聞こえていないわ」
駆ける、駆ける。
そして新たな気配を2つほど捉えるが。
(この感覚、人、だな)
彼らも気づいたのか、少し動きが慌ただしい。
迷惑をかける予定もないので、さっさと距離を取ることにする。
この周辺の狩り効率が悪くなるな。
先ほど《気配感知》で捉えていた3人組のパーティの行動範囲をマップと照合。
考えられる位置パターンから現在もっとも効率のいい狩場のポジションを……
──待て、この思考リソースは無駄ではないか?
あるではないか、誰にも邪魔されずにひたすら潜ることができるところが。
インスタンスダンジョン。
再度1階層から攻略をし直す必要はあるのは手間だろう。
共通エリアのように地図があるわけでもない。
罠やギミックについても分からないことだらけだ。
しかし……試す価値はあるだろう。
「そういうことか」
なるほど、ようやく本当の意味で理解した。
インスタンスダンジョンにこもりっきりになるプレイヤーの正体が。
彼らも俺と同じなのだ。
そう、レアドロップを追い求め誰にも邪魔されずに最高効率で狩りを……!
──待て、お前は今何をしている。
「あっ」
ふと、気が付いた。
レベルが一切上がっていないことに。
それもそうだ。
ここはダンジョンの一番簡単な場所なのだ。
初心者用の狩場みたいな場所なのだ。
好き勝手暴れているが、それでお前は何を得ることができる?
お前は今までの人生で知っているはずだ、レアドロップに沼ったものの末路を。
その時間レベル上げを、金策をしていればさっさと買えたのにと、後悔していった者を何度も見てきたはずだ。
いつまでこれをやるつもりだ?
お前は何のためにここにきた。
思い出せ────!
「……ユティナ」
「こうなったら必殺悪魔チョップを!」
「ユティナさーん」
「え!? クロウ? 大丈夫? あなたさっきからおかしくなってたのよ!」
ユティナはどこか心配そうな顔で俺の様子を伺っている。
うん。
「マジで……すまん……」
「クロウ?」
「ダンジョンから出たらうまいもん食べような……」
「え、ええ。本当に大丈夫? 休んできたら?」
「大丈夫だ。何か欲しいものあったら遠慮せず言うんだぞ……」
「ほんとにほんとに平気?」
再三確認するように話しかけてくる。
「平気平気、クロウさん噓つかない」
「噓はつかないけれど、相手が誤解するように誘導はするわよね」
「突然辛辣!?」
キレが良すぎないか!?
「よかった、いつも通りのクロウね」
「判断基準おかしくない?」
ユティナはほっと一息をついた。
俺の突っ込みでどうやら正常か異常か判断されたらしい。
「そうかしら?」
ユティナは本当になぜおかしいのかわからなそうな顔だ。
そう言われると。いや、うーん。
「……次の階層に行くか」
「あ、ごまかしたわね」
「いやいや、まさかそんな」
俺はなんとか冷静さを取り戻し、ユティナと軽口を叩きながら4階層へ歩みを進めた。
 




