第15話 跳ねる因幡の星兎
この世界の速さはAGIが上がれば早くなるという単純なものではない。
ステータスといってもAGIはもちろんSTRによる踏み込みの強さ、ENDによる反動への耐性、身体の動かし方などそういう複合的なところから速さは決まってくる。
……という説が濃厚だ。
俺もこの説を押している。
体格や歩幅も当然影響するだろう。
しかし、プレイヤー間同士で今のところ戦闘速度の格差というものはそこまで大きくは起きていない。
ただ、これは今だけの話だろう。
その差分が数百単位の場合だ。
これが数千、数万単位になれば、総合の値が離れるほどその補正も無視できなくなることになり、戦闘スピードがまるっと変わるのではないかと言われている。
【鋼騎士】など合計レベル800を超える国家最高戦力と呼ばれる存在は、きっと高いステータスを持っているのだろう。
STRが、AGIが、DEXが、ENDが、総合ステータスが高すぎて補正が文字通り桁違いの物になっており、その結果剣を振ったが早すぎて見えない、なんてことになったのではないかという説だ。
あくまで予想になるがそういう領域に踏み込んでいると考えるのが妥当であり、戦闘を生業とするプレイヤーたちの共通の認識になりつつあった。
……いや、訂正しよう。
等倍ではないものの、AGIが上がれば早くなるという単純なものも確かに存在する。
それが、AGIを参照するスキル補正であり。
例えば、身体強化系のスキルだ。
☆
□月光の樹海 共通エリア F2 クロウ・ホーク
走る、駆ける、加速する。
スキル特有の光をうっすらと纏いながら、ターゲットの行動を予測し、周囲の環境から考えうる最短の経路を導き出す。
目標は小さな兎だ。
その兎は光をまき散らし、草花を踏み抜け、木々の間を踊るように駆け抜けていく。
俺はさらに加速するべく足に力を籠めつつ、ムーンダガーを構えた。
この森の中、長物を振り回すのは可能だとしても、木々の間を走り抜けながら振り回すのはあまりにも無謀といえよう。
なにより、こちらの方が小回りが利く。
「キィー!」
「シィッ!」
進行方向に飛び出してきたのはムーンバットだ。
それに対し《気配感知》で補足したままに、前に進む勢いのまま下から斬り上げる。
《スラッシュ》を、《逆月》による補正を乗せる。
弧を描きつつ放った一撃は襲いかかってきたムーンバットの羽を斬り飛ばす。
そのまま蝙蝠はポリゴンとなって砕けちり……
「邪魔ぁ!」
魔石を回収することなく俺は追跡を続行した。
(モンスターが増えてきてるわね)
(ああ、あの兎狙ってやがるな)
先ほどから《気配感知》で認識するモンスターが増えてきている。
肉の盾が多い方へ逃げているのだろう。
追いかけっこを開始して120秒が経過した。
この間に、何十体ものモンスターを切り捨てながら俺は走り続けていた。
「散れ! 《風刃》!」
詠唱と共に空から複数の風の刃が降り注ぐ。
通常の《風刃》より威力も低く大きさも小さい、しかしそれは仕留めるためではなく相手の機動力をそぐための数と面による制圧攻撃だった。
そして、その風の刃は星兎を……
「きゅ!」
捉えることはなかった。
兎が一鳴きすると、すぐ前方に黄色の星型の足場が作り出される。
その足場を見た瞬間、俺は手元からムーンダガーを左手の方向に軽く投げ手放し《武具切替》で呪われた投げ石を取り出した。
ムーンダガーを左手でキャッチ、同時に呪われた投げ石を振りかぶりある方向に狙いをつけ、投げる。
角度がついた黄色の足場を<スターラビット>がひょいと踏む。
すると傾きに対し兎は反射するような形で跳躍した。
スターステップとでも呼べばいいのだろうか。
先ほどからすでに何度も使用しているあの兎の得意スキルだ。
風の刃は躱され、当たることなく地面に消えゆきその役目を終えていく。
「ちぃ!」
その魔法の主はカーバンクルの主人であるプレイヤーだ。
彼は《風纏強化》によって身軽になったことで忍者のように木々を飛び回り、空から<スターラビット>を追跡していた。
兎は風の刃を避けた、その先には。
「きゅ!?」
<スターラビット>が《風刃》を避けるために星型の足場を形成した瞬間の角度から予測して投げた呪われた投げ石がある。
このままいけば兎へ直撃ルートだ。
「きゅい!」
しかし、兎は空中に青色の星型の壁を作り出し、それを足場に急停止した。
そのまま軌道を変える気だろうが。
「《呪爆》!」
距離を離される前に俺は《呪爆》を発動し、呪われた投げ石を爆発させる。
兎はその衝撃で吹き飛ばされた、が単純に身体が軽かっただけだろう。
ほんの少しダメージを与えられてれば御の字といったところか。
今度は緑色の星型の足場作り出し兎はそれを踏む。
すると全身を光が包み込み、そのまま逃走を再開した。
俺たちも逃がさないためにそのまま追跡を続行する。
あの星形の足場だが、スターラビットはすでに何回も使用している。
黄色は反射を。
青色は停止を。
赤色は加速を。
緑色は回復を。
それぞれ踏みつけた時の効果が色ごとに少し違うらしい。
この様子だと、まだ他の色もありそうではある。
木の上にいる男は剣を振るい、魔法を駆使し、襲いかかってくる鳥型のモンスターに対処しながら飛び回りながら追いかける。
俺も側面から襲いかかってきた狼をいなし、正面に飛び出してきた蝙蝠を弾き、減速せずに走り続ける。
「《剣遅延減少》」
木の上から声が聞こえた。
あの男のジョブ構成は【風魔法師】と【剣士】の組み合わせによる魔法剣士ビルドだ。
【魔術師】に就いてすぐに覚えることのできる《詠唱》スキルも取得しているのだろう。
【風魔法師】と【剣士】は単純に人気が高いのもあるが、ある種の汎用性ビルドとしてオーソドックスな組み合わせだ。
特に【剣士】は、最初に前衛職を選ぶ時のオススメは? と聞かれたら10人に5人は【剣士】と答えるぐらいには人気のジョブだ。
【剣士】は下級職でありながらある意味単体で完結しているジョブだからだ。
デメリット付きとはいえクールタイム減少スキルもあり、全体的に斬撃系のスキルで固まっていながらも、《暴風剣》のような中距離攻撃手段も持っている。
ありていに言えば、単純に強い。
「《疾風斬り》!」
男は木の幹を足場にし地面に、いや、兎に向かって思いっきり跳躍した。
《風纏強化》によるバフに加え、《疾風斬り》によってさらなる加速を加えた弾丸のような一撃だ。
しかし、あの兎には届かない。
背中に目があるとでも言うように、早く鋭い殺意の籠った攻撃を的確に躱していく。
(《敵意感知》、いや《殺意感知》みたいな感じか?)
直接の攻撃に対する危機感地能力が異常に高いのだろう。
(《呪爆》は惜しかったわね)
(ああ。必要なのは、意図していない角度からの攻撃だろうな)
そういう相手には無差別攻撃が良いのだが、あいにく呪われた爆発ポーションも普通の爆発ポーションも品切れだ。
そして、兎は今、俺のことを一瞬意識から外した。
故に別の方面からアプローチを仕掛ける。
「《道具切替》」
俺は残っていたポーションを一つ左手に取り出し、蓋をひねって外し飲み干した。
そして、自分の存在を、気配を、興奮を静かに沈めていく。
星兎は飛んでは跳ねて、足場を作り、剣をくぐり抜けては翻弄する。
「ぎゅあ!」
男の背中に張り付いていたカーバンクルが一鳴きすると、周囲に小さな氷の槍が形成され、放たれる。
しかし、それでも当たらない。
兎はまるでどこに攻撃が来るのかがわかっているように避けていき。
「ふぎゅ!?」
一瞬の不意を突いて、兎は男の頭を踏みつけ離脱した。
「きゅ!?」
そして、その離脱した方向に走り込んできた俺を見て驚愕の声を上げる。
隠形ポーションによる一時的なステルス効果。
この段階で効果は切れた。この戦闘中にはもう使えないが、不意を突くことには成功したわけだ。
ここまでは読めていた。
あの星型の足場は、クールタイムもほとんどない基本スキルのようなものだろう。
最短で0.500秒で連続使用しているのは確認しているが、それより少ない可能性もある。
故に必要なのは、離脱されても逃さない近距離からの……
「しぃっ!」
ムーンダガーを斬りあげる。
《戦士の極意》によるステータス上昇に加え、《逆月》と《スラッシュ》による俺が繰り出せる最速の一撃!
しかし、当然これも届かない。
星兎は紫色の星型の足場を作り、俺の短剣による一撃を防いだ。
俺の一撃は一瞬こそ拮抗し、そのまま足場を砕き割る。
しかし、その一瞬のズレによってか兎を仕留めるには至らない。
ならば次は──
「──《疾風斬り》!」
「ま、じぃ!?」
俺は全ての行動をキャンセルし《気配感知》が、直感が導くままにその場に急いでしゃがみ込む。
すると、当たるかどうかスレスレの、それこそ俺が一歩前に踏み出していたら確実に直撃していたであろう頭上を剣が通り過ぎていった。
しかし、それだけギリギリを攻めた一撃だというのに兎は健在だと《気配感知》は示す。
こんの!
「《インパクト》!」
危ねえだろうがあ!
「石ぃっ!?」
俺は小剣で巾着袋をひっかけ強引に外し切り開く。
そのまま左手で巾着袋を思いきり殴りつけ、呪われた投げ石をぶちまけた。
おかしな態勢で放ったせいで上手く狙いは定まらなかったが関係ない。
無作為に飛び散った呪われた投げ石は軌道の修正を行いながら周囲に飛び散る。
しかし、これだけの猛攻でも星兎には一切届かない。
兎は比較的小さな身体を生かし、足場を作り、<呪われた投げ石>の対象を俺や男に押し付けていく。
ならば!
「《暴風剣》を地面にぶちかませ!」
俺は叫び。
「っ! 《暴風剣》おおおおお!」
男は瞬時に理解し応え。
「きゅい!?」
それはまずいと兎は声を上げた。
瞬時に荒れ狂う暴風が地面に叩きつけられた。
当然至近距離にいた俺も男も、星兎も、その場にあった<呪われた投げ石>も全てが衝撃で軽く吹き飛ばされた。
手持ちにないのであれば、爆発ポーションの代わりを男にさせればいい。
無差別に全方向に飛び散っていき、視界の端で、星兎に呪われた投げ石が掠めるのを捉えた。
俺は自ら後方に飛び衝撃を流す。
態勢がひっくり返るが地面に左手を突き、曲げ、そのまま勢いよく弾く。
衝撃を吸収しながら《気配感知》でスターラビットを認識し続ける。
そして着地と同時に、俺は<スターラビット>を両の目で捕捉した。
元から低い姿勢を保てていたのもあるだろう。
《暴風剣》を地面に叩きつけた時のおおよその衝撃を俺は知っていた。
そして男は知らずに、しかも備えるのが遅れた。
故に、初動と体勢の差だけ俺の方が目標に近い。
見れば兎は離脱しようとすでに緑色の星型の足場を作り出している。
それを踏み締め、緑の光に包まれ回復し……
「《呪縛》!」
兎の動きが硬直した。
──好機!
前傾姿勢のまま勢いよく駆けだす。
そのままムーンダガーを引き絞り。
「ふっ!」
放つ!
「《疾風斬り》!」
男も突っ込んでくる。
距離は俺の方が近かったが、加速が、速さが違った。
俺が斬るか。
男が斬るか。
俺の小剣が。
男の長剣が。
光り輝く<スターラビット>を捉えた。
否、お互いが別々の<スターラビット>を斬り裂いた。
「な!?」
「はぁ!?」
増えている。
それはスキル発動の、7色の光。
そこには、斬り捨てられる2匹の<スターラビット>と、五体満足の5匹の<スターラビット>がいた。
斬り棄てられたのは赤と橙。
残りは黃・緑・青・藍 ・紫。
まるで虹のような色分けで分身したそれらはすべてに《気配感知》が反応しており、
「きゅい!」
そしてそのすべてが踏みつけることで加速する赤色の星型の足場を形成した。
(まずい!?)
おそらく、本物は一体だけ。
(どれだ!)
男は剣を引き斬る。
藍を仕留めた。
(答えは……!)
俺は剣を斬り返す。
黄を仕留めた。
(違う、こいつじゃ)
残りは緑・青・紫で……明らかに一匹、いつのまにか、少し、ほんの少しだけ俺たちから遠くに位置していて。
ようやく俺はどの色が本体か理解した。
そして、己の失策を悟った。
(お前かあああああ!)
俺は緑色を! 7色に分身する前に最後に使用した足場の色である緑色に向けて!
──振りきる!
しかし一手、本当にあと一手気づくのが遅かった。
俺の攻撃が届く前に残りの緑・青・紫は星型の足場を踏み込み、加速し弾き飛ばされる形で三方向に離脱していった。
タイムリミット、か。
「……」
俺が纏っていた青いスキルの光が消えていく。
「……」
男が纏っていた緑のスキルの光が消えていく。
《戦士の極意》が《風纏強化》が、その効力を失ったのだ。
「はい、解散!」
「最後のありかよおおおっ!?」
俺は叫び、男は項垂れた。
推定レアモンスター<スターラビット>、討伐失敗。




