第14話 ダンジョンアタック
□月光の樹海 共通エリア 1F クロウ・ホーク
門をくぐると、そこは異世界だった。
「おおお……」
「すごいわね」
門の奥の世界は既に夜になっている。
環境も思いのままということか。
「なるほど。月光の樹海か」
<カイゼン樹林>のような森の中だが、どこか薄暗く不気味さを感じた向こうと違い<月光の樹海>の木々は月の光を受けてか薄く光りを放っている
魔力光とでもいうのか周囲には青や黄色、緑などの小さな光球があふれ出るように、蛍のように舞っており、そこにはまさに幻想的とでもいうような空間が広がっていた。
「これがダンジョン……」
神の創造物と言われるだけはあるな。
明らかに不思議な力で満ち溢れている。
ダンジョンはそこにあるだけで周囲の環境に大きな影響を与えるというが、これなら納得だ。
月光の樹海は入るときはランダム位置でスタートするらしい。
おそらくダンジョン侵入時の混雑を防ぐためなのだろう。
外へと続く門は固定の位置にあるらしく、マップを見れば現在地に加えて外へと続く門の場所がわかるようになっている。
そして、レイラーからもらった地図をマップに適用することで、2階層へと続く門がどこにあるのかも記され経路というのか、かなり広い探索範囲が黒塗りから変わりマッピングされた。
「これは便利だな」
そして、俺は月鳴りの剣を抜き。
「ぐきゅ!?」
背後から襲いかかってきた兎を切り裂いた。
木の上から光に紛れて襲いかかってきたその<フォレストラビット>と表記されたモンスターは、衝撃で軽く吹き飛びそのままポリゴンとなって砕け散る。
思えば、ちゃんと鞘を用意した武器はこれが初めてかもしれない。
「一撃なのね」
「ダンジョン1階層の適正レベルは10前後らしいからな」
初心者用の狩場とほぼ同じ条件ということだ。
そして、そこには小さな黒い石が落ちていたので拾ってみる。
「これが魔石か」
その名の通り魔力の籠った石だ。
ダンジョンで採取できる貴重な資源の一つで、商業ギルドが買い取りを行っているものであり。
「迷宮装備を強化できる材料でもある、か」
ダンジョンで手に入る武器や防具である【迷宮装備】。
それを強化するための素材でもある。
魔石はモンスターを倒した後に拾う必要があり、アイテムボックスに入れておいてもダンジョンで死亡するとそのまま迷宮に吸収されてしまうらしい。
当然、奥に進むほど良質な魔石が手に入るようになり、それを持ち帰れば高値で売れる。
しかし、魔石で金策するには死なずに戻ってくるというのが前提になっているわけだ。
この世界で初めて、死んではならない環境を課してきているのである。
まぁどんな風に使うのかはこの後確認すればいいだろう。
俺たちは観光のような気分で、月明かりに照らされた森を進んでいった。
⭐︎
2階層へとつながる門へ進む途中、何度かの戦闘の末それは落ちた。
「宝箱、でいいのかしら?」
「見えるけど、宝箱っていうよりは小物入れって感じだな」
3体ほどの群れで襲ってきた<ムーンバット>という月の模様が腹にあるモンスターを倒すと、一体から魔石ではなく小さな宝箱がその場に落ちていた。
控えめな装飾がされたそれは、コモンドロップですと主張しているようである。
警戒しつつ開いてみると、そこには小剣が一つ入っていた。
それを取り出すと、宝箱はそのまま霞のように消えていく。
……もう何でもありだな。
「どれどれ」
***
ムーンダガー
Lv:1/30
装備可能条件:ダンジョン環境下
耐久値:60/60
装備補正:STR+20
装備スキル:《逆月》
特定動作より斬撃威力上昇。
***
月を模しているのだろうか。
柄の部分に月の文様が描いてあるだけのシンプルな見た目だ。
「えーと、これでいいのか?」
魔石を取り出し、試しに小剣にあててみるとすぅっと吸い込まれ。
***
ムーンダガー
Lv:2/30
装備可能条件:ダンジョン環境下
耐久値:60/60
装備補正:STR+21
装備スキル:《逆月》
特定動作より斬撃威力上昇。
***
「お、おお。強くなった……」
「強くなったって言えるのかしら?」
ユティナは微妙そうな顔で覗いてくる。
かという俺も、強くなったと手放しで喜べはしないだろう。
「ま、物は試しで」
ムーンダガーを装備して、軽く素振りをしてみる。
間合いこそ短いが超近接戦ならこの取り回しの良さが活きたりするのだろう。
「お?」
下から救い上げるように、それこそ逆さの月を描くように振るった時ムーンダガーは薄く光り輝き軌跡を残す。
剣速が上がるこの感じ、《スラッシュ》に近いな。
これが武器スキルの《逆月》というやつなのだろう。
「斬り上げる動作に限るけど、詠唱もSP消費も無しで《スラッシュ》もどきを連続して放てるようなもんか」
優秀だな。
少なくとも、俺が今まで作ってきた呪いのスキルの大半よりはよっぽど使い道がある。
「《スラッシュ》」
今度はスラッシュを発動させながら、振りあげる。
先ほどよりも一際強く輝き光の軌跡が残った。
「重ねがけは可能、というより威力が上がった感じか」
武器スキルはものによってはジョブスキルとの併用が可能だ。
そしてこの《逆月》もどうやら可能らしい。
アクティブスキルに該当しなければ良いのであろう。
何気にエフェクトもかっこいいな。
ただ。
「武器の育成要素はあっても、武器スキルが優秀でも、これが使えるのはダンジョンだけか」
ここまでの探索で俺はダンジョンという環境を理解する。
異界と称すべきこの世界は、ここだけである種の独立したコンテンツなのだ。
試しに、そこら辺に生えている花を見てみると。
「これもダンジョンのみ、か」
<月の花>
月光の樹海で採取可能な花。
採取した場合、月光の樹海以外の環境ではすぐに枯れ朽ちてしまう。
魔石を与えることで、活性化する。
隔絶された環境で魔石という素材を用いて武器を強化し、素材を採取しては活性化させ、道具を現地調達する。
俺が今いるのは共通エリアであって、それこそインスタンスダンジョンを生成し一から攻略することもできる。
ダンジョンにこもりっきりのプレイヤーも出てくるわけだな。
金策の必要がないのがまず一つ。
いや、外から武器や道具を持ち込めるので無駄ではないのだろう。
【臨界装備】なるものがある以上、装備の上限値とでもいうべきものはおそらく外の世界の方が上の可能性が高い。
ただ、ダンジョンに潜るのであれば、ダンジョンに潜り続ければ装備は集まり自分のお気に入りの武器を強化していける。
武器レベルの上限を開放する素材やアイテムとかも入手できるのかもしれない。
そしてダンジョン攻略に特化したプレイヤーが生まれるのだろう。
「……昔なら心惹かれたかもしれないな」
しかし、世界を旅できることが分かった以上、現状一つの土地に縛られてしまうのはもったいないなと俺は思った。
「俺がダンジョンに嵌ることはもうないんだろうな」
「ん、どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
今回は観光とレベル上げに割り切ることにしよう。
しばらく道なりに進み、たまに道を外れ木々をかき分けながら歩いて行く。
襲いかかってくるウサギや小型の蜘蛛を倒しては魔石を回収する。
最短距離を移動したからか20分ほど歩けば目的のものが見えてきた。
開けた空間に、どっしりと2階層へと続くであろう門が存在していた。
そこは木々がひらけていることもあり、月明かりが木漏れ日のように差している。
「……進もうか」
「ええ」
俺たちはダンジョンに誘われるように、この異界の腹の奧へ潜って行った。
☆
□月光の樹海 共通エリア 2F
次の階層に続く門をくぐり、地図に従って3階層へと向かっている途中それは現れた。
なんか光り輝く兎だ。
「かわいいわね……」
ユティナは思わずといった様子で声をこぼしていた。
確かにとても愛くるしい見た目をしている。
その兎は一歩動くごとに光球が星のように零れ落ちていた。
頭上には<スターラビット>という名前があり、その兎は俺を視界に収めると同時に逃走を開始した。
「あっ……」
ユティナは行かないでと言いたげな悲しそうな声を漏らしたが、それよりも俺は違和感の方が勝った。
おかしい。
ここはダンジョンだ。
ここに出現するモンスターは、おそらく運営によってポップすることが決定づけられている。
ダンジョン以外であれば、ゴン太郎が牽制として攻撃することで追い払ったようなこともできるが、ここで遭遇するモンスターは基本的に接敵=戦闘の方程式がなりたっているようなのだ。
プレイヤーから逃げるようなモンスターは存在しないはずで。
考えられる例外は逃げるようにデザインされていること。
それはなぜか?
「もしかしてレアモンスター、レアドロップ、か?」
「え?」
その発想に思い至った瞬間、俺は全力で兎を追いかけはじめた。
「え、えっ!? 嘘よね? あんなにかわいいのに狩る気なの!?」
「当然だろ、レアモンスターは狩らないと!」
「ひ、酷いわ! この悪魔! ひとでなし!」
悪魔に悪魔と言われてしまった。
ユティナは自分が悪魔だとたまに忘れてるのではないだろうか?
何度か視界からは見失いながらも、《気配感知》のごり押しで、おそらくあの兎のものであろう感覚を頼りに走り続ける。
そして、少しの後のんきに毛づくろいをしながら体を休めている<スターラビット>を見つけた。
システムメッセージで《気配感知》のスキルレベルが上がったと出てきたがそんなのは些細なことだろう。
「本当にやる気なのね、それなら私も覚悟を決めたわ……」
ユティナはせめて一思いにと決死の覚悟を決めていた。
「ん?」
兎の動きが止まっているところを少し遠くの物陰から観察していたら《気配感知》に新たな反応を捉える。
そして、その気配はどんどん近づいてきた。
新手のモンスターか?
いや、これは……
「よし、ようやく見つけた。サフィ、今度こそ仕留めるぞ」
「きゅ~!」
右手に紋章。
そこには一人のプレイヤーがいた。
「あ」
「え?」
ここは共通エリアなので当然といえば当然か。
潜るタイミングが微妙な時間帯であったとはいえ逆にここまで遭遇しなかった方が珍しいといえただろう。
光り輝く兎に向けて剣を構えているちょうど外見の年齢が同じほどの男だ。
身長設定は俺の方が少し高いか。
青い長髪を後ろに纏め流している。
ロングポニテというのだろうか、和装が似合いそうな髪型だ。
その足元にはカーバンクルでいいのか額に美しい青色の宝石が埋まっており耳と尻尾が大きな猫のような動物がいた。彼の<アルカナ>だろう。
俺達に気づいたのか、びっくりした様子で男の体をよじ登り肩にしがみついた。
彼らの狙いは当然……
「……」
「……」
毛づくろいをしている兎を横に、俺たちは動けなくなった。
カーバンクルを肩に乗せた男と、銀の悪魔を背中に纏う俺。
不思議そうな顔で首を傾けこちらを見てくるサフィと呼ばれたカーバンクルと、その愛嬌のある姿に釘付けになるユティナ。
どれほどそうしていただろうか、いや時間にしては数秒もなかったかもしれない。
「……速い者勝ちな」
俺は一つ提案をした。
先に仕留めたほうの物だと。
「……故意の妨害はなしだぞ」
男はさらに条件を追加する。
お互いに通報しあうようなことにはならないようにしようと。
「それなら、どんな結果になろうと恨みっこ無しな」
俺は条件を付け加える。
ここまでお互いに名乗らないのは、相手の名前を知ってしまったら恨まずにはいられなくなるからだ。
ゆえに言葉だけでも、表面上だけでもこれからの方針を合わせておく必要がある。
「……」
「……」
向こうから追加の条件はない。
──つまり。
「《風纏強化》!」
「《戦士の極意》!」
試合、開始だ!
お互いあの兎に追いつくための身体強化スキルを発動させる。
そして、目の前の同類を出し抜くのだと気合を入れ叫ぶ。
「きゅ!?」
その咆哮に星兎は反応し、逃走を開始した。
 




