第13話 月光の樹海
□ダンジョン都市ネビュラ クロウ・ホーク
「クロウ、どうかしら? ラリーに作って貰ったの」
「おお。似合ってるんじゃないか?」
ヘアアクセサリーというのだろうか。
ユティナは蝶の形をした黒の髪飾りをつけていた。
黒の上にちりばめられた銀の装飾が髪色に映えている。
ラリーからプレゼントされたようだ。
「お兄ちゃん! ユティナに作ってもらったの!」
「……良かったな」
「うん!」
向こうではラリーが髪飾りをレイラーに見せていた。
どうやら、お互いに作りあっていたらしい。
「お兄ちゃん、どうだった! 儲けられた?」
「ああ、ラリーのおかげで悪くない取引ができた」
「ほんと! お店つぶれない?」
「潰れねえよ、だから危ないことはもうするんじゃねえぞ」
「はーい!」
実に平和な会話だな。
そんな様子を見ていたらレイラーはアイテムボックスから何かを取り出し。
「……お前さん、受け取れ」
「お、っと」
レイラーが投げてきたそれを、落とさないようにしっかり受け止める。
これは、地図か?
「金、ねえんだろ? ダンジョンに潜るならその地図を使え。9階層までのだが、お前さんにゃ十分だろ。後日返してくれるならそれでいい。ギルドでレンタルできるやつだしな」
「……えらく信用してくれてるな」
先ほどの依頼の前報酬といいこの地図といい、俺を厚遇する意味が分からない。
レイラーは近づいてきて小さな声で話を続ける。
「ラリーの【恩寵】については知らされてるな?」
「ああ、ラリーと一緒にいた住人に教えてもらってる」
確か精霊とか信仰されてるモンスターからの祝福だっけか?
「だからだよ。あいつに恩寵を与えた精霊はちょっとめんどくさいやつでな」
ラリーに【恩寵】? を与えた存在のことを思い出しているのだろう。
レイラーは死んだ魚のような目をしていた。
「異界から来た旅人であるお前さんがラリーを泣かせておきながら一切の被害も受けず、生きて会話できてる時点で、基準はクリアしているんだ」
へー、旅人である俺がラリーを泣かせて無事に生きている時点で信用に足る人物という判定になるのか。
……ん?
「……ちょい待て、場合によっては俺は殺されてたって言ってるように聞こえるんだけど」
「……さーて、そろそろギルドで会議の時間だな」
「ちょっと!? レイラーさん!」
何それ怖い。
下手したら俺死んでたってこと!?
もしギルドでリスポーン地点更新してなかったから王都ルセスに逆戻りじゃねえか。
「……だから、剣も地図も質問への回答もその迷惑料込みだ。今回は特例だぞ。依頼達成をサポートするのもギルドの仕事と言えば仕事だが、特定の冒険者への肩入れは原則禁止だ」
レイラーはこれでチャラだと言いたいのだろう。
いや、俺としても結果的に生きてはいるので、別にいいのだが。
「そういえば『泣かせておきながら』って、なんで知ってるんだ……」
住人が伝えたのか?
いや、そういう素振りはなかった。
ただラリーが泣いた事実だけを知っていて、その相手が旅人だとは思わなかったと。
それが、俺が店に入った時の反応の理由なのだろう。
先ほどの内容からするに泣かせた相手が旅人なら、最悪そのままデスペナルティ送りみたいだからな。
つまり、何らかの方法を使ってラリーの様子だけは把握していた。
なんのためにだ?
それは当然、心配……
「《呪弾》」
「うおおおおお! あっぶね!?」
俺は的確に心臓へ向けて放たれた《呪弾》をその場を思いっきり飛びのき躱す。
「ちっ、躱したか」
「今のは絶対ダメージ与える気だったよな!?」
明らかに殺意があった!
速さも威力もさっきよりも上だったぞ!?
「うるさい、さっさと行け。時間は有限なんだ。店仕舞いだ店仕舞い」
レイラーはしっしっと俺たちのことを追い払う仕草をする。
「お兄ちゃん、だからダメだってば! またそうやって力づくで追い返そうとして!」
力づくって文字通りの意味だったのかよ!?
まぁ……気にするだけ無駄か。
「あ、そうだ。ユティナ! また遊ぼうね!」
「ええ、次も楽しみにしてるわ」
ラリーはユティナに別れを告げ。
「それじゃ、また来るよ」
「おーう、期待しないで待っといてやるよ」
それだけ告げ、俺たちは呪物屋シャテンを後にした。
☆
ダンジョン【月光の樹海】。
その最大の特徴は周囲に与える影響の大きさだ。
ただそこにあるだけで周辺の環境に影響を与えるそれは数々の恩恵をもたらす。
例えば<月光石>や<月光草>といた特殊なアイテム。
それぞれ【月光の樹海】によってただの石やただの草が変質したものだ。
その性質は月光を魔力に変換してため込んだり、月光をため込み生命力に変える性質を持っている。
月光という特殊な光を魔力に変換するこれは、まさに太陽光発電に近いものだろう。
用途は多義にわたり、武器や防具はもちろんルクレシア王国において数々の魔道具が運用されている背景には月光による魔力生成機能があるとさえ言われている。
そして、月光石や月光草を中心にこれらのアイテムは【月光の樹海】周辺でしか採取することができない。
つまり、月光というエネルギーを現状独占しているのがルクレシア王国というわけなのだ。
また、魔導王国エルダンと長年友好国である背景もここにある。
数々の魔道具作成に当たり、自動で魔力を充填する機能に重宝されているのだそうな。
これはアイテムにのみ与える影響であり、当然モンスターにも多くの影響を与える。
<ナイトウルフ>というモンスターが存在する。
【月光の樹海】周辺で活動している個体は、月光草を食べて生息している一部の草食型モンスターを狩ることで生活しているとのことだ。
その結果、月光草の『月光をため込み生命力に変換する』という性質を獲得したマジックウルフとでもいうべき個体がまれに出現するらしい。
それは数々の魔法を行使しながら、月光にて体力や魔力を回復させる強力な個体となり【マグガルム】と呼ばれ恐れられている。
……魔狼犬ってかっこいいな。
光を効率的に吸収するために黒の中でもより濃く変質した【マグガルム】と呼ばれる<ナイトウルフ>はしかし、その性質によってか毛皮は高い魔法抵抗力を有しており、防具としては非常に高い適性をもっているようだ。
それすらも、ある種のダンジョンの恩恵と言えるだろう。
次にダンジョンで出現するモンスターは素材を落とさないらしい。
魔石と【迷宮装備】、基本はこの二つがドロップするとのことだ。
【迷宮装備】はダンジョンの中でしか効力を発揮しない特殊な装備で、その状態であればアイテムボックスの枠を消費せずアバターに紐づく形で保持できるらしい。
そして基本的にダンジョンの外で手元に出してしまうと、全ての武器スキルや補正がなくなってしまう。
ダンジョンから持ち出すと装備としての価値はなくなるということだな。
しかし、美しい装飾品や武器であれば一部の貴族が大金を出すこともあるそうだ。
ダンジョン産の装備はいわゆるインテリアとしての価値がある、ということなのだろう。
運さえ良ければ一攫千金も夢ではない!
「どうしたのクロウ。いきなり話しだして」
「いや、事前知識だってことで地図と一緒にレイラーに渡されたダンジョンについての概要資料に書いてあってな。とりあえずユティナにも共有しようかと」
随分とわかりやすく纏まっていた。
王都ルセスの魔導図書館の運用や、数多くの魔道具があった背景にはどうやらダンジョン【月光の樹海】が関係していたらしい。
路地裏から大通りに抜けそのダンジョンに繋がる門があるという巨大な木に向かって歩みを進める。
時刻は夕方を過ぎそろそろ夜に入りそうで。
そして……開けた空間にでた。
なるほど。
「ここが経済の中心、か」
見ると巨大な木を囲むように数百メートルはくだらない大きさの広場があった。
街の中心にこれだけのスペースがあるのは、それこそこの街の生い立ちに関係しているのだろう。
商業ギルド出張所は魔石の買い取りの看板を掲げ、冒険者ギルドの出張所は魔石に関連する依頼書を張り出していた。
市場もあれば多くの露天商が商品を並べ、これでもかと呼び込みをしているスペースもある。
ダンジョンの門に近づいていく一団は認識票をギルド職員に見せた後門をくぐり抜けて行った。
そして、ダンジョンの門とは別にその場に光り輝く門へ抜けて消えていく人の姿も……
あれがインスタンスダンジョンの入り方なのだろう。
先ほど門をくぐり抜けた4人組のパーティはおそらくNPCのパーティだ。
そして、共通エリアなんて知るかとダンジョンを生成しているのがプレイヤーだ。
どうやら、あの門の近くにいることでダンジョンの生成機能などが使用できるようになるらしい。
俺のすぐ近くにも、ログイン光と共に新たにログインしてきたであろうプレイヤーが出てきて……そのまま商業ギルドの魔石買い取り所の方へ歩き始めた。
そこには溢れんばかりの熱気があった。
市場の商品も大変気になるのだが……今日はとにかくスピード重視だ。
さっさとダンジョンに入ってしまおう。
大きな木の根元へと歩みを進める。
「すみません、ダンジョンに潜りたいんですけど」
「はい。冒険者の方ですね、認識票の提示をお願いします」
受付に認識票を見せると、少し困ったような顔をされた。
場所によってはダンジョンに入るのに制限がある国もあるそうだが、ルクレシア王国は違ったはずだ。
基本的に冒険者ギルドに登録していれば入れるはずである。
なにかあったのだろうか?
「ダンジョンは命の危険がある場所でこちらの認識票ですと5階層以上潜るのは危険かと。女性のお仲間もいらっしゃいますし……あ。旅人の方でしたか」
「はい、あと彼女は私の<アルカナ>です」
「失礼いたしました。どうぞお通りください」
と思ったらそのまま通された。
(NPCに対しては通告する役目があるんだな)
ダンジョンという環境は、いわば<カイゼン樹林>のような危険な環境だということだろう。
そして、俺達旅人は命知らずの冒険野郎しかいないから問題がない、と。
「はっ」
確かにその通りだな。
その通り過ぎてつい笑ってしまった。
恐れもなく、緊張もなく、俺は門の前に立つ。
「そんじゃ行きますか、ダンジョンアタック」
「ええ、行きましょう」
俺達はそのまま歩みを進め、門をくぐり抜ける。
そして光に包まれ……視界が暗転した。
 




