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第9話 エンカウント率120%

□ダンジョン都市ネビュラ クロウ・ホーク


 隠れた名店とは、具体的にどういうものを思い浮かべるだろうか?


 誰にも知られていないにも関わらず、ひっそりと凄い効果のアイテムを販売している道具屋か?


「こいつは由緒正しい石でね、なんとかの有名な採掘場で取れた……」


 最高級の素材を用いた料理を安価で楽しめる飲食店かもしれない。


「へー、お兄さん見る目があるね。それはかの有名な料理人が……」


 静かに過ごすことのできる知る人ぞ知るカフェでもいいだろう。


「気づいたか? そのナイフはかの名工が……」


 そんな隠れた名店を探した後の結論を言おう。


「何も、なかったな……」


「ええ、そうね……」


 ユティナは死んだ目をしながら俺に同意した。

 おそらく俺も、側から見れば同じような顔をしていることだろう。


 いや、ルセスの路地裏と違いはあった。

 違いはあったのだが。


「どこからどう見てもただの石が2000スピルかぁ……やっすい片手剣ならたぶん5本以上余裕で買えるぞ」


「由緒正しい石って何かしらね?」


 裏路地でも露店を開いていたりはしていたがありていに言えば詐欺に近い値段の吹っ掛けばかりであった。


 掘り出し物を見つけ出せるほどの目利きができるわけもなく、あいにく偽装を見破ったり物の価値を測る《鑑定眼》や《審美眼》のようなスキルも持っていないので諦めるしかなかったわけだ。


 あと、金欠だから何も買えない。

 隠れた名店を見つけ出して一体何をするつもりだったのだろうか。

 たぶん、クロウ・ホークってプレイヤーはバカなんだと思う。


 店らしき看板もあるにはあるのだが、昼は営業していないらしく「Close」の看板がぶら下がっている。


 夜に訪れればまた少し変わるのかもしれないが……


(しかも、なんか後ろからつけられてるし)


(かれこれ15分近いかしら?)


 路地裏に入って少し経った頃からか。

 背後から一定の距離を保っている人物を《気配感知》で捉えた。

 俺達の身を案じてと言うわけでもないだろう。


(時折離れたりしてはいるけど、《気配感知》の感覚でわかる情報からして同一人物っぽいんだよな)


 移動の速さ。

 移動するタイミングの癖。

 俺が道を戻る仕草を見せた時の離れ方から感じる焦りの感情。


 今のところ害意はなさそうなので放置しているが、狙いは一体何だろうか。


「ん、あれは?」


 また一つ露店商があったのだが、珍しいことにそこには一人の先客がいた。


「ほう、この眼帯からはとてつもない魔力を感じる……」


 しゃがんでいるため正確にはわからないがおよそ14歳から15歳ほどの身長だろうか。

 少し高めの声ではあるが顔はみえないため少女か少年かの判断はすぐにはつかない。

 その人物は左腕に包帯を巻き、顔を覆いつくすようなフードがついた漆黒のローブを身に纏っていた。

 腰のホルダーには赤黒い宝石を彩った杖を差しているところから魔法使い系のジョブなのだろう。


「わかるかい? それは、かの有名なライライの盗賊頭が使ってた一品さ。数々の怨念をため込んで魔道具化したやつでな、今ならなんとたったの1000スピルだ!」


 気分よく語っているが、その内容は噓ばかりであった。

 今のセールストークの中のほとんどに《噓感知》スキルが反応したし、スキルに頼るまでもなく噓であることは明白だ。


(さて、どうするか)


 目の前にはぼったくられようとしてる人がいる。

 普通であれば、あなたは騙されていると助言に入るべきなのだろうが。


「う、ぐぅぅぅっ!」


「おおっ!? なんだ!?」


 その心配はなさそうであった。

 

「ぐ、ぐ、ぅ! うあああああああっ!」


 黒いローブを纏った人物は悶え、苦しみの声を上げる。

 右目を抑えながら空に向かって叫ぶその姿は、自らの中に封印された何かが暴れまわっているかのようだ。


「く、鎮ま、れええええ!!」


 暴れまわった衝撃によってか、顔を覆っていた黒いローブのフードが外れる。

 そして、その容貌が露わになった。


「はぁ……はぁ……」


 見た目は黒髪の少女だ。

 左手には旅人を示す紋様があることから、彼女も俺と同じプレイヤーということらしい。

 しっとりとした髪を片口あたりまで伸ばしている。

 少しだけ長い左側の髪は銀メッシュとなっており、赤いリボンで軽くまとめていた。


「ふ、この眼帯。我の右目によく馴染む……」


 角度の都合見えないが、どうやら彼女は先ほどの眼帯を右目につけているらしい。


「店主、この封印の紋が刻まれた眼帯を一つ貰おうか」


「お、おう。1000スピ、いや50スピルだ……」


 店主は、控えめに言い直した。

 おそらくそれが本当の値段なのだろう。


「ふ、よかろう。その程度安いものだ。この星の魔法使い、アブソリュートエターナルカタストロフィ・彗星。受けた恩は必ず忘れない」


 そう言って彼女は、銀貨を1枚取り出し店主に渡した。

 つまり、店主が最初に言った1000スピルを支払ったということだ。


「いや! あの50スピルだって! ちょっとお客さん!」


 店主は焦ったように声を上げるが、彼女の耳には入っていないらしい。

 

「邪竜の力をここまで押さえつけるとは、なんと凄まじい魔道具だ……30%といったころか?」


 小さな声で何かを呟きながら、そのままこちらに向かって歩いてくる。


「ふふ、そう喚くな。心配せずとも、来たるべき運命の日に封印は解いてやろう。我が真の覚醒者となり、貴様を完全に(ぎょ)しれるようになった、その時にな」


 少女は己の内側に眠る何かと会話し、そして。


「これならば封印に割いていた力を戦闘に使え……」


 何かにぶつかりそうになったからか彼女は顔を上げる。

 そのまま俺たちのことを視界に収めると足を止め、彼女はこれでもかと目を見開きその紫の瞳を驚愕に染めた


「なぜここに……!」


 それは、予想外の何かに遭遇してしまったかのような。

 絶望と期待が入り混じったような、そんな悲壮に満ちた顔だった。


「銀の姫が目覚めている、だと!? ……もうそこまで……そうか。そんな時期、か」


 5秒ほど経過しただろうか。

 少女は再度俺とユティナのことを見つめてくる。


「今世で、彼女に選ばれたのは君か……」


 少女は何かを悟ったかのような顔を浮かべた後、ゆっくりとその眼を細めていく。

 そして、小さな笑みを浮かべた。


「……再び、相まみえるときもあるだろう。その時に真実を話そう」


 ばさり、とローブを翻し俺たちとすれ違うような形で彼女は歩き出す。


「その時までさらばだ。我が古き朋友よ」


 すれ違う瞬間彼女はちらりとユティナを見ながらそう言った。


 それだけを言い残して、一度も振り返ることもなく彼女は……自称星の魔法使いは去っていった。


 今この場で伝えるべきことは伝えたといわんばかりに。








(ええと、なんだったのかしら?)


(……ああいう人もいるんだよ)


 裏路地にはクマの着ぐるみだけでなく中二病も生息しているらしい。

 テストに出るかもしれないので覚えておこう。



 露店商の男はそそくさと荷物をまとめ少女のことを追いかけていった。


「ん、なに?」


「いや」


 ハニーミルクはユティナのことをはちみつ好きの仲間と認識したし、先ほどのアブソリュートエターナルカタストロフィ・彗星と名乗っていたプレイヤーも我が古き朋友とか言っていた。


 ユティナが何かを引き寄せているのかもしれない、と思うことにする。


 ……というか絶対不滅の破滅ってなんだよ。

 一行で矛盾してるじゃねえか。


「お?」


 露店商の男がいなくなると同時に、先ほどまでつけてきたであろう反応も遠ざかっていく。


(ようやく諦めたか?)


(なにが狙いだったのかしらね)


 もしかしたら、本当に俺たちのことを心配していただけなのか?

 反応がなくなったし今更ではあるが……


「すぅ…………きゃああああああ!」


 って悲鳴!?


「今度はなんだよ!」


(クロウ、向こうからよ!)


(わかってる)


 俺は、悲鳴が聞こえた方へ急いで駆けだした。

 ここまでの探索である程度はわかった。


 この街は王都ほどの治安が維持されていない可能性がある。

 といっても比較的良い方ではあるのだろうが、なにかあってからでは遅いのだ。


 遅いのだが。


(なんだこの違和感は……?)


 そうだ、まず路地裏そのものがかなり清潔に保たれている。

 入り組んではいるもののゴミやおかしなものが転がっているというところはやはりここでも見ていないのだ。


 声がした路地の角から顔だけ少しだし様子を伺う。

 そこには、壁際に追い込まれる少女とそれに迫る男がいた。


「は、離して!」


「ぐ、ぐへへ。かわいこちゃんがいるじゃねえか」


 そこには、獣人の種族なのだろうか?

 犬耳のようなものをはやしている少女とそれにせまるガタイのいい男がいた。

 他にも何人か男たちがそれを囲っている。


「いやあああ! 誰か助けて! このままだと攫われてしまうの!」


「がはは、こんなところにだれも来やしねえよ!」


 犬耳の少女は助けを求め、男は下卑た笑い声をあげる。


(見過ごせないわね。助けに入りましょう)


(ああ、《気配感知》で気づいていないのか?)


 となれば、あの男たちはレベル50以下の可能性が高い。

 複数人いるが、彼女が逃げ出す時間ぐらいは稼げるだろう。

 俺達は様子見をやめ、助けるために動きだそうと……


「助けてええええ! 灰色の髪で凛々しくて正義感に溢れるかっこいい冒険者様が助けてくれさえすれば、この男たちもきっと恐れをなして逃げ出すのにいい!」


 ……は?


「はっはぁ、灰色の髪をしていて凛々しくて正義感に溢れたイケてる冒険者がそんな都合よく助けに来るわけねえだろ! もしそんな恐ろしい人物が割って入ってきたら俺達も人さらいなんて諦めてとっとと逃げ出すしかねえなぁ!」


 普通に俺たちの存在に気付いているとして、だ。

 どうして俺が灰色の髪をしていることを知っているんだ?


(……)


(……クロウのことじゃないかしら?)


(人違いだと思うよ)


 うん、なんかもうわかった。

 これあれだ、助けに入ってはいけないやつだ。


「……い、いやあああああ! 攫われてしまうううう! どこかのお姫様かと見間違うほど美しい銀髪の少女が助けに来てくれれば目のまえの悪漢もきっとあまりの美しさに恐れをなして逃げ出すというのにいい!!」


「はっはぁ! そんな銀髪のどこかのお姫様と見間違うほどの美しい少女がこんなところで颯爽と現れ助けに入ってくれるわけねえだろうが! もしそんな無意識のうちにひれ伏したくなるようなカリスマ性を備えた人物が割って入ってきたら俺達も人さらいなんて諦めてとっとと逃げ出すしかねえなぁ!」


(……)


(……ユティナ、たぶんお前のことだよな。呼ばれてるぞ)


(人違いじゃないかしら?)


 ユティナはにっこりと笑顔を浮かべた。

 彼女もどうやら気づいたらしい。


 俺達のことをつけていたのは連中の仲間だな。

 ターゲットの特徴を集めながらタイミングを見計らい合図を出したのだろう。


 ……もしかしてバカにされてる?


「いやあああああ!」


「はっはああああ!」


 であれば、俺が取る行動はただ一つ。


「スゥーーー……」


 







「衛兵さああああああん、人攫いがあああああ!」


 誘拐の現場に居合わせたら、まずは警察に通報を。


 これは俺の溢れ出る正義感から起こした勇気ある行動だ!

 悪意なんてありません。

 ええこれっぽっちもありませんとも!


「ちょちょちょちょちょっとーーーー! それはダメー! 冗談じゃすまなくなっちゃう!」


「待て待て待て! それは人としてあまりにも非情だとは思わないか? そこはこう、カッコよく割って入るべきじゃないか? 悪漢に襲われた少女を颯爽と助け出す正義感に溢れた冒険者! そのお礼と称して可憐な少女から自分のお店に招待される! くぅ~かっこいいぜ! 憧れちゃうなー!」 


 犬耳の少女とガタイのいい男はやはり俺たちの存在に気づいていたようで、焦り声を挙げながらこちらに向かってきた。


「やっべ!? 逃げるぞお前ら!」


「だからやめようって言ったんすよ! そもそも追跡してんのバレてるってちゃんと言ったじゃないっすか! 俺は知りませんからねええええ!」


「姉さん! 俺ら逃げ……見回りに戻んます! お兄様にはよろしくお伝えください! それじゃまた! 出所したら会いに行きますんで!」


「みんな嘘でしょ!? そもそも私が詰め所に連行されること前提なの!?」


 逆に囲っていた男たちは逃げ出し、それを見た犬耳の少女は驚愕の声を上げる。


「あ、待てお前ら逃げるな!」


 ガタイのいい男は逃げだした連中を捕まえるべく、反対方向に走り出し。


「衛兵さあああああああん!」


 俺はそれに構わず叫び続けた。


「ほ、ほんとにやめて怒られちゃう! お兄ちゃんに怒られちゃうからああああ!」


(クロウ。あなたもしかして、なにか憑いてるんじゃないかしら?)


 ユティナは憑依した状態で、げんなりとした顔をしながら俺のことを見てくる。

 ゲームの路地裏はイベントの宝庫というが。


(なんか、俺もそんな気がしてきた)


 悪魔は憑いてるな、とか自虐ネタをする元気は俺にはなかった。


 今日は朝から叫んでばっかだなぁ。

 そんなことを思いながら、俺はこの場の収拾をどうやってつけるか思案に暮れた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そうそう、一般人が下手に首を突っ込んで二次被害を出したら問題になりますし、不審者はきちんと警察に通報ですね! 路地裏は危険がいっぱいですねー(目逸らし)
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