第8話 冒険の心得
□ダンジョン都市ネビュラ クロウ・ホーク
「すんなり入れたな」
「そうね」
俺とユティナはレレイリッヒと別れたあとそのまま街の方に進み、ちょうど今門をくぐり抜けたところだ。
(前から思ってたけど、街の出入りの制限がかなり緩いんだよな)
少なくとも、街の中に入れないみたいな現場はほとんど見たことがない。
【賞金首】がたまに衛兵に弾かれていたぐらいだろうか。
(治安がいいのかしらね。大結界の宝珠だったかしら?)
(この街もその魔道具を使っているかはわからないけどな)
大結界の宝珠は間違いなく莫大な運用コストがかかるはずの魔道具と考えていいはずだ。
なにせ大結界だ。
名前からしてもその効果からしてもそうぽんぽん配置できるようなものではないだろう。
俺達はそのまま冒険者ギルドへ向かう。
街の移動をした際は可能であれば、現地の冒険者ギルドで更新処理をするのが推奨されているからだ。
ギルド登録時に渡された首飾りのようなものを俺は取り出した。
冒険者ギルド登録時に渡されたこれは、簡単にいえば認識票のようなものだ。
俺のMP、この場合魔力だろうか?
それが登録されているようで、今までのギルドクエストの達成度や貢献度を簡単に記録してくれている。
といっても、ギルドクエストはPKK活動を中心にしていた都合ほとんどしてこなかったので、現状誤差みたいなものだろう。
実績に応じて色や形も少しずつ変わっていくようで、最高位はダイヤモンドのようなそれはもう美しい首飾りになるらしい。一種の魔道具だ。
これを移動先のギルドの受付に一度渡せば更新完了となる。
依頼を受ける際の指標になるのだろう。
「評価制度は国ごとに違うのが厄介なところだ……」
これを使えるのはあくまでルクレシア王国やその長年の友好国である魔導王国エルダンに限った話だ。
他の国に移動してこれを見せても目安程度にしかならず、再度向こうの評価制度に則ってランクを上げなければいけないらしい。
(環境が違うからって押し切られたわよね……)
(国の移動の制限を設ける意味合いもあるんだろうが。冒険者ギルドはあくまで国営らしいし当然だな)
例えばルクレシア王国で実績を積み上げた人物が、国を移動して同じように活躍できるかと言ったら否だろう。
知識も、求められる力も変わってくる。
国が違えば出現するモンスターも環境も変わる。当然評価軸もそれに合わせる必要があるのだ。
国同士が敵対しているのは前提条件で、その上で必要だから分けているというのが実情だろう。
そもそも俺達のような旅人や一部の冒険家ぐらいしか国家の変更なんて視野にも入らないだろうし。そもそもできるかもわからない。
「マップを見る限りそろそろ着くはずだが……」
それにしても。
「目立つなぁ」
少し左手遠くを見れば、そこに鎮座しているのは大きな木だ。
ざっと見ても、100メートルは軽く超えている。
天を突くような大きさだ。
日の当たり方次第じゃ、ずっと日陰の地帯があってもおかしくはない。
「ダンジョン、か」
☆
「はい受付は完了いたしました。なにかご依頼を受ける際は隣にあります依頼受講用のカウンターにお申し付けください」
移動処理に関してはつつがなく終わらせた。
旅人増加によってか、専用のカウンターを設けるようになったようだ。
ついでに冒険者ギルドをリスポーン地点として設定しておいた。
「この街に来るの初めてなんですけど恒常依頼ってありますか? まずは触りから簡単に確かめたいと思ってまして」
そう聞くと、受付の女性はちょうどいいと一つの依頼書を取り出してきた。
「それでしたら、星天の日が近いのでモンスターの討伐依頼を受けてみてはいかがでしょうか? こちらになります」
俺はその依頼書を受けとる。
同時に、システムメッセージにクエストの内容が表示された。
【ギルドクエスト】難易度3【恒常討伐依頼】
場所:ネビュラ周辺
目的:ネビュラ周辺のモンスターの討伐
報酬:経験値(低)+???スピル
期限:なし
備考:星天の日に合わせて活発化するネビュラ周辺のモンスターの討伐時報酬微上昇
「星天の日、ですか?」
「はい。ダンジョンの影響でネビュラの周辺は周期的にモンスターが活発になりやすいんです。その周期のピークを迎える日を星天の日と呼んでまして、冒険者の皆様にも討伐依頼を受けて頂くようお願いしているんです。ただ区分としては少し報酬が高めの恒常依頼と変わりはないですね」
「そうなんですね。それでしたら一旦この依頼を受けておきたいと思います」
俺はそのままお礼を言い受け付けから離れ、ギルドを後にする。
恒常討伐依頼はいつでも受けていつでもキャンセルできるような手軽さがある。
その街で活動するならとり合えず受けておけば間違いない依頼の一つだ。
「……なんだよ」
ユティナはなにか恐ろしいものを見るかのような顔で俺のことを見ていた。
「敬語を話しているクロウが珍しくて、なんて思ってないわ」
「語るに落ちてるだろ」
俺は公私を分けれる男だぞ。
プレイヤーに関しては対等の立場を意識しているが、それ以外は普通に会話するに決まっているだろう。
「冗談よ」
ユティナはそのままクスクスと笑った。
彼女は、出会った時もそうだが俺のことをからかってその反応を楽しんでいる節がある。
……俺もよく煽ったり振り回したりするのでお互いさまか。
「よし、まずは予定通り市場調査がてら簡単に街を見て回るか。ダンジョンアタックは夜に入るかどうかぐらいになりそうだな」
少し微妙な時間帯だが、問題ないだろう。
ゲーム内の時刻はすでに16時ほどだ。
日はまだあるがしばらくすれば一気に暗くなる。
「ダンジョンについては知らないのよね?」
「ああ、まあな」
ダンジョンの仕様など含めて俺は全くと言っていいほど知らない。
というより、調べていない。
インスタンスダンジョンの存在や配信機能の有無などメニューに書いてある簡単なことこそ知ってはいるが、それがどういうものかは知らないのだ。
初見プレイはゲームの醍醐味である。
PKとのクラン戦やPKK活動についてはりんご飴との交渉であったり、他にもいろいろな思惑が絡みあっていたためしっかり各方面から多角的に情報を収集していた。
それは下級職のジョブスキルであったり、スキルの仕様であったり、だ。
……強く警戒していたわけではないがメリナに対して隙を見せたくなかった、というのもある。
しかし、これから俺がするのは冒険だ。
「未知を楽しむ心が大切だってね」
この広い世界で未知を探し、楽しむのが冒険だと俺は考えている。
必要に狩られない限り、前みたいに現実で事前に全てを調べるようなことは今後はないだろう。
情報収集は現地での口コミや交流、そしてこの世界での本の記録などに頼るのだ。
「冒険の心得ってところかしら?」
「ま、そういうことになるな」
ネビュラの街並は、王都ルセスより雑多な印象だ。
形式ばっていないと言えばいいのかどこにでも露店らしきものが開いていれば、大道芸らしきものを見たのも一つや二つではない。
道を歩けば酒場併設の宿屋であったり武器屋が目に入り、そこかしこに人が出入りしていた。
生命力に満ち溢れた活気がある街と言えるだろう。
俺はメニューを開き簡単に手元にある武器を見る。
(片手剣5本に、《カースインパクト》が付与された槍と斧が1つずつ、かぁ……<呪われた投げ石>はストックがあるのが救いだな)
(心もとないわね)
(そうだな、しばらくは大事に……)
会話をしながら歩いているとふと、あるものが目に入ってきた。
(うん、どうしたの?)
そこには路地裏に繋がっていそうな小路があった。
(……ちょっと待ちなさい、クロウ。あなた一体何を考えているのかしら?)
マップを開くと、黒で塗りつぶされている。
試しに片足を踏み入れてみると、黒塗りされていた箇所が地図に記録されるのを確認した。
どうやら、マップ機能にない箇所については相も変わらず開放形式らしい。
(私知ってるわよ! これ前も見たことあるもの!)
つまり、路地裏ということだ。
「確かに覚えてるわよ! もうオチまで見えてるわ!」
前は見つけることが出来なかったが、ここはダンジョン都市なのだ。
雑多にあふれた街なのだ。
もしかしたら、隠れた名店などもあるかもしれない。
「ちょっと! 市場調査するのよね? ダンジョンにも挑戦するんでしょ!?」
──これは、リベンジをしろという神からの啓示なのかもしれない。
「よし、ユティナ! 隠れた名店を探しに行くぞ!」
これで行かないという選択肢はなかった。
活力が、やる気が、己の内側から湧き上がる衝動を抑えることなど、俺にはできなかった。
「……あーもう! わかったわよ!」
ユティナはどこか諦めたように、自棄になったようにそう叫ぶ。
「未知を楽しもうぜ! 冒険の心得実践編だ!」
「絶対にそういう意味ではなかったわよね?」
「ははははは……なんのことやら?」
俺はリベンジに心を燃やしながらユティナと共に裏路地に足を踏み入れた。
今度こそ、隠れた名店を探し出すために……!!
 




