第6話 謎と解
□バイズ街道 クロウ・ホーク
「ふぅ、危うく悶え死ぬところだったよ」
「あ、復活しましたね」
しばらくするとレレイリッヒは汗をぬぐう仕草をしながら椅子に座りなおした。
なぜか疲労困憊といった様子だが、あの謎の動きにかなりの精神力を使ったのだろう。
「さて、ちゃんと説明しようじゃないか」
「気にしてないんだがな……」
レレイリッヒは息を整えた後、指笛を鳴らす。
「ほら、来たよ」
「ぴゅい―――……」
そうすると、指笛に応えたのか《気配感知》に反応があり外から魔車の中に一匹の鳥が入ってきて、レレイリッヒのそばに止まった。
「それは、フクロウか?」
夜のような暗闇色をしているフクロウのようだ。
ミミズクに近いか、凛々しくこちらを見つめてくる。
「少し違うかな。この子は私の<アルカナ>、【観測の悪魔】オプトーだよ」
「悪魔、か?」
「私と同じ悪魔……」
確かにそのフクロウ。いや、レレイリッヒの言うとおりであれば悪魔には、小さな角らしきものが生えている。
角というよりは突起のようなものだが。
「私たちプレイヤーの間で一番有名な悪魔といったらレイナだ。そしてユティナのように普段から会話できる悪魔の<アルカナ>がそばにいるんだ。クロウ視点、悪魔はみんな会話できるものというイメージが先行するのもやむ無しだろう」
レレイリッヒの指摘の通り、悪魔なのだから会話ができるものという先入観が俺にはあった。
「私が会話できる<アルカナ>と一緒にいるプレイヤーと出会ったのは君を合わせて3人目だ。1人は獅子、1人は自己申告になるけどドラゴン、そして3人目がクロウだ。その2人は基本的に《念話》でね。ユティナのように、それこそ人の言葉を話すケースは初めてだったんだ」
りんご飴のククルやゴン太郎のパウル、そしてレレイリッヒのオプトーのように話せない<アルカナ>がいる中、《念話》によって会話可能な動物の、ドラゴンの、そして悪魔の<アルカナ>もいる。
獅子、竜、そして悪魔。
少なくとも、共通している要素はない。
明確な決まりがあるわけではなさそうだな。
……会話ができる<アルカナ>と共にいるプレイヤーでいえばステラもそうか。
なんならもう1人のプレイヤーを生み出せる特異性という点だと唯一無二までありそうだな。
「だから、興味を抑えきれなかったというのが簡単な背景になるかな。私の悪い癖だ」
レレイリッヒは少し申し訳なさそうに視線を落とす。
「そうだね。少し意見をもらいたいんだけど、いいかな?」
「答えられるかわからないぞ」
「そんな難しいことじゃないから気にしないでくれ。……この子、オプトーはね、【観測の悪魔】の名の通り、周囲の索敵や観察に特化したスキル構成をしているんだ。《暗視》と《気配遮断》を覚えているよ」
「レレイリッヒ、それは……」
<アルカナ>の覚えているスキルはある意味そのプレイヤーの生命線の一つだ。
ほかのプレイヤーとのジョブの差別化にもつながる存在が与える影響は多義にわたる。
俺とユティナの《限定憑依》時における弱点属性の存在もそうだ。
その情報が拡散されると、簡単にメタを張られてしまう可能性がある。
そうなったら対人戦においては大変不利になるだろう。
いや、自意識過剰かもしれんが。
「安心してくれ、知られて困るような特殊な能力は持ってないから問題ないんだよ。ほら、汎用スキルばっかだっただろう?」
「そうかもしれないが」
「知識の共有は大事なんだ、これから君たちの貴重な意見をもらう以上私も誠意をもって対応したいからね」
何かをもらうのであれば、何かを渡す。
対等な関係を築くために彼女はそういう立ち回りを意識しているということなのだろう。
「続けるよ? オプトーは《視界拡張》というスキルを覚えている。どういうスキルかわかるかな?」
「サポーターの拡張系スキルだろうな。オプトーの視界を共有して、レレイリッヒが観測することができるってところか……なにが特別な能力は持ってない、だ」
シンプルながらに十分凶悪なスキル構成だ。
「わかるかい? そしてなかなか私に合ってる能力だと自分でも思っているよ」
空を自由に飛び回り、夜などの暗闇でも《気配遮断》により隠密しながら《暗視》によって視界を遮られることなく相手の情報を抜き取れる<アルカナ>。
そして、レレイリッヒはその情報を遠距離から一方的に受け取ることができる。
ステルス機能を有したドローンのようなものだ。
情報戦において、非常に有用であると言えよう。
「実際はなかなかに難しいんだけどね。視界が4つになる感覚にはいまだになれないから普段はオフにしているし、拡張するときは自分の目は閉じてるよ。しかも私が高所恐怖症だったら何の意味もなかったよね! あはははは!」
あっけからんとレレイリッヒは笑う。
「ここまでは俗にいうパッシブスキルだ。この子のアクティブスキルに《観測せし眼》というものがあってね、一定時間対象を観測し続けることでステータスだったり、特性だったり、弱点属性だったりを見つけだすスキルさ。効果としては《鑑定眼》のほぼ上位互換かな?」
「偵察とか、初見の相手には便利そうだな」
未知の敵に対しても弱点を見つけ出せるのは普通に有用だろう。
「格上相手にはレジストされるから万能でもないし、私は戦闘がからっきしだけどね」
一通りの情報開示が終わったからか、レレイリッヒは本題に入った。
「結局話は最初に戻るんだけどね。私はスキル発動の原理解明の鍵が<アルカナ>にあると思ってるんだ。いや、身近にある答えの一つと言えばいいのかな?」
「<アルカナ>にか?」
こくりと彼女は頷く。
「<アルカナ>はね、アクティブスキルの発動に詠唱を必要としていないんだ。この子も《観測せし眼》を使用するときに何か詠唱をしているわけではない。クロウも身に覚えがあるんじゃないかな。特に、会話ができる<アルカナ>の主である、君になら……」
「……あ、あー。そういうこと、か」
言われてみれば、確かにそうだ。
俺はジョブスキルで覚えるアクティブスキルはもちろん《念話》で《反転する天秤》を発動することができない。
口頭詠唱という形で出力し始めてスキルを発動している。
しかし、ユティナはスキルの発動に口頭詠唱を必要としていない。
ユティナは《念話》で発動できている。
思うだけで発動できてしまっている。
一度そういうものだと処理してしまったからか、ついぞこの瞬間まで気づけなかったが指摘されてみれば確かに違和感だといえよう。
(ユティナは気づいてたか?)
(……盲点だったわね。ちょっと試してみるわ)
俺は<呪われた片手剣>を取り出した。
そして、ユティナはおそらく《反転する天秤》を発動させたのだろう、<呪われた片手剣>は薄く光った。
発動できてしまった。
「モンスターもそうだね。彼らは吠えれば、爪を振るえば、意志によってアクティブスキルを発現させることができている。<ナイトガーディアン>という剣や槍を持ったゴーレム型のモンスターもいるんだけど、それらも詠唱を唱えることなく《スラッシュ》や《チャージスピア》らしきスキルを使用していることが確認されているよ」
「パウルのドラゴンブレスもMPとSP両方消費してますね。広義では魔法やスキルに分類されるみたいです」
確かにドラゴンブレスも詠唱をしているわけではないのか。
<プレデター・ホーネット>が放った衝撃波もそうだろう。
モンスターや<アルカナ>にとってアクティブスキルは、生物本来に備わった機能の発現であるのだ。
「魔法スキルやジョブスキルの発動に口頭詠唱が必要なのはジョブというシステムを有している私たち人類だけだ。プレイヤーだけなんだよ」
他にも決まりがあるのかもしれないが、その確認のためにもまずは会話ができる<アルカナ>のスキル発動についての情報を彼女は欲しかったということだろう。
「君たちの様子を見て確信したよ。ありがとう、その情報こそ私が欲しかったものさ。会話ができる<アルカナ>であっても、本質的にはこの世界のルールに則っていることには変わらないということだ」
レレイリッヒはまた一つ、スキル発動の前提条件についてわかったと笑う。
「だからね、ユティナの言葉を借りるなら私にとってよき輩であるオプトーのことをちゃんと理解していく必要があると考えているんだ。その方がお互いにとっていいことだと思うし、なによりロマンがあるからね」
彼女は相棒を優しくなで、オプトーは気持ちよさそうに擦り寄った。
「……以上、説明終わり! 私まじめな雰囲気とかしみったれた空気大嫌いなんだよねぇ! ほらほら! ほかの話題に変えよう? 私のためだと思ってさ!」
先ほどのような空気が嫌だったのだろう、レレイリッヒは話を変えようと提案してきた。
「……それなら俺からもいくつか聞きたいことがあるんだけどいいか? 先にダンジョン都市ネビュラに到着してるレレイリッヒ達の意見が欲しくてな」
「ああ、いいとも。なんでも聞いてくれたまえ」
「俺たちは観光も目的だから、おいしい店とかおすすめの場所があったら教えて欲しいんだよ」
「いいだろう! 私のとびっきりを教えてあげようじゃないか!」
そこからはレレイリッヒのおすすめや、ゴン太郎と彼女らの出会いについて話しを聞いていく。
何の意図もなく、狙いもない普通の雑談だ。
たまにはこういう平和な時間を楽しむのもいいだろう。
バイズ街道でのそんな一幕であった。




