第4話 決意
□王都ルセス 南東路地 クロウ・ホーク
「全然抜けられねぇ……」
ダメだった。
まるで迷路のようだ。
路地から一向に抜け出すことができない。
あと少しというところで袋小路だったときは泣いた。
近道を開拓できたらラッキーと思ったが見通しが甘かったな。
人に道を聞けばいいと思うかもしれないが、まず人とほとんど出会わない。
いても、俺の右手を見るとそそくさと逃げてしまうのだ。
なぜか旅人は彼らから恐れられているらしい。
最初のNPCの兵士は気さくに話しかけてくれたのにな。
マップを見れば元居た場所に戻ることは出来るが……
「や、やめてください!」
そろそろ諦めて戻ろうかと考えた時、向かいの路地の方から女性の悲鳴が聞こえてきた。
──路地裏イベント!?
瞬時に俺は駆け出し、声がした路地に足を踏み入れた。
そこには、壁際に追い込まれる女性と、それに迫る一人の不審者がいた。
「はちみつちょうだい」
「さっきから『はちみつちょうだい、はちみつちょうだい』ってなんなんですか! はちみつなんて持ってないですよ!」
訂正しよう。
そこには、壁際に追い込まれる女性と、それに迫るクマの着ぐるみの姿があった。
そのクマの着ぐるみには見覚えがある。
チュートリアルで最初に選ぶことのできる装備だ。
つまり、あそこで女性に迫っているのは今日始めたばかりの俺と同じ旅人である。
NPCらしき女性が嫌がってるのなら止めるべきだろう。
……よし。
「そこのクマの着ぐるみを着ている不審者め! 手を上げろ!」
「……っ!」
「……よーし、いいぞ。ゆっくり、ゆっくりその女性から離れるんだ」
俺は警察官になりきって声をかけた。
ただの悪ノリだ。
クマの着ぐるみを着た人物は両手を上げ、ゆっくり振り返る。
そして、俺が手に持っているトウモロコシもどきの残骸を視界に収めてほっと一息ついた後。
「く……」
「く?」
「くまぁっ!」
全力疾走でその場から逃げ出した。
……なんだったんだ、あれ
「あ、あの。その右手の紋章。もしかして旅人の方ですか?」
「え、はい。そうです」
逃げたクマの後ろ姿を見ていたら、女性から声をかけられた。
どちらかといえばかわいい系の顔立ちの子だ。
若草色というべきか、薄い緑色の髪をポニーテールでひとつにまとめている。
実にファンタジーであるといえよう。
問いに応えると、女性の顔がパァッと輝いた。
「私、リリーと言います。助けてくれてありがとうございました! あの……もしよろしければ、この路地を抜けるまで私を護衛してくださいませんか?」
すると、システムメッセージが視界の端に開いた。
【共通クエスト】難易度1【花屋リリーの護衛依頼】
場所:王都ルセス南東路地裏
依頼者:【園芸師】リリー
目的:王都ルセス南東路地裏から東大通りにある彼女の花屋まで護衛する。
報酬:経験値(低)+???
なるほど?
「ええ、わかりました。私でよければ。名前はクロウっていいます」
そう答えると、クエスト受領の表記とともにメッセージが消えた。
どうやら会話の流れから自動で処理をしてくれるらしい。
「ほんとですか、ありがとうございますクロウさん! あはは、いつも近道として使っていたので油断しちゃって……」
「ここら辺結構強面の人が多かった気がするんですけど……危なくないですか、女性一人で」
「顔は怖いですけど、皆さんいい人ですよ? あ、道はこっちです!」
「ほんとかなぁ……」
当たり障りのない会話をしつつ、彼女の案内の元、東通りへ抜け出した。
図らずも近道のルート開拓ができたのだ。
ラッキー。
☆
「ありがとうございました!なんとか開店時間までに間に合いました。路地裏だけでなく、私のお店まで……」
「こちらこそありがとう、色々話を聞けて助かったよ」
話すうちに敬語はなくなった。
俺の方が年上であったため、かしこまった言葉はやめてほしいと言われたのだ。
クエストの流れの確認に加えて、彼女との会話の中で役立ちそうな露店が集まる場所も聞けたし有意義な時間を過ごすことができた。
「そうだ! なにかお礼として差し上げます。私【園芸師】なので、商品には自信がありますよ。みんな自慢の子です!!」
NPCのジョブの仕様は基本的にプレイヤーと同じだ。
この世界に生まれた瞬間に一つの天職を授けられるといった形でジョブに就き、ジョブを変更し、ステータスも確認できるのだという。
NPC用の簡易メニューのようになっているらしい。
しかし、相違点もいくつかある。
一つ目に最初に設定されたジョブは切り替えることこそできるが取り外すことはできないということだ。
文字通り、天職と一生付き合っていくことになる。
次に、プレイヤーが全員最大合計レベル400まで上げれる、いわば共通の才能を与えられているのに対し、彼らは個人によって最大合計レベルが異なっている。
また、天職以外に選べるジョブも個々人によって異なっており、これらの理由から、天職をカンストさせた後、別のジョブに就くことができるかどうかは完全に才能に依存してしまうらしい。
リリーは【園芸師】をカンストさせて以降、ジョブを選ぶことができなくなったそうだ。
そう、目の前の女性は下級職を一つカンストしている。
趣味ジョブとはいえ、おそらく現状下手なプレイヤーより彼女の方が強い件について。
護衛の必要があったかも疑わしい、クエストの難易度が1なのも納得だ。
「クロウさんは今日初めてこの世界に来られたんですよね? でしたらこちらの【ヒュミアの花】なんていかがでしょう?」
彼女がお店の奥から取り出し見せてくれたのは、青を基調とした美しい花だった。
「少し花を咲かせるのが難しい子なんですよ? よろしければどうぞ!!」
「……綺麗だな」
「ほんとですか、嬉しいです! 《土壌の恵み》で用意した栄養満点の土に、《浄化》で不純物を除いた魔力水を上げて毎日欠かさずお手入れしたので健康状態も抜群です。ぜひ、お好きなようにしてください。冒険者を目指すというのであれば、どこかで役に立ってくれるかもしれません」
そう言って彼女は、鉢植えごとカウンターに置いてこちらに差し出してくれた。
【ヒュミアの花】
回復薬の効果を高める作用がある。
そのまま食すか患部に擦ると、麻痺が治るのが速くなる。
─システムメッセージ─
【共通クエスト】難易度1【花屋リリーの護衛依頼】を達成しました。
報酬が確定しました。
報酬:経験値(低)+ヒュミアの花
経験値ボーナスにより、報酬で貰える経験値(低)が10倍になります。
システムメッセージとともに、レベルも上がった。
達成したクエストで貰える経験値にもボーナス補正は乗るらしく、今ので、戦士のレベルが1から5になったようだ。
「ありがとう、大切にするよ」
「いえいえ、私が取り扱っている商品の内、半分近くは戦闘職の方や生産職の方向けにご用意してる品種なので、もうほんと好きにしちゃってください」
「それでもさ」
<Eternal Chain>で最初に達成したクエストで手に入れた報酬だ。
いわば記念品である。
消費してしまうのはあまりにもったいないと言えよう。
「アイテムボックスに入れれば、枯れたりしないんだっけ? 手入れで気を付けることはあるかな」
「ずっとは無理ですけれど、アイテムボックスに入れていればしばらく何もしないでも枯れませんよ。魔力を持っているので、生命力が強い子なんです。外に出すのであれば、日光の当たる場所で不純物を取り除いた魔力水を定期的に与える必要があります。《花の福音》というスキルをつかえばさらに長持ちしますね」
「それなら、その専用の水をいくつか買うよ」
「ほんとですか! ……こほん、承知しました。少々お待ちください」
それにしても本当に綺麗な花だ。
回復薬の効果を高めるということから、おそらく生産で使われることになるのだろう。
「お待たせしました、こちらをどうぞ」
支払いを済ませ、お花の育て方(基本編)という小さな冊子とともに、リリーが持ってきた水を順番にアイテムボックスに収めていく。
メニュー操作でもできたかもしれないが、記念として最初はこのまま手作業でいいだろう。
最後に、【ヒュミアの花】をキーアイテムボックスに仕舞おうと慎重に手に持った。
その瞬間、
「それと……特別ですよ?」
そう言ってリリーは、鉢植えを持っている俺の手を包むように握ってきた。
え、ちょっ!
「《花の福音》」
そして彼女は言葉を紡いだ。
それは、この世界ではじめて見るスキル発動の光。
同時に、店の中が青く光り輝く。
まるで宝石のような、そんな輝きの中心にいるのは、俺とリリーの間にある【ヒュミアの花】だ。
生き生きと、これでもかと光り輝いている。
そして俺はその輝きに、ただただ圧倒された。
「私、このスキルが好きなんです。ヒュミアの花は青く輝くんですけれど、他の子はまた違う輝きを見せてくれて。もっと輝けるんだって、私が輝かせて見せるんだって! そんな気持ちになるんです」
「……それは、見てみたいな」
俺は見てみたいと、隠すことなく言った。
色とりどりの花が宝石のように光り輝くのは、とても美しい光景だろうと。
そう、思ったからだ。
花が咲いたようにリリーは笑った。
「クロウさんの今後の冒険が、どうか良いものでありますように……なんちゃって! それでは今後もご贔屓にしてください!」
「ああ。ありがとう」
また来てくださいね~と見送られ、俺は【リリーの花屋】を後にした。
☆
俺はそのまま、目的地であった武器屋へ……向かわず、先ほど迷っていた路地裏に引き返した。
人気のない路地裏に。
「──うおおおっ!」
俺は、我慢しきれず、声を押し殺しながら叫んだ。
この世界は確かに期待以上だった。
そして想像をはるかに超えてきたのだ。
ラビは【園芸師】を趣味ジョブと言っていたがとんでもない!
あの輝きを自らの手で生み出せるというだけで、どれだけの価値があるだろう。
この世界にはどれだけの種類の花があり、それが《花の福音》でどんな輝きを見せてくれるのか。
そう考えさせられる、夢のような時間だった。
今日の驚きを、光景を、思い出を。
俺は、一生忘れることはないだろう。
「俄然、やる気が出てきた!」
決意は固まった。
今日以上の輝きを、冒険をいつか自分の手で見つけ出すという、そんな決意だ。
これから始めよう。
この世界で、夢にまで見た冒険を。
たった一つの、俺だけの物語を。
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