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第1話 王都からの旅立ち



 見たことも触れたこともないのに、なぜか知っているという感覚はどういったものなのだろうか。

 少し観察を続ければ、彼女にとっては全てがはじめての経験なのだということはすぐに気が付いた。


 食事を取るのも。

 他者と競い合うということも。

 おしゃれや動物と触れ合うという経験も。


 すべてが既知であり……全てが未知なのだ、と。


 故に彼女は何か気になるものがあれば好奇心のままに触り、視認し、確かめに行く。


 それはきっと驚きの連続で。





 だから、俺は──






□王都ルセス 大衆食堂 クロウ・ホーク


「か、買ってしまった……」


「買ってしまったわね……」


 俺の手元には魔導カメラがある。

 一番安いものよりも性能のよい、25000スピルもする少しお高いカメラだ。


 スクリーンショット機能でいいのではないかと思うかもしれないが、ちゃんと理由がある。


 まず、このカメラにも耐久値の設定があるので、基本的には壊れる時期が視覚化できる。

 チューニングも適宜魔道具店に依頼するか、一部のジョブであれば耐久値の回復なら自分の手でできるとのことだ。


 耐久値には200/200と書いてあるので、俺が今まで使用してきたどの武器よりもこの魔導カメラの方が壊れづらいらしい。


 少し高いものを買ったとはいえげせぬ。


 衝撃を与えた時の当たり所が悪かったら普通に壊れるし、経年劣化などは基礎の耐久値が目減りしていくのでそれが買い替えの目安になるようだ。


 そして、魔導カメラ購入時にセットで付いてくる<記録のアルバム>というアイテム。

 これに紐づけることで、一定範囲内で撮った写真であれば自動的に記録され、MPを消費すれば出力し写真のように取り出せるようになっている。


 スクリーンショット機能はあくまで現実への出力が前提なのに加えて、場合によってはそもそも出力できない可能性が存在している。

 せっかく撮ったはいいものの、条件に引っ掛かり現実に出力できずにお蔵入りする可能性もあるわけだ。


 しかし、魔導カメラの記録はそうではない。

 少なくとも撮った写真をゲーム内であればなんの制限もなく出力すること自体はできるのだ。


 そして、この世界で画像そのものの記録を扱うには魔導カメラは必須なのである。


 俺はカメラをユティナに向けて構えた。


「よし。はいチーズ」


 俺は試し撮りということでさっそく使ってみる。

 背筋をピンと伸ばし、コーヒーカップを片手に不思議そうな顔でこちらを見つめるユティナの写真が撮れた。


「どうしたの急に、チーズでも食べたくなったの?」


「そうそうちょうど小腹が空いてきて……って違うわ」


 どうやら彼女はこの掛け声については知らないらしい。


「向こうの世界で写真を撮るときの掛け声みたいなもんなんだが……」


「不思議ね。なんでチーズなのかしら?」


「そういえば俺も知らないな」


 気にしたことがなかった。


「美味しいものを食べたら笑顔になれるものね。きっとそうに違いないわ!」


 1人納得しているユティナを見つつ、俺は早速キーアイテムボックスに入れておいた<記録のアルバム>を選択し、手順に従い手元に取り出してみた。


「簡単に取り出せたな」


「これが写真……確かに私がもう一人いるわ」


 ユティナはおっかなびっくりといった様子で写真を手に取り、自分の姿を確認している。

 問題なく動くことはわかった。

 他にも動画を撮ったり色々機能はあるらしいが、その確認は今度でいいだろう。


「ユティナも撮ってみるか?」


「え、ええ」


 俺はユティナに魔導カメラを渡し、彼女はそれを慎重に受け取る。

 そのまま周囲を適当にパシャリと何枚か写真を撮り。


「えーと。はいチーズ?」


 俺に向けてカメラを構え、もう一枚写真を撮った。


「ふふ、面白い掛け声ね」


 そしてユティナは、控えめに、楽しそうに微笑んだ。



 カメラもキーアイテムボックスにしまった後、俺たちは会計を済ませ店を後にした。

 例にならってコーヒーだけしか注文していないので、滞在は短くしておく方が精神的に楽というのもある、が。


 ……そろそろ現実を見る時間だ。


「これで晴れて俺たちは一文無しだな……」


「久しぶりね、この後のない感じ」


「なんなら前よりもひどいぞ。なにせ【賞金首】狩りという金策もできなくなった」


 クラン戦の結果を受けて自警団協力の下、現在は通報の取り消しが進んでいる最中だ。

 30人を超えていた賞金首リストも今では20人ほどまでに減っており、近いうちにほとんどいなくなるはずだ。


 新しいPKや【賞金首】も出てくるだろうが、自浄作用の働く組織が結成された今、今回のような事態になることはそうそうないと見ていいだろう。


 これはつまり俺たちの収入源がいなくなったことを意味する。

 今後は地道な金策が必要になるわけだ。


「ネビュラまでは徒歩ね」


「魔車に乗車するにも金がかかるし、護衛依頼もそうそうないからなぁ」


 ルクレシア王国の街道間は基本的にレベル50の戦闘職が複数人いればそこまで危険ではないらしい。

 そもそも護衛依頼の大半は商人お抱えのNPCの冒険者に渡されるか、ある程度の実績がないと受けることができないのだ。


 いつコンタクトが取れるのかわからない俺達旅人よりも、この世界で過ごしてきたNPCの冒険者の方が信頼度という面でも仕事の達成率という面でも優れているからだろう。


 そんなことを話していたら、東門が見えてきた。

 他の門よりも大きな作りになっていることから、あの門は流通の要なのだろう。

 門を抜けた先にはバイズ街道と呼ばれる道があり、道なりにしばらく進めばダンジョン都市ネビュラに着くらしい。


 そのまま数分もせず、俺たちは東門を抜けた。


 同じように東門を抜けたであろうプレイヤーは街道に進む者もいれば、そのまま道を外れたりと思い思いに散らばっていく。


 先に門を抜けていた商人は急いでいるのか街道へ魔車を走らせ、遠くを見れば何人かの人影が談笑しながら木剣で撃ちあっているのが見えた。


 壁沿いやその周辺には邪魔にならないように距離を取り合いながら商品を並べ、初心者らしきプレイヤーに営業トークを仕掛ける生産職らしきプレイヤー達やNPCの集まりもいる。


 時折喧嘩が起きているがそのたびに兵士が仲裁に入り、そのまま離れていき決闘を始める。

 それを周囲にいた知り合いらしきプレイヤー達が囲い野次を飛ばし、勝者は拳を突き上げていた。


 門の周りは今なお活気づいていると言えよう。


 それこそ、PK組織と自警団組織によるクラン戦があったことなんて知らないとでもいうように……


 いや、めぐり合わせが、運が、きっかけが、何かしらが嚙み合わなければ実際にそんなことがあったのだと知らないプレイヤーがいてもおかしくはないだろう。


 彼らにとって、俺にとって、この世界はあまりにも広い。

 プレイヤーの数だけ、この世界で歩んできた軌跡があるのだ。

 そして、これからも。









 そこからしばらく離れ、喧騒がなくなった頃を見計らい俺は足を止め……そのまま後ろに振り返った。


「しばらくお別れだな」


 ルクレシア王国、王都ルセス。


 この世界で俺が最初に降り立った地。


 俺はこの風景を目に焼き付ける。

 せっかく買った魔導カメラだが、今この瞬間だけは自分の目だけでいい。

 この目に焼き付けらればそれでいい。


 ただ、そう思った。


「クロウーー! どうしたのーー?」


 ユティナから声を掛けられる。

 見ると、彼女は既に進んでおり少し先の方にいた。


「……何でもない。すまん、今行く!」


 俺は王都ルセスと別れを告げ、ユティナに追い付くために軽く駆けだした。


 これから始めよう。


 夢にまで見た冒険を。

 たった一つの、俺だけの物語を。











「……いや。俺たちの、だな」

 

 強い風が吹き、そのまま俺のことを追い越していく。


 天気は快晴。


 雲一つない空の下で、俺たちの世界を巡る旅がついに始まったのであった。





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