【回顧録】彼にとっての夢のゲーム
これは過去の記録である。
□2030年 日本 ???
とあるビルの一室に、2人の男がいた。
1人はグラフのようなものが随時更新されているモニターを食い入るように見ており、1人はARヘッドギアを装着しつつ、手元を動かしパソコンにひたすらなにかを打ち込んでいる。
「うーーーーーーん」
モニターにかじりついていた、長髪を一括りにまとめ後ろにたれ流している男は呻き声を上げた。
「そんなに悩んでどうしたんだバカ」
ARヘッドギアを外し、眼鏡をかけなおした男は長髪の男に話しかけた。
「いやぁ、君にせっかく作ってもらったんだけど、なかなかダウンロード数が伸びないなと思って」
「当たり前だろ。仮想世界の機械を肉体として、適当に動くだけのゲームがそんなバカスカ売れるかよ。必死こいて体を動かしてやることが倉庫の荷物整理だぞ? 逆にこんなゲームに食いつくやつの気が知れねえわ。なんで1時間も経たずにダウンロード数がもう100超えてんだ? こいつらバカだろ」
「こら! せっかく遊んでくれているユーザさんのことをバカって言ったらダメだろう。きっと彼らは僕と同じ愛すべきVRゲーム愛好家の人たちに違いない。……ちょっと待って、さっき僕のこともバカっていった?」
「気づくのおせえよ、それで何が不満なんだ?」
眼鏡の男は、くだらないものを見るような顔をしながら続きを促した。
事実彼はこれから飛び出してくる言葉が、なんの生産性もないものであろうことを長年の付き合いから理解していたのだ。
「もっとこう、ユーザ数を増やしたくなるよね。やっぱたくさんいたほうが目的のプレイヤーも見つかるかもしれないし……」
「場所と機材全部抑えて、自動倉庫搬入システムを一から構築して、しかもVRゲームと連携可能な仮想シミュレート環境を整備して、その開発費用外注費用運用費用を100%だしている俺にさらに注文をするとはいい度胸だ。ワンオペとかいう次元超えてるだろ」
「ひぇー! ごめんなさい! この通り土下座いたします!」
長髪の男は椅子から飛び降り、華麗な土下座を決めた。
それは、はじまりから終わりまで無駄がない美しいジャンピング土下座だった。
椅子から飛び降りたのに大きな音は一切立っていない。
落下の衝撃のほとんどを膝をクッションにし吸収することによって放たれた彼の必殺技である。
それを見て、眼鏡の男は大きく息を吐く。
「はあああ……システムの方は俺がサポートするし軌道に乗れば勝手に金を稼いでくれるようになる。デモの効果も上々だ。まずは地道な営業活動で顧客を増やす。俺の仕事は完璧だ。お前がやるのはサーバの物理的管理とか、事務処理とか、異常事態発生時の対応処理だけでいい。マニュアルも整備してある。事務処理ぐらいはお前がやれ、俺に頼るな」
「あいあいさー!」
「ゲームの方は絶望的だ。俺にゲームを作るセンスはないし、しかもお前からの要望を組み込んだせいでゲームと呼べない恐ろしい何かに成り下がっている」
眼鏡の男は自分の作ったゲームの、否、現状の世界で考えられる問題点を上げていく。
「まず、フルダイブ前提のゲーム、完全没入型VRゲームはこの2年弱ほどの期間でユーザの期待をことごとく裏切りすぎた。ラブ恋だけでどうにか人気でてます風を装えてはいるが時代はAR……」
「MR!」
「……ARゲームの方が人気だ。いまだに完全没入型VRゲームの安全性に懐疑的な目を向けている輩も多い。従来のVRゲームも現実を拡張している、要はフルダイブしないという点でARゲームの区分に移行しつつある。正しく言えばお前が拘っている通りMRゲームだが、まぁそこら辺はどうでもいいか」
完全没入型VRゲーム失敗のあおりを受けて、従来に存在していたVRサービスの一部も正式にARの区分に分類しようという動きが一部起こっていた。
「VRってだけでマイナス評価から始まる現状を避けたいんだろうな、ようは体のいい損切りだ。ラブ恋やVR FPSのように一部成功してるゲームはあるが世界を変えるには力が足りねえ」
現実を拡張しているならARだという暴論に近いものだが、幸か不幸かそういう流れになりつつあった。
VRゲームという言葉が指すのが完全没入型VRゲームだけになるのも時間の問題だろう。
「次に統合プラットフォーム計画の見送り。どこもかしこも貧乏くじを引きたくなかったんだろうな。こないだサービス終了した……なんだっけか?」
「グルメモンスターファンタジーオンラインだね」
「ああ、そうだ。そんなダサいタイトルだったな。あれが裁判沙汰になって、しかも多方面を巻き込む形で大炎上したせいで日本はもちろん海外企業もリスクも費用対効果も見合わないと先送りにしちまった。実際似たような問題は国内外問わず存在してたからな」
共通の土台となる標準環境の構築はついぞ見送られた。
金にならないと、もしくはもう少し世論の意識がアップデートされないと実現したところで意味がないと判断されたのだ。
「それもこれも味覚の完全再現ができなかったのが一番の問題だな。五基本味がない以上VR旅行は所詮旅行気分しか味わえないのが最大の問題だ。食事っていうのは、人類にとって切り離せない要素で、人類における経済活動は究極的に10割食事という文化に支えられている。飯を食わなきゃ人は死ぬ。睡眠欲も性欲も二の次だ。人間の三大欲求どころか生存に必要な第一原則の食欲をないがしろにして、もう一つの世界を名乗るとかおこがましいってことだ」
完全没入型VR技術でどうしても超えられなかった壁が味覚の再現だった。
「海で泳ぎたいなら泳げばいい。運動したいなら運動すればいい。旅行したいなら、旅行すればいい。現実の追体験はフルダイブである必然性があまりにも薄すぎる。もう一つの現実を目指すのであれば、味覚の再現は必須だ。すべてを繋ぐ架け橋になりうるパワーは食にしかない。海外旅行気分を味わうなら拡張デバイスを用意した既存のVRサービスで十分だ」
海に潜り、波に流され、口に入った塩味に顔をしかめ、磯臭さをシャワーで洗い流し、楽しかったと友人や家族と語り合い、翌日は日焼けに悩まされるまでが一つの海水浴というコンテンツだ。
現実というコンテンツとの差別化は必須である。
「身体欠損サポート用の医療向け完全没入型VRコンテンツの開発は進んでいるのはどっかのニュースで見た。需要はあるだろうし、それがフルダイブ技術の、VR環境の正しい使い方だ。味覚を除けば五体満足の生活を疑似体験できたり、義手とかの感覚を肉体に無理させずにいくらでも試せるのならそりゃ革新的だろうよ」
数年前からこれらに近しい技術は医療の現場で使用できるよう多くの検証を重ねてきていた。
そろそろ実用段階に入ってきてもおかしくはないのである。
「現実ではできない何かができる追従型コンテンツが今残されている唯一の道だな。少年漫画のような超常の力を用いた戦いや冒険を。ゾンビパニックの世界で命を懸けた逃走劇を。現実ではできない胸がときめくような甘酸っぱい恋愛を……」
「さっきからラブ恋好きすぎない?」
「うるせえ、相原寿葉ちゃんは俺の嫁だ。文句あっか!」
相原寿葉は完全没入型恋愛シミュレーションVRゲーム、ラブ♡恋の一番人気ヒロインの名前だ。
「んでもってこれは機械になれるゲームだ。お前の要望に応えてベースは倉庫整理に利用されているフォークリフト。思考入力により自らの機械の肉体を動かす。脳波の信号に応じて拡張された機械の体を動かす感覚をひたすら磨きつづけるだけ。どの信号がどのパーツを動かして影響を与えるのか理解しなければまともに動くことすらままならねえ。操縦席に乗ってバスを動かすのではなくプレイヤー自身がバスになれといってるゴミゲーだ……ていうか話聞いてたか?」
眼鏡の男は、自らが作ったゲームがどれだけ酷いか理由をあげていく。
まともに身体を動かすことすらできない欠陥ゲームであると。
「あ、終わった? 長いから半分くらい聞き流してたけど、悲観的過ぎじゃない? 僕は素晴らしいゲームだと思ってるけどなぁ」
それを聞いてなお長髪の男は笑顔で素晴らしいゲームであると称賛した。
「なにが素晴らしいだ。俺もこんなんまともに操作できねえぞ。操るにはひたすら感覚を磨くしかねえ。場合によっては一生身じろぎ一つできない可能性すらある」
「でも、夢がある」
「あん?」
「君が作ったのは疑似的とはいえ機械になれるゲームだよ? すごいじゃないか、自分ではない何者かになれるゲームだ。ほら、死んで異世界転生したら石になっちゃったとか、お城になっちゃったとか昔流行っただろう?」
それは、男が子供の頃から疑問に思っていたことだ。
「意識だけある状態で無機物になるのってどんな感じなんだろうって、ずっと疑問だったんだよね。触覚は? 聴覚は? 呼吸は必要ないの? どういう風になってるんだろうってずっとずっと疑問だったんだよ」
20も半ばに差し掛かるというのに、男は夢に生きていた。
そして、このゲームの存在によってどうしようもない自分の人生がまた一つ彩りを持ったのだと。
「それを知ることができるゲームだよ? このゲームは間違いなく誰かにとっての夢のゲームさ」
「……ふん」
照れ隠しだろうか、眼鏡の男は鼻を鳴らす。
恥ずかしいことを臆面もなく言われたのだ、仕方がないだろう。
「やっぱ持つべきはお金持ちで開発ができてコネもあって付き合いが良くてユーモアもあって普段はツンツンしてるくせに頼めば大体なんでもやってくれる親友に限るね! あはは…………は……え?」
「ま、どうせお前に頼まれたから趣味で作ったゲームだ好きにしろ。俺は運送の方で好き勝手楽するだけだし、なるように……」
「眼鏡……」
「……俺の名前は黒瀬だ、眼鏡って呼ぶなって何度言えば」
「スコア5000点以上のプレイヤーがいる……」
「は?」
眼鏡の男は、黒瀬はその言葉を聞いた瞬間モニターにかじりついた。
「まだサービス開始して1時間も経ってねえぞ、ありえねえ。ほぼノーミスじゃねえか。しかも1人じゃなく2人もだと? プレイヤーネームは……ねここ、ロボトミー。ちょっと待ってろ……」
黒瀬は手を動かす。
「2人とも植物になりきる完全没入型VRゲーム、プラントライフのプレイ履歴がある。これだな」
「それ、犯罪では?」
「うるせえ、デバイスにはアクセスできねえからわざわざプレイヤーネームとID、接続履歴から痕跡を辿って確認しただけだ。バレなきゃ問題ねえしこの程度ならバレても問題ねぇ。利用規約にそれっぽい文章は紛れ込ませてある」
「ええ……」
長髪の男は普通に引いた。
「機械の体を動かすのも植物の体を動かすのもお手の物ってことか? いや、ありえねえだろ」
「あ、また超えたプレイヤーが増えたよ。プレイヤーネームは黒烏だってさ」
さらに、増えた。
黒瀬は目の前の光景が異常事態であることを理解していた。
このゲームは始めて数十分程度でまともに動けるゲームではないことを自らの経験から知っていたからだ。
「……バカかよこいつら」
「どうしてだい?」
「あなたは今日から足で歩くのではなくモーターを回して車輪を回転させて移動してください。腕を使うのではなく背中から生えているアームで生活してください。神経や感覚器官は脳と接続しておきましたのであとはご自由にどうぞって言われて何不自由なく生活しはじめるようなもんだ。普通はじゃあどうやってモーターを回すのかってところでつまずくんだが……」
故にこの3人はバカであると黒瀬は評した。
「待て、おいおい、この黒烏ってやつ2台同時操作は早す……ぎ……噓、だろ?」
更なる衝撃が黒瀬を襲う。
このゲームは単純に操作できるフォークリフトを増やすことができる。
では、肉体が2つになったらどうなるか。
答えは簡単だ。
指揮系がより複雑になり身動き一つ取れなくなるか。
動かせたとしても、ほぼ同じ動きしかできない鏡写しのような状態になるはずなのだ。
それこそ思考を、脳を2つに分けてでもいない限り……
「し、失敗したか。そうだよな。そんな簡単にいくわけねえはずだ、が時間の問題か……」
事実、途中までスコアを伸ばし続けていたことに黒瀬は慄いた。
ギミックに引っ掛かり故障して操作不能状態に陥らなければそのまま伸ばし続けていただろう。
「はっ、喜べよ。見つかったぞ」
黒瀬は少し顔を引きつらせながらも、長髪の男に話しかける。
「うん、そうだね……」
長髪の男は静かにモニターを見つめいていた。
「なんだ、嬉しくないのか。探してたんだろ?」
彼らの目的は、簡単に言えばただの暇つぶしであり、なにか面白いものを見たいという欲求から始まったものであった。
長髪の男がその面白いモノを見つけたかもしれないと話を黒瀬に持ちかけたところから始まったのだ。
黒瀬は自分の流されやすさを自嘲した。
「……スポーツ医学が発展した結果、スポーツ選手の若年層化が始まり古臭いただの根性論はこの世から淘汰された」
「……あん?」
「AIが、深層学習が発展したら、人類は計算力という分野ではAIに勝てない時代が訪れた」
長髪の男はここ数十年の人類の軌跡を振り返る。
「でもそれだけの変化があったのに何も変わらなかった」
どれだけ革新的な技術が生まれ落ちようと、どれだけ時代が移り変わろうと、それでも人の生活は変わらない。
この世に生まれ落ち、食べて、寝て、そして死ぬ。
「違う。何も変わることなく、ただ適応し続けた」
その無限に等しいサイクルの中で、時代や技術に適応した新たな人類が生まれていったのだ。
故に。
「フルダイブ技術が生まれた今、仮想現実に適応し始めた人類は一体どこまでいけるんだろうね……」
「……さあな」
「僕は」
そして、長髪の男は、享楽至上主義というべき男は……
「僕はそれをすぐ近くで堪能したい! とりあえずこの3人は要チェックだね! もしかしたらこのゲームに特別適性があっただけの凡人かもしれないからそこは気を付けないと! そんな都合よく見つかるわけもないしね。いやぁ、楽しみだなぁ、場合によってはこの3人にシステム代行してもらうのもありだね! バイト代? それとも正社員? スカウトってやつ? それじゃ僕が店長だ! ま、そのために黒瀬にはシステムとVR環境を紐づけさせてもらったんだしね! あははははははははーーはっはっは!!」
……ダメ人間は、狂ったように笑い始めた。
「あーはっはっははははははは、いったああああ!?」
「……」
「黒瀬、なんで殴るのさ! いた、痛いって!」
「…………」
「ちょ!? なに? なんで無言なの!? 怖いんだけど!!」
これは、そんな過去の記録である。
☆
□???
「なんだ、このゲーム」
少年はVRヘッドギアを外し、ベッドから立ち上がるとそう呟いた。
先程まで黒烏というプレイヤーネームでゲームを遊んでいた彼は春から高校生になる。
ちょうど青年の大人っぽさと少年の幼さの間を伺わせる顏たちだ。
彼の思考を満たすのは、不可解という感情だった。
そして、ベッドから立ち上がり机に向き合い椅子に座る。
そのままパソコンを立ち上げ、アプリを起動させた。
彼が好んで使用している音声記録の専用ツールだ。
さらに、モニターをもう一つ開き画面を拡張しメモ用のアプリも開いた。
最後に机の引き出しから紙とペンを取り出し……
「倉庫内のフィールドで指示に従ってフォークリフトで荷物を運ぶのはいい。いや、よくはないが。ミッションの達成度によるポイント形式なのもいい、スコアを稼いでパーツを購入することでフォークリフトのカスタマイズができるのもコレクターの心を揺さぶるかもしれない。車種も豊富だし妨害ギミックもいろいろあってシンプルながらに奥が深いゲームデザインと言える」
分析が始まった。
「基本ソロプレイでありながらスコアのランキングだけ他のプレイヤーと競い合う形式も小規模開発の運営にありがちなパターンだ。ただお試しで作ってみた、にしてはうまくまとまってるゲームだな」
それは彼にとっての習慣であり、情報の整理であり、癖だった。
VRで収集した生のデータを現実で整理することにより、環境の違いによる意識や感覚のギャップを明文化していく時間だ。
自分が直観的に思ったことを、感想を交えつつ口にだしながら音声からデータとして記録していく。
それは生の感情の記録だ。
「カウンターバランスフォークリフト、サイドフォークリフト、オーダーピッキングトラック、他にも意外と種類があるんだな。なんか上に持ち上げるやつしか知らんかったわ」
右手では、用意したメモに対し操作のコツや要点だけを抜き出し羅列していく。
必要に応じて図を描き、視覚的にも直観的にも理解できるようにした。
それは、重要な項目の記録だ。
「植物や魚類になったことはあったが、まさか機械そのものになれと言われるとは思わなかったな。てっきり操縦する感じかと思ってた、いい意味で裏切られたかもしれない」
左手はキーボードを打ちこみ続ける。
検索し情報を集め自身の発言した内容を、紙にメモした要点を簡潔にまとめていく。
それは、振り返るための記録だ。
「操作難度は過去最高か? というかそもそも意識や集中状態がどんなふうに作用して機械の身体が動くのか理解しないと視界の確保どころかまともに移動すらままならなかったな。ユーザフレンドとは言えないだろう」
少年の黒い目は、漆黒のような暗い眼は常に動き回っている。
「身体が2つある感覚は新鮮だった。指示系統は割と自由度が高そうだったな。とりあえず感覚を忘れないうちにもう一回ログインして確かめる必要がある、と」
音で、目で、指で整理した情報を、ひたすら脳で処理をし続ける。
先ほどまでの感覚を思い出し研ぎ澄ます。
今この瞬間も彼はイメージの中で機械の肉体を動かしていた。
「それにしても、故障したらスクラップ処分はやりすぎだろ。ぺちゃんこになったじゃねえか。俺にいったい何の恨みがあるってんだ」
彼にとって必要なものだけが最短で記録され続ける。
思考を分割し、最適化し運用した上で統合する。
ここまでの流れの中で、彼の思考の軸は一度たりともぶれていない。
そして。
「この調子なら今日にでも5台ぐらいなら動かせそうだけど将来的にスコアを稼ぐなら正確性が重要だな。まずは1台の操作を完璧にして、あとは流れで増やしていこう。思考せずに反射で操作できるぐらいまで感覚をものにできればああいうのは数が増えても意外と並行処理的に動かせるとみて……」
少年の動きが、止まった。
「ああああ!! 何をまじめに攻略方法を考えてるんだ俺は!」
彼は、自らの行動に対し怒りの咆哮を上げる。
「少なくとも、探しているゲームではなかったなおい! いや、もうチュートリアルからわかってたけどさぁ。初見プレイである以上期待はしちゃうじゃん!」
そのまま動きを再開させたが先ほどからは一変、口から飛び出るのは愚痴のようなものだった。
「今回も違ったかー」
事実、彼は生き急いでいた。
夢の技術がせっかく現実のものになったのに、世界はあまりにも変わらない。
「まぁ、まぁまぁ! しばらくはこのゲームも頑張るか。一期一会の精神だ。ゲテファンは2周年すら迎えられずサ終しちゃったしなぁ。他のVRゲーもキリがいいところまではやったし新作ゲーに切り替えていこう」
いや変わってはいるのだ。
しかし、それは驚くほどに小さな変化だった。
人が待ち時間に本を読んでいたのが携帯電話になり、スマートフォンになったように。
ラジオではなくテレビに、そして動画サービスへと移り変わっていったように。
大きく変わっているように見えて、本質的な部分は全くと言っていいほど変わっていない。
そして大きな変化は倫理が、既成観念が、過去の常識が邪魔をする。
少しずつしか変わらないからこそ自分にできることは何かを考え、やれることは全部やろうと彼は結論をだした。
「……気分転換にラブ恋でもやってみるか? いや、俺は硬派な男だ。VRゲームに恋愛を夢見る輩とは違う! ましてや恋愛に現を抜かすなんてもってのほかだ! 己を見失うな!」
かくあるべしという理想を思い描き、それに殉ずる少年は。
「もしかしたら俺がプレイすることでなんらかの技術的イノベーションが巻き起こり、億が一の確率かもしれないが五感の完全再現を成し遂げてくれるかもしれない! おお、そうなったら最高じゃね? だったら積極的にフィードバックしていくぞ!」
敢えて楽観的に考え、目的を自らに与え、ひたすら進み続ける少年は。
「あとはバイトだな。高校生にさえなれば可能性は広がる。……ゲームみたいにモンスターの素材でも売って金策できればいいのになぁ」
そんなとりとめのない妄想を口に出す少年は。
「あー、冒険してぇ……」
その少年、烏鷹千里は言葉に鬱憤を、期待を、ありとあらゆる全ての感情を乗せた後、大きくため息を零した。
彼にとっての夢のゲームは、まだ見つかっていない。
その夢が叶うのはきっと、しばらく先の未来のことだろう。
■■を■■る■の■■を■れた■■は■■れず■を■ぎ■ける。




