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幕間 無法の国

「ああああ! くそやってられるか!」


 男は起き上がった勢いのまま立ち上がると同時に、VRヘッドギアを外しベッドに向けて投げつけた。


「なにが指名手配だよ! チュートリアルで説明しとけよ。はー、終わってるわ」


 彼の心の中では、先程までの出来事が渦巻いていた。

 自分はPKとして活動し、クラン対抗戦に参加し、NPCに指名手配された。


 そのまま、あの逝かれた女の提案に乗り鋼騎士と決闘していたはずだと。

 そして、決闘が始まると同時に死んだ。


 なぜデスペナルティになったのか一切理解ができなかった。

 ただ、現実に戻ってきたことで別サーバーに隔離されたであろう事実を男は理解した。


 同時にどうしようもないほどの苛立ちがぐつぐつと、ぐつぐつと心の奥底から湧き上がってくる。


 たまたま目に入ったから始めた<Eternal Chain>というゲーム。


 その世界は確かに楽しかった。

 ファンタジーの世界に迷い込んだと錯覚するほどに五感が再現された世界。

 自分だけの相棒と共に戦って、まるで自分が物語の登場人物になったかのような全能感に満たされていた。


 なぜPKになったかと聞かれれば、男はなんとなくと答えるだろう。


 たまたま狩りに失敗して、装備を揃えるために金策の必要が出てきた。

 PKの仕様を聞いた時から考えていた抜け道を実践し、成功した。

 周囲を見れば自分と似たようなプレイヤーがそこそこいることに気が付いた。

 仲間を見つけ好き勝手暴れた。


 そして好き勝手遊んだ結果、同じように何でもありのゲームを仕掛けられ、負けた。

 嵌められたという意識が、敗北の味が、苦く記憶にこびりつく。

 この世界の仕様を自分よりも理解していた連中に狙い撃ちされたのだと。


 負けを叩きつけられたのだ、と。


「ガーシス、メリナ、グレルゴス、トマスとかいう奴と、あとは誰だ。ゴーダルもか? くそ、わかんねえ……」


 ネタ晴らしされてなお、全容は見えてこない。

 

 ここまで来て彼はようやく理解した。

 いつからだと言われたら、最初からなのだろう。

 狙ったかのようにPKKが襲ってくる時や邪魔しにくる場面がいくつかあったがそれも当然だ。

 PK側の情報は内通者によってほとんど筒抜けだったのだ。


 イライラした気持ちのまま、ぐるぐる思考の沼に嵌る。

 どれだけそうしていただろうか。

 ふと男は時計を見て一時間経っていたことに気づいた。


「……ログインしてみっか」


 良くも悪くも指名手配されてデスペナルティにさせられたケースが今までなかったことを男は思い出す。


 SNSで確認はしない。

 自分の目で確かめなければ気が済まないのだ。


 もしかしたら、リスポーン地点にログインできるかもしれない。

 設定していたのは人目がつかない場所だ。

 ログインしたら、すぐに他国への移動を開始しよう。

 そしてリスポーン地点の更新をするのだ。


 先ほどベットに投げ捨てたVRヘッドギアを拾う。


 引退という二文字を脳裏に掠めたが、負けっぱなしは性に合わないし確認してもいいだろうと考えを改める。


 そのまま、男はゲームの世界へ再度飛び込んだ。





 彼がログインすると、そこは街の中だった。


「ルセス、じゃねえな」


 中世風の街並みだが、街と呼ぶにはいささか人の気配がなさ過ぎた。

 しかし、ゴーストタウンかと言われると少々綺麗すぎる。


「なんだありゃ……」


 遠くを見れば天高く、それこそ雲を突き抜けどこに続いているかもわからない巨大な塔がそびえたっているのが見えた。

 その巨大な建造物はファンタジーというよりも、どこか機械じみた光沢を放っており異物が間違って混ざってしまったのかのような違和感を覚える。


 男は装備を見ると自分が何も装備していないことに気づいた。

 初期装備でアバターに装着されているインナーシャツのようなものしか着ていない。

 アイテムボックスなどには何も入っておらず、武器もアイテムもスピルも何もない。

 キーアイテムボックスにかろうじてしまってあったいくつかのアイテム以外何もない。


 ゲーム開始時よりも酷いありさまだ。

 どうしてか苦楽を共にした<アルカナ>もいまだに姿を現さない。


「……数字?」


 そして、気が付くと男の目の前には大きく数字が浮かんでいた。


「67、68……64?」


 時間が経過するごとに数字は増減している。

 数字の横には、既定の人数に満たしていないというメッセージも併せて書かれているので、ログインユーザー数だと男はあたりをつけた。


「それよりも、だ」


 その数字を見ながら男は街の探索を続ける。

 気を紛らわせるためにはとにかくその場から動くべきだと考えたのだ。


 商品を置けるようなスペースがあるのに、なにも置かれていない露店。 

 店の中を見ればカウンターや椅子はあるのに、店員はおらず無機質な匂いが鼻腔をなぞる。


 周囲には人影もなにもなく、静寂に包まれていた。

 不気味な空間だと言えるだろう。

 突如世界から人だけがいなくなったのではないかと男は思わず錯覚した。


 動きがあるのは、男の目の前に浮かび上がっている数字だけだ。


「136……止まったか?」


 男がログインをして20分ほど経った頃か。

 数字の変化が止まった。






─システムメッセージ─

ログインユーザーが既定の人数を超えました。

現時点をもちましてログインユーザーに対し【囚人国デスゲード】のチュートリアルを開始します。

以降のログインユーザーは適宜チュートリアルを施行いたします。

転送まで5……4……3……2……1……





「……は?」


 視界の端にシステムメッセージが表示される、と同時に男はその場から姿を消した。













 視界が切り替わる。

 男は先ほど自分が見ていた巨大な塔のすぐそばにいることに気づいた。


「はぁ! テレポートか!?」


「なんだこれ?」


「ああん?」


 周りを見ると男は自分以外の人間がいることに気が付いた。

 一部は上半身裸だったり、機械の身体や獣人だったりと種類も人種も豊富なことから彼らもプレイヤーだということがわかる。


 インナーのみを着ているプレイヤーも多くおり、自分と同じように【賞金首】としてアイテムボックス内の道具を全てドロップしたのだろうと男はなんとなく理解した。


 自分だけではなかったという事実に、ほっと男は息をつく。


「お、おい! なんだあれ!」


 周囲がにわかに騒めく。

 そのプレイヤーが指をさした方を見ると、空中にスクリーンのようなものが浮かび上がっており……






『やぁ、こんにちは』






 その巨大なスクリーンに、ピエロのような仮面を被った人物が映し出された。

 人物と言っても首から下は見えず、仮面が宙に浮いているように見える。


 その異質な姿に、100名ほどのプレイヤーはざわざわと騒ぎ出す。


『私はゲームマスター。一応この囚人の国の国王ではあるが、気軽にGMとでも呼んでくれたまえ』


 電子音声のような声だった。

 そのピエロの仮面の人物はその場にいるプレイヤーの困惑した表情を見て小さく頷いた後、話を続けた。


『では、これより囚人国デスゲードにおけるルール説明を……』


「おい! さっさとここから出しやがれ! 俺を嵌めやがったあいつらをぶっ殺してやる!」


 ピエロが話しを始めようとするところに1人のプレイヤーが突っかかった。


 その男はカラブ帝国という国で自警団との争いに参加しており、その過程にて騙し討ちされるような形で【指名手配】されデスペナルティにさせられたプレイヤーだ。

 しばらくの探索の後、ここが完全に隔離された空間ということを理解していた。

 その上で復讐心に身を焦がし続けており、ようやくチャンスが来たと思い大きく声を上げたのだ。


 しかし、GMと名乗った人物はそれを無視し話を続ける。

 

『君たちは大なり小なり指名手配という過程を経て、あの世界から隔離されこの国に収監された。簡単に言えば囚人という区分になるだろう』


「うるせえ! 話を聞きやがれ! そのだっせえ仮面も外せよ!」


 先ほどと同様に、苛立ちを含んだ声を張り上げるプレイヤー。

 その姿はどこか滑稽じみていたため、その場にいるプレイヤーの何人か笑いを零す。

 そして、ピエロは何かに気づいたように会話を止めた。


『ふむ。せっかちなプレイヤーもいるようだが……そうだな。君でいいか』


「あん? なにを……」


『《ジャッジ》』


 ピエロの人物は何かを呟く。

 そして……


「ぐ、ぎゃあああああああアアアア!?」


 騒いでいたプレイヤーは炎に包まれ、燃え上がった。


「な!?」


 今まで面白半分に騒いでいたプレイヤー達は顔を引きつらせ、燃えた男を凝視している。

 10秒もせずに男は燃え尽き、そのままポリゴンとなって砕け散っていった。

 それは、あまりにも無法な対応といえるだろう。


『ようやく静かになったね。それではルール説明を続けよう』


 プレイヤー達の様子を無視し、スクリーンからの声は続く。


『先ほど言った通り、君たちは現在囚人国デスゲード所属の旅人。簡単に言えば囚人と言えるような立場にある。そして、ここデスゲードにはNPCは一切存在しない。君たちも街の中を歩き回って理解したことだろう』


 ピエロは、嬉々として話を続ける。


『次に今から君たちに素敵なプレゼントを送ろうと思う』


 ピエロが何かを操作するようなしぐさを取る、と同時にその場にいたプレイヤー全員の腕に腕輪のようなものが取り付けられた。


「また数字か?」


 その腕輪にはプレイヤーごとに異なる数字が刻まれていた。

 ルクレシア王国でのクラン戦に参加していた男の腕輪には『-691』と書かれている。


『その腕輪に記されている数字はいわば君たちの懲役年数のようなものだ。指名手配されリスポーン地点を失った段階で君たちのログと、指名手配した国の法やそのほか様々な要因によって定量的に算出されたものだね。その数字が0になれば晴れて君たちはこの囚人の国から釈放となる』


 それを聞いて、多くのプレイヤー達は2つの驚愕を抱いた。

 1つは、救済措置が残されていたこと。

 1つは、こんな年数を消化できるわけがないというもの。


『まぁ、焦らないでくれ。ちゃんと説明をするよ。まず、この囚人の国のルールについてだ。先ほど言ったようにこの国にはNPCは存在せず、スピルのような通貨は存在しない。その代わりに魔導機械による各種サービスと独自のポイント制度が導入されている』


 メニューの中にはスピルの代わりに、ピエロの言ったようなポイントであろう値が記されていた。

 最初は全員一律10の状態であるとピエロは補足する。


『今君たちに渡しているのは雀の涙にも満たない量だが、まぁいいだろう。このポイントを使用することで、装備を購入したり、各種サービスの品質を向上させたり、様々なことができる。世界中のグルメだって堪能可能さ」


 追加のスクリーンが浮かびあがると、そこには多くの装備が、数々の美食が、これでもかと映し出された。


『それこそ、懲役年数を減らしたりデスペナルティの1時間制限を短縮するような特殊なアイテムすらも購入できる。詳細については各自メニューで確認してくれたまえ。すでにアップデートは済ませてある』


 周囲はざわつく。

 ポイントさえあれば現実的ではない懲役年数すらも、減らすことができるというのだ。


『ポイントの貯め方は主に2通りある。まずは君たちの目の前にある塔。これはある種のダンジョンのようなものだ。この塔を中心にこの街には特殊なダンジョンがいくつか用意されており、そこで狩りをすることでレベルを上げたり、ポイントが手に入る。君たちの知っているダンジョンと違うところがあるとすれば、全てが共通エリアというところと、一日に出現するモンスターの数も階層ごとに決まっているというところだ。狩場の取り合いには注意してくれたまえ』


 その環境でしか、モンスターは出現しないとピエロは続ける。


『2つ目の方法の前に、独自ルールについても補足しておこう。レベル上げができる場所が少ないと不満を抱いた者もいるようなのでね』

 

 そして、ピエロは告げた。

 この囚人の国のイレギュラーなルールを。







『ここデスゲードでは、他のプレイヤーをキルすることにより経験値やドロップアイテム、先ほど言ったポイントの一部を他者から奪うことができる』







 空気が凍った。

 瞬時にその場にいたプレイヤー達は周囲を警戒し、お互いに距離を取り合う。


 当然だ。


 なんとなく理解はしていた。


 この場にいる大半はPK騒動の流れで【指名手配】されたプレイヤーであると。

 PKといういわばこの世界で殺しの道を選んだ者達であると。

 こいつらは、同類であると。


『君たちにとっては、非常にわかりやすいルールだと思うんだ』


 ピエロは笑う。


 この程度どうとでもないだろう、と。

 なんなら望んでいたのは君たちの方だ、と。


『徒党を組んでもいいだろう。ログインするタイミングを狙い撃ちしてもいいだろう。ここは囚人の国だ。無法の国だ。NPCも自警団もいない。囚人の国である。君たちの国である。故に君たちはある種の制限はあるものの、誰よりも自由と言えるかもしれないね』


 ピエロの言う通り、デスゲードという環境は様々な制限こそあるが、この場にいる大半にとっては非常にわかりやすいものであると言えた。


 そして、一部のプレイヤーはここまでの説明であることに気づく。

 これはある種の陣取りゲームであることに。

 各種サービスを受けられる場所も、ダンジョンも、どれだけ効率的に占有できるかが大きくポイントの集め方に影響するだろうことを。


『勘のいいプレイヤーもいるようだが、まだ終わりではない。正直言って、先ほど説明した方法で取得できるポイントは懲役年数の購買に必要なポイント数から見れば微々たるものだ。レベルが400にカンストした程度では、到底数百年、数千年分もの懲役年数を購入できるポイントは集まらないだろう。故にこちらも救済措置としてゲームを用意している。習うよりも慣れろというし、勇気のあるプレイヤーは一度遊んでみてくれ』


 スクリーンが追加で開き、映し出されたのは2つの浮遊島にかけられた数百メートルもの長さの橋のようなものだ。


『最初のゲームは題して【綱渡り】。地上3000メートルに位置する浮遊島にかけられた横幅50センチの鉄の橋を渡り切ればクリアだ。参加方法や報酬含めて詳細はメニューから確認して欲しい。もちろん妨害行為は許容しているし、ゲーム中にも先ほど言った独自ルールは適用されるよ』


 この場に集まっていたプレイヤー達は終わりが近いことを悟った。


『以上で、囚人の国のチュートリアルを終了とする。わからないことがあれば、各自街の中を散策し色々調べてくれたまえ』


 少しずつ肌を突きさす殺気がその場を包みこむ。

 チュートリアルで説明された内容は基本的なことばかりであり、とにかく情報を集める必要があるのだ。


 他者を出し抜く方法を考えていた者は気づいていた。

 その情報アドバンテージを得るためには、邪魔な連中がいることを。


 【賞金首】という過程を経て全てを失っていた者は気づいていた。

 都合のいいことに武器や防具を持っているカモがこの場にいることを。


 警戒の意味で武器や防具を装備をしていた者たちは気づいていた。

 その警戒によって自分の物資が狙われるであろうことを。


 戦いが好きな者たちは気づいていた。

 今から血で血を洗う凄惨な争いにひたすら興ずることができることを。


『今この瞬間を以てして、ありとあらゆる制限を解除した。<アルカナ>もジョブシステムも全て解禁だ』


 彼らの横には、いつの間にか<アルカナ>が佇んでいた。

 獣、竜、鬼、悪魔、主人と共に多くの血肉を食らってきたであろうキリングモンスター達だ。


『そうだね。私から一つ言えることがあるとすれば……』


 ピエロは笑う。


 徒党を組もうとする者。

 自分以外全員敵と判断する者。

 強者を見極めその加護下に入らんとする者。

 ただただ暴れたいだけの者。


 全て正しい。


 そして、多くの激情が、友情が、非情が、この世界を溢れんばかりに満たしてくれることを確信した。


 故に、囚人の国のこれからが楽しみだとピエロは笑ったのだ。






『よき殺し合いの日々を』






 それが合図だった。


「てめえらが先に死ね!」


 武器を振るう。


「お前が死ねやおらあ!」


 魔法が飛び交う。


「ま、待て! 俺は武器がないんだ! 協力を!」


「いいぜ、お前のポイントは俺が有効活用してやるよ!」


「ぐぎゃあああ!?」


 弱者を切り捨てる。


「ヒャハハハハハハ!」


「ギャハハハハハハハ!」


「やめろおおおおおおおお!?」




 獣が吠え、鬼は唸り、悪魔が笑い、竜は空を駆ける。




 無法、故に秩序はなく。




 無法、故に自由がある。




 今ここに、狂気をもってして凶器を制す囚人の国が生まれたのであった。

















 GMと名乗った存在は、囚人国との接続が完全に切れているか再三確認した後静かに息を吐く。


 それがいたのは、モニタールームとでも言うべき空間だ。

 GMと名乗ったそれを囲むように何十、何百ものスクリーンが宙に浮かんでいる。


 そこには囚人の国はもちろん、数秒ごとに画面が切り替わる形で世界各国の映像が映し出されていた。


『……電子音声解除』


 それは何故かメイド服を着ており、背中からは尻尾のようにいくつかの配線コードのようなものが飛び出していた。


「バッドステータス【緊張】の解除を確認」


 そしてそれはピエロの仮面を外す。


 すると、その仮面の下からは美しい女性の顔が顕になった。

 20歳ほどの人間に近い姿。肩ほどで切りそろえた藍色の髪と白い肌。

 どこから見ても人のようで、しかし、ところどころ無機質な質感を有す機械が覗いている。

 まるで機械人形と言うべきそれは、達成感に満ちた顔をしていた。


 彼女は小さな笑みを浮かべながら、ピエロの仮面をそっと優しく撫でる。




「それでは、ゲームスタートです」




 仲間たちから管理AI6号と呼ばれる存在は、静かに、嬉しそうに、なにかを嚙み締めるようにそう呟いた。

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次の更新の時まで読み返してて改めて思いましたがここの話!感想に書くのはあまりよろしくないのでぼかして書きますが、色々と想像がかき立てられてゾクゾクします。 感想欄でこの国の話題があまり出ないのも期待…
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