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第34話 灰と白の約束

□王都ルセス クロウ・ホーク


「……黒幕、だと?」


 俺は突如現れた少女の言葉に対し、思わず声を漏らす。


「私の<アルカナ>が自由にやったことだったんだけど、その責任は主人である私にもあると思うからね」


 すると、彼女は胸に手を当てそう答えた。

 責任は私にあります、といいたげな動きだ。


「王城に侵入したのは自分の意思でだろ?」


「あそこまでお膳立てされて、応えてあげないのはどうかと思うからね」


 彼女は参ったという風な顔をしながらそう答えた。

 だからお膳立てされても実行できるわけないだろというのは今は置いておこう。


 彼女は状況に流されているのではなく、自分の意思によってわざと流されることを選んでいるのだ。


「……つまりプレイスタイルを<アルカナ>に丸投げしていると?」


 そう聞くと、少女はまた拍手をする。


「す、すごい! またまた正解です!」


 話し方が、元に戻った。


「さっきも、推理小説を読んでいるみたいでハラハラしました! 犯人は一体誰なんでしょうって!」


「お、おう……」


 なにこれ?


 つっこんだら俺の負けなのだろうか。

 お前が犯人だ! って言ったらダメなやつかもしれない。


「あ、ふふふ。さっきといいよくわかるもんだね」


 また、話し方が変わった


「……そうあるべきだという行動はとってるけど、そのために動いているという意思が感じられなかったからな」


「ひどいなぁ。今はちゃんと持ってるよ?」


(自己陶酔、なりきり……演技か)


(メリナやゴーダルとは色々違うわね)


 さっきから話し方がコロコロ変わっているが、これは彼女にとってのロールプレイなのだろう。


(丁寧に話す方が素で、黒幕ぶった時の話し方が演技だな)


 ただ、色々拙いから緊張感を維持するのが難しい。

 黒幕を自称するなら、もう少し頑張ってほしい。


 とりあえずメリナと黒幕を変わってみないか?


「く、クロウ。通報したほうがいいんじゃないかな! さっきの兵士さん呼び戻したりとか」


 りんご飴が通報した方がいいのではないかと慌てたように話しかけてくる。


 ただ、おそらく無駄だろうな。


「そうだな。ちなみにいつからここにいたんだ?」


 確認の意味を兼ねて聞いておくとしよう。

 そうすると、少女は笑って答える。


「君たちよりも先にこの建物の中にいたのは確かだよ。日当たりがいい場所だから気持ちよくてついうたた寝しちゃってたんだぁ」


「え……」


 りんご飴はお化けでも見たかのような顔で少女を見ている。


 それは、街の兵士でさえも彼女の存在に気づいていなかったということに他ならない。


「ちなみに確認しとくけど、通報していい感じ?」


「いいけど、通報した瞬間に私は逃げちゃうよ。それでもいいならどうぞ」


「よーし! 兵士に通報はしないからもう少し俺たちと楽しくお話してこうぜぇ!」


「ほ、ほんとですか! 私、お話するの大好きなんです!」


 だから元に戻るなって……


 しかし、危うく逃げられるところだった。

 今はとにかく情報を集める必要がある。

 ついでに、準備も進めておこう。


「そうだ、りんご飴、ちょうどいいから俺が言いたかったことを今伝えるよ」


「え。ああ、さっき私に言わなければいけないって言ってたやつだよね」


「そうだ」


 今は時間を稼ぐことを優先する。

 目の前の少女も自分が関係する話であれば、付き合ってくれるだろう。


「こ、これはもしかして愛の告白というものですか!? ドラマみたい! すごい! 告白シーンを物陰から野次馬するの私の夢だったんです!」


 俺がりんご飴に話をはじめようとすると、少女はそんなことを……って。


「えっ! ク、クロウ!?」


「ちげえよ! お前も誤解を招くような言い方するな!」


 なにを言ってるんだこの娘は。


「どうぞ、続けてください。私のことはお気になさらずに……道端に生えている雑草とでも思ってください!」


「鼻息荒くして見学する態勢に入るな!」


「まだ私たち出会ったばっかだし。そもそもこれはゲームだし、私もクロウもアバターで……」


「りんご飴もだから違うって言ってるだろ!?」


「え、告白しないんですか?」


 少し残念そうに、不思議そうな顔でこちらを見つめる少女。

 まるで動きが読めない。


(なんなんだこれ……)


(もうめちゃくちゃね……)


 狙ってやっているわけではないのだろう。

 ただ、ひたすらに会話のテンポが崩される。


「はぁ、諸悪の根源が目の前にいる状態で話すのもなんではあるが、PKの問題についてはとりあえずこれでひとまず終息するはずだ。しばらくは戦争もPKもほとんどない平和が維持される、と思う」


「諸悪の根源……あ、私のことだね!」


「う、うん」


 俺はとりあえず話の流れを戻す。

 国内のPKの問題はこれで終息したし、すぐに国家間の戦争が始まるというわけでもない。


 しばらくの間は大きな騒動は起こらないと見ていいだろう。


「ただ、この仕様にも穴がある」


「穴?」


 そうだ。


「このゲームでは【指名手配】されて隔離されないプレイヤーはほとんどいない。だけど例外もあるのも確かだ。例えば、圧倒的な戦闘能力だったり、ひたすら隠密されて捕らえることができず逃げ切られる、とかな」


「あ、そっか……」


 そうだ、【賞金首】という制度も、【指名手配】という仕様も、潜り抜ける方法は存在しないわけではない。


 結局のところ、NPCや他のプレイヤーを跳ね除ける力があればいいのである。


 そして、りんご飴は謎の少女を見る。


 他のプレイヤーに一切の行動を悟らさず、いまだに名前すら確認できていないことも。

 王城に侵入しておきながら、一切バレずに逃げ仰せたことも。


 異常である。

 なにもかも異常だ。


 今、俺たちと会話が成立しているのは、彼女の気まぐれにすぎないのだ。


「一体お前は何をやらかしたんだ?」


「私? そうだね。たまたま忍び込めそうだったから忍び込んで、たまたま図書室らしきスペースに入ったら、なんか面白そうな本があったから一冊拝借しただけだよ」


 王城への侵入と、本一冊の窃盗か。


「だから、たまたまでできるわけねえだろ」


「だから運がよかったんだと思うよ。私もお城の中に入るの夢だったからね、つい魔が差しちゃったんだ」


 少女は楽しそうな笑みを浮かべる。

 そうだ、彼女はずっと楽しそうに話をしている。

 

 それこそ、なにか楽しい夢を見ているような……


「そうだね。そういう意味でいうと、これで良かったのかもしれない」


 そして、少女は俺の方に向き直り、言った。









「クロウは、この世界の秘密に興味はあるかな?」









 気配が、変わった。

 先ほどまでと同一人物とは思えない。

 どこかふわふわしていた時と違い、目の前の少女の何かが明確に切り替わったことを俺は理解した。


「……ないといったら、嘘になるな」


 ホームページで、露骨にこの世界には秘密が隠されているとか書いてあるからな。


 それはダンジョン。

 それは過去に存在したという古代文明。


 あのレイナのことだ。

 きっとなんらかのバックボーンを仕込んでいるのではないかと常々考えていた。


「それなら話は簡単だ。私と一緒に来ない?」


 そして、少女は俺のことを仲間に誘った。


「は?」


「え?」

 

「これもきっと運命だと思うんだよね」


 俺やりんご飴の不意を突かれたような顔を視界に収めながらも、少女の独白は止まらない。


「誰も見つけることができなかった私の存在を、最初に見つけだしたこと」


 歌うように、謳うように。


「たまたま私がいた場所で、私を見つけだしてくれたこと」


 私とクロウの出会いはきっと運命だと少女は言う。


「私の<アルカナ>が、最初に狙ったのがクロウだったこと」


 サービス初日に生まれた小さな因果。


「一つでも歯車が狂えば、この出会いはなかった」


 その因果によって、今この瞬間が訪れているのだと。


「だから、クロウ。私と一緒にこの世界の秘密を解き明かそ?」


 それはきっと、彼女にとっても大きな選択で……


 







「断る、俺はしばらくソロ専予定だ」


 その選択を、俺は容赦なくぶった切った。


「そっかー、残念だなー」


 微塵も残念ではなさそうに言いながら少女は椅子から立ち上がる。

 それどころか、断られたことが嬉しくてたまらないとでも言いたげな顔だ。


「それじゃ、そろそろ私はお暇しようかな!」


「あれ、楽しいお話はもう終わりか?」


 少し慎重に動きすぎたな、もう少し足止めをしなければならない。

 後一手あれば……









「うん。だって、クロウにあと一手あげたらこわーい兵士さんが来ちゃいそうだからね」








「え?」


(……嘘でしょ)


「……」


「すごいね。ちゃんと10割私のことを意識しながらメッセージを準備しちゃうんだもん。感心したよ」


 気づかれている。

 バレるような素振りは見せていないはずだ。

 視線も一切逸らさず、会話も違和感を与えず、身振り手振りも必要な時にしかしなかった。


「なんのことだ? 通報はしないってさっき言ったはずだけど」


「そうだね、兵士には通報しないって言ってたね、兵士には、ね?」


 しかし、俺の思考をよそに彼女はすべてを暴き出す。


「証拠でもあるのかよ」


 これは、ただの悪あがきだ。

 目の前の少女は確信している。

 俺がメッセージ機能で、メリナに連絡をいれ兵士を呼ぼうとしていたことを。


「えーと。『王城に侵入したプレイヤーを見つけた。可能なら鋼騎士を連れてきてくれ、無理そうなら兵士を大量に頼む。場所は猫カフェ一号店内』だよね」


「……おいおい、覗き見はよくないぜ。プライバシーの侵害だぞ」


 それは、俺がメリナに送ろうとしたメッセージだ。

 次のタイミングにでも送ろうとしていたメッセージである。

 一言一句間違いがない。


 メニュー機能は見せようとしない限り基本的に他人が覗き見ることはできないはずだ。


「なんでわかったのか、後学のためにも教えてくれないか?」


「体の揺れからあたりをつけただけだよ? 視線の動きで最初にメニューを開くタイミングはわかったから、あとはなんとなくかな」


 そして、少女は、笑った。


「共通インターフェースだから、ある程度はわかっちゃうんだよね。体の動きから逆算して、考えられる文字列を全パターン羅列して意味ある文章を割り出しただけだもん」










 これは、まずい。


 読み間違えた。


 このまま何も情報を掴めないまま逃がしてはダメなやつだ。


 目の前の少女は将来必ず何かをやらかす。


 国家間の戦争なんていう運営の想定を、俺たちの想定をはるかに超えるなにかをやらかす。

 

 今、確信した。


 逃がすな、考えろ烏鷹千里。


 目の前の少女の情報を一つでも……


「攻撃? やめておいた方がいいよ。私のリスポーン地点を割り出せてない時点でそれは悪手だ。そもそも【大結解の宝珠】があるんだよ?」




「私にPKフラグは立ってないから、通報され損かもね」




「無傷で制圧する? 能力の詳細もわかっていない相手に? できるのかな?」





 すべてを、封じられた。


 いや、あるはずだ。


 目の前の少女との会話を全て思い出せ。


 必ずあるはずだ。


 ウィークポイントが。

 

 彼女は俺に、この世界に何を求めている。


 目的とはなんだ。


 ありとあらゆる情報を、記憶を、感覚をすべてを使え!


 捻りだせ!!











「──()











「それじゃばいばい。またどこかで会おっか!」


 少女は店の出口へ向かい。


「……えーと、これはなにかな?」


 そして、彼女は足を止めた。


「フレンド登録申請だよ、知らねえの? 許可を押すとフレンドになれるの。あ、ぼっちだったか!知らないのかそっかぁ、ごめんね、気使ってあげれなくて!」


 俺は煽る。

 いつも通りに。


「だれがぼっちだって?」


「お前以外に誰がいるんだよ。まさか、サービス初日からプレイしておいてフレンド1人もいないとは思わなかったわ。ごめん、俺のフレンドリストはもう10人ぐらいいるけど、そっちは0人だったかあ」


「あは、そんな挑発に私が」


「逃げるのか?」


「逃げるよ、私も別に捕まりたいわけじゃないからね~」


 知っている。

 彼女はこれが乗せるための煽りと理解している。

 馬鹿でもわかる簡単な煽りだ。


 事実、彼女は先ほどまでとは一変、どこか俺に対し期待外れというような雰囲気を纏い始めた。







 俺の予想通りに。

 






「だから、楽しもうぜ、極悪人。これはゲームだ。 俺達と楽しい楽しい鬼ごっこをしようじゃないか」


「……鬼ごっこ?」


 そして、少女はこちらに振り向いた。


「極悪人、ですか?」


「ああ、どっかの映画に出てくる極悪人だな。PK騒動を巻き起こし、王城に忍び込み、窃盗を行い逃げ延びようとしている極悪人だ」


「これが、鬼ごっこ……ですか?」


「ああ、俺が鬼で、お前が逃走役だ。世界中の子供たちが大好きな鬼ごっこだよ」


「私が極悪人で、鬼ごっこ……私が……」












 そして、システムメッセージにフレンドが登録されたという表示がされた。










「ふふ、あはははははは! いいね! すごい! 面白い!」


 フレンド登録をすると、名前が登録される。


 つまり……


「いいよ、クロウが鬼役ね!」


「それじゃあステラが逃走役な。タイムリミットはステラが世界の秘密を暴くまでに捕まえることができるか。10秒数えたらゲーム開始だ」


「あはははは! 私逃げるから! 絶対絶対に捕まえに来てよね!」


「俺の座右の銘は目には目を、歯には歯を。当然追い詰めて刑務所に叩き込んでやるよ。残り5秒だ」


「約束ですよ! 私、待ってますからね!」








 10秒を数えた瞬間、少女はその場から跡形もなく消え去っていた。








「はは、まじでわかんねえ」


 《気配感知》には何の反応もない。

 彼女がどこに行ったのか、魔法を使ったのかスキルを使ったのかも理解できない。

 フレンド状態はログインだ。 

 つまり、ログアウトで逃げたわけでもないと見ていいだろう。


「クロウ、ステラって……」


「あのプレイヤーの名前だよ」


 俺がなんとかひねり出した結論は、彼女はきっと悪に憧れを抱いていた、というものだ。

 そして、恋愛の野次馬をしたい、そんなとりとめのない願いも持っている、とも。


 だから、煽った。


 映画、極悪人、鬼ごっこ。


 ほとんど賭けだったが、なんとか彼女の琴線に触れることができたらしい。


 俺のフレンド一覧の中には、先ほどまで存在していなかった、新しい名前が追加されていた。





─システムメッセージ─

フレンドリストに【ステラ】が登録されました。





「とりあえず、メリナやガーシスと相談かなぁこりゃ……」

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