エピローグ③ されども悪意は消えず
今回の更新はこれにて終了です。
人類未到達区域。
探索推奨合計レベル400を超えるとされる危険な魔域を始め、環境要因、過酷な生態系など人類が生存圏を確保できない領域はそう呼ばれる。
その1つ、ノースタリアにおける最北端に位置する魔域<絶氷山脈>と呼ばれる場所の奥地にその男はいた。
ボロボロの外套を身に纏い、刃が剝き出しの大剣を壁に立てかけじっと静止している。
その容貌はまるで冬眠中の熊であり……両目を閉じていた獣は目を開く。
そこにはだらっとした茶色のローブを着流した黒髪の男がいた。
「こんなところにいたのか、探したぜ」
その場所に訪れたのは【荒らし屋】と呼ばれる存在だ。
そのまま旧知の友人との再会を喜ぶように親しみを込めて話しかける。
『……GURU』
空には一頭の黒竜が控えていた。
何が起こってもすぐに友を助けられるように。
「【荒らし屋】、か。よくぞ、おれの前に顔を出せたものだ」
男は大剣を手に持ち立ちあがる。
その背丈は2メートルはあろうか。
絶氷の地だというのに肉体からは溢れんばかりの熱量が放出される。
「悪かったな。ただ、こっちとしても先代【霜将軍】を殺せるあのタイミングを逃す手はなかったんだ。【界匠】の介入も防いでやっただろ? もう数年も前のことじゃねえか。水に流してはくれねえかい?」
「言い訳はそれだけか? おれはもとより両方を相手にするつもりだったのだ。それに、おのれとは一度死合おうてみたかった。渡りに船とはまさにこのこと」
それすなわち臨戦態勢。
「待て待て、こっちはやり合うつもりはねえ」
「ならば死ぬがいい」
「今回は耳よりの情報を持ってきたんだ。話だけでも聞いて行かないか?」
「……ほう、耳よりの情報か」
【荒らし屋】の説得を受けて、男は大剣をゆっくりと下に降ろし……
「ああ、そうだ」
「そうか」
そのまま勢いよく薙ぎ払った。
「がッ!?」
大剣の面が振り抜かれ、【荒らし屋】は一瞬にして数百メートル以上も弾き飛ばされた。
そのまま空に控えていた黒竜に受け止められる。
「相変わらず冗談が通じねえな」
【荒らし屋】は折れた左腕を揺らしながら、やはりこうなったかとため息を吐く。
黒竜は友を背に乗せ空を旋回しながら大地に立つ男を見据える。
【超越種】<冥轟竜ウォルディア>と定義された存在は最大限の警戒を対象へと向けていた。
「呵々ッ! よかろう! 話は聞いてやる! それまでにおのれが死ななければな!」
【荒らし屋】は近づき男へ不満を伝える。
「おい、死んだらどうしてくれるんだ!」
「安心するがいい、その話とやらが面白ければ生き残れるぞ?」
「安心できる要素が1つもねえんだよなぁ……ん?」
「どうした」
「いや、どうやらついさっき【盗み屋】の奴が死んだらしくてな。残念だ、あいつには期待してたんだが……どうだ、ここはひとつ共通の故人を偲ぶってのは」
「そうか、あの生意気な小僧が死におったか…………で?」
大地が爆ぜ、瞬きする暇もない速さにて黒竜の懐へと到達。
当然のように空の面に立った男は口を開く。
「おのれはおれにどのような話を提示するのだ」
「戦いさ」
殺意の伴った問いかけに対し【荒らし屋】は笑顔で答えた。
圧倒的な脅威を叩き落とさんと黒竜の腕が高速で振るわれる。
己が命を奪い去らんと迫る一撃に対し、男はただ大剣の刃を向けた。
「……リューク!」
それは、警戒を伝えるためのもの。
その警戒が正しいものであることを証明するかのように大剣を持った男はただ一節を呟いた。
「──《忘却》」
刹那、世界が燃え上がる。
剣先からは破壊の奔流が放出。
それは振り抜かれると共に地面から空、全てを薙ぎ払った。
圧倒的な熱量によるものか氷は溶け大地は融解しぐつぐつと赤褐色に染め上げられる。
周囲の山々を抉り取るような大きな傷跡が刻まれ、絶氷の地はあっという間に灼熱の地獄と化したのだ。
「呵々ッ! 実によいではないか! 戦い! 闘争ときたか! 演出家は、もしやおのれではあるまいな! 【荒らし屋】よ!」
一瞬にして周囲一帯の地形を破壊しつくした男は実に愉快であると。
空に逃れた者達に届くほどの笑い声を張り上げる。
「そのもしも、さ。俺の趣味に実害が出たんでね。今回は少しばかり本気で動こうと思ってる。【隠し屋】の奴には既に話は通してある。【殺し屋】もおそらく乗ってくるはずだ。【仕立て屋】は今探している途中だがな」
「そうかそうか! あ奴らにも声をかけているのか! 実に! 実に面白い! であれば、それまでおれは何をしていればいい? ただ、待ちぼうけというのもつまらんぞ」
「そうだな……お、ちょうどいい情報が入った」
国際指名手配犯【盗み屋】は討たれた。
「どうやら、【盗み屋】の奴は旅人にやられたらしい」
「旅人……彼方の地より訪れし異邦人共めか」
「ああ、見た限りお前、ずっと眠ってたんだろ? この数ヶ月で世情もだいぶ変わったんだ。冒険がてら、つまみ食いでもしたらどうだ? その間に、こっちも準備を進めるからよ」
悪意の一つは世界から消失した。
「だが、その者らはおれを楽しませてくれるだろうか?」
「どうだろうな。ただまあ、こんなところで暇してるよりはよっぽど刺激的なのは間違いないだろうぜ。旅人はわんさかいやがるからな。一人ぐらいは、お前も満足できるやつがいるだろうさ」
されども、悪意の炎は。
「──なあ【壊し屋】」
消えることなく灯り続ける。
To be continued……




