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第32話 終幕を告げる剣

□モコ平野 クロウ・ホーク


 【指名手配】。

 それはその国からの事実上の追放宣言だ。


 【指名手配】された国のリスポーン地点は使用できなくなり、他の国に逃げ延びリスポーン地点を更新する。もしくは登録していない限り、デスペナルティになった際に復活できる場所をプレイヤーは失う。


 復活できる場所の喪失という条件により、再度ログインした時に別サーバに存在する囚人国家デスゲードに送られるというものだ。


 黒い逆三角形で示されたプレイヤーの数は9人。

 いくつかのパーティが結託してことを起こした、ということだろう。


「お、おかしいだろおおおおお!?」


 そして【指名手配】された男の絶叫が響いた。

 同時に他の【指名手配】されたプレイヤーも殺気立つ。


 NPCは参戦しないからと煽られ、参加したら実は主要メンバーはNPCと自警団と裏で結託しており全員が裏切者で、嵌められるような形で別サーバへと隔離されようとしている。


 それが許せないのだ。


 俺達はあくまで仕様で許されていたから遊んでいたにすぎない。


 その言い分のもと、きっとNPCにも手を掛けたのだろう。

 プレイヤーと同じように。


 彼らに。

 いや、俺たちにとってこの世界はゲームなのだから。


「メリナ……?」


 そんな彼らの下へメリナが歩みを進めた。

 【鋼騎士】もガーシスも静観を貫いている。


「許せない。そう、私のことが許せないのね」


「そうだ、裏切りやがって。何が楽しくやりましょうだ!」


 あたりからも【指名手配】されたプレイヤーの怒りの声が聞こえてくる。


「そうよね、あなた達はただゲームで遊んでいただけ。ゲームの仕様でPKできるからしていただけだものね」


「そうだ!」


 メリナは、あなた達は悪くないという。

 その通りだと【指名手配】された男は叫んだ。


「その通りよ、あなた達は悪くないわ。悪いのはプレイヤーやNPCに危害を加えられるような仕様を残した運営かもしれないわね」


「その通りだ、俺らは悪くない!」


 メリナは悲しそうな顔で【指名手配】されたプレイヤーに語り掛ける。


 《噓感知》も反応しない。

 メリナは本心で、【指名手配】されたプレイヤー達は悪くないと思っている。


 こんな結末を許したくないのだろう。

 最後のチャンスだと思い、【指名手配】されたプレイヤーは叫んだ。


 メリナの言う通り俺たちは悪くない、と。


 彼女が嘘をついていないという事実に可能性を見出し、声を張り上げる。


 しかし、それは罠だ。

 その程度の浅知恵では彼女の毒牙から逃れることはできない。


 そして、メリナは笑った。


「ええ、その通りよ。それなら、あなた達が【指名手配】されて隔離されるのもゲームの仕様の範囲内よね」


「……え」


 詰みだ。


 もう、どんな理論で武装しようと彼らに勝ち目はない。


「そもそも【指名手配】されるのにも条件があるのよ? あなた達はその加護下から自らの手で抜け出したの。誇っていいのよ?」


 メリナは先ほどまでの悲しそうな顔から一変、嬉々として話し出す。


 当然《噓感知》は反応しない、彼女は本気で【指名手配】されたプレイヤーは悪くないと思っており、その上であなたたちを隔離すると笑顔で話している。


「そもそも、これはゲームよ? 何をそんなに本気になってるのかしら?」


「そ、それはこの世界があまりにも現実みたいで……」


「あら、現実のような世界だからPKして悦に浸りたかったのね? 酷い人ね」


「ち、ちが!?」


「違う? 本気でゲームをしてないってこと? 私の演説を聞いて参加しておきながら、よく俺は適当に遊んでますと言えたものね。私も舐められたものだわ」


 今、そのプレイヤーを追い込んで悦に浸っているお前が言うな。

 PKをノリノリでやってたお前が言うな。

 メリナのことを知っている全てのプレイヤーがそう思ったはずだ。


 ユティナとかもうドン引き通り越して恐怖で震えて泣いてるぞ。

 教育に良くないので、彼女には何も見ないように言っておく。


「ゴーダル、あの女こそさっさと【指名手配】して隔離したほうがよくないか?」


「非常に残念だが、【指名手配】になるには条件がある。メリナ含めて俺たちには結局知らされてねえが、ここまでくれば馬鹿でも最低限の仕様ぐらいは理解できるだろ」


 ルクレシア王国所属のNPCの殺害、もしくはそれに準ずる行為。

 少なくとも、それがルクレシア王国から【指名手配】される条件の一つだ。


「あれだけPKしておいて【賞金首】にすらなってねえ女だ。ハラスメント判定を受けて大人しくしてると思ったら楽しそうにPKを切り捨てる作戦に参加してきた女だ。ゲームのデッドラインを一番理解してるのは間違いなくあいつだ。綱渡りさせたら右に出るやつはいねえ」


「自覚がある分タチが悪いな。狙ってやってるから抑えようがないし、国益になってるから止める理由もない。自称悪の女スパイと言うだけある」


 そのまま、メリナはおぞましいほど蠱惑的な笑みを浮かべた。


「あなた達9人のおかげで、この国には前例と最低限の秩序が生まれるわ。ありがとう、私たちのために犠牲になってくれて」


 【指名手配】されたプレイヤー達は今にもメリナに襲い掛かりそうな雰囲気だ。

 彼らの<アルカナ>も主人に倣い攻撃態勢に入っている。


 あれだけ煽られておきながらもまだ攻撃していないのは、兵士と自警団に囲まれてる現状を理解しなんとか理性を保っているだけだろう。


「ただ私も鬼じゃないわ。そこで一つ提案をしたいの。あなた達にとっても悪くない話よ?」


 メリナは、まだ助かる道はあるという。

 それを聞いて、【指名手配】されたプレイヤー達は虚を突かれたような顔をした。

 本来ならばなかった可能性を、メリナは用意したというのだ。


「先ほどあなた達を【指名手配】に任命した【鋼騎士】アレクセイ・バートンとの決闘。それで、あなたたちが勝利したのなら【指名手配】は取り消すし不問にすると約束を交わしておいたの。これが契約書よ。もちろん無条件破棄なんていう無粋なものは存在しないわ。私、頑張ったの。あとはあなたたちの署名で契約は成立よ」


 メリナが提案したのは【指名手配】された9名と【鋼騎士】アレクセイ・バートンによる決闘だ。


 全員同時でよく、今から回復していいし、他のプレイヤーから装備を借りるなりバフをかけるなり準備をしていいというものだ。


 しかも、【鋼騎士】に勝ったのなら、正式にルクレシア王国がバックにつくことも保証している。


 それは一筋の光明だ。


 騎士団長とはいえ兵士1人を9人で囲んで倒せばいいのだ。

 <アルカナ>も加えたら18対1だ。


 そこに可能性を見出し、彼らは希望を抱いたのだろう。

 先ほどまでとは打って変わりやる気に満ちている。


 しかし、さっきゴーダルから聞いた情報を俺は知っている。

 まだ表には知らされていない、一部のプレイヤーしか知らされていない情報。









 国家最高戦力【鋼騎士】の合計レベルは800を超えている。









「ゴーダルこれって……」


「国家最高戦力とはどういったものかのデモンストレーションだな。今までは他国を牽制するために一部情報は隠していたらしいが戦争の形式が変わったから大々的に宣伝することにしたらしいぜ。国家最高戦力はいわばその国のアピールポイントだからな」


 プレイヤーの大量流入により間違いなくこの世界の戦争の形は変わる。

 少なくとも一般の兵士などのNPCが最前線に立つ機会は減るのではないかと俺たちは考えていた。

 NPCと仲がいいか、PvPやGvGといった闘争に興味あるプレイヤー間同士の争いに少しずつ推移していくだろうと。


 そのための契約書であり、そのために多種多様な戦争の形式が用意されているのだ。


 当然国はプレイヤーのために報酬なども用意するだろう。


 しかし、合計レベルの上限が並のNPCをはるかに凌駕し、俺達プレイヤーですら届くのかわからない国家最高戦力はその限りではないということだ。


「所詮NPCだ、兵士の平均が150とか200とかだろ? 合計レベル300ぐらいなら行けるはずだ」


「厳しい戦いになる、が可能性は0じゃねえ。状態異常持ちは積極的に仕掛けろ」


「俺の<アルカナ>は麻痺を付与できる。少し準備に時間が掛かるから守ってくれ」


 思い思いに円陣を組み小さな声で作戦会議をする【指名手配】達だが、その声は俺たちに筒抜けだった。


「……そういうことか」


「さすがに俺もわかったぜ」


 ここまでくれば、カラクリはわかった。


 おそらく【高位指揮官】のスキルだろう。

 はっきり声が聞こえる理由はなんだろうと思っていたが、俺たちは最初から《陣営指揮》により【高位指揮官】レリーブの指揮下に入っていた。


 つまり、指揮下にいる対象の声を伝達するスキルがあるということだ。


 色々制限はあるのだろうが、部隊行動を支援する【指揮官】のさらに上のジョブというだけある。


 それに気づいたプレイヤーは、【高位指揮官】レリーブの方をちらりと見る。


 そして、口の前に「シーっ」と人差し指を立て、黙っててねとレリーブからお願いされてすぐに視線を逸らした。


 もちろん俺もゴーダルも既に視線を外している。


 上級職はまだまだプレイヤーが知らないスキルや情報、仕様で溢れている。


「狡猾だな」


「クロウも負けてねえさ」


「褒めるなよ、照れるぜ」


「……褒めてないわよね」


 ユティナがようやく復帰したようだ。

 メリナがよっぽど怖かったのだろう。

 まだ震えているが、最低限会話ができる状態にはなったらしい。


「この場を整えたのはメリナなのよね」


「そうだ、いい宣伝になるとか言ったんだろうぜ」


 国家最高戦力の戦闘シーン。

 契約書は破棄しているため【指名手配】されたプレイヤーが映る一部は現実に出力できないだろうが、きっとこの戦闘シーンは録画といった形で広がるだろう。


 俺もなんとなく録画モードを回しておく。

 そして、ゴーダルはアイテムボックスからとある魔道具を取り出した。


「ゴーダル、いいもん持ってるな。俺も欲しいと思ってたんだよ」


 購入したのは知っていたが、PK側にいたゴーダルと会わないようにしていたからな。


 実物を見るのは初めてだ。


「いいだろ? この魔導カメラ。一番安いのを買ったんだが、意外とハマっちまってよ。今度もうちょっと高いのを買うのを予定しててな。中古でよければ安くしとくぜ?」


 1番安いと言っても15000スピルぐらいだった記憶だが……


「賭け試合でもやってたのか?」


「おう! メリナにもう少しPKらしく立ち振る舞えって言われたからな。スピルを賭けたダーティーな戦闘狂PKムーブかましておいたぜ!」


 それはそれでPKというよりは決闘者だと思うのだが、今となっては些細なことだろう。


「安くすると言ってくれた手前悪いが、マイカメラは自分で新品を買うに限るだろ」


「はっ、ちげえねえ」


「もう始まるわよ」


 いつの間にか準備が整っている。

 【指名手配】されたプレイヤーたちは疲れてはいるのだろうが気力全開といった様子だ。


 付き合いのあったPKクランのメンバーのバックアップにより多くのバフスキルをその身に宿し、絶対に勝つという気概を感じる。


 それに対し【鋼騎士】は何もせず立ったままだ。

 剣を抜いてすらいない。


 その決闘の場を囲むように、他のプレイヤーやNPCは遠巻きに思い思いに散らばっている。


「これなら問題なさそうですね。それでは両者構えてください」


 レリーブは声をかける。

 そして……


「これより【鋼騎士】対【指名手配】9名の決闘を始めます……試合、開始!」


 決闘が始まった。


「《暴風剣(ストームソード)》!」


「ガルガラ、叫べ!」


「《創造土兵クリエイト・アースゴーレム》!」


「《アイススパイク》!」


「《チャージスラッシュ》」


「ギャオオオオオオッ!」


「《風刃(ウィンドカッター)》!」


「《ステゴロ》!」


「キュロロロ……」


「《フレイムピ」















 ────キィ……ン















 瞬間、9人の【指名手配】されたプレイヤーと<アルカナ>全てが、ポリゴンとなって砕け散った。


「は?」


「えー、【指名手配】側9名の死亡が確認されましたので、この試合【鋼騎士】アレクセイ・バートンの勝利です」


 レリーブによって勝者の名前が静寂に包まれた戦場に響き渡る。


「……なにあれ」


「え、終わり。嘘だろ?」


「何が起きたんだ!?」


 試合が終わったと言われたからか少しずつ、周囲が喧騒を取り戻す。


 【鋼騎士】に動きはない。

 いや、剣の位置が少しずれている、気がする。

 いや、ずれてるか?


「もしかして剣を抜いた、のか。そして斬った……?」


 わからない。


 圧倒的だ。

 目に見えて大きな技が繰り出されたのなら、まだ納得がいった。


 しかし、そもそも技が繰り出された形跡がない。


 高速で移動したなら何らかの衝撃があってもおかしくない。

 斬撃を飛ばしたというのであればあまりにも静かだ。


「物理法則って型に縛られてる俺が悪いのかもな……」


 あまりにもファンタジーすぎる。


 【鋼騎士】にとってはただの通常攻撃。

 いや、攻撃であったのかすら疑わしい。


「何か見えたのか」


「見えるわけねえだろ、途中耳鳴りみたいな音が聞こえたぐらいだ。ゴーダルは?」


「俺もだぜ。タネはあるんだろうが意味がわからん。スキルかもしれねえしただの身体能力かもしれねえ」


 そう言いながらも、ゴーダルは獰猛な笑みを浮かべる。

 かという俺も、同じような顔をしていた。


 この世界の最上位の戦いはそういう次元だということを理解したからだ。


 その身一つで超常の現象を引き起こせるのだ、と。


 周りを見ると、残った【賞金首】達やPKクランのメンバーはその場に崩れ落ちていた。


 これに勝つのは不可能だと悟ったのだろう。


 掃討作戦が実行されるということは、あの国家最高戦力と敵対するということに他ならないからだ。


 ここにいないPKクランのメンバーにもすぐに広がることだろう。


「残りのPKクランのメンバーは、通報状態の取り消しをしたいのであれば私たち自警団が一時的に協力しよう。今ここにいないPKにもちゃんと伝えておいて欲しい。ここまできて、今後もPK活動を続けるという気概があるプレイヤーがいるなら、今ここでデスペナルティにしてあげるから安心してほしい。それをもってして、掃討作戦の実行を執り行う」


 トマス・E・リッチフィールドが最後にそう告げた。

 それが、ルクレシア王国で起きたPK事件終了の合図だった。


⭐︎


 クラン戦参加プレイヤー総数192名。 

 自警団クラン【ヴァンガード】98名

 PKクラン【マッド・マーダー】94名


 うち討伐隊やNPCと内通していた主要メンバー3名を中心とした13名を除外。

 【指名手配】されデスペナルティになりデスゲードに隔離されたのが9名。

 【賞金首】及び【賞金首】候補のPK72名、別動隊として活動していたPKクランの工作員38名合わせて110名。


 以上をもって、ルクレシア王国で活動していた【賞金首】及びPKは事実上のPK活動の停止が確認された。


 国と敵対すると【指名手配】され隔離される。


 そんな前例だけを残し、ルクレシア王国を騒がせたPK事件は終わったのである。

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[一言] 全ての作品と更新に感謝を込めて、この話数分を既読しました、ご縁がありましたらまた会いましょう。(意訳◇更新ありがとな、また読みに来たぜ、じゃあな!)
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