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第3話 はじめての散策

□王都ルセス 中央広場 クロウ・ホーク


 気が付くと俺は、噴水を中心とした巨大な広場に佇んでいた。


 ──なんだ、これは?


 動くことができない。

 いや、あまりの衝撃に動けないというべきか。


 人々の喧騒が聞こえる。

 肌に風が吹きつけ、おいしそうな匂いが鼻腔(びこう)をくすぐる。

 周囲を見ると目まぐるしく人々が行きかっており、緊張と興奮からか腕には鳥肌が立っている。


 ただここにいるだけなのに恐ろしいほどの情報量が五感を刺激する。

 なんとなく頬をつねってみたら、現実と似たような痛みの感触が帰ってきた。


 抑えようと思っても興奮が収まらない。

 今この瞬間に理解した。

 俺が幼少期から夢見たゲームが正にここにあったのだ、と。



 この風景はあの白い空間で見た景色の中にもあったので、どうやらここがルクレシア王国の王都ルセスであっているらしい。


「……おい、おい! あんた大丈夫か」


「え」


 どうやら声を掛けられていたようだ。

 声をかけてきていたのは甲冑に身を包んだ、いかにも兵士といった風貌の男だ。

 だが不思議と圧を感じない。

 彼からなんとなく伝わる人柄の良さによるものだろうか。


「大丈夫です、すみません。ご心配をおかけしたみたいで」


「いや、問題ないならいいのよ。その右手、あんたも旅人か?」


「あんたも?」


「さっきからこの広場で何人か惚けてるのさ、ほれ」


 兵士が指を刺したほうを向くと、確かに先ほどまでの俺のようにぼーっと立ってる人たちが何人かいた。

 カタログにあった初期装備をしてるところから見て、俺と同じ新規のプレイヤーなのだろう。


「昔からたまに来てたんだが、さっきから異常に見かけるようになってな。これはおかしいぞと巡回ルートの調整とか大急ぎでやってるんだよ。声をかけてるのも注意散漫な状態で突っ立ってるのは危ないからだな。ここは広場の一つだけあって相応に広いが一応な!」


「それは、ご迷惑をおかけしました」


「いや、大丈夫ならいいさ。それじゃ俺は他にも声をかけてくるから、達者でな!」


 そのまま兵士は去って行った。


 どう見ても生身の人間にしか見えなかったけど、この国にずっと務めてるような話し方だった。

 兵士にしては堅苦しくなかったように思えたが、敢えてラフに話しかけることでこちらの緊張を解いていたようにも見える。


「今の人もNPCかよ、すっげぇ……」


 どんな高性能のAI積んでるのか皆目見当もつかない。

 恐ろしくリアルだ。


「とりあえず移動するか」


 広場を離れ、人が少ないところで道の端に寄りメニューを開く。

 ゲーム内の現在時刻は朝9時頃のようだ。

 横に小さく現在の日本の時刻も書いてある。


 簡単なチュートリアルの説明に従い、機能を確認していく。


「マップ機能は、これか」


 マップを開くと現在地と王都周辺の簡易マップが表示された。

 王都は城壁に囲まれており、南門、西門の先が初心者向けの狩場で東門は街道として他の大きな街につながる道が舗装されているらしい。


 北門の先は少しレベル帯が高くなっているそうだ。

 親切に推奨合計レベルも書かれているが、情報としてはそこで終わりだった。

 貴族街や王城についても載っているけど、いったんは無視でいいだろう。


「世界地図まで広げると全く情報が載ってないし、これは現地に行ってマップを開放するかアイテムボックスみたいに地図を購入する感じか?」


 続けてメニューで今のステータスと所持品、ヘルプやフレンド機能といった設定の内容を確認していく。


 その設定の中に痛覚設定がありOFFになっているのを見つけた。

 痛覚と触覚の判定は別なのだろうか。

 疑問に思い肌をつねると鈍い痛みが帰ってくる。


 次は試しに爪で指先に対し軽く力を入れて切ってみると、血の代わりか赤いポリゴンが浮かび上がり、先が太い針を押し付けているような微妙な感触が返ってきた。


 親不知を抜く時に麻酔してるときのような、何とも言えない感覚だ。

 感覚はあるけど痛みはない、なんとなく別判定だということは理解した。

 どうやら、項目としてあるだけで基本的にONにすることはできないらしい。


 メニュー確認も終わり最初に何をするかだが……


「よし、まずは市場の確認だな」


 金銭の価値の確認もあるが、なにより味覚の確認をしたかった。

 さっそく、近くの焼き鳥のようなものを売っている店主に声をかける。

 メニューを見ると兎肉の串焼きと書いてある。


 システム補正によって日本語で表記されているように見えるらしい。

 5スピル、日本円でおよそ50円を支払い1本購入し、頬張る。


「……肉の味がする」


 照り焼き風味の味付けがされているようだ。

 リアルではある意味で食べ慣れた味だ。

 鶏モモ串に近いだろうか?

 決して珍しいものでもない。


「……はは」 


 しかし、そんな当たり前をどれだけ待ち望んでいたことか。

 俺はずっと、待っていたのだ。


「は、ははははは! 本物だ! ははははははははは!」


 俺は狂ったような笑い声を上げ、抑えきれぬ衝動のまま駆けだした。



□王都ルセス 南通り沿い 市場


「買いすぎたな……」


 俺は右手にはトウモロコシのような穀物を、左手にはパンに兎肉のソーセージを挟んだフランクフルトを持ち、アイテムボックスのリストに並ぶ多種多様な料理の名前を見ながら、自らを戒めた。


「スピルの無駄遣いしてる場合じゃねえぞ……んぐっ、うん。うまい!」


 そう、美味(おい)しいのだ。

 味覚はもちろん食感も完全に再現されている。

 

 ヘルプを確認するとこのゲーム、空腹値というものはなくいくらでも食べることができるらしい。

 無限に食べても太らない全人類の夢のゲームが今ここに生まれてしまったのだ。

 なお、スピルは消費するので金策をしないとじり貧になる模様。


 こうなってくると現実に戻った時が怖い。

 食事は栄養食品で適当に済ませて、こっちで食事をする生活にしてしまうかもしれない。

 他にも美味しそうなお店もちらほらあったのだ。

 そうなると、リアルな肉体の満腹中枢を刺激するのか気になるな。


「いや、たしか……下手したら栄養失調になるから、そこら辺は現実にフィードバックされないように厳しく制限されてるんだったか?」


 そんな法律があったなと、少し昔の記憶を思い出す。

 あれは、<ゲテモノファンタジー>と呼ばれている完全没入型VRゲームをしていた時のことだ。


 モンスターを倒し、ドロップしたアイテムを料理して食べられる夢のゲームだという話を聞いた時は胸を躍らせたものだが、実際にはすべてゴムの味がするという欠陥仕様のゲームだった。


 ゴム味のカレーやゴム味のステーキと、まともに食べられたものではなかったが、ゲームの中で満腹感は得ることが出来、どうなってるのか調べた記憶がある。


 <Eternal Chain>の前に発売されていたVRゲームの中では珍しくPvE含めて戦闘の面で環境が整備されており、バグも多かったが一応PvPできる程度にはアクティブユーザーがいたのだ。

 闘技場ランキング上位限定報酬のゴム風味の高級焼肉の何とも言えない不味さは今でも覚えている。


 今思うと、料理や味覚なんて言い出さず、PvPを売りにしていればもう少し人気は出たのだろうが、結局悪評は払拭されず人気は低迷したままサービスが終了してしまった。


 それより過疎っている<グランドマジックオンライン>はいまだに続いているのに、どうして……


 話を戻そう。


 <Eternal Chain>はいくらでも料理や飲み物を摂取できる代わりに、効果のある食事アイテムや回復アイテムは発動数の制限や個別にクールタイムがあるらしく、連続使用はできないとのことだ。


 たしかに、パーティを組んで戦闘中に回復薬をガブ飲みし、お腹いっぱいになったからこれ以上飲めないって報告されたら笑ってしまうな。

 いいぞ、もっと飲め遠慮するな! といいながら、仲間同士で無理やり飲ませ合う地獄絵図が生まれてしまうに違いない。


 食事については、存分に堪能した。


 次は東の通りの方にある鍛冶屋や冒険者ギルドといった胸躍る建造物がたくさん並ぶエリアに向かいたいのだが、マップを確認すると一度南の大通りに戻った後中心の方へ向かいそこから貴族街の外壁に沿うような形で道を回る必要があるらしい。


 道は広く、そこまで混み合ってないが大通り沿いに進むと単純に遠い。


 必ずしも冒険者ギルドに登録しないといけないというわけではないらしいので、後回しにしてレベル上げに行ってもいいのだが、これに関しては自分のいる位置も悪かったな。


「面倒だな」


 ……今左手に見えている路地裏を進めば、東の方に抜けられたりしないだろうか。

 マップを見ると、小道に限れば大部分は黒塗りのままなので、よくわからない。

 試しに片足を踏み入れてみると、黒塗りされていた箇所が地図に記録されるのを確認した。


 どうやら、マップ機能にない箇所については開放形式らしい。


「まぁ、とりあえず行ってみるか」


 時間はあるのだ。急ぐ旅でもない。

 隠れた名店などもあるかもしれないという期待をしつつ、はじめての冒険に行くような気持ちで俺は裏路地に足を踏み入れた。



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