第31話 世界のバランス
□モコ平野 クロウ・ホーク
PKクランと自警団クランがぶつかり合ったであろう最前線。
いまだに戦闘の熱を残しながらも、どこか緊張した雰囲気がある場所に近づいていく。
戦闘の余波で荒れ果てたモコ平野。
私たちが裏切者ですよ、と騎士団の傍に立つガーシスやメリナとその一味。
騎士団に囲まれ身動きが取れないPKクランのメンバー。
何が起こっているのか理解していない自警団員。
その場に疲れ果てて倒れ伏している集団。
ざっと見てPKクラン自警団クランともに残り4割といったところか。
この15分で100人を超えるプレイヤーが戦場で散っていったのだ。
俺は、注目を浴びないように、疲れ果てて倒れてる集団の端の方にいるゴーダルの横にしれっと移動した。
「ようゴーダル、元気か?」
「クロウか。お前どこでなにしてやがった……」
「向こうで決闘してた」
「なに一人で楽しそうなことしてやがる」
「文句はメリナに言ってくれ」
「メリナにか?」
ゴーダルは見るからにボロボロだ。
俺が最後にゴーダルを見たのはハニーミルクに集団を引き連れて突っ込んでいくところだったが、どうやら無事生きていたらしい。
「ハニーミルクは?」
「向こうでクッキー食ってるぞ、死ぬかと思ったぜ……」
ゴーダルが示した方を見ると確かにハニーミルクが斧を椅子にしながら、クッキーを頬張っていた。
クマの着ぐるみは脱いでおり、前ギルドで見た時と似たような格好をしている。
今は戦闘モードではないということなのだろう。
「凄かったぜあの嬢ちゃん、嬢ちゃんでいいんだよな? マジで嬢ちゃんだった……そう、凄えんだよ。たった1人で敵味方問わず20人以上もデスペナルティにしやがった。<アルカナ>を含めればもっとだな。さながらレイドバトルだ」
そんなことを言いながらも、ゴーダルは笑みを浮かべている。
「それにしては楽しかったって顔をしてるじゃねえか」
「完全にクラン戦のこと頭からすっぽ抜けてたぜ」
それはそれでどうかと思うが、自分の楽しさを優先してmu-maとの決闘に興じていた俺が言えた話ではないか。
この戦闘狂にとっても満足のいく戦いだったのだろう。
「それで状況は?」
「おう、見ての通りだ」
「ガ、ガーシス! これはどういうことだ!?」
周囲に怒声が響き渡った。
声を発したのは赤くマーキングされた男である。
今残っている40人ほどのPKクランの中にターゲットである【賞金首】やPKは全員残っている、はずである。
残るようにガーシスやメリナが調整をすると言っていたから不足の事態が起きていなければうまくいってるだろう。
今ガーシスに叫んだ男も確か【賞金首】だな。
その【賞金首】の怒りの声を受け、ガーシスは大きくため息をついた。
「はぁ。1から10まで説明されないと理解できないんだね、これだから学のないやつは困る」
なにあれ。
「ほぅ、あいつ俺の言葉パクりやがったな。だが、悪くねえ」
「俺あそこまでヘイト買うように言った記憶はないんだけど」
戦況をコントロールするためガーシスにPKクランの内部に食い込んでもらうように頼んだ記憶はあるが、ここまできたらもうNPCに丸投げでいいはずだ。
引退予定と言っていたから気兼ねなく頼みはしたものの、不要にヘイトを買ってもらう必要も特にないんだが。
「当然俺とメリナが仕込んだぜ。スポンジのように吸収していきやがった」
「お前らの仕業か」
悪役ロールプレイの立ち回りを教えたらしい。
「ま、見てろよ。面白いものがみれるぜ」
「面白いもの?」
ゴーダルはニヤニヤしながらガーシスを、そして俺のことを見ていた。
ガーシスと【賞金首】の問答はさらに激しさを増していく。
「おまえら裏切ってやがったな!」
「裏切り? 面白いことを言うね。味方であったことなんて一度もないのに。ああ、約束事を反したという意味かな? それを言うなら、僕はPKクランを設立したし、PKが生き残るための最適解を選んだろう? 君たちと約束した通りにね。ただ、他の約束もあったってだけの話さ。そうだよね、グレルゴス?」
「ああ、ガーシスは俺のことを裏切ってなかったぜぇ。だよなメリナぁ?」
「ええそうね。ガーシスは私と約束した通りに働いてくれたわ」
「ほらね? 僕は義理堅いんだ」
ガーシスは気持ちのいい笑みを浮かべながら言った。
あまりにもあんまりな展開に、PKクランのメンバーたちは呆然と立ち尽くす。
確かに嘘はついてないな。
PKが生き残るには組織の設立は必須だったし、クラン対抗戦だって悪い選択肢ではなかった。
ただ、組織のトップが内通者ばかりだったのが致命的だっただけだ。
(組織のトップが全員内通者とか、なんて血も涙もない作戦なんだ。作戦立案したやつはきっと人の皮を被った悪魔に違いない)
(クロウ、ブーメラン)
だから知らないって言ってるでしょ!
「……ゴーダルは参加しなくて良かったのか? 楽しそうだぞ、あのリレー」
「クロウこそ参加して来いよ。あの愛と友情のバトンを受け取る権利はお前にこそあるはずだ。作戦立案したやつがこんなところで油売ってていいのか?」
あんなバトン受け取りたくねえよ。
「そうだね、ちょうどいい。今この場で宣言をしておこう」
ガーシスは自分に注目が集まっているのを理解しているのだろう。
ゆっくりと【賞金首】を、PKクランを、自警団クランを、戦場を見渡す。
そして、真っ直ぐ俺のことを見た。
「僕は【賞金首】専門の討伐組織の設立をここに宣言する」
それは、自警団クランと似て非なるもの。
自警団は治安の維持や初心者の支援というようなNPCと共同する立ち位置の組織であった。
それとは違いPK専門の狩りを行う組織設立の宣言だ。
「ルクレシア王国に蔓延る【賞金首】は僕が狩る」
自らPKクランを率いて、この盤面に誘導したという実績。
ただならぬ覚悟によって紡がれたであろう言葉。
宣言と同時に放たれた圧力、凄みとでもいうべきか。
大きな声でもないのに、その言葉は周囲一帯に響き渡った。
「引退するんじゃなかったのかよ、あの野郎……」
俺は自然と口角が上がるの抑えられなかった。
ガーシスはしてやったりというような顔でこちらを見ている。
ああ、なるほど。
確かにこれは彼なりの贖罪なのだろう。
ただ、罪の意識だけでここまでするとは思えない。
つまり、彼は楽しくなってしまったのだ。
「楽しいならそりゃ引退なんてしねえよな。確かにこれは面白いものだ」
「だろ? ガーシスの奴、クロウがどんな顔をするのか楽しみにしてたぜ」
「こんな顔だよ、一本取られたな」
ガーシスに並ぶようにして、自警団クランのリーダー、トマス・E・リッチフィールドも前に出てきた。
「ついでだ。私、トマス・E・リッチフィールドも同様に自警団クラン【ヴァンガード】を正式に設立することをここに宣言する。そして、ガーシスの設立するPKK組織とともに連携していくこともな。クランホームや運営費用など課題は山積みだが、それぐらいは簡単に乗り越えるつもりだ」
自警団クランとPKK組織。
この2つの組織の設立は間違いなくルクレシア王国の治安の安定化に繋がるだろう。
自治も度が過ぎれば荒らしと変わらないため彼らの運営手腕を問われるだろうが、現状を考えれば悪い話ではない。
「本気でこのクラン戦に望んでくれた自警団のみんなには騙すような形になってしまい大変申し訳ないと思っている。しかし、これも必要なことだったんだ。恨み言はあとでいくらでも聞こう」
「そうだね、そろそろこの茶番も終わりにしようか。アレクセイさん」
「感謝する。トマス殿、ガーシス殿」
そうして前に出てきたのはルクレシア王国騎士団長にして【鋼騎士】と呼ばれるNPCだ。
名前はたしか、アレクセイ……だったか?
「【鋼騎士】アレクセイ・バートン。ルクレシア王国の【国家最高戦力】って言われてるらしいぜ」
初期リスポーンできる9つの国にはそれぞれ【国家最高戦力】と呼ばれる、いわゆるその国で一番強いNPCが存在している。
といっても、その情報が広まったのは本当に昨日の今日の話だ。
隠されていたわけではないらしいが優先度としては低く思われていたのだろう。
ジョブや装備、移動手段など自分達に直接関係のある情報や利のある情報の方が広がりやすいからな。
NPC関連の情報はNPCと密接にコミュニケーションを取っている一部のプレイヤーが押さえがちなのもある。
「魔導王国エルダンの【魔導師】とか、聖国の【聖女】もだっけか? そこらへんはあまり詳しくないんだよな」
魔導王国で一番偉いと言われていた【魔導師】や聖国の街中でたまにエンカウントする【聖女】と呼ばれるNPCも存在自体は知られていた。
そういったいわゆるネームドのNPCが実は【国家最高戦力】と呼ばれるような存在であったらしい。
「実際どれぐらい強いんだろうな」
「まだ表には出ていない情報になるが、メリナが聞いた限りだと少なくとも合計レベル800超えだってよ」
……………………は?
「……今なんて。800って言ったか?」
ゴーダルがなにかおかしい数字を言った気がする。
プレイヤーが上限400レベルな現状を考えると実に2倍以上のレベル差だぞ。
「NPCの最大合計レベルの上限と、就くことのできるジョブは個人差がある。合計レベル50で止まるやつもいれば、上澄みにはなるが合計レベル400を超えるNPCもいるってこった」
そういうことか。
「勝手に400が上限って思いこんでたわ。少なくてもってことは、下手したら1000超えてる可能性もあるんだな」
「他の国の国家最高戦力も似たようなもんらしいぜ。しかも【鋼騎士】は特殊上級職、ルクレシア王国の騎士団長に就任している最中しか就くことができないんだとよ」
NPCがプレイヤーに対抗する手段は【指名手配】以外にも存在したということだ。
ラビがチュートリアルでプレイヤーは全てのジョブに就くことができると明言しなかった理由がこれか。
一部の特殊上級職は国の役職か、もしくは合計レベルに紐づいているのだろう
俺達プレイヤーでは超えることのできないシステムという壁が存在するのだ。
「つまり、20年以上大きな戦争が起きなかったのは」
「国家最高戦力同士の睨み合い、国の首都防衛の要の存在に他ならねえ。りんご飴の嬢ちゃんには悪いが、こりゃ無理だな。しかもこれまた最大合計レベルで装備条件が決まっている【臨界装備】っていう国宝も存在するらしいぜ。オンリーワンのユニーク装備だ」
「ぶっ壊れ装備もあるってことね、インフレ待ったなしだな」
「安心しろ、俺達プレイヤーじゃ装備すらできねえよ。ある意味で平等だ」
国家最高戦力を国の首都から外し攻めの駒として使用した場合、他国の国家最高戦力に攻め込まれたときに対抗する手段が失われる。逆に、自国の首都に国家最高戦力がいる限り、他国の国家最高戦力がいる首都を落とすことはできない。
戦闘の規模がどれぐらいになるかはわからないが、合計レベル100未満の俺達ですら200人で少し暴れれば狩場にかなりの被害を出せたのだ。
合計レベル800を超えたステータスはどれだけのものか、想像すらできない。
「……動かないな」
【鋼騎士】は厳しい顔をしているままだった。
俺とゴーダルが雑談できるぐらいにはずっと目を瞑り立っている。
「……つい先日、ダンジョン都市ネビュラとの街道沿いにて、われらが同胞の遺品が確認された」
少し待つと、【鋼騎士】は話し出した。
そこそこ離れているのに、耳に直接届くようにはっきり聞こえてくる。
なにかのスキルを使っているのだろう。
「遺品ってなんだ?」
「さぁ?」
知らないプレイヤーもそこそこいるのか、周囲が少し騒がしくなる。
【遺品】とは、NPCが死亡した際に落とすアイテムのことである。
プレイヤーが死亡することでポリゴンとなって砕け散るように、モンスターが倒されることでポリゴンとなって砕け散るように、この世界のNPCも死亡すると同じようにポリゴンとなって砕け散ってしまう。
一度死亡が確定したNPCは復活することができない。
俺やメリナが考えた通りこの世界が一つの仮想シミュレータの世界であるならば、それはある意味で当然と言えるだろう。
NPCは死亡と同時に装備品含めて全て落としてしまうのだが、アイテムボックスや所持品に関しては全て【遺品】として所持権が固定されるようになっている。遺品は誰も装備することができず、基本的には他人が使用できるようにはならないというものだ。
【遺品】として死亡時に散らばった装備品はともかく、アイテムボックスの中にアイテムボックスを収納することはできないという制約がある。そのため、遺品のアイテムボックスを見つけた場合は冒険者ギルドや国の兵士に渡すことが推奨されているのだ。
実際に冒険者ギルドに登録する際に俺も説明を受けた。
この世界には土葬も火葬も文化としては存在しない。
「な、あれは隠したはず!?」
【賞金首】の一人がそう言った、瞬間【鋼騎士】から恐ろしいほどのプレッシャーが放たれた。
「……ッ!?」
ガーシスとは比べ物にならないほどの圧力。
直接向けられた【賞金首】は身動き一つ取れない状態だ。
俺もゴーダルも、あのメリナさえも固まってしまっている。
「団長、ここは私が」
クラン戦の前に俺達に対して説明をした兵士、ルクレシア王国第三騎士団副団長、【高位指揮官】のレリーブが代わりに前に出てきた。
「えー、私が説明を引き継がせてもらいますね。我々イデアの民のアイテムボックスには、物によっては生存を確認する機能が備わっています。旅人の皆様に分かりやすく伝えますと、アイテムボックスとHPでパスを繋ぐみたいなイメージですね。そして一定の範囲内であればある程度の持ち主の状態と位置もわかるようになっているのです」
それは街と街を繋ぐ街道やモンスターの出現する鉱山等、命の危険がある場所で仕事をするNPCの状態を確認するための機能とのことだ。この世界独自の技術体系により成り立っているらしい。
「その結果8日前の昼頃、ダンジョン都市ネビュラと繋ぐ街道から少し外れた位置にてアイテムボックスの持ち主が死亡判定となったのが確認され、我々は急いで調査に向かいました」
街道沿いは基本的に兵士が定期的な見回りをしている上、冒険者なども行きかうことで結果的に弱いモンスターはすぐに駆除されるらしい。
<カイゼン樹林>のような危険区域を外れるように街道は作ってあり、実際に通らないといけないような場所の場合は護衛なども雇う必要があるのだ。
その街道で【遺品】判定となったことから、危険なモンスターが街道沿いに現れた可能性も考慮し調査に赴いたのだという。
「そして、最初に確認された位置からかなり離れた位置にて遺品が発見されました。争った形跡は一つもなく、危険なモンスター特有の出現跡もなかったため、人による殺害と判断し調査を行いました。ネタ晴らしというわけでもないですが、【遺品】から誰に殺されたのかを判別する方法もありますので」
俺達が当然のように使用しているシステムメッセージ。
そういったこの世界に刻まれたログを一部除き見るような技術があるのだとレリーブは語る。
ジョブスキルの《鑑定眼》や《審美眼》という他人のステータスや装備情報を一部覗き見ることができるスキルもあるのだ。
システムメッセージを見えるように落とし込んだ魔道具や技術があってもおかしくはない。
「その調査の結果、一部の旅人の皆様にもご協力いただき犯人を見つけ出しました。裏取りも済んでいます《陣営指揮》。団長。あとは、よろしくお願いします」
レリーブはこのクラン戦が始まる前に使用したスキルを再度使用した。
そして、一部のPKクランメンバーの頭上の逆三角形が黒く染まった。
お前たちが犯人だと告げるように。
そう、クラン戦までの流れは全てこの瞬間のためだったのだ。
「我らが同朋殺害の罪。そして、彼ら善良な旅人との今後の継続的友好な関係を築くため。我が国の危険分子である貴公らは今この瞬間をもってして、ルクレシア王国騎士団団長【鋼騎士】アレクセイ・バートンの名のもとに【指名手配】とする」




