第30話 剣士のプライド
□モコ平野 クロウ・ホーク
くしくも、始まり方は<カイゼン樹林>と同じだった。
距離はおよそ10メートル。
俺は駆けだすと同時に、<呪われた投げ石>を正面に投げつけた。
mu-maもこちらへ駆け出している。
「《呪爆》!」
牽制代わりの投擲、からの《呪爆》だ。
まずはこれで確かめる。
「《致命防御》」
そのまま、当然のようにmu-maは爆発の中を突っ切ってきた。
「にゃろ!」
警戒の素振り一切なし。
《致命防御》はCRT依存のダメージ減少系のバフスキルだ。
当然、<呪われた投げ石>程度のダメージは0になるため《呪縛》の警戒が必要なくなる。
にしても目の前で爆発起きてんのに身じろぎひとつしねえのかよ!
「《カースインパクト》!」
「むっ?」
俺は地面に武器ロストを前提に《カースインパクト》を放ち、衝撃で地面を前方に吹き飛ばした。
これでmu-maを牽制しながら、次の攻撃に備える。
「グガアアッ!」
「《武具切替》からの……」
(《反転する天秤》!)
「《スラッシュ》!」
俺の側面を取るように移動し攻撃してきたガストに対し、《気配感知》に従い振り向きざまに攻撃を行う。
しかし、躱され距離を取られた。
俺の後方をガストが、そして前方にはmu-maがいる。
挟み撃ち……
「や、ば!?」
「ガスト、合わせろ」
これが狙いか!
「《道具切替》!」
俺は急いでけむり玉を取り出し地面に投げつけた。
挟まれている現状、視界が開けてるのは危険だ。
「《ハードスラッシュ》」
「《インパクト》! ってうおおおっ!?」
《気配感知》があるのはmu-maも同じだ。
視界が悪い中攻撃してくるのをなんとか弾く、が。
「ちぃっ!」
ダメだ。《インパクト》じゃ押し負ける。
ゴリゴリ武器の耐久値が削れる感覚がした。
下手したら武器破壊、なんならそのまま斬り裂かれるぞ。
(呪いの武器の耐久値心もとねえええ!)
相手は剣の専門職。
《ハードスラッシュ》に対して《スラッシュ》での迎撃も悪手だろう。
足を止めての撃ちあいも不利だ、当然。
「グガアオッ!」
「あっぶ!?」
ガストも隙をみて襲い掛かってくるのだから。
だが、さっきよりはマシなはずだ。
不用意に攻撃をすると同士討ちの可能性が上がるmu-maに対し、こちらはまずは《気配感知》を中心に避けることに徹する。
しかし、そんなことは知らんと言わんばかりにmu-maの攻勢は強まっていく。
「《疾風斬り》」
──速い!
「《スラッシュ》!」
俺の首を狙った一撃を再度強引に弾く、が少し間に合わずその剣は俺の頬を軽く切り裂いて行った。
(こいつ殺意高すぎだろ!)
《疾風斬り》は威力が下がる代わりに発動時にAGI依存の速度バフが一時的にかかる《スラッシュ》の発展形スキルだ。
「ふっ!」
「くっ」
放たれた斬撃を横に倒れ込み、転がるように躱す。
──《道具切替》のクールタイム10.000秒経過。
「《道具切替》。《ディフェンス》」
そして、クールタイムが明けた瞬間に、俺は特製の爆発ポーションを取り出し……
「これは、ガスト!」
地面に叩きつけた。
お手軽自爆!
俺は爆発の風圧に逆らわず、転がった時の勢いのままその場から離脱した。
「おおおっと、いいいっ!」
(クロウ、平気!?)
(あ、ああ、問題ないが……)
時間経過と爆発により煙が晴れ、視界が元に戻る。
そこには、しっかり距離を取りこちらを見つめている男と狼がいた。
……仕切り直しだな。
「呪いの爆発ポーションか」
「初見だろうに、よくわかったな」
呪いの爆発ポーション。
簡単に言えば、りんご飴に作ってもらった爆発ポーションという投擲アイテムをさらに《呪物生成》で呪ったものだ。
爆発は見かけだけで威力は低いが、呪われた投げ石による接触ダメージや《呪爆》よりもよっぽど高い。
なにより爆発が直撃すれば呪物による殺傷判定になるのが大きい。
「【呪術師】についてはある程度調べてある。当然警戒はしていた」
「あっそ、それにしても随分と焦ってましたねえ」
mu-maは爆発ダメージを避けた、ということは一つ弱点が見えてくる。
「投げ石は避ける素振りすら見せなかったのに、爆発の直撃は警戒して距離を取る。一定以上のダメージを恐れたな?」
つまり、呪い耐性装備を用意していないということだ。
《致命防御》で<呪われた投げ石>対策をしていたが、それ以上のダメージを通せば《呪縛》は通る。
──否、ブラフの可能性も考慮せよ。
「呪い耐性装備は高くて買えなかったのかな、金欠なの? お金貸してあげようか?」
「言っただろ、これは俺の雪辱戦だと。つまらないプライドの問題だ。呪い耐性など必要ない。《攻撃強化》、《鋭刃付与》」
「随分と強気だなぁおい」
「お前の言う通り揃える時間がなかったというのも確かだ。しかし、その必要がないと判断したのも事実だ」
つまりmu-maはこう言っている。
俺が用いるありとあらゆる攻撃、戦法、その全てを……
「正面から斬り伏せる。それだけだ」
「……言うじゃねえか」
しかし、これではっきりした。
呪いの爆発ポーションによる爆発の直撃、もしくは呪いの武器を用いた肉体殺傷による《呪縛》の条件達成。
これが俺が勝つために必要なピースだ。
「ちなみに合計レベルはいくつよ、俺は74な」
「82だ」
「マウント取らないでくれませんか!?」
「お前から言い出したことだろ」
「PKK活動との兼ね合いというものがあってだな……」
「言い訳か? 見苦しいぞ」
目の前にいるのは、純粋に戦闘能力の高い人型のモンスターと仮定しろ。
お供には、狼が常に控えている。
考えうる攻撃パターンすべてを洗い出せ。
通用するであろうありとあらゆる武器を候補に入れろ。
(ユティナ、作戦を練るぞ)
(ええ、とりあえず隙を見つけ出さないことには始まらなそうね)
(ただ、長期戦も不利だな。さっき会話の中で使用していたのは攻撃力と斬撃威力を上昇させるスキルだ。さっきよりも火力が上がると考えると《ハードスラッシュ》の迎撃には《カースインパクト》が必要になる)
これが準生産職と真っ当な戦闘職の戦闘スタイルの違いだろう。
事前に溜め込んだリソースで多くの搦め手を駆使する俺と、いつどのタイミングでも一定以上の出力で攻撃できるmu-ma。
ここから始まるのはお互いの強みの押し付け合いである。
りんご飴たち協力の元、呪いの武器や《カースインパクト》を付与した武器も潤沢に用意しておいたが、今日は赤字確定だな。
後日思いっきり泣くとしよう。
俺の全力によって目の前の男を倒す。
その覚悟を決めた。
「そんじゃまぁ、お互いウォーミングアップは終わりってわけだ。なあ【付与術師】!」
「《時間短縮》、《剣遅延減少》。安心しろ、時間は掛からんさ。すぐに殺してやる」
《剣遅延減少》は5分間スキルレベルに応じて任意の数まで剣術系アクティブスキルのクールタイムを10.000秒減少させるスキルだっけか。
効果が切れたら指定したスキルが一定時間使えなくなるデメリット効果があったはずだ。
《時間短縮》もクールタイム減少系のバフだった記憶がある。
これは……出し惜しみは不可能だな。
「やってみろよ。《戦士の極意》」
俺は、《戦士の極意》を使用した。
これで5分間《武具切替》と《道具切替》のクールタイムは0になる。
そのまま、無言で武器を取り出す。
(頼む、合わせてくれ)
(ふふ、任せなさい)
(頼もしいなぁおい……)
その笑い方久しぶりに聞いたぞ。
さぁ、楽しい雑談の時間は終わりだ。
「お前を倒すのに5分もいらねえよ!」
「5分で倒せないと勝ち目がないの間違いだろ。言葉は正しく使え!」
「お前も《剣遅延減少》使ってるじゃねえかばあああああか!」
俺とmu-maは駆け出し、再度激突した。
☆
「《疾風斬り》」
mu-maから放たれる一撃に対し、合わせるように剣を添える。
「《インパクト》!」
大きくは振らない。
《インパクト》があるのだから、コンパクトに取りまわせ。
攻撃に対し弾く、避ける、躱す。
そろそろ来るぞ。
「《ハードスラッシュ》」
mu-maの剣が強く輝く。
瞬間、俺は《武具切替》によって武器を切り替えた。
「《カースインパクト》!」
呪いの衝撃によって剣ごとmu-maを弾きとばしながら、俺も衝撃に逆らわずそのまま離脱する。
「グガアア!」
「少しは、休ませろよ!」
呪いの武器は砕け散り、無手になった状態から剣を勢いのまま取り出し、強く握りしめた。
そして、ガストの突進に対し剣を斬り払い牽制しつつ、mu-maを視界に収める。
もうこっちに走ってきてやがるし!
(クロウ! ガストも来てるわ!)
(どうもこうも隙がねえな!)
純粋に強い相手ってのは本当に厄介だ。
《ハードスラッシュ》は《カースインパクト》で迎撃可能。
通常の剣撃や《疾風斬り》は《インパクト》や《スラッシュ》で対処可能。
しかし、撃ちあうための剣と《カースインパクト》を撃つ剣は別のため、読み間違えたら大ダメージは必至。
《疾風斬り》によって変則的に速さが切り替わるため、対応が遅れてもアウト。
そのせいで《カースインパクト》での攻め手が牽制されてる。
《剣遅延減少》によって5分間【剣士】の任意のアクティブスキルのクールタイムは10.000秒減少中。
ここまでの使用頻度から見て《ハードスラッシュ》と《疾風斬り》は確定だな。
【戦士の極意】のバフ中に決着をつけたい俺たちからすれば時間切れを狙うのは無しだ。
物理前衛職に魔法支援職のジョブ構成からして、お互いにステータスはほぼ互角。
ユティナの《限定憑依》と《戦士の極意》によるステータス上昇を加味すれば俺の方が有利だろう。
しかし、平均的なスキルの威力はmu-maに軍配が上がる。
《反転する天秤》によりプラス補正にした《カースインパクト》なら俺の方が上かもしれないが、それだけだ。
《戦士の心得》と《剣士の心得》の差もある。
俺は武器全般に対して最低限のシステム補正が乗っているのに対し、相手は剣のみに集中するスキルだ。
熟練度の観点から見ても、剣での競り合いはmu-maが有利。
《早食い》により技力回復薬を消費してSPを回復しながら、俺は気持ちを切り替える。
回復のクールタイムは秒もずらすな。
回復を上回る勢いのスキルの応酬だ。
HPはいらない、被弾して隙を晒した時点で死ぬと思え。
常にスキルが使える状態を維持し続けろ。
こちらは手数の多さを活かす。
「しっ!」
「ふっ!」
剣戟を弾く。
「《回転斬り》」
「あっぶ!」
横に払うように放たれた《回転斬り》をしゃがんで躱し、足元を払うように回し蹴りを放つ。
それをmu-maが飛んで躱し、剣を振り下ろそうとするが。
「むっ」
それを見越して<呪われた爆発ポーション>を左手で取り出し、手首のスナップを効かせ剣の軌道に置くように放っておいた。
(《道具切替》で攻撃するのも一苦労だぞてめええ!)
「ガウウウッ!」
(クロウ!)
mu-maは剣をポーションの寸前で止め横に切り返すことで勢いを殺し、狙ったかのような完璧なタイミングによるガストの横からの突進により押し出され離脱した。
そのままポーションは誰もいないところで割れ、爆発する。
俺は爆発の風圧に逆らわず距離を稼ぎ、けむり玉を前方に投げ視界を塞ぐ。
続けて《気配感知》が示すままmu-maに向けて武器を投擲し《呪爆》で爆発させその隙に態勢を立てなおした。
煙が晴れると、当然のように無傷のmu-maとガストがそこにいた。
「いまだに1ダメージも与えられないとか軽くへこむぞマジで」
衝撃による反動ダメージは与えてるが、俺も食らっているし誤差みたいなものだろう。
「それでバレてるな……」
(そうみたいね)
<呪われた爆発ポーション>を《呪爆》で爆発できないことがバレている。
いや、事前に調べられていたのか。
《呪爆》で指定できる呪物は制限があり、<呪いの爆発ポーション>は見事に引っかかっているのだ。
(ガストのことも欲を見せずにしっかり防御札に使ってやがる。とにかく《呪縛》の条件は徹底的に避けられてるな)
好きなタイミングで起爆できるならもっと楽に爆発を直撃させられるんだが。
爆風じゃ呪物による殺傷判定にならないのもネックだ。
呪われた武器は基本問題ないらしいけどフェイントにもなりゃしねえ。
(ジリ貧ね)
「ああ」
連携を崩す必要がある。
そろそろこちらからも有効打を入れたいところだが……
「……よし。ガスト、使え」
「グガアアアア!」
【風狼】ガストの肉体が緑色に光る。
(来たな!)
ガーディアンの<アルカナ>はサポーターと違い本体も戦えるからか、モンスター特有の原始的な強みを持つアクティブスキルを持つことが多いらしい。
というより、言い方は悪いがステータスが高い分スキルの発展性が低い傾向にある。
ステータスが低い代わりにスキルの拡張性が高いサポーターと文字通り反対の性質を持っているということだ。
(狼となると、身体強化系のスキルかしら)
(……一つ、懸念点がある)
ガストは早さこそあるが、攻撃力に秀でているわけではない。
今までも自分で攻めるというよりは、隙を作るため、埋めるためというmu-maの補佐役にいるのだ。
──狼は群れで狩りをする。
そして、mu-maはガストと共にこちらに駆けだしてきた。
選択肢をミスれば、俺は死ぬ。
なんにせよガストはアクティブスキルを切った。
それはここで勝ちにきているということであり、ならば【剣士】の必殺を狙いに来るはずだ。
《暴風剣》。
それは最大SPの15%を使用して放つ【剣士】の奥義。
また、【槍士】の《チャージスピア》のようにチャージ時間に応じてSPを消費し、クールタイムの増加というデメリットと共に射程と威力を上げることもできる。
クールタイムは基礎値150秒と長いが、近距離中距離遠距離すべてに対応できる強力なスキル。
だからこそ、連発も無駄撃ちも出来ない。
こちらはそのスキルを警戒する必要がなくなるというだけで、取れる選択肢が増えるからだ。
常に相手の必殺をちらつかされているぐらいなら、さっさと無駄撃ちさせたいのが心情ではある。
そして、遠距離攻撃などという甘えた行動をmu-maはしないだろう。
確実に俺を仕留めるために、近接戦になる。
こちらも仕込みは済んだ。
大技を狙う時に生まれる隙を突くチャンスでもある。
(ユティナ、死ぬかもしれないが頼めるか?)
(ええ、任せなさい!)
(おーけー。それじゃ、張り切って行こうか!)
俺は《道具切替》でけむり玉を出し地面に叩きつけた。
「《防具切替》」
(《限定憑依》)
「馬鹿の一つ覚えか。ガスト、吠えろ」
「グオオオオオッ!」
「《インパクト》! ってマジか!?」
そのけむりは咆哮によって吹いた指向性を持った風により、ふわりと流される。
風属性のアクティブスキルを使えるようになるってことか。
しかし、やることは変わらない。
──勝負!
「っ、貴様!」
「何か嫌なことでも思い出したのかぁ!?」
俺は頭上に向けて呪われた投げ石を詰めた巾着袋を勢いをつけて空高く打ち上げていた。
そのまま空から降りはじめる石の雨。
本来ならけむりの中でやる予定だったが問題ない。
ガストはmu-maより少しだけ早く、こちらに突っ込んできていた。
そして、俺はすでに次の動作に移っている。
「おらぁ!」
石が邪魔になる前に、俺は持っていた<呪われた片手剣>をmu-maに向け思いっきり投げつけた。
その剣は今まで何度も繰り返した軌道を描き、回転しながらmu-maの元へ向かう。
「無駄だ!」
「《呪爆》!」
──俺は《呪爆》を発動させない。
「なに!? くっ!」
mu-maは足を止め剣を弾く。
ひたすら武器を投げて《呪爆》しまくった積み重ねによる一度限りの偽装攻撃。
呪物による肉体殺傷を警戒をしているmu-maは当然、直撃を許さない。
それはつまり、ガストとの連携に僅かに隙が生まれることを意味していた。
「グガアアアアッ!」
「ウェールカアアアムッ!」
ガストはそのまま引くことなく突っ込んでくる。
《致命防御》によってダメージはないと判断したのだろうが……
「ガスト! 戻れ!」
今更気づいたみたいだがもう遅えよ!
ここからはただのゴリ押しだ!
俺は《道具切替》を瞬時に連続発動させ、両手の指と指の間に<呪われた爆発ポーション>を取り出し、ただひたすらに無差別にばら撒いた。
「グゥウウ!?」
狙いは当然。
「《呪爆》! う、お、おおおおおっ!?」
「ギャウン!?」
空から降ってきた<呪われた投げ石>を今度こそ起爆させる、と同時に呪われた爆発ポーションをその衝撃で連鎖的に爆発させた。
爆発のタイミングを選べないなら、爆発のタイミングを読まれるなら、その前提条件をひっくり返す!
爆発が爆発を呼び、ポーションの瓶が割れ吹き飛び、空中で地面で、無作為に爆発する。
広範囲かつ盛大な自爆攻撃だ。
「くははっ! やっべえええ!」
「くそっ!」
大きなダメージを与えれるものではないが、これでガストに対し呪物で殺傷するという条件を満たした。
俺は爆発の衝撃でダメージを受けながらも、流れるように呪いの爆発ポーションを取り出し地面に何本か置きつつ、呪われた片手剣などの武器も周囲にばら撒いた。
見え見えの罠である。
そして、先ほどの浪費で呪いの爆発ポーションもこれで尽きた。
「へいかもーんmu-maああああ!」
「引っかかると思っているのか、舐めた真似を!」
「舐めてねえよ!」
そして、俺はガストの方へ走り出した。
今まで戦った限りガストは明らかに前衛型の<アルカナ>だ。
今の俺でも呪縛は通せる。
一瞬でも動きを止められればそれでいい。
mu-maは俺が設置した爆発ポーショントラップを警戒していたようだが、俺がガストの方へ向かったのを見て何かの狙いに気づいたらしい。
設置した罠を避けるようにし、急いで追いかけてきた。
「ガスト!」
「そりゃ<アルカナ>を先に仕留めた方が安全だよなぁ!」
「グ、ガアアアア!?」
プレイヤーを倒せないのであれば、<アルカナ>を先に倒すのは実に有効的だ。
ガストを視界に捉えると、衝撃から立ち直りこちらに向き直っているのが見えた。
そのまま大きく息を吸い込もうとしている。
(咆哮のクールタイムは10.000秒か!)
結果的に俺が挟撃される形になっていた。
そして、後方からはmu-maが迫ってきていることを《気配感知》で認識する。
狙い通りに!
「待て、女はどこに……後ろだと!?」
「《呪縛》!」
「ぎゃう、ん」
咆哮を放たれる前にガストの動きは《呪縛》で封じた。
この一瞬が、俺の勝機!
「挟み、撃ちいいいい!」
俺はそのまま強く踏み込み、180度反転し勢いのままmu-maへと駆ける。
ユティナはmu-maの後方から<呪われた片手剣>と俺が罠に見せかけて置いておいた<呪いの爆発ポーション>を抱えながら突っ込んできていた。
俺が先ほどmu-maに牽制として投げた<呪われた片手剣>には、けむり玉で視界を塞いだ瞬間にユティナが《限定憑依》で移動していた。
武器は《気配感知》で認識することができない。
そして、彼女はステータスこそ低いが《限定憑依》中はある意味で無敵だ。
憑依時の肉体は霊体であり、武具や防具への憑依中は耐久値が0になって壊れない限り、その姿を晒すことはないのだから。
憑依を解除しポーションを拾う時間は俺が注意を引き付けて稼いだ。
《気配感知》で早めに気づかれても問題ない。
それならそれで別の択を押し付けるだけだ!
「くっ!?」
「ユティナああああああ! 《カースインパクト》!」
「食らいなさい!」
間合いに入る直前、俺は振りかぶり《カースインパクト》を発動させる。
そして、ユティナはmu-maに呪いの爆発ポーションを投げつけた。
さあどうする!
《カースインパクト》に対処するか?
態勢を崩して爆発ポーションを避けるか?
どちらにせよ確実にダメージが通る。
避ける隙は与えねえぞ!
「《暴風剣》」
──mu-maが《暴風剣》を発動させた。
チャージ時間はない、威力も範囲も《暴風剣》の中では最小だ。
躱す、弾く、迎撃する、とにかく直撃をしない、奥義とはいえ即死はしない、致命傷を避けろ。
俺ならできるはずだ、見極めろ……!
そしてmu-maは剣を地面に叩きつけた。
「な、ぐぅ!?」
《暴風剣》による風圧と衝撃が俺を襲う。
直撃してはいないものの、その衝撃で足を止めざるをえなくなり、動きを一瞬止められた。
(こいつ! 俺の真似を!?)
アクティブスキル発動の経過時間により、役割を果たしてしまった呪いの武器は崩れ始め。
「ふっ!」
mu-maは振り向きざまに呪いの爆発ポーションを剣の腹で優しく受け止め、勢いを受け流し、そのまま割ることなく放るように弾き飛ばした。
噓だろ!?
「まずはお前からだ、《ハードスラッシュ》」
サポーターの<アルカナ>は、ガーディアンに比べてステータスが低い。
プレイヤーを倒すのが難しい場合、<アルカナ>を先に仕留めるのは実に有効的だ。
ここでユティナが倒されれば、俺は《反転する天秤》を使えなくなり戦闘スタイルが破綻する。
《限定憑依》がなければ結果的にINTとMPの最大値も下がり、mu-maに《呪縛》も通らなくなるだろう。
普段は俺自身に《限定憑依》させることによりその弱点は露呈しなかったが、今この瞬間において彼女は完全にフリーになってしまっていた。
と思うよな?
「《限定憑依》」
「……っ!?」
ユティナの姿は一瞬で掻き消え、彼女の持っていた所有権が俺にある<呪われた片手剣>に吸い込まれる。
──剣が空を切った。
「背中ががら空きいい《インパクト》!」
俺はmu-maの背中を思いっきり蹴っ飛ばし、ユティナが憑依した呪われた片手剣を拾う。
(お帰り!)
(《限定憑依》!)
俺達の情報の中でもとびっきりだ。
今までありとあらゆる活動でハニーミルク以外に対しては一切情報として漏らしてこなかったユティナの《限定憑依》の対象条件と、クールタイムの情報を開示してやったんだ。
感謝しろよ!
ユティナを再度身に纏い、駆ける。
そのままmu-maに向けて<呪われた片手剣>を投げつけた。
走り出した都合狙いは少しずれたが、問題ない。
「《呪爆》!」
「くっ!!」
今度こそ《呪爆》を発動させ、その衝撃で崩れた態勢を立て直すのを防ぐ。
そして。
(《反転する天秤》!)
「《カースインパクト》!!」
「ぐ、オオオッ!?」
《武具切替》で他の武器を取り出し、叩きつけた。
mu-maはなんとか回避したが、衝撃で弾き飛ばされる。
俺はすかさず飛びかかり、次の武器を取り出す。
もう剣にこだわらない。
スキルレベル上げの一貫で作り出した斧を、槍を、手元にある《カースインパクト》のアクティブスキルがある装備をひたすら取り出し、押しつける!
技量もなにもない。
ここからはただの物量攻めだ。
俺の物資が尽きるのが先か!
HPを削りきるのが先か!!
「行くぞおらああアアアッ!!」
勝負!
「《カースインパクト》!」
槍を突き出す。
「《ハードスラッシュ》」
剣で迎撃される。
弾かれた勢いのまま再度《武具切替》にて斧を取り出した。
「《カースインパクト》!」
振り下ろす!
「くッ! 《スラッシュ》!」
剣で直撃を逸らされる。
「《カースインパクト》オオオッ!」
鉄棒を叩きつける。
「ぐっおお!?」
mu-maの胴体を、捉えた!
「ようやく通ったぞmu-maアアアッ!!」
これで《呪縛》を!
「《ストーンスキン》!」
発動する前に、mu-maが魔法スキルを発動させた。
mu-maの首筋が薄く光り……石のような膜が張る。
(くそっ!?)
《ストーンスキン》は10秒間に限り、END依存で一定量のダメージを肩代わりさせる特殊な膜を任意の箇所に付与するスキルだ。
これでは仕留め切れない。
であれば、攻撃の手は緩めずそのままHPを削るために!
ただひたすらに、振り下ろす!
「《カースインパクト》!」
その一撃により、mu-maの剣を破壊した。
──武器破壊!
「っ削りきれえええええ!」
「っ舐めるなあああああ! 《武具切替》!!」
「グオオオオオッ!」
(クロウ! 後ろから来てるわ!)
「ちぃ!?」
《呪縛》から開放されたガストが、こちらに突っ込んできているらしい。
先ほどと同じような咆哮が背後から聞こえてきた。
同時にmu-maは新たに剣を取り出した。
(咆哮で何か起きたか!?)
(風以外何も起きてないわ!)
待て、それはおかしくないか?
風の咆哮はアクティブな攻撃スキルじゃ……
「《暴風剣》」
《暴風剣》!?
クールタイムが早すぎる!?
(くそ、読み間違えた!)
すぐにmu-maが使用しなかったことから準備に時間が必要なスキル。
戦闘、つまり狼の群れによる狩りの時間だ。
そして、《暴風剣》と【風狼】の共通点。
この咆哮は攻撃スキルじゃない。
(戦闘時間をコストにした風属性系統のクールタイム減少スキルか!)
発動中は10.000秒ごとに咆哮できて成功するたびに減算だな!
他のクールタイム減少スキルも全部《暴風剣》を指定してやがったな!
風が起きるのはあくまで発動時の処理の一部だな紛らわしい使い方しやがって!
狼らしく仲間思いなスキルじゃねえか!
させねえよ。
「《呪縛》!」
「くっ!」
「あっぶね!?」
「グガアアアアッ!」
《呪縛》を発動させる、が《呪言》で強化できなかった。
ギリギリ剣を振られる前に動きを止めれたが、主人を守るべく背後からガストが襲い掛かってくるのを《気配感知》で捉える。
相手をしている時間は、ない!
「ユティナ、モフモフタイムだ! 存分に逝ってこい!」
「任せなさい!」
「ガウウウッ!?」
「そういう、ことかァッ!」
憑依を解除し、ユティナがガストに飛びつく。
背後でユティナとガストがもつれながら落ちる音がした。
決める。
俺は<呪われた鉄剣>を取り出し……
「《反転する天秤》!」
《暴風剣》を放とうとした右腕めがけ!
「《スラッシュ》ウウウウッ!」
振り下ろす!!
──俺が放った一撃は、mu-maの右腕を斬り裂いた。
斬り落とせなかったが、このダメージならしばらく剣は振れない。
ストーンスキンも切れた。
そのまま守るものがなくなった首を──!
「待て、降参する」
攻撃する前にmu-maは負けを認めた。
「クロウ、お前の勝ちだ」
嘘では、ない。
「……お前、アタッカーの癖に硬すぎ。はぁ、おかしいだろ」
「《致命防御》、なかなか使い勝手がいいぞ」
「にしても硬すぎだろ」
「衝撃を受け流す方法ぐらい心得ている」
「自前かよ、いい加減にしやがれ。俺も防御系のスキル覚えてるジョブに就いてやろうかおい」
「次は負けん」
「言ってろ、返り討ちにしてやるよ」
そして、mu-maからフレンド申請が飛んでくる。
「一度だけだ」
mu-maは右腕損傷による継続ダメージによってか、毒ポーションを服毒したか、なんにせよHPを全損したらしい。
それだけ言い残して、ポリゴンとなって砕け散っていった。
「……プライドが高いこって」
きっと、2度も同じ相手に首を斬り落とされるのだけは許せなかったのだろう。
「はぁぁぁ、きっつ……」
俺は疲労を隠すように空を見上げた。
「金策、またしねえとなぁ……」
そのまま少しぼーっとしていると、四方から青色の魔法が打ちあがるのが見えた。
別動隊の発見と対処が完了した合図だ。
クラン戦が始まって大体15分強、正確に言えば953.291秒ってところか。
早かったな。
それと合わせて、周囲に形成されていた結界が解除された。
どうやら、ガーシスとトマス・E・リッチフィールドが契約の破棄を宣言したらしい。
「おーい。ユティナ、生きてるか?」
俺はユティナに声をかける。
彼女は地面に仰向けに寝転がりながら先ほどまでの俺と同じようにぼーっと空を見上げていた。
銀の髪はこれでもかと広がっている。
HPは残り50を切っているが、ちゃんと生きているようだ。
「……ごわごわしてたわ。あれもなかなかいいものね」
「はは、元気そうでなにより。お疲れ」
「ふふ……ええ、そうね」
結界が解除されたからだろう。
気持ちのいい風がひゅるりと俺たちの間を駆け抜けていった。
「よし、行くか!」
《限定憑依》でユティナを俺に憑依させる。
「ええ、行きましょう」
ユティナはいつも通りふよふよと浮きつつ、笑いながらそう答えた。
俺達は長きにわたったPK騒動の結末を見届けるべく、この戦場を後にした。
 




