エピローグ 【盗み屋】 VS 【適応】
国際指名手配犯【盗み屋】による襲撃計画は僅かな準備期間によって実行された。
サンドヴェールの結界の起点は全部で9カ所存在している。
冒険者ギルド、商業ギルド、傭兵ギルド、とある民家の地下室、東西南北に存在する監視塔の屋上。
そして最後にブランケット商会本館だ。
カラブ帝国で盗み取った【分身】の異能で出せる偽物の数、最大10体。
街の構造からどこに起点があるか事前に調べておき、生み出された分身たちは同時多発的に全ての起点に襲撃をしかけた。
分身には結界破壊後事前に確認していた強者の元へ足止めをするように指示を出してあった。
襲撃成功後の撤退を誰にも邪魔させることなく速やかに完了させるために。
つまり、たった1人の手によって行われた陽動作戦がこの襲撃の真相だ。
「お前ら、もう出てきていいぞ」
【盗み屋】がそう声をかければ、近くの部屋からぞろぞろと人が出て来る。
全員が高位の《気配遮断》効果を付与するマントを羽織っており、その全ては【盗み屋】が彼らに貸し出したものだ。
「さすが【盗み屋】の旦那!」
「まーじで瞬殺じゃん!」
彼らは砂漠地帯で活動している盗賊の一団だった。
竜人国との国交回復を受け周辺の治安を維持するため討伐されかけていたところを【盗み屋】が救い手駒にした形だ。
彼らの仕事は言ってしまえば荷物運びである。
「喋ってねえで運びやすいようにさっさとふん縛れよ」
「わーってますよ。お、女もいんじゃん!」
「ずりーぞ! 俺に担がせろ!」
「アタイはこのイケメンにするー!」
「ひゃっはっはっは!」
盗賊に身をやつすようなイデアは大きく2種類に分かれる。
どうしようもなかったか、自らが望んでなるかだ。
そして、この場にいる彼らは後者だった。
(ちっ、使えそうにねえなこのゴミ共。ここまでお膳立てしてやってこれかよ。運び終わったら全員殺すか?)
襲撃を成功させた【盗み屋】は内心で己の部下の質の悪さに悪態つく。
仕方がないため自身の使える駒に《念話》を送った。
(ダケッド、ガスラディンを抑えるのは任せた。ついでに殺せそうならブランを殺れ。裏で賞金をかけられてたからな。成功した時の取り分は全部お前のもんでいい)
(さすがお頭、太っ腹!)
(ガラムは予定通りゴミ共を率いて旅人と傭兵を殺して回れ、出来るだけ派手にな。俺の分身も余った奴は適当に暴れてるはずだから、巻き込まれねえようには気を付けろよ……ああ、そいつらは使い捨てていいからな)
(おうよ!)
【盗み屋】は短く指示を出す。
(これ以降《念話》で指示は送らねえ。集合場所は事前に通達した通り。互いに死んだらそれまでだ。また再会できたら酒でも奢ってやるよ)
(あはは! 僕、お酒嫌いだって知ってるでしょ? お姫様確保できたんだよね。【荒らし屋】に引き渡すまで遊ばせてくれればそれでいいよ。どんな声で鳴くか楽しみだな~)
(俺は酒でいい。美味い奴を頼むぜ!)
(わーったわーった。好きにしろ。じゃ、切るぞ)
そうして、《念話》を切り上げ耳に付けたイヤリングを取り外す。
貴重な特殊装備一つを開け、普段使用している耐性装備に切り替えた後、先ほど眠らせた王女を腰に抱えた。
そのまま最初に眠らせたグラン王子を担ごうと見やり……【盗み屋】の背筋が凍る。
(嘘だろ!? もう意識が戻ったってのか!)
なぜなら、眠っていたはずのグラン王子が立ち上がっていたからだ。
驚愕と共に【盗み屋】は眼を切り替える。
しかしながら【天輪眼】に映った情報は変わらず眠っているというものだった。
「なんたる、無様。私とも、あろうものが、不意を、つかれた程度で、遅れを取るなど……」
(こいつ、意地と気合いだけで動いてやがる)
まず間違いなく安眠の異能は適切に動いている。
少なくともまともには動けないはずで……常識を嘲笑うかのように竜人国ヴァルドラーテが誇る戦士長の一角は意識のないまま槍を構えた。
「我が、妹を。臣民を。置いて、いけ」
【盗み屋】は腰に抱えていた王女を後方へと放り投げ2本の短剣を引き抜いた。
即座に全神経を研ぎ澄まし──
「痴れ者がああああああああああああ!」
「シャアッ!」
槍が舞い剣が迎え撃つ。
両者共に前衛の天職に特化した者同士。
合計レベル600を超えた者達による高速の撃ち合いが始まった。
「ひぃいいいい!?」
「な、なんだ!?」
周囲にいた者達ではその軌跡を視認することすらもままならない。
(バケモンかよ!?)
【盗み屋】は内心でそう吐き捨てる。
訓練次第によっては半分寝ながらも周囲の状況を把握することは可能だ。
だが、安眠とは安らかに落ち着いて眠ることを指す。
この異能によってもたらされる眠りは周囲の状況を意識的に知覚できるような浅い眠りでは断じてない。
意識の無い状態で、意地と気合いと身体に刻まれた戦闘勘だけで己と対等に撃ち合うなどとそれ以外になんと評すればいいのか。
「《バックスタブ》!」
それは、相手の背後から影の刺突を放つ【大盗賊】の攻撃スキル。
それすらもグラン王子は躱してみせる。
しかしながら、意識がないためかわずかに体勢が崩れた。
それを見逃がすことなく鋭く剣を振るい、その剣撃に【一振の加護】の効果を乗せた。
グラン王子は槍で防ぐも、武器の性能が最大まで引き出された結果斬撃の威力が過剰なまでに上昇。
床に大きな傷跡を刻み込む一撃と共に勢いよく弾き飛ばされる。
そのまま壁をいくつも破壊し奥へと消えていった。
(欲張らずさっさと殺しとくべきだったか? いや、どうせ防がれてたな。最初に潰す判断は間違ってなかった)
ボロボロに崩れ去った剣を放り捨てながら様子を窺う。
吹き飛ばされたグラン王子が再度動き出す気配はない。
だが、近づけば起き上がり襲い掛かってくるという嫌な確信が【盗み屋】にはあった。
この間にも街の各地から爆発音が響き渡っている。
陽動作戦は現在も継続中だ。
今程度の衝撃であれば問題ないだろう。
周りを見れば、怯えながらも荷運びの準備は終わらせていたようだ。
及第点。
殺すのはもう少し様子を見てからにしてやるかと【盗み屋】は考え直す。
「てめえらずらかるぞ! 道は俺が先導する。遅れずについてこ……」
【盗み屋】は先ほど背後に放り投げたエル王女を担ぎ直し、撤退すべく脚に力を込める。
──カラン。
その音は部屋の中で嫌に響いた。
(指輪?)
【盗み屋】の視線の先にはどこからか降ってきたのか指輪が転がっていた。
《気配感知》に反応はない。
この宿にいた者達はすでに全員無力化した後。
なら、どこから転がってきたのか。
即座に眼を切り替える。
(呪われている。呪物。【呪術師】か)
【天輪眼】は瞬時に全てを暴く。
(誰だ。眠らせた中に【呪術師】はいなかった。つまり、これは外部からの干渉によるもの……)
故に、答えは一つ。
(俺の狙いに気づきやがったやつがい──)
瞬間、呪物が爆ぜた。
「なんだ!?」
「爆発!?」
その場にいた賊の意識が爆発の方へと向く。
安堵によって警戒を疎かにしていたからこそ不意の爆発に驚いてしまったのだ。
(バカ共が。これは陽動に決まってんだろ。本命は……)
【盗み屋】は次の動きを読むために【天輪眼】を【未来視の魔眼】へと切り替え……
(ちっ、遅かったか)
数秒先の未来を捉え、全てが遅いことを悟った。
部屋の窓が全て砕け散りそこから室内に勢いよく武器が滑り込む。
入り込んできた呪物の数は10を超えていた。
【盗み屋】は再度目を切り替え、その呪物達に付与された呪いを看破する。
《眠呪の傷》。殺傷時呪怨系の状態異常【眠呪】を対象に確率で付与する呪い。
自身へと向かってきたそれらを短剣で弾き飛ばす。
「がっ!?」
「ぐっ!?」
「ぎゃっ!?」
しかし、【盗み屋】を除く賊は対処が間に合わず傷を負った。
肉体に武器が突き刺さり、呪物による殺傷判定を負いながら状態異常判定を付与される。
(奇襲が成功。となれば、次は当然……そう来るよな)
次の瞬間、宿の天井が大きく崩れ去った。
否、魔法によってぶち抜かれたのだ。
そして、戦場に舞い降りるは2つの人影。
(男が1人。背後に浮かんだ女には反応がねえ。霊体、となると……)
杖を片手に黒いコートをはためかせながら飛び込んできた襲撃者と【盗み屋】の視線が一瞬交わり──
「──旅人か」
呟きを肯定するかのように銀の悪魔を背に浮かせながら灰色髪の男は口を開く。
それすなわち口頭詠唱。
「《呪縛》」
対応の呪物で殺傷された相手は【呪術師】が有する拘束スキルの指定可能対象となる。
レジスト判定は呪い耐性か、もしくはMPとINT依存。
「身体、が!?」
ただの数合わせの賊がそれを弾けるようなステータスも装備も有しているはずもない。
一瞬体を拘束され身動きが取れなくなり……
「《呪炸裂》」
それは籠めた呪いを炸裂させるスキル。
そして、呪物に込められていたのは睡眠を付与する呪いだ。
賊は爆発の衝撃で弾き飛ばされ床や壁に叩きつけられ崩れ落ちる。
そのままスキル効果のままに、<アルカナ>により強化された呪いに抵抗できず強制的に眠りへと誘われた。
わずか10秒にも満たない時間にて1人を除いて賊は無力化される。
それはまるで先ほどまでの光景の焼きまわしだった。
「……あー、なんだ。うまくいかねえもんだなぁ」
戦場で2人の男が向かい合う。
「よく、気づいたな。理由を聞いてもいいか?」
「……」
「答えず、と。あらら、無視されちまったよ。寂しいねぇ」
【盗み屋】は動かない。
それは、眼前に佇む旅人を警戒しているからではなかった。
つまるところ、状況の確認でしかない。
(はっ、随分といい脳味噌してんじゃねえか。だが、増援はねえな。陽動は十分に機能している。この旅人だけが俺の狙いに気づいて駆けつけてきた。そんだけだ。他の人員がいるならこいつはとっくに次の動きをしているはずだ)
街の中の悲劇を見捨て、ただ己の目的を阻むためだけにこの場に単独で駆けつけてきた。
状況から、表情から、そのように推察する。
相手も状況を把握するためか室内を一瞬見渡したのがその証拠。
奇襲がまだ半ばであるならばさらなる動きを起こしているはずだ、と。
(つまり、こいつを殺せばなんの問題もない)
時間稼ぎが狙いであったとしてもそれで片が付く。
予想外が積み重なったにしては状況はそう悪くない。
そのように判断し、表情が笑みへと移り変わっていく。
本来であれば、この場にいる竜人族全員を生け捕りにするのが望ましかった。
しかし、そのための手足は無力化されてしまった。
ならば次善策だ。
(まず旅人を殺す。次に使えなかったゴミ共も全員殺す。そして、王女だけを生け捕りにする。他の竜人族は放置でいいな。どうせしばらく起きやしねえ)
男は一瞬で状況を整理した。
そのまま、自身の目的を再定義し明確化していく。
邪魔者は殺し、使えなかったゴミも処分し、生け捕りにできない者達は王子含めて放置。
一番高貴かつ容易に制圧できる王女だけを生け捕りにする。
頭の中で流れを思い浮かべ1分もあれば十分だと、何の問題もないと小さく笑みを浮かべた。
☆
場所は商業連盟アーレに属する大都市の1つ、砂の交易都市サンドヴェール。
襲撃するは世界を敵に回した悪意、国際指名手配犯【盗み屋】。
立ち塞がるは世界を自由に謳歌する旅人、クロウ・ホーク。
星天の日から連なる1つの因果によるものか。
はたまた彼らも知らぬ因縁によるものか。
この日、両雄は直接相対するに至った。
To be continued……
以上で第10章【竜人と商人と盗人と】の更新は終了です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
楽しかったという方はブクマや評価、いいね、感想を貰えると励みになります。
第10章の執筆裏話は後ほど活動報告に記載いたします。
次回アップデート開始はGW頃を予定しているため少しお時間をいただきます。
それまでは断章のようなまとまった更新の予定はありません。
悪意は動き出した。
襲撃するは国際指名手配犯【盗み屋】。
他者を食い物とし己の利益を享受する大罪人。
世界の歯車は周りだし、数多の選択の果てに巡り廻った因果は収束する。
第11章の更新をお待ちください。
また、お会いできるのを楽しみにしております。
それでは……




