第29話 心躍る選択
俺達はmu-ma、刃歯、右手にポンと正面から睨み合う。
なんていうか、ハニーミルクといい予想外ばっかだな。
よく思い返せば、先ほど突っ込んだ時正面にいた【弓術士】は右手にポンだ。
その右手にポンの肩には先ほどまでいなかった鷹が止まっている。
どこかに偵察に行っていたのだろう。
というか先ほどの口ぶりからするに目的は俺か?
「お前ら、もう【賞金首】じゃないのになんでいるんだよ……」
そう、この3人組はすでに【賞金首】ではなくなっていたはずだ。
メリナにも連絡を入れておいたし、わざわざPKクラン側のメンバーとして参加している理由はないはずである。
掃討作戦の対象だからか?
いや、掃討作戦の意味を考えれば、本当に足を洗った場合警戒する必要がないことぐらい目の前の男はわかっているはずだ。
兵士の前で「国内でPK活動をする気はない」と嘘をつかずはっきり言えばそれで終わりなのだから。
プレイヤーに対して過激だと思われたくない国からすれば、これだけで牽制札になるのである。
そう、クラン戦作戦の穴はこれだ。
【賞金首】でないのであれば、本当の意味でPKから足を洗えば終わりなのだ。
あまりにも大きな穴だと言える。
だからこそ、ガーシスとメリナ、ゴーダルがわざわざ内部に入り込んで煽って誤魔化したのだ。
もっともな考えられる他の理由を用意して、国の心情の部分の情報は漏らさないようにしたのである。
「刃歯、右手、ここはじゃんけんで勝った通り俺がやる。お前らは適当に前線にでていろ。こちらに近づいてくるやつがいたら敵味方問わず殺せ。後は契約通りに進めろ」
「ちっ。わかってるよ……おめえ次は俺がぶっ殺す! いくぞ右手ぇ!」
「俺達は後衛職なんだからさぁ、刃歯はいつも前に出すぎなんだよ。だから俺が毎度毎度……」
「あああん! だから悪かったって言ってるだろうがああああ!」
「はいはい」
刃歯と右手にポンの二人は前線の方へ歩き出す。
(無視されてるわね)
(今のうちに離脱していいと思うか?)
(ダメじゃないかしら? ずっと見られてるわよ)
そのままmu-maを残し本当に刃歯と右手にポンは前線の方へ向かってしまった。
囲まれる前に逃げようと思ったのだが。
「疑問か?」
「ああ、囲んで潰せばよかっただろうに」
「そうしたら、お前は逃げに徹するだろう」
「よくわかってるじゃん」
mu-maは前線とは反対の、人がいない方に歩き出した。
彼の<アルカナ>である狼も襲い掛かってくる気配はない。
俺も囲まれるよりはマシと思い視線を離さずユティナとともに、そのままmu-maに合わせて移動する。
周囲は先ほどまでの喧騒とは一変、静かになっていく。
「少し話をしようか」
「いいのかよ、負けちまうぞ?」
「【賞金首】はお前に負けてすぐ、通報を取り消してもらうように動いた」
「へー、よく取り消してもらえたな」
「メリナという女に仲介を頼んだ」
「……なるほど」
納得した。
俺がメリナに連絡を入れるまでもなかったってことね。
「クロウ。お前に<カイゼン樹林>で負けた時点で俺の計画は破綻した」
「そりゃあれだけ物資をため込むには時間かかるだろうしな」
「それもそうだが、間に合わないと判断した」
「……やっぱ気づいてたんだな」
やはり、最初から気づいたうえで動いていたようだ。
時期的に見れば、ルクレシア王国内ではメリナと唯一同じ視点で活動していたプレイヤーかもしれない。
PKを裏切るか、PKを率いるかのスタンスの違いがあっただけだ。
場合によってはメリナとmu-maが徒党を組んでいた未来もありえただろう。
(想像したくねぇ……)
少なくとも今よりは地獄を見ただろうな。
「PK組織の設立は速さが命だった。だからこそ、多少の無理を押し通して<カイゼン樹林>で活動していたんだがな」
「そこに俺が来た、と」
「そうだ。<ゴズ山道>へ向かう前、最後のタイミングにお前が来た。油断した、というのは言い訳だな。全財産渡すと言われて、実際に渡されたのが7スピルだったせいで思考に雑念が入ってしまった。こいつこんなに貧乏なのか、とな」
「言い訳乙」
「…………」
「なんか言えよ」
「これは俺の勝手な憶測だが、このクラン戦の図を描いたのはお前たちだな」
「…………」
「なにか言ったらどうだ?」
(バレてるわね)
そりゃバレてるよなぁ。
メリナに仲介を頼んだ時点で、こちらの狙いを大体看破していたのであろう。
「言葉遊びをしたいわけじゃない。PKクランはこのまま瓦解し、馬鹿なやつらはNPCに【指名手配】され囚人としてデスゲードに送られる。これは既に確定している。そもそもこのクラン戦そのものが掃討作戦の一部なんだからな」
「そこまでわかってて何を話すんだよ。というかそれがわかってたなら、まだ色々できたはずだろ」
「必要がない。勝ち目が0の戦に挑むのはただのバカか、後に引くことが出来ない死兵のどちらかだけだ」
mu-maはそう言って、俺のことを視界に捉え続ける。
「知っての通り、俺は既にルクレシア王国の【賞金首】ではない。当然今後もそうなる予定はない。これからは真っ当にこのゲームをプレイしていく予定だ。国の移動も現状は考えていないしな」
「改心おめでとう、とでも言えばいいのか? 綺麗なmu-maの誕生ってわけだ」
「ああ、その予定だ。今この場で【賞金首】としての最後の清算を済ませたらな」
集団からかなり遠くに離れた。
今ここには俺とmu-maしかいない。
時折魔法や矢、石などが流れ弾として飛んでくるが、それだけだ。
「メリナとは既に取引が終わっている。刃歯と右手の2人を予備人員として使用していいことに加えて、把握していないであろう別動隊の情報も渡しておいた。その代わり、クラン戦中俺は自由に動いていいという密約をな」
「マジで全部わかってるじゃねえか! さっきまでの問答意味ありましたかぁ!?」
「お前の愉快な顔が見れただけで十分価値はあったな」
mu-maはくつくつと笑いを零す。
「いい性格してるなてめぇ……」
(クロウ、ブーメランって知ってるかしら?)
知りません。
「……俺が言うのもなんだが、あの2人は対人戦という環境においてそこらのプレイヤーよりはよほど強いと考えている」
知っている。
PKK活動をしている中で<カイゼン樹林>での戦いより死を身近に感じた戦いは存在しなかったのも確かだ。
想定を上回られたという事実ほど、怖いものはない。
「そこで、リーダーである俺だけが舐められているわけにもいかんのでな」
瞬間、mu-maの殺気が膨れ上がった。
「ははっ、マジか……」
俺は、乾いた笑いを抑えることができなかった。
《気配感知》は目の前の男をこれでもかと捉えて離さない。
俺を意識しているのだと、スキルで、そして空気で否応にも理解させられる。
舐めたことなんて一度もないと言ってもこの男は納得しないだろう。
これはプライドの、そして気持ちの問題なのだ。
「この狼は名前を【風狼】ガストという。俺が名付けた。そして俺の名前はmu-maだ」
「突風、ね」
<アルカナ>は生まれた時に最初に割り当てられている固有の名前とは別に、<アルカナ>のマスターが自分で名前を付けることもできる。
ユティナのように話せるならともかく、基本的には思い思いに名前を付ける文化が存在するのだ。
それをわざわざ言ったということはだ。
「お前たちの名前は?」
「俺の名前はクロウ・ホークだ」
「【天秤の悪魔】ユティナよ」
俺達はその名乗りに、応えた。
「そうか。それではリベンジマッチとさせてもらおう。どうせ暇だろ? 付き合ってもらうぞ」
それは、決闘の申し出に他ならない。
「構えろクロウ、ユティナ。一騎打ちだ。制限時間は別動隊の処分が完了するまでだろうから……10分といったところか?」
「グルルルルッ!」
目の前の男は全て理解していた。
俺たちの作戦を見破っておきながら、ただリベンジをしたいがために今日この戦場にきたのだ。
準備を行い、交渉をして、ただ俺と戦うこの瞬間のために。
「ただでとは言わんさ。お前たちが勝ったら今後一度だけ、どんな状況であろうと、どんな盤面であろうと、どれだけ絶望的な局面だろうと、全てをかなぐり捨てて俺が協力してやろう」
なんて、傲慢なのだろうか。
目の前の男は自分にはそれだけの価値があると言っているのだ。
俺に貸し一つ作る機会をみすみす手放していいのかと言っているのである。
「……俺は今日のために色々準備してきたから、条件は同じじゃねえぞ」
「それは俺も同じだ、気にするな。生産職の支援も人脈も全て強さの一つと俺は考えている。当然情報収集能力もだ」
「そうか」
俺は目を瞑る。
そして、大きく息を吸い、吐いた。
「ふーーー……」
再度目を開いて、mu-maを見る。
そこにはただの負けず嫌いなゲーマーがいた。
「これは、強敵だなぁ」
「む?」
しょうがないことだ。
「計画性もあり、先見の明もある。こいつが本格的にPKの指揮を取り出したら、俺たちの計画がおじゃんになるかもしれねえ」
これは言い訳ではない。
「仕方ないから……」
決して、言い訳ではないのだ。
「ここでご退場願おうか」
ただ、心の底から戦いを楽しむための準備である。
「ユティナ、やるぞ」
「ええ、《限定憑依》」
俺は装備を見直し、そして構えた。
俺は笑った。
mu-maも笑った。
「PK組織を見捨てて自らの都合を押し通すのは楽しいかああああああ!」
「最高の気分だ! 行くぞ!」
 




