第26話 宴の夜
□ラヴァルの鍛冶屋 クロウ・ホーク
「おう。確かに受け取ったでな」
バランラは素材の一覧を眺めた後スピルを一括で送ってきた。
俺が倒した黄晶竜は6体、よって60万スピルの報酬である。
(……稼げるな。これで<リキッド・ガーディアン>60体分か)
竜人国で黄晶竜を安定して狩れるのは戦士長だけらしい。
というのも当たれば即死の攻撃を放ってくるため、安全を確保するために本来は複数人で任務にあたるのだとか。
装備の消耗を度外視すればほぼノーリスクで挑戦できる旅人とは違う点だろう。
「明日の昼以降にまた来い。それまでに仕上げてやる」
「早いな」
「主が着ているそのコート。そいつぁ災片を落としたモンスターの素材が使われてるな。いい腕だ」
わかるのか。
「おかげで、己もこの素材にどう向きあえばいいかある程度はわかったでな。ついでだ、それも強化しておいてやるぜぃ」
「え、いいのか?」
「別料金だ。40万スピル寄越せ」
さらば、俺の今日の稼ぎの約半分!
「黄晶竜の素材の買い取りだけど全部で約45万スピルだね。どうするんだい? 他の国ならもっと高く売れるだろうけど……」
「あ、それでお願いします」
お帰り、俺の今日の稼ぎ!
(金銭感覚が狂いそうね……)
(ほんとにな)
ウルさんから依頼料と差し引いた5万スピルだけ受け取った。
良くも悪くも動く額が大きい。
稼ぎが一瞬で消えたかと思いきやすぐに戻ってくる。
10万スピルあれば大型魔導船のVIPルームを買えると考えるといかに装備に金がかかるかわかるだろう。
逆に考えれば、この程度は当然のように扱えるようにならなければ一流には程遠いのかもしれない。
「……ってぇことは。明日には国を出るんでいいんだよな?」
「ああー、そうなるな」
竜人国に未練がないわけではないが、今は納品依頼の真っ最中である。
待たせている相手もいるし用事が済んだらさっさと移動をするべきだろう。
「そういうことだ。小僧、ちゃんと送り届けてこいよ」
「ぐ、ぬ、ぬぬぬぬぬぬぅ……! ふぅ、仕方があるまい! クロウ・ホークよ。ユティナ嬢のついでに! 仕方なく! この私手ずから送り届けてやる。喜びむせび泣くがいい!」
グランはうめき声を上げた後、とても嫌そうな顔でそう宣言した。
そのまま流れるようにユティナの元へ向かい跪き、ダンスに誘うかのように手を差し出した。
「ユティナ嬢。もしよろしければこの後私とディナーでもいかがでしょうか……」
あ、こいつユティナが食に弱いことに気づきやがった。
仕方がない。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
「貴様は誘っておらんわ! なに勝手に付いてきようとしておるのだ!?」
「みんなで食べた方が美味しいと思うのだけれど?」
「全ては愛しの君が望むがままに!」
手のひら返しが過ぎるぞ。
☆
グランに案内されたのは大衆食堂の1つだった。
「失礼する」
中に入ると店の中が一瞬ざわついた。
「グラン戦士長! お疲れ様です! 本日は黄晶竜の間引きに向かわれたとのことでしたが……」
「よい、力を抜いてくれ……席に案内を頼む」
「あいよー。いらっしゃーせい。3名様はいりまーす!」
グランは非番らしき兵士に気にしないよう声をかけ、すぐに周囲は喧騒を取り戻した。
いくつかの視線はちらちらと飛んでくるがそれだけだ。
案内されたのは壁際ではあるものの個室でもなんでもない普通の席。
グランは俺達に何を食べたいか聞き、そのまま食前の果実酒を置きに来た店員へ注文を済ませる。
「随分と通いなれてるんだな」
「意外か?」
「いや。庶民派なんだなとは思ったけど、それだけだな」
この王子様が国民に慕われていることは昨日や今日で大体わかった。
本来馬鹿王子や色ボケ王子などと呼ばれている時点で、不敬罪が適用されてもおかしくはないわけで。
それがないということはつまり、それを本人や国が許容しているからに他ならない。
「私は王族である前に1人の戦士だ。仲間との意思疎通は最優先事項に決まっている。ともなれば、共に酒を飲み、罵声を浴びせ合い、異性の好みについて語り合うのは当然のことであろう。他国がどうかは知らんがな。興味もない」
そう言って果実酒を一気に呷る。
「それに、麗しの君と食事を取れるのだ。私は今、間違いなく世界で一番の幸せ者さ」
「あらお上手」
「息を吸うように口説こうとするな。あ、ありがとうございます」
頼んだワイバーン肉のシチューを受け取り食事に入る。
これでもかとゴロゴロとした野菜や肉が入っているので食べ応え抜群だ。
少し筋っぽい気はするが、十分美味しい。
「そう言えば、ドラゴンを狩っても良かったのか?」
今更ではあるがなんとなく確認してみる。
今日、グランは俺の倍の10体近く倒していたからだ。
竜人族というぐらいなのだから、ドラゴンに対して友好的だったりはしないのだろうか?
「む……黄晶竜は気性も荒く、理性のない蜥蜴畜生に過ぎん。強者には従順なワイバーンの方がまだ可愛げがある。程度の違いこそあれ、他の晶竜も同様だ。それに、我らが祖は霊峰竜アルターンだ。あやつらのような紛い物と一緒にするな」
「霊峰竜アルターン?」
そういえば、最初ユティナに会った時も祈っていたな。
感謝を捧げ奉るとか言ってたっけ。
「知らぬのか? ……知らぬというのであれば! 教えてやろう!」
瞬間、グランは勢いよく立ち上がり声を張り上げた。
(あ、なんかスイッチ入った)
「我らの物語は霊峰竜アルターン。かの祖竜が、とある小国の姫に恋をしたことから始まる!」
「お、始まったぞ!」
「来た来た来た!」
それを受けて、先程からこちらの様子を伺っていた周りの竜人たちは待ってましたと言わんばかりに湧き上がりだした。
グランはその反応に気分を良くしたのか語りに熱が入り始める。
「人と竜。彼らは決して相容れぬ関係であった。しかし、諦めきれなかった祖竜は《人化》の法を編み出したのだ!」
それはある意味王道の物語だった。
人に恋した竜が人に化け、夜な夜な窓から姫の部屋に侵入し口説くというものだ。
少しずつ両者の心は縮まっていく。
しかし、その恋は叶わない。
なぜなら、姫の国は隣国からの侵攻に晒されており停戦するには姫が嫁ぐことが条件に課されていたからだ。
「劣勢であった祖国を守るために、姫は自らを犠牲にすることを選んだ! 民のために自らの操を捧げるその献身! ああ、なんと美しき心か!」
姫の現状を嘆いた竜は、ならばその不条理を打ち砕こうと申し出た。
貴方が望むのであれば立ち塞がる全ての障害を砕き、不安を取り除き、正々堂々と貴方を攫ってみせようと。
なぜなら、男は窓から侵入してくるただの不審者ではない。
霊峰竜アルターンなのだから。
「我らが祖は姫が望まなければ身を引く覚悟があった! 武に働きかけることなく、姫の意思を尊重し! 愛に生き! 友好を示し! その果てに姫を口説き落としてみせたのだ!」
姫に攫って欲しいと望まれた竜は隣国の軍を滅ぼした。
姫の憂いとなることごとくを焼き尽くした。
そして最後に人と竜は結ばれ……その果てに竜に至れる人類種。
竜人族が生まれたのだ、と。
(……ハッピーエンド、か? その隣国からすればたまったもんじゃなかっただろうけど)
まぁ、停戦の条件に姫を望んだとなればそれが目的で戦争が起こされた可能性もある。
愛し合う男女が障害を跳ねのけ結ばれたという一点だけに限れば美談と言えるかもしれない。
《人化》なる方法を編み出すほどに恋焦がれ、それを叶えたのだから。
「ああ、素晴らしきかな! 私の目指すべき境地がそこにある! 己の心を偽ることなく! 美しきを讃え! 愛に生き! 愛しきを口説き落として魅せようぞ! それこそが私の王道なり!」
「だからってうちの嫁さん口説いたのは忘れてねえぞ!」
「はん。貴様の妻が美しいのが悪いのだ!」
「今日もウルちゃんに振られたんだってー? これで何百敗目だよ!」
「1035敗目だ! 桁が1つ足りんぞ愚か者!」
店員が追加の酒を渡すな否や一気に飲み干し、やっかみに対し殴り返すように叫ぶ。
そして、周囲を見やり自信に溢れた笑みを浮かべ宣言する。
「故に私はこの身と行動をもってして示すのだ! 世界へ輝きを齎す者である我らが祖、霊峰竜アルターンに恥じぬようにな!」
その顔はどこか若干赤らんでいて……
「ふははは! 今日はなんかぁ、気分がいいぞ! よし、私の奢りだ! 皆の者、好きなだけ飲み食い唄え! 私が許可する! さぁ! 宴を始めようぞ!」
「うおおおおおおお!」
「さすが我らが戦士長! 太っ腹ー!」
「きゃー! 素敵ー! 抱いてー!」
そのまま、店内は一気に騒がしくなった。
え、なにこれ。
「よっ、旅人の兄ちゃん。グラン王子をよく連れてきてくれた!」
「え?」
「ん? ああ、知らなかったのか。それなら教えるよ」
気のよさそうな若い竜人族の青年が木のジョッキを片手に肩を組んで来る。
「グラン王子はな、酒に弱いんだ」
そのまま悪い顔を浮かべながらそう言った。
「……はい?」
「よーしお前ら! 今日は竜酒が飲み放題だ! 財布はグラン戦士長が全て持つ! 在庫を全部消化しちまえ! 酒樽ごと持ってこーい! ……ってこった。楽しんでけよ」
ちなみに竜酒は竜人国ヴァルドラーテの特産品の酒だ。
竜が酔いつぶれる程に強い酒精が売り文句らしくその価格なんとジョッキ一杯5万スピル。
あくまでもこれはお店用で、輸出向けはもっと高いのだとか。
なんでも、霊峰で採取できる貴重な果実を使用しているらしい。
「クロウ、全部奢りですって! メニューの上から下まで注文しましょうよ!」
「……ユティナになら喜んで奢るだろうしいいんじゃないか」
俺は騒がしくなった周囲を横に、シチューを掬い口に運んだ。
うん、うまい。




