第16話 キングブラッドコブラ
蟷螂は獲物が通りかかるのを待っていた。
身体を周囲の風景に同化させ、音を立てずにただ待ち続ける。
自ら動くようなことはしない。
なぜなら、王の機嫌を損ねてはならないから。
なぜなら、森のならず者を呼び寄せるわけにはいかないから。
なぜなら、自らが動いた結果何かの間違いで女王の縄張りに足を踏み入れてはいけないから。
この森で生き残るために必要な最低限のルールを生存本能で理解しているが故に動かない。
彼らは仲間と協力をして狩りをする。
一方が獲物を見つけた際は仲よく分け合うのだ。
また、森のならず者が襲ってきた時は片方が犠牲になることにより一方は確実に生き残れる。
種に刻まれた生存本能に従い生きていた。
『……』
ふと、違和感を感じとった。
しかし、周囲に危険な気配はない。
気のせいであったと状況を確認し……仲間の気配が消えていることに気づく。
『GITI!?』
瞬間、首筋を闇に撃ち抜かれ<ブラッディマンティス>はポリゴンとなって砕け散っていった。
☆
□5月1日 血染めの森 クロウ・ホーク
(命中っと)
俺は木から軽く飛び降り地面に着地した。
縄張りの都合、進行方向にいた<ブラッディマンティス>が避けては通れなかったため遠距離から仕留めた形だ。
消費したMPは300程と少し多いが確実性を高めるための必要経費と言えるだろう。
(ドロップアイテムは……)
鮮血蟷螂の大鎌に鮮血蟷螂の堅羽。
他にも鮮血蟷螂の甲殻とあるが、レアドロップらしき素材は見当たらない。
魔力回復用のポーションを取り出し飲み干しつつ、そのまま進む。
今日でこの森に入って3日目になる。
5月になりクランランキングやジョブランキングが実装されたからかSNSは色々盛り上がっているらしいが、俺は依然として森の中の探索を続けていた。
ジョブランキングにはとりあえず【高位呪術師】で登録しておいたが……
(ようやく終わりが見えてきたわね)
(ほんとにな)
その甲斐もあり、ようやく森を抜けられそうなところまで来た。
慎重に進んだため時間がかかってしまったがあと30分もかからないだろう。
俺の進行方向にはもう大きな障害は存在しない。
<ブラッディベアー>に気を付けるだけでいい。
だからこそ。
「よし」
「あら、結局やるのね?」
「ああ、せっかくだ。森の王様にお別れの挨拶をしようぜ」
最高難易度の魔域にいるのだ。
どうせなら、今の自分たちがどこまでできるのかを把握しておくことも重要だろう。
俺は敢えて直進せずに右手の方へと向かう。
そのまま数分程進めば周囲のモンスターの気配がどんどん薄れていく。
<ブラッディマンティス>はいなくなり、その他のモンスターも一切見当たらなくなったので俺は《気配遮断》の外套も脱いだ。
そして、その時は来た。
「来たな……っ!」
ぞわりと、森の空気が変わる。
耳をすませば遠くの方からめきめきと森が揺れる音がする。
高速で音が近づいてくるのを確認した後今度は左手、森の出口へと走り出す。
背後から近づいてくる影を振り払えない。
否、振り払うつもりはない。
「抜けるぞ!」
「ええ!」
そして俺は血染めの森を抜けた。
次に眼前に広がったのは巨大な岩の壁だ。
赤色で形成されたそれこそ七竜の渓谷、その入り口。
その名の通り、ワイバーン種の他に7種類のドラゴン種が存在している。
そして、この赤岩地帯には紅晶竜と呼ばれる上級モンスターが生息しているらしい。
いや、今はそんなことはどうでもいいのだ。
重要なのは血染めの森と七竜の渓谷の間にある魔域の境目には広いスペースがあるということ。
名もなき魔域のここが今回の目的地。
俺は森から軽く離れた後、脚を止めた。
「《呪物操作》」
再度発動し四肢に装着した呪物を指定。
周囲には森の中から引き連れてきた呪物たちを展開し待ち構える。
「2度目だな」
次の瞬間、それは現れた。
森の中から飛び出してきたのは圧倒的なまでの巨体。
最もワイバーンを捕食できる場所にいたからか、森の入口付近で遭遇した個体よりもさらに大きいように見えるが些細なことだ。
『GYUOOOOOOOOOOOOOOOO!』
王の名を冠する巨蛇、<キングブラッドコブラ>。
血染めの森における最強種。
(現時点で警戒の必要があるのは3点)
まず、額に連なるように生えた5つの目は何らかの感知能力を有している可能性が高い。
次に顎から生えた無数の髭。
<ブラッディベアー>の例がある。
触手一本一本が高い破壊力を有している可能性を常に頭に入れておく。
最後に謎の遠距離攻撃。
おそらく毒液の高速噴射だと思うのだが、射出口が口からだけだとは考えない。
皮膚からいきなり飛び出してくる可能性も考慮しておく。
(こんなところか)
情報は不十分だが最低限は揃っている。
ここから試されるのは対応力と適応力だ。
「蛇蟷竜以来の大捕り物だ」
さぁ、狩りを始めよう。
☆
大前提として、<キングブラッドコブラ>の討伐は絶対だ。
この後の七竜の渓谷攻略のために魔力を温存する必要があるという状況でいかに効率的に、かつ消耗せずに上級モンスター相当の個体を倒せるか。
【死の森】は今回の比にはならないはずで、だからこそ合計レベル300付近の現在の限界を知るのは今後の一つの指標になる。
ここで勝てないようであれば<アル・ガロア>の討伐など夢のまた夢だろう。
俺は空中に退避しながら大蛇に向けて呪物を向かわせる。
「《呪炸裂》!」
《呪爆》と違いそれぞれに込めた呪いに応じて追加効果の乗るそれは、一段階上の威力を有している。
まずは初手の耐久値の確認だ。
『GYURURURURURURU!』
<キングブラッドコブラ>にダメージは通った感覚がある。
しかし、一切堪えた様子はなく、怯むほどのものでもなかったようで俺に向けて首を伸ばし捕食しようと突っ込んで来る。
リスクを取る必要もないので回避を優先し、空中で不規則な軌道を描いた高速機動によって噛みつき攻撃を躱す。
「でっけ……」
実際に相まみえて実感するのはやはり攻撃範囲の広さだろう。
本来、当たり判定が大きいというデメリットを内包しているのだが、そのデメリットと引き換えにこの怪物は圧倒的なまでの攻撃範囲を獲得しているのだ。
(どのぐらいだ?)
(問題ないわ。40秒までは届きそうよ)
(となると、魔法耐性自体はそこまでじゃないか)
初手に《呪物操作》と《呪炸裂》で出しうる最大火力をぶち込んだ。
結果、ユティナの《拮抗する天秤》の効果条件を満たしたことを確認。
ステータスは見えなくても、ある程度の予測を立てることができる。
(防御力は蛇蟷竜と同等。HPは膨大。まともに正面からやりあうのは愚策だな)
つまり、狙うは重要部位破壊による短期決戦一択だ。
『GISHAAAAAAAAAAAA!』
<キングブラッドコブラ>は大きく体をうねらせる。
それだけで地面に巨大な跡が刻まれていく。
だが、空中移動手段を確立したことによって三次元的な回避方法ができるようになった俺からすれば、ある程度の危険度で収まっている。
(逆に言えば、地上戦しかできないと普通に轢き殺されてたかもなこれ)
しかし、油断はできない。
(ほらな)
再度こちらに狙いを定めるように顔を動かす。
すると、<キングブラッドコブラ>の顎に生えていた髭のようなものが大きく蠢きだした。
次の瞬間その無数の触手の先端から高速の物体が射出され……
「《暗黒弾》!」
空で回避行動を取りながら周囲に展開した闇の弾丸で着弾機動のそれを次々と打ち落とす。
ユティナの《天秤憑依》によって拡張されたINTとMPをふんだんに使い、遅延発動と共に連射性能を高め迎撃。
だが、攻撃が止まる気配はない。
(これがあの未知の攻撃の正体か!)
髭と思っていたそれは皮膚の一部であり毒腺と直接つながっている器官。
そして、そこから高速で毒液を噴射しているのだ。
地上から空へと殺戮の雨が降り注ぐ。
しかし、毒液の回避だけに躍起になっては行けない。
「ばっ、かかよ!?」
『GYUOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
刹那、地面から柱が斜めに生えた。
数百メートルの身体が一瞬伸縮し、俺へ目掛け射出される。
空間を歪ませ、風圧を作り出しながらの突進攻撃。
どうにか軌道上から逃れると<キングブラッドコブラ>の巨体が横を通りすぎて行き……鱗の隙間から赤黒い霧のようなものが溢れ出てきた。
包まれる前にどうにか離脱することができたが……
(毒、かしら?)
(たぶんな)
その霧のようなものは<キングブラッドコブラ>のただの移動によって巻き起こされた風に乗り周囲に渦巻いていく。
(ん? 渦巻いていく?)
見れば<キングブラッドコブラ>は頭が地面に着地すると同時に何かを囲い込むような軌道を描きながら地面をぐるぐると回りだしていた。
今もなおその肉体から霧は溢れ出している。
そのまま渦巻き、スキル特有の輝きを放ちだす。
「冗談だろ……?」
『GYUAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
指向性を持ってして殺意の竜巻が放たれた。
圧倒的なまでの攻撃範囲。
直撃すれば、死あるのみ。
(整形、圧縮、そして……拡散)
──ならば、迎え撃つ他あるまいて。
「《暗黒衝波》」
多量の魔力を込めたうえで広範囲に拡散する性質を持たせる。
正規の手順で魔法スキルの詠唱を重ねることにより十全にスキル補正を乗せる。
そのまま竜巻目掛け放った闇の衝撃波は正面からぶつかり合い、相殺。
赤黒い霧と闇の大波が大気を揺らしながら空気に霧散していった。
『GYUAAAAAAAAAAAAA!』
「舐めんなっての」
仕留め損ねたことに対する怒りの咆哮を聞き流す。
まず間違いなく、俺が今まで戦ってきたモンスターの中で一番強いだろう。
毒という状態異常は決して弱くない。
ステータスというものに縛られず耐性がない相手に対してであれば強引に時間制限を強要できる時点で弱いはずもない。
対策すれば簡単に対処できるようで、<プレデター・ホーネット>のように通常では回復できない猛毒があったりする。
本気モードの<蛇蟷竜ペルーラ>と<キングブラッドコブラ>が戦った場合は、おそらく削り切れずに蛇蟷竜が時間経過で負けるのではないだろうか。
攻撃力や破壊規模だけなら蛇蟷竜の方が上のように思えるが、この巨体と生命力はステータス以上の脅威であることは間違いない。
だが、大体わかった。
特異性というよりも本体のカタログスペックで戦うそれであれば……
(次で仕留めるぞ)
(ええ、タイミングは任せるわ)
今の俺たちの敵ではない。




