第15話 ブラッドステイン攻略記
□血染めの森 クロウ・ホーク
「あ、ども」
『GURU?』
ログインした俺を出迎えたのは一頭の巨大な熊だった。
<ブラッディベアー>はいつからいたとでも言いたげな困惑した表情で俺のことを見つめてくる。
俺も俺で意外とつぶらな瞳なんだなとか、ある日、森の中でクマさんに出会う経験はこれで2度目だなとか、そんなことを考えていた。
「お、さすがですね」
その手を見れば新鮮な<ブラッディマンティス>を抱えていた。
どうやらちょうど狩りが終わったところらしい。
これから命尽きポリゴンとなって砕け散るその瞬間まで、肉体を咀嚼し食事を楽しむところなのだろう。
「すみませんねぇ。なんか邪魔しちゃったみたいで。ほら、すぐいなくなるんで……」
俺はささっと服装を整え歩き出す。
ゆっくり、慎重に、刺激しないように。
ユティナはしっかりと俺の内側に逃げ込んでいる。
先程から無言なのは、心臓を抑えているからだろう。
驚きによって声を上げなかったのを褒めてあげたいぐらいだ。
『Guhu……』
それを見て、何を思ったのか<ブラッディベアー>はゆったりと四肢を地面につけた。
うん、何を思ったのかだって?
それはもちろん、新たな獲物に襲い掛かるために決まっているだろう?
そんな副音声が聞こえてくる。
(ははは、ジョージ。それはとても面白いジョークだね)
思わず、親愛の意を込めてジョージと呼んでしまった。
いや違う。この<ブラッディベアー>の名前は今日からジョージだ。
俺達は友達だ。友達同士が殺し合うなんておかしいとは思わないかい?
(クロウ……現実を見ましょう)
ユティナの声で目を覚ます。
どうやら俺も気が動転していたようだ。
うん、もう現実逃避はやめにしよう。
「退避いいいいいい!」
『GYUAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
誤魔化すのが無理なことを悟った俺は一目散に駆けだした。
「ほら! ほんと俺美味しくないから! たぶん、きっと筋っぽいって! せっかく仕留めたんだから絶対あっちの方がいいって!?」
『GOHU! GOHU! GOHU!』
「あ、駄目みたいですねぇ!?」
血走った眼で追いかけて来る熊をどうやってやり過ごすか頭を回す。
瞬間、<ブラッディベアー>は大きく腕を振りかぶった。
そのまま異様に発達した腕の血管から漆黒の血が溢れ出て触手のように伸びる。
「はい!?」
流体のそれを、まるで鞭のようにしならせ振るう。
当然のようにブラッドツリーを細切れにしながら迫ってきたそれを飛んでしゃがみ込み回避。
前転の要領で受け身を取りつつ、勢いを落とすことなく逃走を継続。
「わーお……」
軽く振り返れば漆黒の血が通過した大樹のことごとくが完全に伐採されていた。
異様に発達した腕はある意味血の貯水タンクの役割があり、溢れ出た漆黒の血を振り回すことで広範囲の薙ぎ払い攻撃になると。
なるほどなるほど。
「少しは加減しろ!?」
ログインと同時に始まった死の鬼ごっこ。
<血染めの森>の探索2日目はそうして始まった。
☆
「はぁ、いきなりひどい目にあった……」
「まったくね」
木に背中を預け息を整える。
(魔域でのログアウトはこれが危険だよなぁ……)
こちらに戻ってきた時にモンスターに囲まれていて死亡なんてパターンが一番ありえそうだ。
今回は目的地があるのでログアウトするためだけの陣地構築などしている暇はない。
だが、【死の森】は長期間の攻略が予想されるのでログインできる安地をどのように整えるかを考える必要があるだろう。
さて、攻略2日目ともなればある程度わかってくることもある。
この森最大の脅威は熱源を感知し襲い掛かってくる<キングブラッドコブラ>だが、これに関しては周囲のモンスターの位置取りを見れば縄張りをある程度把握することができる。
次に虫の女王に関してだが、花畑に近寄らなければいいだけなのであれも避けること自体は簡単だ。
だから、目下警戒の必要があるのは<ブラッディベアー>になる。
不意に遭遇する可能性があるのは森のならず者であるあの血染めの熊だけだ。
「とりあえず、今日で半分ほどは進みたいな」
目的地である竜人国へのルートだけは簡単に把握している。
この<血染めの森>を抜けると大きな渓谷があるらしい。
<七竜の渓谷>と呼ばれるそこは多種多様な竜種が生息している危険地帯だ。
そして、その奥地に霊峰アルタと呼ばれる山があり麓に竜人国はあるのだという。
竜人国は七竜の渓谷に完全に囲まれているらしく、かの国に向かうには避けては通れないとのこと。
魔導王国からの最短ルートは<血染めの森>になるが、他には<千針の沼地>やら<拒食の雪原>といった仰々しい魔域を抜ける必要があるらしい。
「森を抜けて、渓谷を渡り、山を目指す。言葉にすれば単純だが……」
「そう上手くはいかないでしょうね」
今も周囲にユティナの憑依した呪物を放ち索敵を続けている。
接敵を避けながらいかに時間をかけずに目的地へと進むかを考えているのだが……
「とりあえず、空からも見てみるか」
ちょうどいいため呪物をさらに空へと向ける。
40メートル以上の巨木を超えればそこに広がるのは一面の森の海だ。
時折木が大きく揺れているのが見える。
何らかの戦闘が起きているのか、はたまた森の王様が身じろぎをしたのか。
そして、かろうじて……本当にかろうじて遠方に山らしき影が見えた。
あれが渓谷の入口だろうか?
「うーわ……」
遠いなぁ。
ここから数十キロは余裕でありそうだ。
というかこの森がでかすぎる。
「飛んでショートカットできるか?」
レイラーは徒歩で行くしかないと言っていた。
確かに七竜の渓谷で空を飛ぶと四方八方から飛竜が寄ってくるので難しそうではある。
だが、この森を抜けるまでならできるのではないだろうか。
(ワイバーン?)
(かもな)
そのまま観察していると遠くの方に空を飛ぶ何かがいるのが見えた。
この世界の摩訶不思議な飛行物体のほとんどはなんらかのスキルや魔法を使用している。
だから、ドラゴンもワイバーンも魔導船も物理法則を無視していることが多い。
<アルカナ>の中にも、空飛ぶゴーレムやグリフォンとかいることだしな。
どうやら向こうの渓谷からちょうどこちらに飛んできた飛竜がいたようだ。
群れからはぐれた固体か、はたまた何らかのイレギュラーによるものか。
あの個体は魔域を飛び出し、新天地へと飛び立とうとしているのかもしれない。
「あ……」
「え……」
次の瞬間、森から柱が勢いよく生えた。
その柱は的確にワイバーンの身体を覆い隠した……いや、捕食したのだ。
「はい?」
それは<キングブラッドコブラ>だった。
今見た光景は、空を飛んでいたワイバーンに向けて大蛇が身体を伸ばし捕食したというものだ。
そのまま倒れるのかと思いきや、予想に反しゆったりとした動作で地上にするすると戻っていく。
がさりと周囲一帯の木々が大きく揺れたが、それだけだ。
そして、何事もなかったかのように森は静寂を取り戻した。
「……いや、そんなのありか?」
「……少なくとも、ここではありなんでしょうね」
そのまましばらく観察していると何度かワイバーンが飛んできて、その度に地上から空に柱が伸びていくのが見える。
どうやら、<キングブラッドコブラ>の食事はもっぱらこれらしい。
<七竜の渓谷>から抜けだした個体を入れ食いだと言わんばかりに待ち構え捕食しているのだ。
たまに、数百メートル以上の高さを確保していそうな個体もいたのだがその時は地上から何らかの高速の飛翔物体が射出されるのが見えた。
それはあっという間に空へと消えて行き……数秒後撃ち落とされたであろう肉片が地上に降り注ぐ。
どうやら空路で進もうとすると地上から<キングブラッドコブラ>が狙い撃ちしてくるらしい。
「何体いるんだ、これ……」
全く別の場所から都度3回。
つまり、最低でも3体。俺が昨日遭遇した個体を合わせれば4体はいるらしい。
実態としてはもっといるはずだ。
地獄かな?
「とにかく、進まないと始まらないか」
「そうね……」
俺は荷物を確認し背後に憑依したユティナを浮かせながら森の中を歩き出した。
☆
□4月30日 烏鷹千里
「兄さんは今どこにいるの?」
「ん?」
昼食中、麗凛は俺が今どこにいるのか聞いてきた。
「今朝も軽くログインしてたでしょ? だから、どこか攻略中なのかなって思って」
「……動画か?」
「わかる? もし面白そうな映像とかあったら欲しいなーって……」
<Eternal Chain>の動画投稿は今のところ順調らしい。
レレイリッヒら他の旅人から提供された映像を始め、りんご飴協力の元作成した猫まとめ集や攻略情報を定期的にアップロードしているのだがなかなか好評のようだ。
特にレレイリッヒ監修によるモンスターの生態観察シリーズはゲームをしていない層にも人気らしく、ものによっては10万回再生を突破しているものもある。
「そうだな……少し待ってくれ」
俺はスマートフォンを開きVRヘッドギアと同期してあるデータから適当に選び、麗凛のアドレス宛に送信した。
「とりあえず映像データ適当に送っておいたぞー」
「ありがと」
そう伝えれば、麗凛は持っていたサンドイッチを皿に置きスマホを取り出し操作しだす。
しばらく集中しそうなので、俺はささっと昼食を済ませた。
「……兄さん。ここ、どこ?」
あらかた見終わったのか、どこか神妙な表情でそう聞いてくる。
「血染めの森。竜人国ヴァルドラーテに続く魔域の1つ、探索推奨合計レベル400以上の場所だな」
「この蛇、なに?」
「<キングブラッドコブラ>。体長100メートル前後の巨大な蛇。この魔域の固有種で、見ての通り地上から身体を引き延ばして空にいる飛竜を捕食することもある」
俺が麗凛に渡したのは<キングブラッドコブラ>の狩りの映像だ。
録画機能を用いて視覚情報を記録しリアルでも確認できるようにしたものである。
ゲーム映像の出力という観点において、他の旅人が映っていない限り基本制約は存在しない。
当然、この映像の中にはモンスターしかいないので出力自体は思いのままだ。
「え、なにこれ。こんな面白い映像持ってるなら言ってよ。使っていい?」
「いいけど、探せば他にもいるんじゃないか? そこまで新鮮味のあるデータじゃないと思うが……」
「ちょっと待ってね……ブラッドステイン、だっけ。うーん、見当たらないね」
「……マジか」
サービス開始してから3ヶ月近く経過している現在において、竜人国の存在自体は知られている。
探索に許可が必要な魔域や人類未到達区域というわけでもないので誰も挑戦していないなんてことは無いと思うのだが。
「関連動画はあるにはあるんだけど森に入ってすぐやられてるような映像ばかりなんだよね。明らかにレベルが足りてませんって感じ」
「背後から即死攻撃喰らってるだけだなそれ。なんか鎌みたいなものとか映ってないか?」
「映ってる。あ、概要欄にも書いてあるね。<ブラッディマンティス>?」
「それだな。木の幹に引っ付いて擬態してる。色合いも質感も全く同じだし、隠密関連のスキルもあるから《気配感知》だけに頼ってたら気づけないぞ。STRとAGIは6000を超えてたはずだ」
「へー。結構強いモンスターなんだね」
割と高い頻度でエンカウントする通常モンスター枠だけどな。
少なくともここ2日の探索で飽きる程見た。
「……空から向かおうとしたら何かに撃ち落とされたってあるけどこれは?」
「俺が見た限り、<キングブラッドコブラ>が射出した毒液かなんかだと思う。空を移動しようとすると撃ち落とされるみたいなんだよな。射程はわからないが、少なくても数百メートルは余裕で攻撃圏内だ」
「……」
「<キングブラッドコブラ>に追いかけられた時は特に使ってこなかったから普段は使用しない攻撃方法の可能性が……」
「ストップ、兄さん」
「ん、なんだ?」
見れば、麗凛はどこか据わった目で俺のことを見ていた。
「その追いかけられている時の映像は?」
「もちろんあるぞ。ログ記録は探索の基本だし」
そう答えれば、麗凛はどこか期待の籠った眼差しで俺のことを見つめてくる。
「……あれ? ん!」
俺が何も言わないのを不審に思ったのか、麗凛は不思議そうに若干首を傾け今度は腕を差し出してきた。
その行動の意味は考えるまでもない。
我が妹はそのデータを寄越せとご所望のようだ。
「……投稿時期はずらしてくれよ」
「やったー。お兄ちゃん大好きー」
「前も聞いたな、それ」
麗凛は「やった、やった」と小さく歌いながらサンドイッチを頬張る。
俺からしてもルクレシア王国の近況報告を頼んでいるので、この程度なら安いものだ。
「ゴールデンウィーク最終日までには投稿してもいいかな? イベントポイントが入るかもだし」
「ああー、それもあったな」
すっかり気にしていなかった。
気にする余裕がなかったとも言う。
確かに、定期的にポイントは入ってたな。
だだ、経験値ポーションを始め交換できるようになるのはイベント終了後の一定期間の間だけなのですぐに確認する必要もなかったのだ。
「いいぞ」
「ほんと!? それなら早速準備しないと! 使っていいデータ全部送っておいてね! 情報ももっと集めないとだ。生態解説動画の方がいいよね? レレイリッヒさんにもそれとなく意見貰っちゃおっかな」
「それなら今度教えてくれ。俺もレレイリッヒの意見は気になる」
死の森の予行演習が終われば特に情報を制限する意味もないしな。
「おっけー!」
そのまま麗凛は昼食を済ませ、足早に自室に向かった。
「ん?」
と思ったら、パタパタと足音を立て戻ってきた。
部屋の扉を開け顔を出してくる。
「あ、あと明日友達来るから。身だしなみだけはちゃんとしておいてね。もしかしたら鉢合わせしちゃうかもだし」
「あいよー」
今度こそ言いたいことは伝え終えたのか、また廊下を戻っていく。
この後はひたすら動画編集とゲームのプレイ映像の撮影に費やすのだろう。
俺達は互いのプライベートな時間は基本不干渉だ。
麗凛はどうせVRゲームをしていると思っているし、俺も基本麗凛のことを放置している。
食事と日課のランニングを除くと最低限の接触しかないが、これが俺達の日常だ。
「こんなもんか」
食器を片付け、夕飯の買い出しも済ませてあることを確認する。
このまま攻略を再開するとしよう。




