第14話 血染めの森の王様
先程の花畑を迂回し進むこと数十分。
ある程度この森の歩き方にも慣れてきた。
足の運び方、体重移動、重心の位置。
広範囲の索敵を継続しつつ、モンスターと接敵しそうであれば予め避ける。
(それにしても、妙だな)
(何がかしら?)
(随分と擬態型のモンスターが多いと思ってな)
<ブラッディマンティス>、<ブルームバグ>の他にも木の葉に擬態した蝶や、水辺に擬態したスライムがいた。
多くのモンスターは基本終始擬態し動きを静止しているのだ。
それこそ、自由に動き回っていたのは<ブラッディベアー>と<クリムゾンパピヨン>ぐらいだろう。
森の中に入って一時間近くモンスターと戦闘をせずに済んでいるのもこれが大きい。
<カイゼン樹林>であれば森の中を5分ほど歩けば<ホーネット>が襲い掛かってきたのだが。
(そうね……擬態しなければならない理由があるって考えるのが自然かしら?)
(そうなるな)
元々擬態をするモンスターが多いだけという可能性もあるが、あえて理由をつけるとするならばユティナの言う通り必要性に駆られてというのが1番可能性が高そうだ。
そう考えればある程度見えて来るものがある。
高難度の魔域、<血染めの森>。
多くの動植物が鮮血色で彩られたこの森はそれ以外の色だと悪目立ちする環境だ。
食性か、はたまた発生要因によるものか多くのモンスターは鮮血色の身体を有しており、それを活かして擬態をしている。
それはなぜかと考えた時に浮かび上がる1つの仮定。
(この森を自由に動き回るのは、自らが弱者だと理解できていない一部のモンスターか……)
それこそ、<ブラッディベアー>のような圧倒的な強者のみではないか──
「──っ……!」
瞬間、俺は異様な寒気に襲われた。
空気が変わる。
蛇に睨まれた蛙が思わず動きを止めてしまうように。
捕食者に睨まれたような。
そんな感覚。
何者かに気づかれた。
どこに、誰に。
(ユティナ、いたか?)
(……見当たらないわね)
俺も呪物の視界を通して周囲にいないことは確認している。
となれば、俺達の索敵の範囲外から補足されたのか。
(《気配遮断》してるのにこれだけの距離から補足してくるとか……いや、まぁありえない話ではないんだが)
そういうスキルがあれば可能だろう。
実際、スキルなどなくても半径500メートル以内の地形情報と相手の位置を把握するような人間もいるわけだし。
やっぱあれおかしいよなぁ……
「クロウ!」
ユティナからの警戒の声を受けて、俺は余計な思考を端へと追いやる。
右方向に展開しておいた武器が一瞬で粉砕されたからだ。
武器が壊され視界が途切れる瞬間、僅かにとらえた影は鱗のようなものがびっしりと生えていた。
「来たか!」
そして、ようやく肉眼でその姿を捉えることができ……
「あー……なるほど」
《気配遮断》は《気配感知》の対抗スキルだ。
実際に視認されれば効果は切れるし、魔力や風の動きを読めば移動先を予測することは可能だ。
だから、これはある意味当然と言えた。
「《熱源感知》、ね。ピット器官だもんなぁ。そりゃ、いくら気配を消しても意味ねえわ」
そこにいたのは巨大な蛇だ
顎から生えた無数の長い髭のようなものを風になびかせながら、口を大きく開きこちらに向かって勢いよく突っ込んで……
「っぶね!?」
俺はすぐに回避行動に移る。
大きく飛びのきながら、周囲の木を盾に攻撃を遮る。
しかし、大蛇はそんなの知るかといわんばかりに軌道を修正し巨大な顎でブラッドツリーを噛み砕いた。
だが、わずかに勢いを弱める程度の効果はあったようで攻撃範囲から離脱することに成功する。
「うそでしょ……」
「ええ……」
めきめきと横幅数メートルはある巨木が半ばから折れ倒れていく。
あれほどまでに頑丈な樹木が一切の抵抗もなく粉砕されたのだ。
それを為した怪物は口から木片を零しながら頭を上げ、俺達のことを見下ろしてくる。
ぎょろりとこちらを睨みつけてくる双眼に加え、額に連なるように存在する5つの目。
7つの瞳が俺達を捉えて離さない。
そして、頭上に表記された個体名。
「<キングブラッドコブラ>とか少し安直すぎやしないか?」
直訳で鮮血の蛇王。
魔域に合わせてブラッドとかブラッディを付ければそれっぽくなるからってさぼってるんじゃあるまいな。
「ま、こういうのも嫌いじゃないけど……」
この森がなぜこうも擬態するようなモンスターで溢れかえっているのか。
高い戦闘能力を有しているモンスターすらも擬態していたのか。
それは、自由に動き回れるのは天敵の存在しない圧倒的な強者だけだから。
<ブラッディマンティス>を一撃で粉砕した<ブラッディベアー>のように。
そして、今俺達の前に立ちふさがってきたこの大蛇のように。
そんな仮定をしたわけだが。
さあ、答え合わせの時間だ。
『GISHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
血染めの森の王様は咆哮を上げながら俺達に襲い掛かってきた。
☆
「《呪物操作》」
俺は四肢に装着した呪物を指定。
身体を宙に浮かせ高速で離脱した。
(ははっ、でかすぎだろ!)
背後から時折木々をなぎ倒しながら迫ってくる巨大な蛇。
横にも縦にも太いそれは全容が一切見えてこない。
体長はざっと見積もっても50メートルは軽く超えていそうだ。
(上級モンスター。それも、この魔域のエリアボスモンスター相当の個体だな!)
俺は進行方向に呪物を先行させ、情報を取得。
最短かつ最速の軌道を描きぶつからないよう気を付けながら森の中を飛び続ける。
しかし、距離を引き離せない。
高いAGIもあるのだろうが、なによりもその身体の大きさだろう。
歩幅が違うと同じ歩数でも明確な差が生まれるように、生まれながら有する肉体の大きさによって速度の差を強引に埋めてきているのだ。
「おっ。見っけ」
進行方向に擬態していた<ブラッディマンティス>を見つけたので、あえて彼の方へと進む。
「よ、ごめんよ」
『GIRIRIRI! ……GIYA!?』
<ブラッディマンティス>は俺へ襲い掛かろうとした瞬間、背後から迫ってくる大蛇を捉えたようだ。
驚きの声を上げ急ぎ旋回し逃げ出した。
だが、最初に俺の方へと向かってきたせいで発生した若干の遅れ。
それによって、悲しいかな回避行動が間に合わず……
『GISHAAAAAAAAA!』
『GUH……?!』
哀れ<ブラッディマンティス>は轢き殺され、ポリゴンとなって砕け散っていった。
(ユティナ! これが本場のトレインだ!)
(こんな形で見るはめになるとは思わなかったわよ!?)
いつぞやの入替戦でやったようなものとは規模が違う。
強者を引き連れ他の目標に擦り付ける行為。
他の旅人に向けてやったら通報待ったなしだ。
だがこれで、おおよその物理攻撃力は予想がついた。
(<ブラッディベアー>と同じかそれ以上。まともに被弾したら即死だな)
(どうするの。戦う?)
(いや、できれば魔力は温存したい)
まだ探索は始まったばかり。
この広大な魔域を抜けるためにも、不測の事態に備え出来る限りMPは温存するのが望ましい。
そのためにここまで戻ってきたのだ。
(気絶しないように気を引き締めろよ!)
(まさか……っ! う、わかったわ!)
俺は森を一瞬抜ける。
そして、眼前に広がるのは視界いっぱいを埋め尽くさんばかりの巨大な花畑。
否、<ブルームバグ>の集団。
「怪物には怪物をぶつけるに限るってなぁ!」
刹那、<ブルームバグ>が一斉に飛び始めた。
俺が通り過ぎた後から波を描くように数百、数千もの虫が空へと飛び立つ。
人によっては気を失いかけないそんな光景だ。
それらは花畑に迷い込んできた新たな獲物に襲い掛かろうとし……
『GISHAAAAAAAAAAAA!』
そのことごとくを森の王が真っ向から轢き殺した。
『CAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
それを受けて、花畑の女王が怒りの声を上げた。
自らの狩場に攻め込んできた王への怒号。
<ブラッディ・ブルームバグ>は無粋な侵入者を排除しろと周囲の兵士に指示を出す。
号令に従い数万を超える<ブルームバグ>が一斉に飛び立ち巨大な蛇へ向けて襲い掛かる。
「はっはぁ! 圧巻だなあ、おい!」
この空間に引きずりだしたことで今まで森に覆い隠されていた蛇の全身がようやく見えた。
その全長は、実に100メートル近いだろう。
鮮血の森の王様は大きく身じろぎをする。
それだけで、無数の羽虫が粉砕されていく。
だが<ブラッディ・ブルームバグ>も見事なものだ。
女王を中心に編隊を組み恐れることなく大蛇へと向かっていく。
超巨大な生物と巨大な群れを為す群体のぶつかり合いだ。
俺にも襲い掛かってきたのだが周囲に展開した魔法で迎撃しつつ極力無視。
勢いのまま進行方向にいる個体を中心に叩き落とす。
そして俺は争いを背後に花畑を抜け再度森の中へと入った。
(そりゃ、竜人国が戦乱から逃れるわけだ)
数百年前に起きたとされる戦乱の時代。
最終的に9つの大国になるまで続いたそれに巻き込まれなかった国がある。
その名は竜人国ヴァルドラーテ。
しかし、蓋を開けてみればそれも当然のことだった。
このような凶悪なモンスターが生息している魔域に囲まれている国を攻め込んでもいたずらに兵士を失うだけだろう。
だが、その国こそが俺達の今回の目的地。
「盛り上がってきたな……」
人類到達区域における世界最高難度の魔域の1つ。
<血染めの森>の攻略を始めるとしよう。
キングブラッドコブラとは……
ブラッドステインに生息する固有種。
全長100メートル前後の巨大な蛇であり、血染めの森という魔域の危険度の象徴のような存在。
索敵方法は熱源感知であり索敵範囲は実に数百メートルにも及ぶため《気配遮断》では防ぐことができない。
森の中の多くのモンスターが擬態しているのは動くことで発生する熱エネルギーを出さないようにするため。
身じろぎ一つで森を破壊してしまうがために普段は巨大な樹木に巻き付いて木々の上に待機している。
血染めの森が有する高密度の魔域としての性質により、その巨大な肉体でも最低限の食事で生物としての機能を維持している。
そのため、他の魔域に飛び出すような事例は<蛇蟷竜ペルーラ>のような一部の上級モンスターとは異なり非常に少ない。
推奨討伐合計レベル400以上、パーティ推奨。




