第27話 開戦の狼煙
□モコ平野 クロウ・ホーク
「ぶうううううううううううっ!?」
「うわ、なんだよ突然!?」
「い、いやすまん! なんでもない」
なんでもないわけないだろ!
なんでPKクラン側にハニーミルクいんの!?
(たしか、対抗組織結成の会議は<カイゼン樹林>の近くで開いたって言ってたわよね)
(それだ!)
ハニーミルクはたまたま<カイゼン樹林>の近くにいる集団に近づいた。
ソロで活動しているが、彼女は基本的に温厚で話も通じる。
なんの集まりか気になったのだろう。
もしかしたら、蜂蜜祭を開いていると期待していた可能性もある。
そして、会議に流れで参加した。
きっと彼女はいつも通りこう言ったはずだ、「はちみつちょうだい」と。
そして、PKの誰かが実際に蜂蜜を渡したと仮定しよう。
彼女は同好の士を見つけたと思い、そのまま流れで参加してしまったのではないだろうか。
そんな気がする、違うにしてもおおよその流れは変わらないだろう。
PKクランは100人集めるためにかなり無理をしたのだ。
何かの拍子に紛れ込んでいてもおかしくない。
(いや、ようやくわかったぞ!)
ハニーミルクの目的は、蜂蜜による世界征服という名の布教活動だ。
もしかしたら、一人だと寂しかったのかもしれない。
思い返せば、ユティナに軽く心を許していたのも、協力してくれるのではないかという期待を抱いていた可能性がある。
蜂蜜好きを見つけ出すセンサーのようなものに反応したのだろう。
彼女にとって同士を探すのは優先事項で、これもきっと彼女にとっての仲間探しの一環なのだ。
(だとしてもまずいぞ)
(どうするのよ。勝てると思う?)
少なくとも、普通の近接職はほとんど役に立たないだろうな。
空中から襲い掛かってくる《大回転割》を受け止めるのは難しいだろう。
空を飛ぶ<アルカナ>もいるし、自警団側にも魔法職含め遠距離攻撃持ちのプレイヤーは30人近くいる。
ただ、PKクランを相手取りながら彼女を仕留めるのは至難の業に違いない。
(あれから何日経過した)
(10日くらいかしら?)
(となると、合計レベル90は超えてると見ていいな)
ジョブレベルは上がるほど必要経験値が増えていく。
最初は比較的上がりやすいが、レベル10や30のようなきりのよい番号を超えると必要経験値はさらに多くなり、結果的にゲーム内で15日から25日を目安に一つの下級職がカンストすると考えられているのだ。
まだ2つ目のジョブがカンストしたプレイヤーがいないため実証されていないが、これは統計的に見た結果であり、現在サービス開始初日からログインしているプレイヤーの大半が合計レベル70から80前後であることからも外れてはいないのだろう。
また、レベル40を超えると強力なスキルを覚える傾向にある。
レベル40とレベル50で習得する奥義の存在。
これらは下級職の2つの壁と言われている。
それを超えているか否かで、一段階強さが変わるのだ。
そして、ハニーミルクはあの火力と機動力を持つことにより<カイゼン樹林>の<プレデター・ホーネット>と遭遇する深層でおそらくソロで活動できてしまっている。
パーティによる経験値分配もなければ、SP回復アイテムを用意すれば長時間のレベル上げも可能だろう。
そもそも、クマの着ぐるみは全身装備だ。
接触による毒から身を守るための装備としては合理的である。
メリナ達裏切者含めて全員で的当てゲームしてようやくイーブンかもしれない。
(……これ、俺が悪いと思うか?)
(2割、ってところかしら。私も彼女がPKクランに参加している可能性は考えてなかったわ。<カイゼン樹林>で普通に【賞金首】を一緒に倒していたもの。ただ情報共有ぐらいはした方がよかったかもしれないわね)
(良くも悪くもバランスブレイカーすぎて勘定に入れてなかったのが仇になったな。リスクを犯してでもPKクランのリストを送ってもらうべきだったか……)
ハニーミルクが味方にいると勝ちすぎてしまう。
それでは、別動隊を炙りだす時間を稼げない可能性がある。
そもそも、彼女はこの問題にほとんど関係がないプレイヤー筆頭だ。
どちらかといえばエンジョイ勢寄りの彼女をわざわざ巻き込むのは気が引けた。
いや、俺が本当に危惧しているのはそれではない。
(ハニーミルクの空中から立体的に襲い掛かる超火力によってガーシスもしくはトマス・E・リッチフィールドの巻き込み戦線離脱、からの自警団クランが圧倒的敗北程度なら問題ない)
その程度なら誤差の範囲である。
非常に困るが、致命的ではない。
問題はハニーミルクが現状完全フリーかつPK側の人員だと思われてることだ。
彼女は間違いなく善性だが、複雑に絡み合った状況によってハニーミルクがルクレシア王国の敵対プレイヤーになる可能性が1%でもあるのがよろしくない。
取れる方法は大きく2つだ。
一つ目は予測不能な致命的な何かが起こる前に、クラン対抗戦中にハニーミルクを倒してしまう。
(勝算はあるんだが……)
(そうなの?)
蜂の寄生による空中浮遊能力の獲得、長時間使用可能なことからコストも非常に安く連発も可能。
クラン戦が始まっていない今の時点で既に軽く浮いているのがその証拠だ。
ハニーミルクは空中機動攻撃に利用しているが、魔法職にすれば空を飛びまわる砲台の完成である。
サポーターの中でもあまりにも、汎用性が高すぎるスキルであるといえるだろう。
おそらく、ユティナの《反転する天秤》や《限定憑依》のようなスキルの複合型だ。
このことから、強制解除のデメリット条件もあると考えていい。
そして、ゲームでの虫の弱点は大体決まっている。
(ああ。火属性もしくは氷属性の攻撃のどっちがが弱点だと思う。どうにかして直撃させれば寄生状態は解除できるはずだ)
他にも、物理型のジョブ構成だろうから《呪縛》による行動制限や他の状態異常を絡ませれば不可能ではないはずだ。
ただ、これは無しだ。
【人外】は追い込んではいけない。
であれば、残された手は一つである。
もう手遅れなのだから、巻き込んでしまっていいだろう。
逆にチャンスと考えるんだ。
時間はないが交渉材料は潤沢にあり、最低限の信頼関係も築いてある。
俺は急いで、フレンドからハニーミルクを選択しメッセージを送った。
ハニーミルクは、メッセージに気づいたのか、少しした後あたりを見渡しこちらを見てきた。
そのまま、じーっと俺たちのことを見つめてくる。
そしてこくりと頷いた。
小さくサムズアップもしている。
なんなら、軽くぴょんぴょん跳び始めた。
見て! クマさんが嬉しそうに踊っているよ。
かわいいね。
(これは、予想が当たったか?)
あとは、彼女との信頼関係を信じるしかないだろう。
(なんて送ったの?)
(ハニーミルクがいるのはPK側のクランだから、できればこっちについてほしいってこと。はちみつ世界征服に協力してくれそうなプレイヤーを10人ぐらい紹介するから、途中までは周りの指揮をしていないプレイヤーを敵味方問わず無差別に攻撃してくれって頼んでおいた。噓ついてたら俺が料理系統のジョブを取って蜂蜜料理人になるって保険付き)
要は、ハニーミルクの仲間探しをする手伝いの申し出だ。
(それならなんとかなるかしら……)
(あと、俺とユティナもいるから攻撃しないでねって書いておいたよ)
(素晴らしいわ!)
これで、ハニーミルクは戦場を暴れまわる乱入モンスター枠になった。
最悪、蜂蜜を取り出し呼びかければ交渉の余地は生まれるはずだ。
(りんご飴たちには事後承諾になるけど、問題ないよな?)
(布教活動に協力すれば損得勘定抜きに、物資を無限に提供してくれそうな旅人の存在は生産職の彼女達にとってはありがたいはずよ。たぶん……)
よし、それならなんの問題もないな!
(とりあえずガーシスとメリナとゴーダルにメッセージだけ送っておくか……)
すまん、マジですまん。
今度飯奢るから許してくれ。
☆
「えー、私はルクレシア王国第三騎士団副団長。【高位指揮官】のレリーブといいます。それでは、今から《陣営指揮》というスキルを使いますので、その場で動かないようにお願いします」
そう言ってレリーブと名乗ったNPCはスキルを発動させた。
すると、俺を含めて周囲のプレイヤー全員の頭上に青の逆三角形が表示された。
PKクランの方を見ると、赤の逆三角形が表示されている。
「今のスキルにより、【ヴァンガード】の皆様を青色陣営に、【マッド・キラー】の皆様を赤色陣営に区分けしました。フレンドリーファイアには注意してください。あとは簡単な既定事項を説明しますので、その後はパーティを組まずにそのまま所定の位置に移動してください。時間が来たら合図を出します」
既定事項といっても簡単な内容だ。
これから一辺600メートルほどの正方形になるようにフィールドに魔道具で結界を張り、内部からの攻撃が外に出ないようにする。
試合時間は30分とし、30分経過後結界の内部に残っているメンバーの多い方が勝ちになる。
始まりと終わりの合図は外の騎士団員が四方から炎魔法を空に放つため、確認したら即座に戦闘行為を終了すること。
戦闘行為が継続していた場合即座に騎士団が割って入り中止を促すといった内容だ。
短い準備期間の都合細かいルール設計や準備を行うことはできなかったので、単純なバトルロイヤル形式となったわけだ。
そして、自警団クランとPKクランはおよそ200m離れた位置で陣取り、横に広がり向かいあう形になった。
前衛職が前に立ち、後衛職は距離を開けさらに後方に並ぶ。
総勢200名近いプレイヤーと大小問わず200体近い<アルカナ>が向かい合う光景は圧巻といえよう。
(……見られてるわね)
(結界張った理由の5割ぐらいは観客席の安全確保だろうからな)
遠くを見ると、りんご飴や初心者らしきプレイヤーが観戦をするためにきているのが見えた。
騎士団やそのほかのプレイヤーのもと一時的に周囲の安全が確保されているからだろう。
他にも、これに乗じて製作した観戦用の椅子や食べ物を販売している商魂逞しいプレイヤーもそこそこいる。
ここは初心者用の狩場なので、今この場にいる100人近いPKは勝ってもPK行為をできないのだ。
契約違反をした場合、NPCに即座に制圧されることだろう。
(時間だ)
「それでは、【ヴァンガード】と【マッド・キラー】によるクラン対抗戦を開始します!《フレイムブラスト》!!」
戦場にどうやってか声が響き渡り、結界の外で魔法が四方から同時に発動し空中で爆発した。
試合開始だ。
……しかし、戦場に動きはない。
(どうしたの。動かないの?)
(動かないんじゃなくて動けない、だな)
200人規模のクランバトル、<アルカナ>も加えるとおよそ400体だ。
しかも完全没入型VRMMOの大規模対人戦なんて経験があるプレイヤーの方が少数派に違いない。
同様に作戦なんて高度なものはなく、ここから始まるのはフレンドリーファイア含めて何でもありの大乱戦である。
味方を示すのは頭上にあるマークのみ。
俺も多くのVRゲームをプレイしてきたがほとんどない。
そもそもフルダイブのVRMMOでもクラン戦がないゲームが大半だったからな。
ユーザ数も少なかったし、何でもかんでも対人戦があるというものでもないのだ。
ただ。
(きっかけがあれば一瞬で決壊するぞ)
戦場が静寂で包まれる中、それは聞こえてきた。
「ヒャッハああああああああああああ!」
戦場を埋め尽くさんと言わんばかりの奇声だ。
「なんだなんだ?」
「PKの方からだな」
「緊張で頭おかしくなっちまったのか?」
周囲がざわつく。
PKクランの最前列で馬に騎乗している男が突然叫び出したのだ。
否。
「違う! あれは《詠唱》だ。あいつのMPがどんどん減ってるぞ! INT1452、MP1650だ!」
状態把握系のスキルを持ってるであろうプレイヤーが、そう叫んだ。
「はぁ!?」
「魔法射程延長にMPを使えば届くのか? 200メートルだぞ、微妙じゃね?」
(やっべ!?)
違う、その状態で魔法を使ったということは届けさせるなにかがあるということだ。
それは当然魔法の射程延長もあるだろうがなによりも警戒するべきは、<アルカナ>だろう。
「とどけええええええええええええええ《フレイムスピア》アアッ!」
「ヒヒィイイイイン!」
重ね掛けるような【可変詠唱】により射程の延長を付与されたそれは、そのプレイヤーの頭上に出現した。
およそ1600ものMPを使用した巨大な炎の槍。
そして、<アルカナ>が嘶くと同時にさらに一回り大きくなった!
「威力向上と射程距離延長か!? 届くぞこれ!」
「なにい!?」
「あいつバカか! MPガス欠になるぞ!」
「言ってる場合か! 防御魔法早くしろ!」
「あの規模は間に合わねえよ! 迎撃するぞ!」
「いいや、散らばれ! まとまってるとやられる!」
「早く移動しろって!」
出鼻をくじかれてる。
士気に大きく影響するな。
(とりあえず直撃はしないようにしましょう)
「こりゃ下手したら何人かデスペナルティになるぞ」
こちらに向かってくる炎槍を思い思いのまま対処しようとする自警団。
着弾まで10秒もない。
一部纏まっていたのが仇となり、直撃ルートから離脱できなさそうなプレイヤーが何人かいるのが見えた。
「狼狽えるな!」
瞬間、自警団リーダー、トマス・E・リッチフィールドの叫び声が聞こえてきた。
声のした方に視線を向けると、その手には緑色に光り輝く剣を振りかぶっており。
そして、彼は勢いのまま振り下ろした!
「《暴風剣》!」
「グガアアアアアアアア!」
吹き荒れるは風の刃。
それは、彼の<アルカナ>であろう大きな鳥の叫び声により、さらに威力を増す。
【剣士】の奥義《暴風剣》と【炎魔法師】の奥義 《フレイムスピア》。
風の大刃と炎の大槍は戦場の中心でぶつかり合い……爆発した。
──緊張が、崩れた。
「総員攻撃開始! PKどもを根絶やしにしろおおおおおおおおお!」
「自警団をぶっ殺せええええええ! 皆殺しだあああああああああ!」
クラン対抗戦、開幕。




