第12話 探索初日
「今回のテーマはずばり『死の森の予行演習』だ」
近場にあった石に座りながらユティナと作戦会議を行う。
彼女は神妙な顔で頷き森の方を見た。
「高難度の魔域。森という条件の一致。練習にはぴったりと言うわけね」
「そういうことだな」
【境絶】<アル・ガロア>が住処としている【死の森】で一番気にする必要があるのは魔域としての性質だ。
奴は餌とする個体を選別しており、自身の命を脅かすような相手には近づかない。
過去、契約の神に消されかけた経験から契約の神の御使いである旅人もその対象らしい。
しかし、旅人が大量に流入するようになった結果、奴の狩場は加速度的に減っている状態だ。
ゼシエはどこかで必ずしびれを切らし旅人に手を出すと予想しており、それについては俺も同意見だ。
だが、何らかの形で追い詰めた時点で再度警戒し異界に隠れ潜んでもおかしくはない。
その対象が旅人全員か追い詰めた個人になるかはわからないが、だからこそ勝負は一発限り。
最初の挑戦で確実に仕留める必要がある。
「一つ。モンスターとの戦闘は極力避ける」
万全の状態で戦うためにMPの枯渇や装備の摩耗で継戦能力を失うのは避けなければならない。
だから、できる限り戦闘をしない隠密活動を重視する。
「二つ。とにかく死なないよう立ち回る。だが、情報収集をしないというわけではない。可能な限り出現するモンスターの生態や動植物の特性の見極めを優先する」
【死の森】はまったくと言っていいほどに植生やモンスターの情報が不明だ。
それも当然というべきか、その被害も、規模も、活動範囲も、ゼシエでさえ全容を把握できていないのだ。
場所によってはお伽話のような扱いになっているほどに。
俺が魔導宮の書庫で調べた限り、世界各地で記録されている【死の森】原産とされるモンスターはいるにはいる。
【死の森】と一時的に繋がった際にこちらに迷い込んできたと考えられている凶悪なモンスター達だ。
肉体に寄生し増殖しながら疫病をばらまく<バーラントヒル>。
その声を聞いたものは眠りにつき、そのまま衰弱し死に至る<嘆きの鳥>。
ありとあらゆる外郭を溶かす強力な毒性を持つ怪物茸<モゲキダケ>。
断片的な情報しかない以上、死の森は基本初見での対応力が求められると言えよう。
「今回、一切情報を集めなかったのはそのためね」
「ああ、リアルタイムで情報を更新しながら安全マージンを確保する感じでいこうと思ってる」
高難度の魔域に挑戦する場合、通常ならある程度出現するモンスターの種類や傾向、地形情報も集めるべきだろう。
だが、それは十全に情報がある環境だからこそできることだ。
【死の森】には通用しない。
「よっと」
俺はメニューを操作し予め購入しておいた《気配遮断》効果を付与できる外套を装備する。
これがどこまで通用するのか確認するのも今回の目的だ。
「《呪物操作》」
次に取り出した呪物を対象に《呪物操作》を発動。
10本の武器が宙に浮く。
レイラー程ではないが、【高位呪術師】になったことで前よりも性能のいい装備を作れるようになったのだ。
内訳としてはこれまで通り維持コストのほとんどかからない通常運用の呪物を大量に。
そして、《呪炸裂》用に特別な呪いを付与した呪物を少々といったところ。
「ユティナ」
「ええ」
それらの呪物に対しユティナはスキルを発動させた。
彼女の肉体からこぼれ落ちた淡い光……魂が移っていく。
《魂の分割》によって呪物すべてが憑依状態になったのだ。
見れば、ユティナの最大HPが100減っていた。
魂というリソースは最大HPで計上されており、一個分けるごとにHPが10消費される。
また、その他のステータスも等倍ではないが減少しており、最大まで分割することで全ステータスがおよそ半減するのは昨日の時点で確認済みだ。
MPとSPに影響が出ないのは救いだな。
武器が破壊されるとすぐに魂は回収されるが、強制解除されると暫くの間ユティナの最大HPは減り各種ステータスも下がったままになる。
一部のデメリットと引き換えに多大なる恩恵をもたらす力だ。
そのまま俺は意識を切り替え……突如増えた10個の視界に適応する。
「クロウ、平気?」
呪物を動かせば新たな視界も問題なく動き出す。
意識を切り分け、思考レベルを細分化。
そのまま軽く手を握り、開いてみる。
「……ああ、問題ない」
この程度の情報を処理する程度、なんの問題もない。
視界が10個新しく生えただけで肉体の動きに影響が出るはずもない。
これで戸惑う段階は何年も前に通り過ぎている。
今回は最初から本気も本気だ。
上下装備を<マグガルム・コート>に切り替え、いつでも空中機動ができるように四肢に呪物を装着。
その上から気配遮断効果のある外套を纏う。
ユティナが憑依することでステータスは拡張され、周囲には索敵兼攻撃用の呪物を展開。
「さぁて……」
準備は万端。
新しい戦術の試運転もかねて……
「気張っていこうか」
俺達は竜神国へと連なる魔域、その入り口。
<血染めの森>に足を踏み入れた。
☆
□血染めの森 クロウ・ホーク
巨大な樹木で形成されたこの魔域は死角が非常に多い。
加えて赤黒い血のような色で染め上げられているからか、視認性も悪いときた。
俺は呪いの武器を先行させ、視界を通すことで手に入る情報を頼りに鬱蒼とした森の中歩を進める。
その道すがらザクロのような実が成っているのを見つけた。
<ブラッディルージュ>
血のような濃厚な味のする木の実。
血染めの森でのみ採取可能。
《鑑定眼》で見れば詳細な情報がログとして表示された。
どうやら、ここでのみ採取可能な素材らしい。
多種多様な知識があると作成した食事アイテムにどんなバフ効果を与えるのかもわかるらしいのだが、俺の《鑑定眼》ではスキルレベルが足りないのか、はたまた知識不足だからか手に入る情報は多くない。
「硬いな」
この巨大な森を形成するのはブラッドツリーという樹木らしく、軽く手で叩くとどっしりとした重みを感じる。
樹齢千年の木と言われても納得してしまいそうなほどに1つ1つが異様なまでに育っている。
いざという時は盾としても使えそうだ。
見上げれば、空を覆い尽くすように広がる無数の枝。
しかも、これほどの大樹が一本ではなく無数に生えている。
これまでの魔域とは全く異なる世界。
なんというか、なにもかもが大きい。
(でかいキノコ。ラフレシアみたいな巨大な花。紅鳴虫?)
素材らしきものもあれば、モンスターに分類されないほどに小さな昆虫らしき生物もいた。
そのことごとくがこの魔域の名前の通り真っ赤な色をしている。
(……おっと、さっそくか)
呪物を通した視界の中に映ったのは巨大な木の幹から生える太い枝のようなモノだ。
幹の一部と言った方がいいか。
慎重に近づき、直接視認できる位置まで来た。
木の影から覗くように見る。
距離にして30メートルほど先にそれはいた。
(蟷螂か?)
それは木の幹に何本も足を絡ませ血のような赤黒い身体と腕を伸ばし擬態していた。
色も質感も木と全く同じ。目を凝らして観察すればようやくわかるような高度な擬態。
端的に特徴を上げるのであれば体長170センチ前後の蟷螂だ。
(よく気づいたわね)
(違和感があったからな。それにしても……)
リアルにも木の枝に擬態する昆虫はいるが、ここではあれほどの大きさのモンスターの擬態も成立してしまうようだ。
その存在を識別したからか《気配感知》スキルに反応があった。
加えて、観察をすれば《鑑定眼》の補正もあってか見破ることに成功する。
<ブラッディマンティス>
血染めの森にのみ生息する特異個体。
ブラッドツリーに擬態する。
HP:5030/5030
MP:220/220
SP:1230/1230
STR:6909
END:3032
AGI:6535
INT:301
DEX:1807
CRT:4250
(<ブラッディマンティス>。見た目の通りだな)
というか、なんだこのステータス。
AGIとSTR、そしてCRTが高すぎる。
上級モンスターである<蛇蟷竜ペルーラ>のSTRは平均1万前後と言われている。
つまり、この個体はSTRとAGIが上級モンスター一歩手前の中級モンスター。
それも上位相当の個体だ。
《気配遮断》スキルも組み合わさったそれは並の《鑑定眼》や《気配感知》では反応すらしないだろう。
これと通常エンカウントする魔域だと改めて頭に叩き込む。
(気づかずに通り過ぎたら背後から一振りでお陀仏だな)
<ブラッディマンティス>は一切揺れることなく、静止している。
俺に気づいた様子はない。
(《気配遮断》は有効。ただ、あの眼は複眼だろうから視野は相当広いはずだ)
一定の距離を保ちながら、見つからないように気をつけ円を描くように移動する。
「……っ!?」
そして、進行方向の木にも血染めの蟷螂が擬態しているのを見つけた。
まだ先ほど遭遇した個体とほとんど距離は離れていない
戦いが始まれば一方が寄ってくるのは間違いないだろう。
(おいおい、どうなってんだここは……)
魔域の散策において、一回当たりの戦闘時間は最長でも1分以内に収めるのが望ましいとされている。
なぜなら戦闘音を聞きつけ、周囲にいるモンスターが近寄ってくるからだ。
そして、その対処が遅れればさらにモンスターが近寄ってくるという悪循環。
最終的に周囲一帯のモンスターを殲滅しきるまで戦い続けることになる。
だから、基本俺達は安全に狩りをできる魔域を選ぶ。
パーティの連携や相性を考え、無理のないエリアを選ぶのだ。
(そんな甘え、許さねえってか)
意識を切り替える。
(倒すだけなら問題ない)
最短かつ最速。
これから行うのは戦いではない、暗殺だ。
そのために俺は魔力を練り上げ……
『──GIRIRIRIRRI!』
<ブラッディマンティス>が2体同時に動き出した。
(クロウ!)
(いや、違う!)
俺の視線の先にいる<ブラッディマンティス>は鋭く地面に着地する。
それに対し、最初に見つけた個体は勢いよくどこかへと飛んでいった。
まるで、何かから逃げ出したかのように。
この場に残った個体は威嚇の音を上げながら、羽を高速で振動させる。
その視線の先から近づいてくる巨影。
「……でかすぎだろ」
そこには体長4メートルはあるであろう巨大な熊がいた。
鋭い瞳孔に異様に発達した腕。
全身に刻まれている傷跡も相まって、悠然と佇む姿には風格さえも感じる。
月光の樹海周辺でエンカウントする<ムーンベアー>とは比較にもならない威圧感。
<ブラッディベアー>
HP:■■■
MP:■■■
SP:■■■
STR:■■■
END:■■■
AGI:■■■
INT:■■■
DEX:■■■
CRT:■■■
いつぞやの時と同じ。
俺の《鑑定眼》では一切の情報を獲得できない個体。
つまり、格上だ。
『GIRIRIRIRRI!』
そのまま<ブラッディマンティス>は<ブラッディベアー>に勢いよく飛びかかる。
高速機動。6000を超える高いAGIのままに羽音を響かせながら、目にも止まらぬ速さで繰り出される一撃。
『GYUAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
それに対し<ブラッディベアー>は羽虫を払うかのように腕を振るう。
適当な動作とは裏腹に、その攻撃は的確に<ブラッディマンティス>の胴体を捉えた。
吹き飛び樹木に勢いよく叩きつけられた<ブラッディマンティス>が大きくひしゃげる。
(一撃かよ……)
血染めの熊はゆったりとした動作で近づき、蟷螂の鎌を引きちぎった。
それを自らの口へと持っていき、そのまま食事をし始めた。
鎌を噛みちぎり咀嚼し、自らの空腹を満たそうとしている。
『GIRIRIRRI……』
既に限界であったのに加え、腕を引きちぎられたことによるダメージ判定によるものか。
絶命と共に<ブラッディマンティス>はポリゴンとなって砕け散っていった。
(おっかねー……)
俺は戦闘が始まった瞬間にバレないように離脱していた。
覗き見るために木の陰に潜ませておいた呪物をこちらに引き寄せる。
そのまま足早に<ブラッディベアー>から距離を取る。
情報を整理しよう。
<ブラッディマンティス>が一瞬で粉砕された。
つまり、この魔域の生態系においては<ブラッディベアー>が上位に位置しているようだ。
(ありゃ上級モンスター相当だな)
上級モンスターという区分は単騎で街や村を亡ぼせるか、それに等しい影響力を周囲に与えるかが判定基準になるらしい。
上級モンスター相当の戦闘力を有しているとしても、実際に上級モンスターとして任命されているかはまた別の話。
頭の中に入れるのは、それほどの危険度がある個体が森の中にいるという情報だけでいい。
「よし、進むぞ」
「ええ」
俺は目的地へ向け足を動かす。
竜人国へ向けた魔域探索の一日目はそうして始まった。
ブラッディマンティスとは……
血染めの森にのみ出現するモンスター。
高度な擬態能力と潜伏スキルによる隠密を両立しており、気づかずに通り過ぎた獲物を背後から仕留める。
個体ごとに細かい値は違うがSTRとAGIは種族平均で6500~7500あり、高いCRTの補正もあるからか不意をつけば並の相手であれば一撃で決着がつく。
推奨討伐合計レベル250以上
補足:
参考として純粋なステータスだけの正面戦闘なら<プレデター・ホーネット>に圧勝する程度の強さ。
ただ、HP含め耐久は相対的に低く状態異常耐性もないため実際に戦闘になった場合高確率で猛毒になりHPを全損する。良くて引き分け。悪ければ一方的に敗北。魔域の浄化で発生した発狂する<プレデター・ホーネット>には100%勝てない。
しかし、魔域の主である<プレデター・ホーネット>と異なり通常エンカウント枠である。
ブラッディベアーとは……
血染めの森にのみ出現する特異個体。
異様に発達した腕には太い血管が浮き上がっている。
大好物は<ブラッディマンティス>。
血染めの森の生態系の上位に位置している一柱。
推奨討伐合計レベル300以上、パーティ推奨。




