第5話 模倣存在
「それで、どうしてこんなことをしたんだ?」
場所を移し目についた飲食店に入りねここのことを尋問していく。
「クロウが悪いのですよ」
「俺?」
「はい、私のことを置いて先に行ってしまったからです。本当に大変だったんですからね」
ねここは一息ついた後、これまでの苦労を語りだした。
「知っての通り、私は一文無しでした」
「その顔で堂々と一文無しとかいうなよ」
エリシアの尊厳が破壊されちゃうだろ。
「……多くのアイテムを買い集め、素材として食していた私は常に金欠でした」
「言い方を変えたらいいってもんじゃないだろ」
「う、うにゃー! うるさいにゃ! 苦労話くらい静かにさせろにゃ!」
ねここはエリシアの姿のまま両腕を上げ威嚇するように叫ぶ。
絶対に本人がしないであろう動きなので、少し新鮮だ。
「しゃあなし、ちょっと待つにゃ」
「猫の姿になるのは無しな。ペット同伴禁止かもしれんし」
「だぁれがペットにゃすっとこどっこい!」
ねここはフードを被り直すと共に、顔がどろりと崩れだした。
人によっては正気を削られる光景だろう。
不定形のスライムのように蠢き、混ざり、一瞬で別の顏を象る。
若干身長が下がったことから肉体そのものを整形しなおしたのだろう。
そのままフードを外した。
「はぁ、これでいいかにゃー?」
そこには肩口まで茶髪を伸ばした少女がいた。
髪と同色の猫耳を生やし、尻尾が椅子からこぼれ小さく揺れている。
どこかつり上がった目はいたずら好きな猫のようだ。
種族のベースは猫の獣人族といったところか。
「それがこの世界での本当の姿か?」
「ふふーん! その通りにゃ! これこそ私のパーフェクトボディ! どうかにゃ? 見惚れたかにゃ?」
ねここは座ったまま決めポーズをとる。
上目遣いかつ小悪魔チックな動きだ。
他者から自分がどのように見えるかを計算したうえで、一番可愛く見えるであろう角度に調整したのだろう。
「──はん」
「……おい待て。今、鼻で笑ったか?」
「気のせいだと思うよ。現に、今の俺はねここ様のパーフェクトボディに悩殺寸前さ」
「棒読みなのに気のせいなわけあるか!? このねここ様のびぼーを前になんて態度だにゃ! シャー!」
威嚇するな。
お前は猫か。
人としての自覚を持て。
「全く、脱線しまくりだにゃ……えーと、どこまで愚痴ったっけ?」
「お金がなくて大変だったところまで聞いた」
「そうそう! それにゃ! 魔導船は高くて乗れないし! 転移門はもっと高くて使えない! 国の端っこから首都までひたすら野を越え山を越え! お金を稼ぐのも一苦労だっちゅーに!」
どうやらちゃんと正攻法で移動してきたらしい。
結果的に数週間もかかってしまったと。
「てっきり、動物の振りをして潜り込むかと思ったんだがな」
「なーんか嫌な予感がしたからやめた」
その予感は正しいだろう。
おそらく、魔力感知系の魔道具に引っ掛かり取っ捕まっていた可能性が高い。
「モンスターを狩るのは? その様子だと進化したんだろ」
「進化はしたけど、戦闘向きじゃないんだよぉ。ステータスそのものの付加情報を誤魔化すって言えばいいのかにゃ? 《鑑定眼》やら《看破》やらよくわかんない力でねここ様の完璧な変身を見破られるのが業腹だったからどうにかなれーって思ったらこうなったにゃ」
俺とねここのレベル差は非常に大きい。
少なくともただの偽装スキル程度では《鑑定眼》を誤魔化すことはできなかったはずだ。
しかし、先程俺が覗き見たステータスはエリシアのステータスと瓜二つだった。
「だから、さっき黒烏が盗み見たにゃーのステータスは肉体に付与された提供用の付加情報だにゃ」
「バレてたか」
「バレバレにゃ。女の子は視線には敏感ですことよ」
ねここは自身満々に胸を張った後、だらりと机に崩れ落ちる。
「つまり、にゃーの実際のステータスはもっと低いってわけ」
ねここの<アルカナ>は主人の願望を叶える方向へと進化をした。
いかに完璧な変身をしようともステータスや装備から違和感を見破られてしまえばすぐに偽物だとばれてしまう。
そして、ジョブスキルなどの偽装では当然レベル差やスキルレベル差によってこれまた簡単に見破られてしまう。
彼女はそれが到底許せるものではなかった。
だからか、ステータスを看破するスキルに対し偽装するのではなく受け渡す情報そのものを変化させるようなスキルを獲得したらしい。
結果、その帳尻合わせのためにステータスを下げることで調整が行われた、と。
(デメリット前提の場合もあるんだな)
ねここは自らの肉体を常に<アルカナ>に置き換えている珍しいタイプだ。
今着ている服も、おそらくスライムの一部が変化したものだ。
常時憑依型ならぬ常時肉体置換型とでも呼ぶべきか。
そして、新たに獲得したのは既存のジョブスキルの枠組みから外れた力。
言ってしまえば、仕様が違う。
偽装スキルを《鑑定眼》や《看破》で見破れるのは同一テーブル上の処理の範疇にあるから。
Aのテーブルで処理されていたそれらとは違い、新しく追加されたBのテーブル上の処理を行われなければ見破ることができないのだろう。
であれば、それを見破れるのもまた特異なスキルである必要がある、と。
(レレイリッヒのオプトーとかだと見破れるのかもな)
あの変態の<アルカナ>である【観測の悪魔】オプトーは見ることに特化したスキルを有していた。
結果的にどちらのスキルが勝つかはわからないが。
(複雑すぎてどうしようもなんねー)
うん、既存のジョブスキルだけでもいっぱいいっぱいだってのに<アルカナ>のスキル考証とかするもんじゃないな。
これがイデア相手になると<アルカナ>の代わりに【加護】に【異能】に【恩寵】が加わるとか考えるだけ無駄かもしれん。
「ってことは、もうエリシアには会ったのか?」
「ちらりと様子だけ見てきて、ステータスはその時映しとったにゃ。それで、どうしてねここ様だと気づいたにゃ? 少なくとも、バレるようなヘマはした記憶がにゃいんだが。現にユティナには一切疑われなかったしぃー」
「ぐふっ!?」
ここまでちびちびとコーヒーを飲みながら静観を保っていったユティナはうめき声をあげる。
まるで腹の内側から直接殴られたかのような、そんな声だ。
「おい、うちの子を虐めてくれるなよ。普段の性格に反して結構繊細なんだぞ」
「知ってるにゃ。悪魔らしく高貴に振舞ってるけど、可愛いものには目がないし、割とビビりな側面もあるにゃ。肝は座ってるけどそれはそれとして内心は臆病なタイプ。一番揶揄いがいがあるにゃー」
「2人して私を分析するのはやめてちょうだい! あー! あー! 聞こえない! 聞こえないわ!」
ユティナは声が届かないように耳を塞いだ。
仕方がないので、ユティナを揶揄うのは止めてねここの質問に答えるとしよう。
「気づいた理由は魔力の流れだな」
すると、ねここは心配なものを見るような目で……
「……中二病? 黒烏って今年19歳とかじゃなかったっけ? 大丈夫そ? アタシでよければ、相談にのるよ?」
「叩かれたいのか?」
「残念ながらそういう趣味はないにゃ」
誰が中二病だ誰が。
人並程度の功名心や自尊心はあるのは否定しないけども。
「魔力だよ魔力。ねここの肉体から漏れ出てる魔力が制御されてない状態だから気づいたんだよ。エリシアはそこら辺ちゃんとしてるからな」
「はへー。魔力、魔力ねぇ……なにも感じないんだが?」
「ほれ」
俺は小規模の《暗黒弾》を発動しねここの眼の前に持っていく。
そのまま、猫じゃらしの形を象りぶらぶらと揺らす。
「これが魔力操作。この世界でもちゃんと体系化されてるれっきとした技術だぞ」
「へぇー。エリシアと訓練してたのってこれだったんだ。魔法なんて唱えれば簡単に発動やら制御できると思ってたにゃー」
なまじスキルの恩恵で誰でも簡単に魔法を放てるからな。
俺の周りは標準装備みたいなところがあったが、これができるのは今の旅人の中だと割と少数派らしい。
「にゃるほどにゃるほど。その魔力操作とやらができれば身体から漏れ出る魔力を抑えることもできるし、魔力の流れを掴めばある程度個人の識別ができるとぉー」
腕を組み何度か頷いた後、彼女は視線を上げた。
「アニメとか漫画かにゃ?」
「あながち間違ってないだろ。ここは剣と魔法のファンタジー世界なんだし」
「たしかに」
ねここはふと遠くを見つめた。
「道理でなんか物足りないと思ってたんだよにゃー。そういうことかー……」
そのように小さく言葉を零し……
「えーと、こんな感じ?」
次の瞬間、彼女から漏れ出ていた魔力が完全に制御された。
「は?」
魔力制御一つとっても、人によって考え方や制御の感覚は千差万別だ。
プールに見立てるやつもいれば、蛇口と表現するやつもいる。
だから、魔力制御の癖の違いから大体相手がわかる。
今、目の前にいるのはねここには一切の揺らぎがなかった。
しかし、感じる既視感。
淀みがなく、丁寧で、気品さえ感じられるそれは……
「……エリシア?」
そこにはエリシアと全く同じ魔力の流れを有する存在がいた。
見た目はねここのまま、全くの別人であることを示していた。
「あ、できてる?」
「できてるもなにも……もしかして魔法の制御もできるのか、それ?」
「んー。感覚になるけどたぶんできないにゃー。今も魔力のまの字もよくわからんにゃ。でも、エリシアに雰囲気を似せるだけならできるしー」
ねここはどうとでもない風に。
「そういう概念があると分かれば、あとはノリと勢いだってーの」
認識しているわけではなく、ただ雰囲気を真似しただけだと。
真似した結果、制御されただけだと。
そう答えた。
「いや……きしょ」
「きしょ!? ちょ、乙女になんてこと言うにゃ!?」
「あー! 聞こえないから! 聞こえてないからね!」
とある人外について……
少女が求めるのは完璧な模倣であり、つまるところ変身願望。
観察期間に依存するがいわゆるプロファイリング能力に優れており、特徴を、人物像を、経験を、過去を、ペルソナまで対象を見ればおおよそ把握しきることができる。
精度としては初見で【精霊人】が【人】ではないことを見抜ける程度。
またこれは【観察対象の意思の有無】を問わない。
その類まれなる観察眼によって過去の出来事まで掌握し、空想の経験を己の成りきりに乗せることができる。
記憶の模倣まではできないものの、これまでに至る過程においてどのような人間関係があり、どのような関係性であり、どんな経験を積み重ねたのかをおおよそ把握しきることができる。
かの存在からすればその概念さえ知ってしまえば疑似的な魔力制御を実現する程度、造作もなかった。
既に知人、友人、家族、眼に見えた動植物のことごとくまで掌握している少女の好奇心を刺激することができるとするならば、常人以外の【何か】である必要があるだろう……
とある人外について②……
???「流石にそこまで突き詰める気にはなれないし興味もあんまないけど、その考え方は対人戦に活かせそうだな。ようは『相手の視点に立って嫌がることをする』をさらに発展させるって話だろ? よし、今度ラグマジで実践してみるか!」




