第4話 街での遭遇
しばらく空の旅に興じた後、俺達はエルダリオンに戻ってきた。
MPが許す限り空を飛び続けていたからかある程度形にはなったように思う。
あとは実戦で慣らしつつ細かい制御ができるように装備一式を見直すぐらいか。
<マグガルム・コート>を装備することを考えて、インナーや靴装備から考えていくとしよう。
「いやー、楽しかったなー」
空の旅はもちろんだが、同じように空を飛ぶ影がちらほらありその観察も面白かった。
竜に騎乗するドラゴンライダーを始め<浮遊効果の魔道具>に乗っていたり、面白いものだと水に包まれながら飛ぶようなものまで。
おそらく、スライム種の<アルカナ>だろう。
おっかなびっくりといった感じだったので、<アルカナ>が新たに修得したスキルについて確かめていたのかもしれない。
「生身だとまた違った感じで面白かったわね。また今度飛ばしてちょうだい」
市販の盾を呪って作り出した呪物を足場に乗る形でユティナを生身での空の旅へご招待したのだがどうやら満足いただけたらしい。
デザインもへったくれもなかったので、もう少し足場にするのに適したデザインの装備を探した方がいいだろうな。
「今度はちゃんと恐怖で泣き叫ばせてやるよ」
具体的には絶叫マシンのような軌道を描く感じで。
「そう? それなら、楽しみにしてるわね」
ユティナは機嫌が良さそうに答える。
そのまま俺達は目的地である【イデアル・マジック】のクランホームへと歩き続け……正面に見慣れた姿が見えた。
「あ。クロウ、奇遇ですね」
「エリシアか」
精霊の力が漏れ出るのを抑える髪飾りに軽くフードを被った姿。
どうやら魔道具店のショーケースを見ていたようだが、そこから視線を外し俺達の方へと向き直る。
確か今日も午後に模擬戦の予定が入っていたはずだが……もう終わったのだろうか。
(……ん?)
ちょっと待て。
「……? どうしましたか」
「いや……」
(クロウ?)
再度上から下まで見る。
利発そうな顔も、不思議そうに首を傾ける仕草も、会話の中身も、受け答えの方法も。
さらに言えば、呼吸のリズムすらも。
「あの、あまり見つめないでいただけると……」
どこか困ったように答えるところまで含めて間違いなくエリシアだと言えた。
目の前にいるのはエリシアであると俺の脳は結論を下す。
【冒険者】で習得し仮面を装備せずとも使用できる《鑑定眼》を発動しても、そのステータスに一切の違和感はないが、だ。
しかし、ただ一点だけ違った。
そして、それは本来であればありえないことだった。
エリシアの身体に纏う魔力の流れが乱れている。
それに、模擬戦が終わった直後にこんな元気なはずがない。
俺が知る限りここまで完璧にエリシアに成り切り、このような行動を取ってくるような相手はただ1人。
確信をもってしてエリシアの姿をした誰かに言葉を投げかける。
「なにやってんだ、ねここ」
今、目の前にいるエリシアはねここだ。
ねここがエリシアに変身した姿だ。
「……はい?」
「いや。だからねここだろ」
「……不敬ですよ、クロウ。ねここに間違えられるとは心外です」
「それ、自分で言うのかよ……」
いかにもエリシアが言いそうなことだ。
いや、実際に本人に言えば一言一句ずれることなくこう答えて来ることだろう。
「え……え? ねここ、なの?」
「違います……ユティナは、信じてくれますよね?」
「ちょ、ちょっと待ってちょうだい!」
ユティナは焦ったような表情で言葉を止めた。
(ク、クロウ!? 本当にねここなの!?)
そして、俺に念話を飛ばしてきた。
(ああ、間違いなくねここだ)
(そ、そうなのね。いや……でも、ええ……)
時間が経つ程に目の前のエリシアは少しずつ悲しそうな表情になる。
それは自分を信じて貰えないことに対する感情の変化。
これまで苦楽を共にしてきた旅の仲間との信頼関係が揺らいだことに対する悲しみ。
エリシアとある程度付き合いのある相手だけにわかるような僅かな表情の違い。
「うっ……」
ユティナはうめき声をあげる。
(ど、どうしよう。エリシアにしか見えないのだけれど! 絶対あの子ならこういう表情になるもの!)
だてに長い付き合いではないのだ。
これがもしなんらかの幻影やスキルによるものであれば、細かな違和感にユティナは気づいてみせただろう。
しかし、偽物だと言われてもなお違和感が一切ないがためにユティナは悲鳴を上げる。
(大丈夫だ。俺も魔力の揺らぎが無かったらたぶん気づけなかったからな)
(気休めにもならないわよ!? エリシア、ごめんなさい。私は無力だわ……)
というか、こういうのはこいつの専売特許だ。
一挙手一投足含めて他人に成りきるのに全てを雪ぐような変人。
変装技術ならぬ成りきり技術だけで言えば俺が知る限りねここの右に出る者はいない。
ロールプレイングガチ勢……執念のなせる業だと言えよう。
だが、偽物であるとわかってしまえばあとは簡単だ。
「エリシア」
「は、はい」
声をかければ不安そうに揺れる視線。
喉の奥が震えるような声色。
エリシアという個の完璧な模倣。
いや、憑依とでも言うべきか。
だが、姿かたちやステータス、体の細やかな癖や表情の変化まで再現できたとしても。
「俺達が乗った魔導船でエリシアが競いあった人物の名前を言ってみてくれ」
残念ながら思い出までは再現できない。
「……」
人生経験は顔に出るという言葉がある。
突き詰めれば顔を見れば相手の人生がわかると言っているのと同義だが、これはあくまでも比喩表現だ。本当に顔を見てすべてを悟れるわけがない。
しかし、顔だけでは不可能だと同意したうえで経験は肉体に表れると言葉にした猫がいた。
呼吸法、視線の動き、癖、言葉遣い、骨格、何を好み、何が嫌いなのか。
食生活や本人の自覚のない判断基準まで。
相手の細やかな所作を見ればどのような教育や生活を送ってきたのかがわかる。
そして、相手がどのような経験をしてきたのかを想像で追体験することすらもできるのだと。
その観察した結果を完全にフィードバックし再現して見せればそれは本人以外の何物でもないのではないか?
つまり、他者に成れたと同義なのではないか?
そんな空想を大仰に語り、それに挑戦し続けている奴を俺は知っている。
だが、それはどこまでいっても演技でしかない。
それでできるのは、ここまでに至る際にそういう相手がいたのだろうという仮定だけだ。
導いてくれた恩師がいたのかもしれない。
厳しい両親がいたのかもしれない。
そこに誰かがいたのかまでは想像できるかもしれない。
しかし、その名前がわかるはずもない。
この答えは簡単だ。
クイーンズブレイド号でエリシアが競い合った相手と言えばただ1人。
お嬢様バトルなどというとんちきな勝負を開口一番に仕掛けてきた旅人。
イザベラ・チャリスカッテである。
「そ、れは……」
エリシアの姿をした何者かは答えられない。
なぜなら知るはずもないからだ。
知らないことはわからない。
当然のことだ。
「……ちぇ、つまんねーの」
そしてねここは、エリシアの顏のまま不機嫌そうにそう答えた。




