第26話 イレギュラーとの遭遇
□2035年2月24日 モコ平野 クロウ・ホーク
モコ平野にはおよそ200名を超えるプレイヤーが集まっていた。
王都ルセスから走って10分ほど離れた距離だ。
現在、国が大規模演習を行う時にも使用される特殊な魔道具を使い、弱いモンスターは出現しなくなっている状態だ。
先日討伐隊のリーダー【トマス・E・リッチフィールド】と対抗組織のリーダー格【ガーシス】が一つの契約を交わした。
その内容を簡単に言えば、クラン対クランの対抗戦を行い、勝った方が相手の主張に乗るというものだ。
討伐隊が勝てば、NPCと共に掃討作戦を実行する。
対抗組織が勝てば、NPCは討伐隊に協力しない。
かなりPK有利の条件ではあるが、討伐隊にうま味がないというわけでもない。
少なくとも、討伐隊として参加を表明したリーダーを除く99人は《嘘感知》スキルに加え、嘘感知の魔道具やNPCが抱えているいくつかの技術によってPKではなく、なおかつ最低限の良心のもと協力を申し出たプレイヤーだということが確認されているからだ。
自警団の人員集めのきっかけとしてうまく活用した形だな。
ただ声を張り上げるのではなく、共通の敵を作り、一大イベントに仕上げたことでエンターテインメント性を確保したのだ。
事実、今回のクラン対抗戦に関しては、結果の是非に関わらず動画に出演することの同意の確認も取られており、現実に動画を出力して広めることも考えているらしい。
メニュー機能によるスクリーンショットや動画撮影は画面内に他のプレイヤーがおり、さらに特定の条件を満たしている場合、許可を貰わない限り現実に出力できないという制約が存在している。
隠し撮りしても現実にもっていけないということだな。
そのため、PKされた場合は【通報権】と同時に表示されたメッセージの画像をスクリーンショットして晒すのが一般的だった。
今回のクラン対抗戦の動画を上手く活用できればユーザ数の増加に繋がると考えているのだろう。
新規ユーザへのゲーム性の周知という面でも、かなり真っ当な善性を有しているのが、討伐隊のリーダーということだ。
討伐隊改め、自警団クラン『ヴァンガード』の参加者が98人。
対抗組織改め、PKクラン『マッド・キラー』の参加者が94人。
契約書で交わされた通り、双方のクランは事前に100人を上限としたうえでクランを結成していたが、リアルの都合や無言での不参加にて最終的な参加人数でみれば、自警団クランが一歩リードと言ったところか。
しかし、PKクランはその名の通り、対人戦に慣れているプレイヤーが多い。
特に【賞金首】は【賞金首】になるまで、複数回PKしているのである。
油断はできないだろう。
(クロウがそれを言うの?)
(何人もPKしておきながら、一度も通報されたことがないのが俺の密かな自慢です)
(悲しい自尊心の満たし方ね……)
言うな。
(……そろそろ始まるな)
そう、これから始まるクラン戦の結果で決まってしまうのだ。
ああ、なんということだ。
もし俺たちが負けてしまったら、今までの努力がすべて水泡に帰してしまう。
PK達はルクレシア王国に蔓延ることになり、平和な世界は遠のいてしまうだろう。
だからこそ、俺たちは勝たなければならない!
決意を固めろ!
魂を燃やせ!
武器を手に取れ!
声を張り上げろ!
勝利に向けて邁進せよ!!
(あと、これマッチポンプよね?)
(そうとも言うな。他には自作自演とか八百長試合とも言えるかもしれない)
俺、メリナ、ゴーダル、ガーシス、そして自警団クラン【ヴァンガード】リーダーのトマス・E・リッチフィールド。
あとはルクレシア王国の騎士団が共謀して描いた図がこれだ。
ルクレシア王国の代表として【鋼騎士】と呼ばれる騎士団長も今日はこの場にきているらしい。
クラン戦を餌にしたPKの一斉掃討作戦である。
もし、クラン戦作戦が上手くいかなくても、そのままNPC協力のもとで掃討作戦を実行すればよかったためどちらでも問題なかったというのが実情だ。
しかし、クラン戦という形を取ることで多くのPKを同時にあぶりだすことができた。
この戦、自警団が負ける可能性は0だ。
最悪負けそうになってもガーシスとトマス・E・リッチフィールドが【鋼騎士】の前で契約書の破棄を宣言をすればそれでおしまいである。
そもそもPKクランの主犯格とされているのがガーシス、メリナ、ゴーダルの時点で戦況はこちらの思いのままだろう。
さすがにPK達も警戒してか情報の横流しこそできず、俺には知らされなかったがPKクラン側には他にもスパイが忍び込んでいるらしいし。
(いいかユティナ。計画っていうのはな、いくつもプランを用意しておいて何を選んでも最終的には同じゴールに行きつくようにしておくもんなんだよ。次善策の妥協策にさらに予備の代案を用意してようやくスタート時点だ)
(この場合、PKの掃討をできればなんでもいいというわけね)
(その通り。掃討作戦の形が変わるだけであとはどれだけ効率的かつ実利を得ながら潰せるかというだけの話だ)
万が一の可能性もない。
「ガーシスウウウッ!」
その時、PK組織側の集団から一際大きな声が聞こえてきた。
「どうしたんだい、グレルゴス」
「どうしたも、こうしたもねえよ! 人数が負けてんじゃねえか、勝つ気あんのか! ああん? どういうことだよこれはよぉ!?」
どうやら、PKクラン側で一悶着起きているらしい。
クラン戦の時間が来るまで、今は自警団とPK組織は別々の集団で集まっており、人数確認が先ほど終わった形だ。
そのため、人数不利な現状に対して文句を言いたいメンバーがガーシスに絡んでいるといったところか。
「俺はよお、メリナの演説に惹かれたから参加してやったんだぜ。メンバーもちゃんと揃えたっていうから、少しは甘く見てやったがこの体たらく。あの会議に参加していた連中は知らねえが、俺はお前のことはどこかうさんくせえ奴だと思ってたのよ……」
この流れは少し不味いか?
PK組織側はそもそも100人という人数を埋めるために無理をして揃えたと聞いている。
自警団側と違って、嘘感知の確認はメリナやゴーダルがいるので、いくらでもスパイは仕込み放題だったわけだが、始まる直前にガーシスが裏切者だとばれるのはまずいぞ。
下手したら、今この瞬間何かが始まる可能性もある。
(契約書にクラン戦で決着つけるって書いてなかったかしら?)
(別動隊がいてもおかしくないんだよ、というかお互いに別動隊はいること前提で動いてる)
自警団はこのクラン戦の勝利とともにそのまま掃討作戦を実行するだけだ。
負けたらNPCの協力を得ることができずとも、少なくとも契約書に署名した100名のPKに対しては、初心者用の狩場のPK活動を抑制できるという建て前で動いている。
その場合でもプレイヤーだけで掃討作戦を実行すればいいからだ。
PK活動の自由化は許したが、PKK活動を規制されているわけでもないからな。
基本的に自警団有利は揺らがないのだ。
PK組織は勝利と同時に大半は別動隊を警戒し、まずは王都ルセスに駆けこんで物資を揃えるだろう。
NPCさえどうにかできればまだまだやりようはあると考え、勝利を前提とした何かを仕込んでいる可能性があるのだ。
そのPK側の別動隊をあぶりだすのもこの戦いの目的でもある。
ガーシスとメリナが把握してるだけで、それらしき動きが2件確認されているのだ。
他にいてもおかしくはないだろう。
「この僕が裏切ると思ってるのかい? そもそも、クラン戦などせずに掃討作戦を実行すればよかった討伐隊と交渉したのは僕だよ? こちらにある程度有利な条件で、しかもNPCの不干渉まで勝ち取った僕に対して酷い言い分じゃないか」
《嘘感知》スキルはかなり有用だが、いくつも抜け穴が存在しているのが確認されている。
まず、発動するかどうかは合計レベルやスキルレベルなどの総合的な能力値で決まる。
10レべル程度の差は誤差だが、20や30レベル離れだすと発動しないケースもあるのだそうだ。
俺が買った嘘感知の魔道具もレベル100以下を目安に発動し、使用し続けると普通に壊れる安い奴だ。
次に、嘘をつかず相手が誤解するように話す。
俺が前PKに問いかけられたときに、主語を抜いてごまかしたのがこれだ。
人の会話は必要な情報が抜けることが多々ある。
例えば、テストがある2限目の数学の授業の前に「今日のテスト勉強全然してねえよ」というような言葉があるとする。
「今日(の歴史)のテスト勉強全然してねえよ」と言う意味で用いればこれも噓にはならない。
歴史のテスト勉強はしていないが、数学の準備は万端ということだ。
「(弟が)今日の数学のテスト勉強してねえよ」という場合も同様だ。
当然、弟が勉強する必要はないわけでこれも嘘にはならない。
全然という言葉がもつ時間の長さも個人の裁量に依存するだろう。
全然(予習復習はした)かもしれないし、全然(全くしていない)かもしれない。
「私は今日の2限目にある数学のテスト勉強をしていない」
ここまで正確に言って初めて本当の意味で相手に伝わるのである。
俺がいろいろ確認した限り、《噓感知》スキルが捉えているのは本人が嘘をついているかどうかの意識の起こりだ。
話し方にコツがいるが、これぐらい意識をずらすことによって相手が勘違いするように誘導するのは可能なのである。
俺がゴーダルやメリナに問いかけた「裏切るなよ」という言葉も、今考えれば確実な問いかけではなかっただろう。
つまり、《噓感知》スキルの正しい使い方があるとするならば……
「随分と口が達者なこって。だったら、今一度はっきりさせようぜ。ガーシス、今、この場で俺の目をみてはっきり言え。お前は俺のことを裏切ってないってことでいいんだよなあ!」
投げかけた質問に対する「はい」か「いいえ」の二択の強要。
これが一番確実だ。
必要なのは答えなければならない状況の構築。
つまり、今だ。
(ユティナ)
(ええ、準備はできてるわ)
俺は、身構えた。
問題ない。
掃討作戦がこの瞬間に開始されるだけだ。
別動隊のあぶりだしはまた後日になるだろうが、大局に影響はない。
そして……
「約束しよう。僕はグレルゴスのことを裏切っていない」
ガーシスは答えた。
「……ちっ、《噓感知》が発動したやつはいるかぁ?」
「いや、俺は反応しなかったぞ……」
「そこのお前は!?」
「お、おれもだよ」
「ならいい。さっさと散れ!……悪かったな、開始前に変なこと聞いてよ」
「いや、いいよ。僕としてもメンバーが少なくなるのは誤算だった。今日は頑張ろう」
そのまま、何事もなかったかのように彼らは思い思いに散らばっていった。
(これって……)
(ああ、メリナだろうな)
メリナに惹かれて参加した。
つまり、この一連の流れはメリナの仕込みということだ。
今この場でパフォーマンスを演じたのは最後の時間稼ぎだ。
実際には、他のプレイヤーがガーシスに詰め寄る動きを見せたら、先んじてグレルゴスというプレイヤーがガーシスに疑いをかける流れになっていたのだろう。
周りにいた連中もメリナの仕込みで、グレルゴスが敢えて問いかけた奴らだけがPK側の人間ということだ。
さすがと言える。
(もう始まる、今更問答する時間はない)
これで、俺たちの勝ちは確定した。
あとは予定通り、全力でこのクラン戦で別動隊の処分が終わるまで時間を稼げばいい。
負ける可能性も考えたうえで、入念に作戦を練ったのだ。
勝ったな、風呂入ってくる。
(クロウ……)
(どうした? まぁ俺たちの勝ちは確定したんだ、あとは祭りを楽しもうぜ! 200人近いプレイヤーの大規模戦闘とかそうそう体験できるもんじゃねえぞ。楽しみだなぁおい!)
(いや、あの……あれ)
どうしたというのだろうか。
先ほどのPKの問答でなにか気になることがあったのか、ユティナの視線はPKのグループの一部分で固定されている。
俺もそれに釣られるように視線を向けた。
(…………は?)
PKクランの集まりの一角にそれは、いた。
見覚えのあるクマの着ぐるみ。
背中に背負っている斧は、前見た時よりも数段いいものに変わっているように見える。
ふよふよと地上1センチを浮きながらぼーっとしている姿は何も考えていないようで、実際には単身で<プレデター・ホーネット>を相手取れる火力と技巧を持っていることを俺は知っている。
ハニーミルクが、そこにいた。




