第2話 期間限定の同居人
12月22日は08:00頃更新します。
□2035年4月29日 烏鷹千里
俺は部屋が散らかってないか再度確認する。
「これで良し、と……」
1人暮らしをしている関係上余っていた部屋が1つあったのだが、そこには現在組み立て式の作業用デスクに一人用のベットが設置されている。
そして、その周囲には段ボールがいくつか簡単に積み上げてあった。
細かい調整は後でするだろうと思い適当にコーヒーを入れ時間を潰す。
しばらく待っていると、ピンポンとチャイムが鳴った。
「あいよー」
玄関へと向かい扉を開ける。
そこにはリュックを背負った少女が一人。
「来ちゃった」
「来ちゃったかぁ」
まじめな表情で、しかしどこかふざけた定型文めいた言葉を放つ。
少女の名前は烏鷹麗凛。
まごうことなき俺の妹である。
☆
話は少し遡る。
まず、俺の家族構成は母親と父親、そして妹の4人家族だ。
兄である俺は大学進学に伴い一人暮らしを開始。
妹である麗凛は都内の高校へと進学し実家から通っている。
ここで問題になるのが両親が多忙という点である。
まず一家の大黒柱である父は流通のシステム保守などをしているようで非常に忙しい。
システム障害が起これば夜中だろうが休日だろうが着替え出ていくほどに。
GWや夏休みといった長期休暇期間ともなればそれはもうほぼ毎日出勤だ。
場合によっては会社や客先に泊まり込み、徹夜でトラブルシューティング対応をしていることもある。
母はデザイン関連の仕事をしている。
こちらは普段はそこまで忙しいというわけではないようだが、GWといった長期休暇になると割と高い頻度で海外出張に出かけるのだ。
海外の顧客との密接な関係を築くためといろいろ理由があるらしい。
となると、長期間の休みは2人の子供が家に取り残されることになる。
幸いなことにどちらも部活に所属しておらずそれどころか家で基本ゲームをし続けるインドアっぷりなため帰りが遅くなるということはない。
長期休暇だろうともほぼほぼ家に引きこもっていたほどだ。
片やVRゲームを片端から遊び続けるVRゲーマー。
片やレトロゲームから最新作まで幅広くプレイし撮影を行っては編集し投稿を行うゲーム動画投稿者。
そんな生活を続けていれば最低限の自炊ができる程度の生活力はつくわけで……だが、その片割れである俺が今年から一人暮らしになった。
つまり、海外出張とトラブルシューティングが運悪く重なると愛娘が家に一人になってしまう。
割と放任主義である両親もさすがにそれは避けたい。
ならば信頼できる預け先に預けてしまおうということで……
「結構広いね。ちょっと駅から遠いけど光熱費込みで約4万円ってやっぱ安くない?」
「普通はもう少し高いらしいぞ」
「だよね。いいなー」
エレベーターがないのがたまに傷だが、不満点と言えばそれぐらいか。
少し都心から外れているとはいえ2DKに1人暮らしだ。
本来であれば毎月8から9万円はかかるはずである。
バイト先の知り合いのコネ……もとい黒瀬さんの紹介だ。
感謝しかない。
「私も大学生になったら一人暮らし始めようかな」
麗凛は羨ましそうに部屋の中を見る。
今年は両親ともに忙しいということもあり一時的に麗凛をうちで預かることになったのだ。
今後も似たようなことになることを考えて、これを機にある程度居住環境を整備した形である。
今回の滞在期間はおよそ2週間とのこと。
「母さんと父さんの説得頑張れよ」
「うー……無理、かなぁ」
「だろうな。俺もそう思う」
自分で言うのもなんだが麗凛は俺より大事にされてるからなぁ。
俺はバイトによる収入もあり住居についても宛てがあったので割とすぐに許可が下りたが、麗凛はそう簡単にはいかないはずだ。
「あー、荷物は父さんと一緒に運び込んでおいたけど整頓はしてないからな」
「うん、ありがと……勝手に開けてないよね?」
「開けてない開けてない」
下着類とかもあるので先週から段ボールに入れっぱなしである。
そのまま廊下を通り過ぎ妹の仮拠点へと案内する。
「ここ自由にしていいんだよね?」
「いいぞ」
「やった。部屋がもう一つあるとかちょっとお得な気分」
麗凛は目を輝かせ鼻歌まじりに部屋に入った。
どうやら、満足していただけそうである。
「ああ、マイルーム機能みたいなもんだもんな」
「……なんでもかんでもゲームに変換するのよくないよ?」
「悪うござんした。それじゃ軽く昼作っておくから今のうちに荷解きしとけよー」
「はーい」
俺は麗凛を部屋に置いてキッチンへと向かい適当に棚を覗いてみる。
「……今日はそうめんでいいか」
買い足し行かねえとなぁ。
☆
「そういえば兄さん、昨日の配信は見た?」
「当然見たぞ。大盤振る舞いだったな……ズズッ」
麗凛と2人でそうめんをすすっていると話題は昨日の<Eternal Chain>の公式配信に移った。
クランランキングで上位に入るか一定条件を達成したプレイヤーへのバカンスという報酬。
(当選者間でのトレードは原則不可。一部アイテムの持ち込みも禁止。当選者は一定期間の間プライベートエリアへの入場許可と共通エリアへの参加が可能……ってことはなんらかのイベントが催されるのは確定だな)
味覚の完全再現ができたということは、体験型コンテンツとしての側面が強いフルダイブ環境においてあらゆるリアルの追体験を仮想上で完結させられることを意味している。
だから、やろうと思えばそれこそVR旅行サービスなんてことも可能に違いないのだ。
事実、海外の大手医療メーカーから技術提供について依頼があったりと一部ネットニュースになっていたりするほどに。
数年前に頓挫したとされているフルダイブ型統合プラットフォームを成立させることもできるかもしれない。
これまで味覚の完全再現ができていなかった影響は非常に大きいのである。
だが<Eternal Chain>の運営はあくまでもベースは剣と魔法のファンタジーというのはずらさない方針らしい。
お知らせの内容からしても、ただのバカンスで終わるはずがないのは明らかだ。
イベント専用エリアの解放やそこでしか入手できない装備や素材もあるかもしれないな。
「興味あるのか?」
「うん、動画のネタになるだろうし」
「確かに、それならクランに入らないとだな。どこかあてはあるのか?」
「りんご飴さんのところに入れてもらおうかなって。聞いたら問題ないよって受け入れてくれたんだ」
そう聞けば麗凛はりんご飴のクランに入れてもらう予定だと返してきた。
どうやら付き合いは良好なようだ。
「いい人だよね。なんていうか、ゲームしている人にありがちな毒がないっていえばいいのかな? あんま見ないタイプ」
「本人曰くこういったゲームをやるのは初めてらしいからな。ただ、あの人数だと結構厳しい気がするけど……」
多い方が有利ではあるが、人数が増えるとクランの運営が破綻する可能性が高くなるのでこればかりは一長一短だ。
ある程度人間関係を維持しながら共通の目的を掲げ行動できる人数は50人から多くても100人が限度だと言われている。
事実、俺がこれまでプレイしてきたゲームの多くもクランやギルドといったプレイヤー組織の定員は100人あれば多い方であったし、それ以上の規模となると基本的に崩壊しがちだった。
いわゆる地雷が紛れる可能性も高くなるので、無駄に人数を増やすよりも信頼できる少数で固めた方が結果的に良い方向に進むことが多い。
ランキング上位に入るためにクランの人数を増やしたはいいものの、まともに維持できず崩壊してしまったら本末転倒なのである。
運営が設定したクランごとに最大50人というのはある種のセーフティラインと言えるだろうな。
ランキング上位を目指し躍起になってメンバーを増やそうとしているクランもあるが、失敗すると予想している旅人も相応に多い。
聖国にあるクランは所属人数が1000人を超えているという話もあるが、ああいうのは基本少数派なのだ。
それらを加味したうえで【猫の休息所】は人数が20にも満たない少数クラン。
それだけの人数で戦い抜くのは不可能ではないが大変だろう。
「うん、だからこれを機に助っ人も入れようって話になっててね」
「へー。誰だ?」
「えーっと……ハニーミルクさんと、あとメリナさんって人が入る予定だね」
前言撤回。
ルクレシア王国のクランランキングの上位5つのうちの一つは【猫の休息所】でほぼ確定した模様。
助っ人枠にハニーミルクとメリナはいかんでしょ。
「え、なにその微妙な表情」
「……一応知り合いでな。メリナには気を付けろよ」
「色々情報を集めた感じイベントとか率先して盛り上げてる良識派のプレイヤーって印象なんだけど違うの? りんご飴さんとも仲良さそうに話してたし……」
どうやら情報統制をしっかりなさっているようで。
初期からいるような連中はともかく、麗凛のような途中から始めた旅人への印象操作はお手の物らしい。
「俺以上にいい性格をしているのは確かだな」
「うわぁ……確かに、それは気をつけないとだね」
「ちょっと待て、自分で言っておいてなんだがその反応はおかしくないか!?」
「気のせいでしょ」
いや、決して親愛なる兄へ向けるような視線じゃなかったぞ!?
(それにしても、どういう風の吹き回しだ?)
あの負けず嫌いのことだ。
てっきり自分でクランを立ち上げるものとばかり思っていたのだが。
(可能性として考えられるのは……)
メリナはPKの一員として活動しつつも彼らを裏切り、裏から盤面を操作し罠に嵌めてみせた手腕から初期に悪目立ちをした旅人の1人だ。
それらを払拭するためか、数々の情報統制やイベントの主催の立ち位置を確保することで印象操作を現在進行形で続けているらしい。
となると、これまでの動きを鑑みるに裏に潜むための隠れ蓑を欲していたと考えるのが自然。
(【Impact The World】の時にりんご飴を積極的に支援していた理由の1つがこれか)
他にもいくつか狙いはありそうだが……後で考えればいいだろう。
「それはそうと、高校生活にはもう慣れたか?」
「なんでいきなり久しぶりに会ったお爺ちゃんみたいなこと言い出したの……あ、ゴールデンウィークに遊ぶ予定立ててるんだけどここに友達を呼んでもいい?」
「問題ないけど珍しいな。麗凛が友達を家に呼ぶのとか小学生の時以来じゃないか?」
「……一度も呼んだことがない兄さんには言われたくないんだけど」
それは言うな。




