第31話 故に王冠は笑みを浮かべた
「<アルカナ>を出せ、だと……」
「ああ、つまらねえプライドなんて捨てちまえよ」
<アルカナ>とはプレイヤーに与えられた相棒であり、唯一の存在である。
そして、<ファースト・バレット>においてもそれは変わらない。
出す前に倒された参加者がいた。
相手を甘く見て呼び出すのが間に合わず倒された参加者がいた。
油断を誘うために敢えて出さなかった参加者がいた。
しかし。
「俺に勝てないと理解しているうえで出さない理由なんざプライド以外のなにがある」
SONICが未だに<アルカナ>を呼び出さない理由はプライドのせいだと、クラウンは言い切った。
「……それはお前もだろ」
「俺は出す必要がねえからいいんだよ。これはプライドでもなんでもねえ。ただの事実だ。だが、お前は違う」
つまらない。実につまらない。
一目見た瞬間にわかってしまうから。
人の道理を外れた圧倒的な情報収集能力が、解析能力が、相対した相手の心情を暴き出してしまうから。
「勝ちに来るようなことを言っておきながら、心のどこかではどうせ負けると考えている。いっちょ前にプライドはあるもんだからベストも尽くせない。アマチュア以下、負け犬根性ここに極まれり。殺意だけは立派なもんだが、殺意なんてのはそもそも雑念だ。思うだけなら誰でもできる。必要なのは相手を上回るために何をするべきか。何が必要かを考え実行する力。イマジネーションだ。殺意なんてのはモチベーション維持のための最小限でいいのさ」
だから男は退屈だった。
銃の世界において、勝利を諦められてしまったから。
だから男は久々に心が躍った。
この世界では自分のことを知らないバカ野郎が大量にいたから。
だから男は満足した。
自分を知っておきながら挑んでくるような気概のあるリスナーがまだまだいると知れたから。
だからこそ、これからも期待せずにはいられない。
この新天地でこれから過ごす殺し合いの日々を。
己と同類のバケモノ共との命の凌ぎ合いを。
「ここはあれだろ? 剣と魔法のファンタジーってやつだろ? そんで、プレイヤーには<アルカナ>っていう自立思考型の武装ユニットが一つ与えられる。わざわざ銃にこだわる必要もねえはずだ。ま、俺は生まれた時から銃に愛されてたから銃を使わないなんて考えられねえが……」
それは説得でも何でもない。
「俺はただ殺し合いたいだけだ。銃があって、共通のルールがあって、お互いの得物で殺し合えるバカ共がいる。それ以上なにも望みやしない」
ただの横暴であり命令であり、自己満足。
「俺を、失望させてくれるな」
銃の世界よ、銃の世界に置いてきたはずがわざわざついてきた亡霊よ。
新天地は想像以上に居心地がいいぞ。
「まだまだ全然見せてねえだろ。スキルは? 必殺技は? ジョブは? 俺を殺すために何が必要だ? お前はこのゲームで何を培ってきた」
なんでもありのこのゲームでお前は何をしてきたのかそれを見せろ。
いつまで足を止めているつもりだ。
殺したいと思っているのならば早く俺を殺してみせろ、と。
「……来い」
SONICは小さく呟き……体から光が溢れ出す。
そして、彼の傍には深緑の肉体を有したクワガタが飛んでいた。
「【絶速迅蟲】エメルダルラ。到達階位はⅢだ」
「そんな情報いらねえよ。さっさと来い。ほら見ろ、そっちのクワガタ野郎は殺る気満々みたいだぞ」
「GITITITI……!」
エメルダルラは身体から威嚇のような音を出し続けていた。
それは主人をバカにされたことに対する怒り。
今までは主人の顔を立て抑えていたそれを、ようやく解放できるという喜び。
その姿を見て、SONICは驚きの表情を浮かべる。
己の<アルカナ>がそのような反応をするとは思っていなかったから、驚愕したのだ。
所詮ここは仮想の世界で、この場にいるエメルダルラも0と1のデータのはずだ。
しかし、そこには確かな意志と怒りがあり……
「……」
「お、少しはマシな面になったじゃねえか。これはあれか? 1人じゃなく、1人と1匹なら戦える友情パワーってやつか? それとも、ピンチからの覚醒イベントってやつか? 英雄的物語は大歓迎だぜ。さしずめ俺は立ちふさがる悪役ってところだろうなァ」
エンターテイナーの口が回りだす。
「それも、ありだ」
目の前にいたつまらない男が、少しは楽しめそうなゲーマーに変わっていく。
「さぁ、殺し合いを始めようか。制限時間は残り8分。お互い最後まで、心ゆくまで命を燃やし合おう。フェアプレー精神ってやつだ」
故にクラウンは笑みを浮かべた。
「……行くぞ」
声掛けは最低限。
しかし、エメルダルラは主人の声に従い、飛ぶ。
目にもとまらぬ速さ、どころではない高速の飛翔。
だが、クラウンが放った魔弾は当然のように的確にエメルダルラを捉え……その魔弾は弾かれた。
「ひゅ~」
口笛と共にクラウンはその高速の突進攻撃を躱し、すれ違いざまに5発の魔弾を叩き込む。
頭、胴、脚、羽、節。
しかし、その飛翔には一切の影響が出ない。
「硬いなァ」
クラウンへ向けSONICが駆け魔弾を放つ。
それに対し、首を傾け体を逸らし最小限の動作で躱し迎撃へと移る。
瞬間、背後から迫りくる羽音。
加えて何かが反射するかのような音をクラウンは捉えた。
背後からは、エメルダルラに跳弾し戻ってきた魔弾が迫っていた。
それに連なるように鍬形虫が突っ込んでいく。
正面からはSONICが迫る。
挟撃の構え。
「《二重加速》!」
「GITITITITITI!」
1人と1匹が怪物へと襲い掛かり……
「──はっ」
そして戦いは、新たな領域へと足を踏み入れた。
☆
残影を残しながら高速で移動する2つの影。
魔弾をものともしない頑強な装甲を有する【絶速迅蟲】エメルダルラと、高速機動を繰り返しながら魔弾を放ち、時折りエメルダルラを用いた跳弾を利用し攻撃を繰り出すSONIC。
息もつかせぬ高速の連携攻撃。
共闘系の強さをこれでもかと見せつけていく。
《速すぎ》
《SONICやばくね?》
《人の動きじゃない定期》
《ダブルアクセルさっきも使えば良かったのに》
「動きに関してはステータスの恩恵ですね。高いAGIのステータスに加速系や身体強化系のスキルを重ねると、これぐらいの動きならできるようになります。《二重加速》をさっきまでは使用していなかったのは制御ブレを嫌ったんでしょう。加速しすぎた結果、身体が動きすぎてしまう可能性がある。そして、クラウン選手の読みは体の速度が加速した程度では上回れない」
クラウンの予測はある意味未来予知の領域まで行っていた。
それに対して、一瞬肉体の制御を誤れば致命傷になる可能性があった。
「ただ、今は<アルカナ>を出していて、その隙があっても埋められるようになった。ならスキルを使用し、クラウン選手へ負荷をかけ続ける方が効果的だと判断したのでしょう」
「身体強化系のスキルは慣れないと肉体が動きすぎるからある程度の習熟が必要だ。たまに、VR慣れをしているからかステータスの変化に対し一切の違和感もなく適応してみせるような者もいるがな」
構図としては2対1。
残影を残すほどの高速機動によって追い詰められているはずのクラウンはしかし。
《逆になんでこれで倒せないんだ?》
捌く、捌く、捌き続ける。
魔弾を弾き、エメルダルラの側面を蹴り弾き、近接攻撃を防ぎ、それどころか魔弾で攻撃まで行う。
死なない、当たらない、そもそもダメージが通らない。
こと銃を用いた戦闘において男に不可能は存在しない。
それはつまり、銃を用いた戦闘であれば近接戦闘ですら男に不可能は存在しないということである。
相手から放たれた一撃を完璧に流すことすらも可能であり、銃の姿をした怪物からすればこの程度の猛攻を捌く程度、児戯に等しい。
ならば、状況の打開のために更なる手を打つ必要がある。
SONICは銃を持ち変え右手にコンバットナイフを取り出した。
左手の魔導銃で攻撃を行いながら、《武具切替》によって手元に加えたそれは強く光輝く。
『《二重牙斬》!』
ここに来て明かされたジョブスキル。
それは攻撃判定を2回付与するというもの。
そして、攻撃判定が2回ということは威力はもちろん状態異常の判定も2回ということ。
基本スキルに該当する《加速》や《二重加速》を有するジョブは数あれど、短剣スキルの中でも上位に位置するするそれを覚えるジョブは限られる。
「【暗殺者】か!」
《気配遮断》スキルを所有した状態で短剣系の下級職を1つカンストすることで条件を満たせる上級職。
「DEX、AGI重視のジョブだとは思っていたがまさか上級職とは。すでにカンストをしているとなると相当やりこんでいるな!」
「同類を見る眼で見るな。まぁ、今の時点で上級職カンストは相当最短ルート通ってるわな」
「それだけではない、【暗殺者】はAGI、DEX、CRTに加えMPとSPにも補正があるジョブだ。【魔銃士】とのバランスも考えられている。HPとENDは低いので耐久は無いが、SONIC選手ほどの回避能力があればそのデメリットもあってないようなものだ!」
しかし、クラウンには届かない。
攻撃をするりと躱し足を蹴り上げ腕を弾き飛ばす。
そのまま空に飛んでいったコンバットナイフをついでといわんばかりに魔弾で撃ち抜いた。
そのままナイフを湖へと叩き落とし……その瞬間、空からクラウンへ向け銃撃が降り注いだ。
「乱入者だと……?」
エアーはここに来て新たに戦いに加わるような者がいるのかと訝しむ。
空から銃撃を行えるような存在など他にいないはずで……
『GITITI!』
そこには、背中に魔導銃を取り付けた【絶速迅蟲】エメルダルラがいた。
《は?》
《は?》
《は?》
☆
■第3スポットポイント 湖エリア
【絶速迅蟲】エメルダルラ。
到達階位Ⅲの<アルカナ>の中でも純正の<ガーディアン>であり、高いENDとAGIによる高速機動はまさに空飛ぶ砲弾と言えるだろう。
並の攻撃では一切傷つかない装甲は到達階位Ⅲの中でも上位の頑強さを有している。
しかし到達階位Ⅲが有する拡張性がその程度で収まるはずもなく……そのスキルの名を《武具纏蟲》と言った。
効果は名前が示す通り、武器を纏い装備するというもの。
つまり、装備判定を獲得するスキルだ。
先程の攻防の隙を突き、エメルダルラは武器を回収しに行っていた。
湖の周囲に落ちている武器を回収し、その身に纏ったのだ。
その背中に纏った魔導銃から攻撃を行うそれはまさに。
「自立思考型の高速機動するドローン兵器ってか?」
クラウンは笑みを浮かべ……その場を急ぎ離脱する。
空から降り注ぐ弾丸の軌道から避け、躱す。
<White out>によるオート射撃攻撃。
一発一発の威力は低いだろうがわざわざ被弾する必要もないという判断を下す。
「おっと」
横合いから飛んできた魔弾を魔弾で叩きおとす。
SONICよる迫撃を防ぎながら、空に陣取った生物兵器を見上げる。
VR FPSにおいてドローン型の武装を使用するタイプのキャラもおり、それを撃ち落としたことは何度もあった。
しかし、これほどまでの速さも耐久性も回避性能も有していなかった。
己の火力不足、装備の性能とレベルが足りないという一種の縛りプレイ。
ステータスというシステムによってもたらされる絶対性。
硬い相手は魔導銃で撃ち落とせないという当然のルールに対し。
「──ああ、こいつはいい」
最初に殺さなくて正解だったと、クラウンは笑った。
取り出したのは最後のカートリッジであり、それを<Seeker-R4>に突き刺した。
レンタル品である魔導銃同様普段使用しているのに比べれば随分と安物ではあるが、今は少しでも火力を上げる必要がある。
その判断の元、この世界のルールに則り準備を済ませた。
ならば、使用するのは当然状況を打開できるスキルであり……
「《銃限界突破》」
クラウンは【魔銃士】の奥義を切った。