第30話 橋上での決戦
■第3スポットポイント ???
場所は大きな湖の上、四方から連なる十字のような形をした幅10メートル以上もある大きな橋の中心地点。
そこにあるスポットポイントを獲得できる台座の傍に1人の男が立っていた。
橋の周囲にある陸地には争ったような形跡だけがあり、まばらに魔導銃だけが落ちている。
彼は周囲全ての参加者を退場させスポットポイント争奪戦を勝ち取ったのだ。
そして、現在は油断することなく神経を周囲に張り巡らせている。
ありとあらゆる角度を網羅し何がいつ来ても対処できるように。
「──っ!」
故に、背後から迫り己の急所を貫かんとする魔弾に気づく。
どこから飛んできたのか、全くの不明。
まるで、ここに到達するまで己の死角を掻い潜ってきたかのような一撃。
──跳弾。
その男……SONICは腰に備え付けていたホルスターから魔導銃を一瞬で抜き放つ。
正確無比にして高速の早撃ちによって、自身に迫ってきた凶弾を的確に弾いてみせた。
魔弾を魔弾で撃ち落としたのだ。
「……来たか」
ゆったりと、その気配は近づいてくる。
隠れる必要などないと言わんばかりに堂々としたものだ。
SONICは正面から歩いてくる男の姿を視界に収める。
雑に切りそろえたくすんだ金髪の……リアルで見覚えがあるその姿。
「よく防いだなぁ。今日、俺の攻撃を捌いてみせたのはお前が初めてだ」
プレイヤーネーム、クラウン。
銃を用いるありとあらゆるゲームで最強と謳われた正真正銘の怪物。
先程の攻撃は背後から来たのに対し、それを放ったであろう存在は正面から歩いて来るという不合理。
それを実現しうるこの世界の仕様は跳弾だろうとSONICは認識した。
「さっきみてえに逃げねえんだなぁ。早撃ち野郎」
開始早々、逃げの一手を選んだ相手への蔑みの笑み。
煽られたSONICは冷静に、力強い目でクラウンのことを見る。
「俺はプロだ。プロである以上、どんな形であれ大会に参加するなら結果を出さなければならない。結果こそが俺の価値であり、俺というブランドを守ることに繋がる。少なくとも『クラウンが参加している大会で接敵しながらも生存し好成績を収めた』という結果には価値がある」
「それで?」
「お前が来ることはわかっていた。スポットポイントを順番に回り、殲滅してくるだろうと。ここでポイントを稼いでいれば、いずれやってくるであろうことも」
「結論から言え、視聴者から話が長いって苦情が来たらどうしてくれるんだ」
クラウンはどうでも良さそうに溜息を吐いた。
この後の返答の予想がついていたからだ。
「ここまで生き残れば上位入賞は堅い。だから、引く必要はなくなった。それだけだ」
「ちゃちい考え方だな」
ああ、つまらない。
なんてつまらない理由だろうか。
燃えるような闘志がない。
煮えたぎるような意思がない。
クラウンは、今日という日の中で今が一番冷めていた。
目の前の顔見知りにこれまで通り失望していた。
「クラウン、お前にはわからねえだろうよ。いくつもの誘いを受け全てを断ったお前にはな」
「はんっ。俺はエンターテイナーだぜ? スポンサーの顏を伺って言いたくもねえことを言い、やりたくもねえことをするのは美学に反する。俺が提供するコンテンツはいつだって、刺激的で、ロマンに溢れ、アンチすらも思わず唸ってしまうようなものじゃなくちゃあならねえ」
クラウンが大会から出禁にされたのは、なにも勝ち過ぎたという理由だけではない。
それは、彼がどのプロチームにも所属せず、スポンサーと一切の契約をかわさなかったからだ。
彼が参加するのはいつだって、無所属の配信者が参加できるような大会だ。
事前に申請すれば参加できるような大会だ。
プロチームに所属していることが必要な一部の大会には一切の出場をしたことがなかったのだ。
つまり、そこにあったのは娯楽で配信活動をしている男に、その道で稼いでいるプロが誰も勝てなかったというもの。
ことあるごとにクラウンがいたらと言われる状況をどうにかする必要があり、であれば殿堂入り扱いした方が結果的に荒れなくて済む、と。
様々な要素が複雑に絡み合った結果だった。
「これはもうあれだ、価値観の相違ってやつなんだろう。俺と、お前のな。だからつまんねえんだ。お前らとやる殺し合いはよぉ」
退屈そうに、これまでの鬱憤を吐き出すように。
「その点、このゲームはいいぜ? バカが山ほどいやがる。かたっ苦しいことは何も考えずに挑んでくるようなイかしたバカ共がな」
男が思い浮かべるのは今日の大会で蹂躙してきた者達のことだ。
特に、先程挑んできた己のリスナーはなかなかのものだった。
少なくとも、今日殺してきたほとんどは全員本気で自分に勝つつもりだったのだ。
「おかげで、しばらくは退屈せずに済みそうだ。最近まったくと言っていいほどにこういった大会には参加してなかったが、こんな刺激的なのはいつ以来だったかねぇ……? 少なくとも、ここ2、3年は記憶にねえなァ」
お前らとの殺し合いほど退屈な物はない。
そこら辺のアマチュアプレイヤーの方がよっぽど楽しめるぞ、と。
「……糞が」
「おいおい、口が悪いぜ。プロなんだろ? スポンサーさまの機嫌を損なわないように、いい子ちゃんでいた方がいいんじゃねえか?」
クラウンはわざとらしく肩を竦め……
「ああ、プロはプロでも負け犬のプロだったか」
刹那、SONICが有する魔導銃から魔弾が放たれた。
照準を合わせ撃つまでの時間、僅か0.3秒。
しかし、放たれた魔弾はクラウンが無造作に構え放った魔弾に弾かれ防がれる。
それはまるで、先ほどの意趣返し。
「殺す」
「できねえことは口に出すもんじゃねえぞ。言葉が軽くなる」
戦闘が始まった。
SONICは駆け出し、クラウンは<Seeker-R4>でSONICを銃撃し迎え撃つ。
SONICはそれに対し射撃する瞬間を見極め、熟練の経験と洞察力、そしてごく僅かな動作から見切って弾丸の軌道を予測。
躱せるものは事前に躱し、躱せない魔弾に対しては表面をなぞるように左の手甲で受ける。
否、ただ受けるのではなく角度をつけることによって的確に弾いてみせた。
遮蔽物が存在しない橋の上でできる最低限かつ最大の防御行動を取りながらSONICも銃撃を行う。
しかし、そのすべてがことごとくクラウンに撃ち落とされる。
両者共にダメージを受けることなく瞬く間に距離は縮まり……激突。
SONICの殴打をクラウンは<Seeker-R4>の銃床で受け止めた。
クラウンがカウンターの要領で放った拳の一撃をSONICは手のひらで受け止め防いだ。
瞬時にクラウンは右手首のスナップをきかせSONICの拳を弾き銃口を強引に首筋へと向ける。
魔弾が放たれようとした瞬間、SONICは膝を鋭く蹴り上げクラウンの腕を弾き銃口の射線から逃れた。
クラウンは素早く切り返し、殴打を繰り出すがSONICは焦ることなく対処する。
そして高速の乱打戦が始まった。
両者共に【魔銃士】の中でも前衛重視のステータスによって底上げされた肉体を行使し連続で攻撃を繰り出していく。
目まぐるしく立ち位置が切り替わり撃ち、防ぎ、動きを潰す。
その間にもお互いに所持した銃から魔弾が放たれる。
首筋を捉えた時、眼を捉えた時、脳を捉えた時。
そして、互いに相手の攻め手を潰していく。
そんな中、クラウンが放った魔弾の1つがスポットポイントを獲得できる台座にあたった。
それは反射し橋の枠組みに当たりまるで戻ってくるかのような軌道を描く。
死角から迫ってきた魔弾に対しSONICはクラウンの蹴りを回避するついでに瞬時に照準を合わせ魔弾を発射。
背後からせまりくる跳弾を弾く。
「ちっ!」
しかし、その表情は優れなかった。
なぜなら……
☆
(遊ばれているな)
映像を見ながらエアーは冷静にそう結論付けた。
「早い早い早い! 高速の近接戦だ!」
《早すぎ》
《人体の出せる速度じゃないだろこれ》
《SONICがんばえー》
《反射神経えぐ》
盛り上がる実況とコメントに水を差さないために、あえて口にはしない。
しかし、見る者が見ればわかるだろう。
(跳弾の使用頻度が減っているのはわかる。跳弾という技術においてもっとも重要なのは入射角と反射角の計算だろう。それに対して、この橋は頭上に反射物となるものがない)
大きな湖の上に建てられた、横幅10メートル近い巨大な橋。
開放的なそれによって跳弾は本来の効力を発揮できていない。
時折飛んでくるものに対してもSONICは完璧に対処していた。
銃身バットが言っていた通り、クラウンと戦う場所としては最適解の1つと言えよう。
「エアー、この戦いをどう思う」
黙り込んでいたからか話題を振られたエアーは少しの思案もなく即答する。
「クラウン選手の近接戦闘能力は一級品だが、SONIC選手も負けていない。本来銃撃戦という戦場であればクラウン選手が有利だっただけに、即座に仕掛けたSONIC選手の策は有効的だ」
その上で……
(他にもっと有効な戦い方があるだろうに、クラウンは敢えて自らの姿を晒し近接戦へと誘導した。その方が動画映えするから、か……)
エンターテイナー。
娯楽を提供する者、その意識によるものだろう。
「魔導銃から次々と魔弾が発射されるがほとんど有効打になっていない。これこそがSONIC選手の狙いとも言えるわけだな」
「そうだ。装備には装備防御力の他に耐久値という項目がある。これは値が上がるほどに壊れにくくなるのだが、いってしまえば装備単体でそれだけの防御力を持っているということでもある」
耐久値が高ければ高いほど傷つかず、壊れづらくなる。
「だから、装備がある場所と装備がない場所ではステータスという値以上に被ダメージ量が明確に変わる。クラウン選手の変則的長距離狙撃が全て一撃必殺だったのはほとんどの場合において相手の防具がない場所を貫いていたからだ」
首筋、額、眼球、そして口内。
どれもが魔弾による威力補正を十全に発揮する場所。
「つまり、SONIC選手のように近接戦を仕掛ければ途端に通りが悪くなる。それすらも利用したのが、マッカートニー選手との一戦だがあの時とは戦場の条件が違う」
少なくとも、重要部位を不意打ちで撃ち抜かれない限りただの魔弾で即死することはない。
この世界はステータスで成立しており、重要部位の欠損以外ではHPを削り切らなければならないのだから。
次の瞬間、映像内でクラウンが放った強烈な蹴りがSONICを弾き飛ばした。
(あ、決まったな……)
盛り上がるコメントや配信に対し結果はあっけないものだった。
この後、体勢を完璧に崩したSONICへとクラウンによる精巧な射撃が襲い掛かる。
それで決着だとエアーは考え……
「……?」
《あれ?》
《止まった》
《動かないぞ》
しかし、映像の中でクラウンは一切の迫撃を行わなかった。
SONICは困惑の表情で体勢を整える。
『なんのつもりだ……!』
『いや、別に。つまんねえ奴がつまんねえまま終わるのは可哀そうだと思ってな。俺からの慈悲ってやつだ。それに、これが決着とか味気ないにもほどがある』
殺意の籠った瞳で見られてもクラウンは傲岸不遜な態度を崩すことは無い。
それが許されるだけの実績がある、実力がある、胆力がある。
その程度で怯むような精神性など持ち合わせていない。
ならなぜ、戦いを止めたのか。
理由は実にシンプルだ。
『出せよ、お前の<アルカナ>を』
男はいつでもどこでも、動画映えを気にする者だった。
ただ、それだけのことだ。