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【世界の記録】 PK事変 ルクレシア王国 ~対抗組織結成~

 ルクレシア王国でのPK討伐隊結成の知らせを受けて、この流れはまずいと危機感を覚えた者たちがいる。


 そう、PKである。


 彼らがPKをしていた理由は様々だ。

 単純にPvPが好きな者。

 好きなアニメや漫画のキャラをオマージュしたようなアバターを作り、悪役ロールプレイを楽しむ者。

 PK行為に楽しさを見出した者。


 内容の良し悪しこそあれ、自分優位にゲームを進めるための行動という点では共通していた。


 そして、討伐隊の結成が通達されたゲーム内で翌日のことである。

 ゲーム内の時刻は深夜。

 ルクレシア王国南門より<モコ平野>のさらにその先。

 中級者向けのエリア<カイゼン樹林>、王都ルセスの直線状の位置から外れ影となっているスペースに、30名ほどのPKが集まっていた。


 深夜の<カイゼン樹林>という環境は凶暴化したモンスターに加えて、夜のみに出現する危険なモンスターもそこそこいる。

 《暗視》スキルでも相応に暗く感じ人気がないため、集まるにはちょうどよかったのであろう。


 このようにPKが人目を避けて集まるのは昨日から各地で偶発的に起こっており、その中でも、この集まりはかなり大きいと言えた。


 この場に集まっているのは【賞金首】として、街の中から追い出された者達である。

 他に、【賞金首】とまではいかずとも、PK活動をしていた者や実際に【賞金首】を支援していたグループの構成員も集まっていた。


「もうダメだぁ、組織で動かれちゃたまんねぇよ……」


「こっちも対抗組織作るか?」


「だれが、どうやって、どういう思想でだよ。思想も動機もバラバラなのにどうやってまとめるっていうんだ。しかも向こうは国のバックアップ付き、兵士の平均レベル200とかだぞ。勝ち目なんてないね……」


「ひゃっはぁ、汚物は消毒だぁ……汚物は俺だぁ……」


「はちみつちょうだい?」


「……お、クッキーくれるのか? 慰めてくれてありがとよ」


 彼らは悲観にくれた。

 偶発的にゲーム内やSNS各所で会議こそ開かれたものの、思想も動機も様々だ。到底まとまり切れるものでもない。


 ──しかし、闇の中にも光はある。


「あなたたちはそれでいいのですか」


 【毒術士】ガーシス。サービス初日からログインが確認されており、最近では強者相手に率先してPKを仕掛けることで、PK界隈では少し有名なプレイヤーだ。


 そのガーシスが彼らの前に躍り出た。


 現在は【賞金首】でこそないものの、いずれ仲間入りするのは時間の問題だった。


「はぁ? じゃあどうすればいいっていうんだよ!」


「お前がどうにかしてみろや!」


 【賞金首】に認定された中でも素行の悪いプレイヤーが噛みつくが、ガーシスはそれを意に介さず話を続ける。


「討伐隊は本気です。他の街に移動した先行組を呼び戻しているのも確認しています。国との擦りあわせと準備が出来次第、すぐにでも掃討作戦が実行されるでしょう」


 それは、今後訪れることが確定した未来だ。

 デスペナルティになっても現実時間で1時間もすれば復活する。

 PKするときに、どうせ1時間で再ログインできるんだから別にいいだろという言い分の元暴れていた彼らが、今度は狩られる側に回るのだ。


 因果応報と言われれば、その通りだろう。


 【賞金首】に至っては<アルカナ>はいても、装備も道具も全てドロップしてしまったらできることは限られる。


 このまま指を咥えて討伐隊の動きを許したら、詰みといっていいだろう。

 自分たちが置いてかれるうちに、今の初心者があっという間に中級者となり追い抜いて行ってしまうのだ。


「でも、僕はこの世界で見つけた楽しさを貫きたい……」


 それでも、ガーシスは語る。

 自らの思いを。


「みんなも、そうですよね?」


 それが自分の意思だと。

 自分だけじゃない。

 みんなもそうだよな、と彼は訴え掛けた。


「……ああ、そうだ! 当たり前だろ」


「ヒャッハー! 燃えてきたぜええええ!」


「でも、実際どうするんだ?」


 PK達は答える。

 その通りだと、自分本位で何が悪いと。


 しかし、それでは解決にはならない。

 仕様上PKは許容されていても、それを他のプレイヤーが許容するかは別の話だ

 その結果がNPCの支援による掃討作戦の実行であるのだから。


 今後はもしかしたら違うのかもしれない。

 <アルカナ>が【魔王】になれたら何か変わるのかもしれない。


 しかし、現状個人では軍に勝てないのだ。


「──作戦はある。聞いてくれ」


 ガーシスは語る。

 今後の計画を、目指すべきゴールを。


「今回の討伐隊結成の原因として、初心者狩りの問題が根底にあるのはみんな理解していると思う。これは正直当然だと思うんだ。僕も、始めたばかりのゲームで先輩プレイヤーが我が物顔で教えてやるとか、これが洗礼だとか言って理不尽な目にあわされて嫌な思いをしたことがあるからね」


 その言葉は、ガーシス自身の経験によるものであったため説得力があった。

 ガーシスが初心者にPKを仕掛けていなかったのも、その話の信憑性を補強する。


「その上で、1つのゴールを決めよう。僕たちは今後、初心者用の狩場でPKを行わない。もし今後継続的にPKをしている連中が現れれば、調査に協力すると約束をする」


 初心者用の狩場でPKを行わないのは、プレイヤーへの心象をよくするため。

 調査に協力するのは、最低限のルールは守れると歩み寄るため。


「その代わり、それらの場所以外でのPKは自由にさせてくれと主張するんだ」


 それ以外、PKを続ける道はないとガーシスは言う。


「みんなも体験した通り、初心者用の狩場の卒業自体は早い。最初に選んだジョブが50レベルになったら、合計レベルのマイナス補正によって一気に経験値効率が不味くなるからね。加速的にプレイヤーが増えている現状、初心者用の狩場の新陳代謝を高めることは、運営としても大きな課題で、だからこそ経験値10倍とかのキャンペーンで回転率を高めているんだと思う」


 ガーシスの言った通り、遅くても1週間もあれば、初心者用の狩場は卒業することができる。

 戦い慣れていない新規のための練習場みたいなものなのだ。


 先行組のプレイヤーが首都から離脱したのもそれが理由だ。


 首都の周りにも中級者向けの狩場は当然存在しているが、このままのペースでは今いる初心者があっという間に中級者になり、それらの狩場に流れ、レベル上げの効率が悪くなることを懸念したためである。


「加えて、初心者を狩るのは楽だけれど、うまみもない。彼らは初期費用の10000スピルしかもっていないし、これもPKしたところでドロップしない。恐喝という手間も必要だ。それで今回のような討伐隊を組まれるのはとにかく割に合わないと思わないか?」


 次にガーシスは実利について意見を述べる。

 初心者を狩ったところで、あまり美味しくないのではないか。

 他のプレイヤーのヘイト買う分収支マイナスではないかと。


 そもそもPKという行為が自己満足の側面を超えることができないのだ。

 恐喝以外リターンを得る方法がないのである。

 これを機に、明確な目標を今一度考え直す必要があるとガーシスは言う。


「この世界はあまりにも広大だ。天空都市がある、深海の探索エリアが見つかったという報告もあれば、地下に広がる謎のエリアも確認されている」


 各地から上がる報告の量はあまりにも膨大だ。

 機械帝国では、移動手段として魔力で動くSFチックな空飛ぶ車のようなものが確認されている。


 魔道王国では転移門があり、使用制限に加えて莫大な魔力と費用が掛かるが特定の街の間では長距離転移ができるといった情報も出ている。


 到底一人で遊びつくせるものではないのだ。

 初期リスポーン地点の首都にいるだけでは、世界の1割も探索することができないのである。


「プレイヤーが増えることは絶対に必要なことなんだ。でないと、到底探索しきれない。隠し要素があっても見つけ出せない、だれも気づかず取りこぼしてしまう何かが生まれてしまう」


 故に初心者は歓迎するべきなのだ。

 彼らは1週間もせず中級者となり、各々が思うままに世界を回る。

 情報を集め、検証を重ね、きっと彼らだけの素晴らしい冒険と思い出とともに貴重な“何か”を手にするのだろうと、ガーシスは続けた。


 そして……


「油断しているところを、狩る」


 良いとこだけを貰うと、ガーシスは自信に満ちた顔で宣言した。

 肥え太った家畜の数少ない希少部位は僕たちが食べるのだ、と。


 その言葉に、嘘はなかった。

 彼は凄惨な笑みを浮かべる。

 きっと、美味しく食べるであろう場面を夢想しているのだろう。


「さっき、《噓感知》が反応した人も何人かいるだろう? 当然だよ。PKの自由化なんてフェイクさ。もっともな理由付けにすぎない。僕の目的はその先にある……」


 全てを見透かしているといわんばかりの男の言葉に、この場にいるプレイヤーたちは思わず息を飲んだ。


 初心者をPKするなという討伐隊の主張も理解できよう。

 なんなら、率先して協力するべきだ。

 ああそうとも、初心者は大事にしなければならない。


「初心者を守ろう、僕たちのために……!」


 そのまま、ガーシスは真剣な表情で周囲を見渡した。


「時間が、必要だ」


 アイテムボックスを簡単に破壊する方法を見つけ出す必要がある。

 所持権をどうにかする方法を探し出す必要もある。

 そのためには、時間が必要なのだ。


 ゆえに、このまま掃討作戦の実行を許容するわけにはいかない。

 NPCが協力している以上、下手をすればリスポーン地点を割り出され、まともにプレイできなくなる可能性もある。


 魔車という足の差があるから、すでに逃げ切るのも現実的ではない。


 未来のPKなんて知るか。

 今自分たちが生き残る道を見つけ出さなければならないのだ。






 ──ならどうやって生き残る?





 

「土下座? 違うだろ」


 PK達は共鳴する、その通りだと。


「謝罪する? ありえない!」


 それなら、答えは決まっている。


「以上のゴールを見据えたうえで、僕はこの窮地を協力して抗うための、対抗組織の設立をここに宣言する!」


 ならばこそ。


「今こそ立ち上がる時だ! この胸に秘めた主張を押し通すには。無力ではないのだと、武力と知力をもってして、この世界に証明しなければならない!」


 ガーシスは、思うがままに叫んだ。


「総力戦だああああああああああああああ!!」


 瞬間、空気が爆ぜた


「お、お、オオオオオオオオオオッ!」


「やる! オレはやるぞ!!」


「ヒャッハアアアッ!」


 勝つのだと。

 勝って証明するのだと。

 流されるのではなく、自分たちの意思を持って勝ち取るのだとPK達は声を張り上げた。


 しかし。


「でも、向こうには国がついてるんだよな。本当に勝てるのか……?」


 その一言を聞いて、先ほどまでの盛り上がりは一変。

 あっという間に辺りはシンッと静まり返った。


「いったん通報を取り消してもらうように動いたほうが……」


「でも名前がバレてるんだぞ? マークされてちゃなんも変わんねえよ」


「俺は【賞金首】じゃねえからまだ間に合うかもしれねえ……!」


 彼らは少しずつ冷静になっていく。

 勝ち目のない戦に挑むぐらいなら、さっさと諦めたほうが良いのではないかと。


「ま、待てよ! もうちょっと考えようぜ!」


 その流れを見て、焦る一部の【賞金首】たち。

 それを聞いて、【賞金首】ではないプレイヤーたちが言い返そうと……










「馬鹿だなぁおめえら。これだから学のねえ奴は困る」


 内輪揉めという形で決壊するのを瀬戸際で食い止めたのは、周囲のプレイヤーを心底馬鹿にしたような、そんな声だった


 そして、一人の男が前に出て来る。


 4つの腕を組み筋骨隆々の、多椀族のアバターを使用しているそのプレイヤーの名前は【大剣士】ゴーダルといった。

 傍には彼の<アルカナ>である鎧武者が佇んでいる。


 中級者向けの狩場の前で「ここを通りたければ俺を倒してから行け!」と悪役ロールプレイで手当たり次第にPKを仕掛ける、そんなプレイヤーだ。


「は、なにが……」


「いいかよく聞け。まず討伐隊を支援こそすれ、国の兵士は基本的に直接出張ってこねえ。絶対にだ!」


 確信をもってゴーダルは言い切った。

 彼はなぜ兵士が参戦してこないか、その理由を説明する。


「そもそも、今回、国が協力を申し出たのは、今この瞬間しかなかったという政治的な理由だ。今後俺達との力関係が逆転する前に、善良寄りのプレイヤー中心に恩を売っておきたかったのさ、私たちはあなた方に協力する用意がありますよ……てな?」


 ゴーダルは組んでいた腕を崩し、4つの手のひらを上に向け、肩をすくめてそう言った。


「それがなんなんだよ!」


「はぁ、それはだなぁ……」


「ゴーダル、続きは私が引き継ぐわ。別にいいでしょう? 私も学のない馬鹿だと思われたくないの」


 ゴーダルが意気揚々と話しだそうとするが、それに待ったをかける女がいた。

 ライダースーツのような衣装を身に纏う、実に目に毒な格好をしているそのプレイヤーは【細剣士】メリナといった。


 初心者向けの狩場でプレイヤーを人気のない暗がりに誘い込み、そのまま急所を刺し殺すことを得意とするPKだ。


 【賞金首】でないのが不思議だと周りに思われるぐらいには悪名高い女であった。

 先日まで、運営からハラスメント判定の警告を受けておりおとなしくしていたが、討伐隊結成の知らせを受け、この集会に来たのである。


「ちっ、勝手にしろ!」


「ありがとう。それで兵士が参戦しない理由が弱いという話だったかしら?」


「あ、ああ。そうだ」


「そうねぇ……あなた達、この世界の国際事情について調べたことはある?」


 メリナは、疑問を投げかけた。

 その場にいるプレイヤーのほとんどは、彼女が何を言っているのか理解できないという顔をしていた。


「国際事情だぁ?」


「そうよ」


 国際事情と兵士の参戦しない理由になんの関係があるのか、メリナは続きを説明する。


「例えば、今私たちがいるルクレシア王国は、魔導王国エルダンと友好国の関係にあるわ。潤沢な資源を所有しているルクレシア王国がそれを輸出して、加工した魔道具や家具をエルダンから輸入するといった形ね。ルクレシア王国は代々自然との調和を掲げているので、最低限に抑えるようにはしているようだけれど」


 初耳だというように、多くのプレイヤーは口をぽかんと開けていた。


「あなた達ねぇ……はぁ、続けるわ。逆に仲が悪いのが機械帝国レギスタね。名前の通り機械を中心に扱っているこの国は、自然の破壊が著しいということで、自然との調和を掲げるルクレシア王国の方針と相いれないところが多くあるの。資源潤沢なルクレシア王国の土地をレギスタが虎視眈々と狙っているのも仲が悪い理由ね、国交断絶とまではいかないまでも、緊張状態は常に続いているといえるわ」


「な、なんでそんなこと知ってるんだよ!」


「リアルでテレビやニュースを適当に見てればどの国がどの国と喧嘩してるのかぐらいは理解してるでしょ? ここではNPCとの会話や本の記録がその代わりなのよ。あまり興味ないのでしょうけど」


 彼女はここからが本題だと、ゆっくり周囲を見渡した後、話し出す。


「9つの大国だけじゃない。これらの国以外にも緩衝地帯や境界線上には様々な事情によっていくつかの小国がこの世界には存在しているわ。それこそ、さっき私が語ったことなんて複雑に絡み合った糸のほんの一部を切り出した程度の話よ?」


 先ほど話したことは氷山の一角でしかないと、言い切った。


「つまりね、この機会に、私たちには自浄作用が働く組織を作ってほしいと願っているの。いちいちこちらの事情に振り回されてたら、いくら時間があっても足りないってことね」


 これが、兵士が参戦しない理由である。


「今は急激なプレイヤーの増加の対処にどの国も手がいっぱいで外側に気を使っている暇なんてないわ。でも、時間が経つほど、落ち着きを取り戻していくものよ。それは明日かもしれないし、来週かもしれない。半年後かもしれないわね?」


 だから兵士は、討伐隊に支援こそすれ参戦しない。


「プレイヤーの問題は今後プレイヤーで片付けてほしいという、そんな裏の思惑もあるの。ご理解いただけたかしら?」


「あ、ああ。わかったけど……」


「ふふ、あなたは気づいたようね」


 クスクス、とメリナは笑う。


「彼らはね、すでに他の国と競争をしているの。どれだけ早く私たちを受け入れた体制を構築できるのか。そんな、国の未来と存亡をかけた命がけの競争よ? しかも面白いのよ、この世界の戦争の歴史。知ってる? 色々あるの」


 メリナは楽しそうに語り出す。


 軍隊をもってして敵国と正面から激突し、1つの決着がつくまで争う【全面戦争】。

 各国何名かの選りすぐりの戦士を選び、1対1を繰り返し勝星の数を競う【精選戦争】。

 自国民以外の戦士を選出し、ただ一つの決着をもってして勝敗を決める【代理戦争】。


 他にも、過去に起きた戦争の形式をこれでもかと並べていく。


「なんで私たちの存在が簡単に受け入れられたのか。それはね、主要9ヵ国、そのすべてがプレイヤー対プレイヤーの【代理戦争】で、必ず一度は勝利した歴史があるからよ。狙ったかのようにその【代理戦争】は国にとって大きな影響を与えたわ」


 貴重な鉱山資源の取り合いを。

 各国の王族の婚姻関係を。

 強力な魔道具の所有権を。

 ダンジョンがある土地の奪い合いを。


 国の未来をかけた戦いの中には、いつも旅人と呼ばれる存在がいた。


「彼らにとって私たちはね、憎い怨敵であり、英雄なの。そして今、将来的に私たちが国益となる存在であることを理解したうえで、見定めて、媚びを売り、試しているの」


 メリナはリアルで他の国のプレイヤーとも連絡を取りあい、情報の裏取りをしていたと語る。


 小競り合いはちょくちょくあったらしいが、大きな戦争は20年前が最後だというのだ。


「多くのわだかまりや確執があるでしょうねぇ。そんな緊張状態の中で、旅人という劇薬がこの世界に何万人も一斉に投与されたの。楽しみね、ぞくぞくするわ。現実で半年、いや1年かしら? あっという間よ」


 メリナの語る未来予想図に、その場にいるほとんどのプレイヤーは絶句した。


 当然だ、彼らはゲームをしに来たのである。


 そんなNPCの政治ゲームに既に巻き込まれているなんて、露程にも思っていなかったのだ。


「あら、怖いの? もったいないわね……そうね、そこのあなた。剣と魔法のファンタジーは好き?」


「あ、ああ。じゃなかったらこのゲームやってねえよ」


 そう質問された男は、戸惑いながらも質問に答える。


「そ、良かった。なら想像してみなさい。あなたはこの世界を旅して、どんどん強くなるの。誰にも負けないくらいに強く、たくましく成長するわ。PKKに来たプレイヤーも他のPKも、NPCも全て返り討ちにできるくらいにね」


 そう聞かれて、指名された男は言われるがまま想像する。いや、妄想というべきか。

 他のプレイヤーも同様だ、先ほどの問いかけは、今この場所にいるすべてのプレイヤーにしたものであると理解していたからだ。


「強くなったあなただけれど、どうやら同じくらい強い旅人が他にもいるらしいの?それもそうよね。あまりにも広いこの世界、自分の知らない冒険をして強くなってきた強者は当然いるわ。いわばライバルね。あなたは世界で有数の実力者だけれど、争うべき相手も確かに存在するの」


 それはまさに、王道少年漫画の世界だろう。


 だれもが子供の頃に夢を見て、憧れ、そして諦めた。


 いつの間にか頭の片隅にすら意識することもなくなった。


 そんな、非日常だ。


「ある日、有名であったあなたは、訪れた国の王様から城に招待されるわ。そこには、威厳たっぷりの王様と……そうね、かわいいお姫様がいるの。そしてこう言われるの。『異界から訪れた優れし戦士よ、どうか我らの国をお救いください』ってね?」


 国の威信と存亡をかけた【代理戦争】に出てくれと。

 自分にすべてをかけると、そう言うのだ。


「その話を受け入れたあなたは、多くの期待と、希望を背負いながら戦場に向かうわ。そしてそこには、自分と同じく選ばれた優れし戦士が待ち構えている。そして始まるの」


 激闘が。


 お互いの全てをかけた、争いが。


 負けたら文字通りすべてを失う、そんな命よりも重い決戦が始まるのだ。


「怖いわよね、恐ろしいわ。負けたらどうしようって、恐怖で歯が震えるの」


 ──でも、とっても楽しいに違いないわ。


「……あなた達は違う?」


 答えはなかった。

 答えなど必要なかった。


 メリナは大きく身を乗り出した。


「いいじゃない、私たちも自由にやりましょうよ! なんでゲームを買うのかって? そこに未知の冒険があるからよ!」


 今までの、ありとあらゆる鬱憤を晴らすかのように声高らかに(うた)い上げる。


「なんでわざわざ続編のゲームを買うのかって? 新しく追加されたコンテンツが楽しみだからに決まってるでしょ! そんなこともわからないの?」


 つまらない、つまらない。


 あまりにもつまらない。


 どうしてそんなつまらない質問をしてくるのか、理解ができない。


「隣を見なさい。そこにいるのはライバルで戦友よ。好きなだけ裏切りなさい、好きなだけ協力しなさい! こんなお手軽に他人と協力して、裏切りあえる環境なんて現実に存在しないわ!」


 ここにあるのは非日常だ。


 現実では到底味わうことのできない、刺激に満ちた。


 そんな世界だ。


「私たちはゲームをしにきているの! 非日常(ゲーム)をしにきてるのよ!」


 そして。


「身勝手? 今更でしょう! 無責任? 当然でしょう! 思いっきり、わがままに、傲慢に思いのままに、この世界を楽しみつくしましょう!」


 吠えた。


「だって! 私たちは、どこまでも自分本位(PK)なのだから!」



「全部彼女に持ってかれちゃったね……」


 あまりにも盛り上がっている、盛り上がりすぎている様子を見て、ガーシスは呟いた。

 うまく誤魔化したものだと思いつつも、自分が必要だったのだろうかとガーシスは思わずにはいられなかった。


 いや、ここからが本番だと気持ちを切り替える。


「さて、あとはここにいる以外の【賞金首】を集めたいんだけど、どうしたものか」


「ガーシス、そのことだがいい考えがある……んだけどもなぁ」


「ん、ゴーダル?」


 ガーシスのもとに、ゴーダルが近づいてきた。


 しかし、先ほどまでのふてぶてしい態度と違いどこか遠慮がちといった様子であったため、ガーシスは不思議に思った。


 ゴーダルはロールプレイを常に遵守しているからだ。


 ゴーダルは誰にも聞こえないように、4つの腕でメガホンを作り、小さな声でガーシスの耳元にその内容を告げた。


「あー、……それは彼女に許可を取らないとだねぇ」


「だよな? おーい、メリナ!ちょっといいか」


 PKに囲まれていたメリナが、不思議そうな顔をして首をかしげる。


「ん、なにかしら?」


「あのな、お前のさっきまでの素晴らしい演説、全部この魔道カメラの録画モードで記録してたんだが、これを仲間集めの宣伝用動画に編集して使っていいのか確認がしたいんだ」


「…………………………へ?」


 メリナの時が止まった。


「いや、ちょっとした腹いせ程度のつもりだったんだが、なかなかいい映像が取れちまってなぁ」




 …………




「……ええ、いいわよ。現実への出力は無しでお願いね。編集は私も手伝うわ。あなたたちもいいわよねえ!」


「ひゅ~! さっすが姉さんだぜ。俺たちにできないことを平然とやってのける!」


「まさにゲーマーの鏡!」


「あ、ね、さん! あ、ね、さん!」


「はちみつちょうだい」


「ああいいぞ、さっきのクッキーの礼だ! 俺が持ってる分を全部くれてやる!」


 そして、再度爆発するPKたち。

 ここにいるメンバーだけでなく、さらに人を増やそうというのだ。

 盛り上がるのも当然だろう。


 今、この瞬間、目標を共にした彼らの心は確かに一つになっていた。


「さすがメリナだね、場を盛り上げるのが本当にうまい」


「よく見ろ、あれは恥ずかしがってる顔だ」


「……メリナにも人の心があったんだね」



 かくして、ルクレシア王国のPKの集まりにて生まれたメリナの演説シーンの録画は編集され、裏で出回った。


 魔道カメラで保存した動画の再生には専用の魔道具が必要なこともあり、一部に限られたが確かに効果はあったのだろう。


 PKのコミュニティで情報の回る速さもそれを後押しした。


 そこには、演説シーンの他に、討伐隊に対抗すべく対抗組織を設立したこと、自分たちがどのようなゴールを目指すのかを書きつつ、協力の意思があるものはゲーム内時刻でこの場所に来てほしいというメッセージが込められていた。


 時流が悪いと感じていた【賞金首】は、この組織に希望を見出した。

 道具を支援する旨も書かれており、デスペナルティですべてを失っていたものや甘い蜜を吸いたいものがひっそりと、そして彼らのもとに集まったのである。


 その翌日、PK達はありとあらゆる手法を用いて討伐隊に宣戦布告を行った。

 

 それを受け、討伐隊のリーダー【トマス・E・リッチフィールド】は交渉にのることを宣言。


 対抗組織のリーダー格【ガーシス】とルクレシア王国立会いの下、一つの契約書を交わした。


 契約書は【契約の神】、管理AIが施行を行うこの世界絶対のルールの締結である。


 作成するには専用の魔道具が必要となり、また、契約の内容に関しては『施行可能かの判別を含め、可能と判断されたものにのみ限る』といったものだ。


 契約書には以下のような内容が記載されていた。


 討伐隊と対抗組織はそれぞれが参加条件レベル50以上、所属人数100を上限とし冒険者ギルド保証の元クランを一時的に結成する。

 結成条件、費用、運用等については特例として免除し、今回の騒動終結後、自動的に解散されるものとなる。


 ゲーム内時刻およそ3日後、現実では日本時間土曜日のちょうど昼に該当する時刻にて、参加人数最大200名を想定したクラン対抗戦を<モコ平野>にて行う。


 参加者はクランに所属した地点でこの契約書に同意したものとして扱い、その勝敗の結果をもってして、お互いの主張を施行するといったものだ。


 契約書に同意した各クランのメンバー及びルクレシア王国所属のNPCは協力し契約書通りに遂行されるよう是正活動に努める必要がある。


 討伐隊は国内における【賞金首】の掃討作戦の恒久的な実行を。

 対抗組織は一部地域を除いたルクレシア王国内での今まで通りのPK活動の自由化を。


 また、上記のクラン戦においてNPCの参戦はなく、また結果に関しても一切の干渉を行わない。


 そして、PKが勝利した暁には、ルクレシア王国所属の【賞金首】は今後、街の中で経済活動することを保証するといった旨も記されていた


 それらによって発生する可能性のある治安の悪化は、ルクレシア王国が責任をもって対処するということだ。


 契約は契約締結の場にいたお互いのリーダーがルクレシア王国立会いの下、破棄を宣言しない限り、破棄することはできない。


 ルクレシア王国に所属する1万人近いプレイヤーすべてに影響を与えるであろう契約は、ルクレシア王国と己が主張を通そうと動いた少数のプレイヤーによって締結されたのだ。


 多くのプレイヤーが困惑することだろう。

 契約の必要はない、さっさと掃討作戦を実行すればいいと思うものもいる。

 勝手に決めるなと憤るものもいるはずだ。

 結果によっては国の移動を考えるものもいるかもしれない。

 そもそも、そんな契約が成立したことを知らないプレイヤーも多数存在する。


 しかし、ルクレシア王国と管理AIという絶対存在の元、契約は今ここになされた。


 物語は加速する。


 以上がルクレシア王国で起きたPK事変、その始まりだ。


 もう、だれにもこの流れを止めることは出来ない。





 ──クラン対抗戦の幕開けである。

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